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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
番外編6「不思議な国でのアイーシャ」
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真剣の"遊び"

 突然、大気をも揺るがす激震で大地が揺れ、唸り声とともに出現したものを目にして、アイーシャや家来たちは騒然となっていた。空を突くように山のような巨体に全身は青い鱗。いかにも頑丈な爪や牙を持ち、鋭い刃のような眼に、一目見たへびの家来が失神するほどだった。


「あれは……」

「ド、ドラゴン」


 青い竜が重い地響きを鳴らしながら、アイーシャたちにゆっくりと歩いてくる。


「皆の者、うろたえちゃダメよ!わたしの家来らしくしっかりしなさい!」


 アイーシャはイザベラ女王らしく家来を叱咤(しった)するものの、すでに半数はどこかに逃げてしまっている。もう半分は残っているものの、半分は槍を構えたまま震えていたし、その半分は気絶して動けないだけだった。


“女王イザベラよ……”


 青い竜は口から稲光を放つ蒼白い息を吐きながら言った。バチバチと瞬く稲妻が家来たちを震えあがらせた。


“我は暗黒の世界より来たりし、青竜リンドブルム。イザベラを貰いに来た”


 言いながら、リンドブルムに竜化したティアは、重々しい口調で演技している自分を多少バカバカしく思っていた。


 ――なんで、誇り高い竜が人間ごときをさらわないといけないんだ。


 ちょっと関わった劇団で演劇に参加させられた時も、悪い竜に襲われるという内容だった。人間にとって、長年の敵は魔族で、竜族とはどちらかと言えば友好な関係だったはずだ。何故、物語では敵にしたがるのかティアにはさっぱり理解できなかった。


「悪いドラゴンよ、さがりなさい!」

“ハッハッハ、イザベラよ。その勇ましさ美しいぞ”


 正面に立つアイーシャに、青竜リンドブルムが嘲笑した。リンドブルムの根は実直なので不満はありながらも、演技はきちんと取り組んでいる。真面目なせいか、きちんと台詞を言おうとしすぎ、いささか口調は棒ではあったが。


“さあ、我とともに来るのだ”

「待て、悪しきドラゴンよ!」


 吼える大音声が響き、声につられてアイーシャや家来が一斉にそちらを見ると、リュウヤが鞘ぐるみに刀を抜いて構えていた。


「イザベラ様に悪さする悪いドラゴンめ。世界の平和を守るこのナイトが許さんぞ!」


 ――ひどい大根役者だな。


 リンドブルムは自分の演技を棚にあげて、思わず噴き出しそうになっていた。

 リュウヤはすっかりナイト役に(ひた)っているのだが、演技は大袈裟な割にリンドブルムよりさらにひどい棒読み口調で、これまで裏方だったというのもわかる気がした。


「さあ、どうした。俺はどんなツエー奴が相手でも、絶対に負けはしないぞ」


 できの悪い演技とは対照的に、リュウヤはひどく意気込んでいる。合理性と質実剛健を(むね)とする竜族のリンドブルムには、リュウヤの言う“遊び”というものがいまひとつ理解できなかったが、その余裕や無駄を知ることが人間を知るきっかけになるかもしれない。


 ――付き合ってみるか。その“遊び”に。


 気持ちを引き締め直し、リンドブルムはカッと吼えた。


“ハッハッハァ!来たかナイトめ。良いだろう、掛かってこい!”

「いくぞっ!」


 えい、てりゃ、グワオと互いに掛け声を発しながら、リンドブルムは腕を振り回してリュウヤはリンドブルムの攻撃をかい潜っては、鞘に納めた状態の弥勒を振るっている。

 互いに本気ではなかったのだが、リンドブルムの圧力のある攻撃に対し、リュウヤの動きはなめらかで、端から見れば見応えのある攻防が繰り広げられているように映る。アイーシャたちはそんなリュウヤに、「いけえ!」「頑張れ!」と大声援を送るのだった。

 アイーシャの声に反応するように、空に明るさがどんどんと増していく。


「……やっぱり」


 空の変化に気がつき、リュウヤはリンドブルムに目配せすると、リンドブルムもすぐに察したらしい。互いにうなずくとさらに両者の攻防の勢いが増した。

 嵐のように激烈な闘いは、見る者の手に汗を握らすものがあったが、闘っている当のリンドブルムも、リュウヤの身のこなしに驚いていた。

 申し合わせがあったにせよ、攻撃自体はリンドブルムのアドリブである。竜のような巨体から繰り出す攻撃は、尋常ではない圧迫感があるはずだが、“たかが人間”のリュウヤは柳のようにかわし続けている。

 ティアマス・リンドブルムの中に少年らしい好奇心と、対抗意識が芽生え始めている。

 驚きとともに気分が高揚して“遊び”に夢中になり始めていた。

 リュウヤ・ラングという人間が、どこまでできるのか。

 リンドブルムの心中に、この男を試してみたいという激しい欲求に駈られていた。自然、リンドブルムの動きにも、勢いが乗り始めていく。


“これでぇ……、どうだあぁぁぁぁぁ!!”


 鋭い爪を立てた掌底のような攻撃も、リュウヤはするりとかわした。しかし、リンドブルムは勢いあまって掌底を地面を叩きつけると、強大な風圧を生み出し、リュウヤの身体を木の葉のように吹き飛ばしていった。


「うわあっ!」


 リュウヤはドウッと地面に叩きつけられ、地面から濃い土煙が立ちのぼった。見守る家来たちが悲鳴をあげた。


「ナイト様ぁ!」

“しまった……!”


 アイーシャの叫び声でリンドブルムは我に返り、次には激しい後悔に苛まれていた。

 土煙が散った後からは、地面に伏しているリュウヤの姿が現れた。リュウヤは何とか起き上がりはしたものの、足元がふらついて頼りない有り様となっている。


“だ、大丈夫で……”


 リンドブルムが青ざめて駆け寄ろうとすると、リュウヤが右手を挙げて制した。真剣な眼差しがリンドブルムを捉えている。


 ――最後までやるぞ。


 リュウヤの瞳は、そう言っているようにリンドブルムには思えた。眼光の迫力に気圧されリンドブルムがうなずくと、制した手がリンドブルムを指す形に変わった。


「さすがだ、我が宿敵のドラゴンよ。俺一人の力では敵わないようだな」


 全身に打撲傷を負いながらも、“ナイト”を続けるリュウヤにリンドブルムは圧倒されていた。


「みんなーー!!」


 立ち上がると、リュウヤは全身の力を振り絞るようにして、虚空にむかって叫んだ。


「みんなーー!!俺に力をわけてくれえ!どでかい声援で、みんなの力を送ってくれえ!!」


 リュウヤの声に応じ、アイーシャや家来たちの声援がさらに増していった。


「ナイト様がんばれ!」

「いけえ!」

「負けるなあ!」


 声援が頂点に達したかと思われた時、リュウヤの胸元のペンダントがカッと青白い光を放った。


「“鎧衣(プロメティア)”ーーッッ!!」


 無数の楕円形のミスリルプレートが、リュウヤを護るように取り囲んでいる。背中を護るミスリルプレートから放たれる増幅された魔法エネルギーが、蒼白い蝶の羽根を形成している。足元から吹き上げられるエネルギーにリュウヤの髪の毛は逆立ったようになり、その姿に再び大歓声がわき起こっていた。


「悪しき竜よ見たか。これがみんなの想いの力。力の結晶。“鎧衣(プロメティア)”だ!」


 ――“真剣”の遊びか。


 一種のショーではあるにせよ、リュウヤ・ラングという男は不測の事態があってもそれを利用して貫こうとしている。ここまでやるなら徹底的に付き合うべきだと、リンドブルムは気持ちを切り替えた。


“……いいだろう、ナイトよ。貴様の力を見せてみよ!”

「いくぞ!」

“来い!”


 リンドブルムは翼をはためかせ、一気に猛進して攻撃を仕掛けてきた。同時にリュウヤも弥勒を肩に水平し、“鎧衣(プロメティア)”を推進させた。

 両者から発する強大なエネルギーによって、砂塵と光塵が吹き荒れる。


“ぬおおおっっっ!!”

「どりゃああああっっっっ!!」


 互いが交錯した次の瞬間、静寂が辺りに満ちた。やがて、リンドブルムの巨体が揺れたかと思うと、リンドブルムは地響きを立てて地面に崩れ落ちていった。そして光がリンドブルムを包むと、小さくなってティアの姿に変わっていく。

 突然の変化に、アイーシャも家来も固唾を呑んでティアを注視している。

 すると、ティアがむくりと身体を起こして、茫然とした顔つきで辺りを見回した。


「ここは……。もしかして、僕は悪い竜の力で操られていたのか」

「そうだ。君は悪い竜に操られていた。だが、安心したまえ。悪い竜は俺たちが倒した」

「あ……、ありがとうございます!みんな、僕はナイト様のおかげで元に戻れたよ!」


 ティアのセリフに続き、リュウヤが弥勒を空に掲げて、見守るアイーシャたちに向かって叫んだ。


「俺たちは勝ったぞ!」


 リュウヤの声に爆発したような歓声が周囲に広がっていった。空を覆う霧は完全に無くなり、現れた強烈な光が大地を照らしていく。燦然(さんぜん)と輝く光は強さを増していき、世界を真っ白に呑み込み、周りの景色や家来たちも見えなくなっていく。


「……ナイト様、ありがとう」


 全てが光に呑み込まれる瞬間、リュウヤは微笑むアイーシャの笑顔を見た気がした――。


   ※   ※   ※


「……ここは」


 (まばゆ)い光が失せ、リュウヤが目覚めるとそこは薄暗い室内で、立ち並ぶ本棚や棚にぎっしりと並んだ書物、静かに読書に没頭する人々の姿が見える。

 図書館にもどって来られたのだと、リュウヤは安堵の息をついた。

 ずいぶんと長い間、アイーシャの世界にいた感覚があったが、窓から差し込む陽の延びも位置も変わっていないようだった。


「ん……」


 向かいの席ではティアが目をこすりながら起き、隣の席ではアイーシャが大あくびをしているところだった。


「あれえ、ナイト様は?」


 目に涙をためながら、アイーシャは不思議そうにキョロキョロと辺りを見回していた。

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