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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
番外編6「不思議な国でのアイーシャ」
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想いの世界で

「ハッケヨーイ、ノコッタ!」


 アイーシャが声高に告げるとタヌキの家来は勢いよく組みついてきたのだが、その勝負は実にあっけないものだった。

 体格もタヌキとは倍以上違っていたし、その力は幼い子どもくらいしか無い。

 軽く足払いすると、タヌキはバンザイした格好のまま簡単に尻もちをついてしまう。文字通り赤子の手をひねるようで、その後もリュウヤは勝ち続けていった。


「ああ、負けたあ」


 タヌキは負けると、額の左側にに何本もの縦線を引いたまま、意気消沈した様子で戻っていく。体育座りして顔を伏せたまま、ずっと落ち込んでいる。

 タヌキの後も次々に家来がリュウヤに挑むがあっさり負けて落ち込んで帰っていく。

 そんな数がだんだん増えるものだから、そのうち声援など消えてしまって暗くて重い沈黙だけが広がるようになってしまった。はじめのうちは緊張もあったので真剣に勝負していたリュウヤもだんだんと後ろめたいになり、勝っているのが悪いような気持ちになっていた。


「だらしないわねえ。次は私が相手よ!」


 アイーシャが土俵に入ると、途端(とたん)に家来たちは元気を取り戻し、「女王様ガンバレ」と大きな声で声援を送りだした。


「王様だからと遠慮はムヨーよ。さあ、かかってらっしゃい」

「うん……」

「ハッキョーイ……、ノコッタ!」


 アイーシャは自分が行司となり、そのまま突っ込んでくる。


「えーいしょ、えーいしょ、えーいしょ!」


 アイーシャはリュウヤの腰にしがみついて、一生懸命に押してくる。

 爆発寸前の核ミサイルを封じ込みながら空間転移させ、焦土と化した大地を甦らしたほど強大な力を持っているとはいっても、身体はどこにでもいる女の子と変わらない。

 当然ながらリュウヤの身体はびくともしなかった。しかし、この時には一生懸命に声援を送る動物の家来たちが可哀想になってきていたし、また健気な愛娘への親バカぷりが決め手となって、リュウヤは勝とうという気はなくなっていた。


「わあ、負けたあ」


 リュウヤがわざとらしく自ら転んで尻をつくと、どっと歓声がわき起こった。


「イザベラ女王、すごいや!」

「さすがイザベラ様!」

「イザベラ女王、万歳!」

「そうよ。私は女王、ヨコヅナなんだから」

「ヨコヅナ!ヨコヅナ!」


 動物たちに囲まれながら、アイーシャはどんなもんだと胸を張って威張っている。すると、アイーシャは自身のスカートのポケットから、(おごそ)かにあめ玉をひとつ取り出してみせた。


「さあ、ヨコヅナ・イザベラよ。勝利のご褒美として、このレモン味のあめ玉をあげよう。……ははー、女王様。このイザベラ、ありがたきしあわせ」


 アイーシャはあめ玉を差し出すと、自分で(うやうや)しく膝をついて受け取っている。


「……?」


 少し離れた場所で体育座りしたまま相撲を眺めていたティアは、何かを見た気がして空を見上げた。こころなしか、霧に覆われた空がほんのり明るくなっている気がする。そのまま空を見上げていると、戻ってきたリュウヤが視界に入ってきた。口をへの字に曲げて、むずかしそうな顔をしている。


「負けちったよ」

「ご苦労様です」


 ティアはリュウヤと顔を合わせると、お互い寂しそうに微笑んだ。


  ※  ※  ※


「アイーシャちゃんがリュウヤさんに勝った時、空がパアッて明るくなった気がするんです」

「そういや、さっきはもうちょっと薄い灰色て感じだったもんな」


 リュウヤとティアは並んで草むらに座り、霧がかった空を見上げている。明るさを増した空は、薄いカーテンレース越しに外を眺めているような感覚があった。

 地上では、アイーシャが家来たちにサッカーをさせている最中だった。自身は審判役のつもりらしく、家来たちにあれこれ指示しては騒いでいる。相撲ではティアをはじめとして、戦っていない動物の家来がたくさん残っていたのだが、自分の気分が良くなればもう満足らしい。


「ゴールにいれたら一点、ゴールにいれたら一点だからね!」


 アイーシャはハアハア言いながら、汗だくの家来たちと駈けずりまわっている。ボールが無いというのでアルマジロで代用しようとしたが、蹴られるのが嫌さに逃げ回ってしまい、ただの追いかけっこになっていた。


「やっぱ、アイーシャの影響なのかなあ」


 リュウヤは独白めいた口調で、アイーシャたちを眺めていた。

 

「アイーシャちゃんの感情が、この世界に何らかの影響を及ぼしているとして、あのイヤリングの魔石が、僕らをこの世界にひきずりこんだのでしょうか」

「あの魔石の異様な反応。あれが原因なのは間違いないだろうな」

「罠……、なんですかね」

「まあ、それは違うだろうなあ」


 リュウヤは地面の草をぶちぶち引き抜きながら言った。草には水気もあるし土の匂いもする。

 誰がいつ読むともわからないものに、わざわざ挟んでおくとも思えなかった。


「この世界には殺気や敵意、悪意をまるで感じられないんだ。俺たちをどうにかしようとする感情てのは、隠そうとしてもいつまでも隠せるものじゃない。さっきの相撲みたいに、機会ならいくらでもあったはずだ」


 そこまで言ってから、リュウヤはふたたび空を見上げた。ゆっくりとした口調で、慎重に言葉を選んでいるようにティアは感じた。


「俺たちのいる世界は、想いが力になるしなあ」

「想いが力にですか……」


 リュウヤは胸元のペンダントを弄りながら言った。

 ひとりごとのようなものだったが、戸惑っているティアの視線に気がつき、リュウヤは照れ臭そうに頬を()いた。


 ――想いが力になる。


 異世界に召喚されてから感じていたリュウヤの持論ではあったが、共感する者は少ない。以前にもレジスタンスリーダーであるジルやシシバルにも同様の話をしたのだが、大して共感されなかった。

 魔法というそれこそ精神エネルギーの見本があるにも関わらず、リュウヤが見たところ、この世界で精神修養に努める人間が驚くほど少ない。

 共感してくれているのは、ムルドゥバの盲目の剣士テトラ・カイムくらいなもので、人間も心身の練磨に努め精神を高めれば竜族や魔族に通用する力を持てるはずなのだが、厳しい修練よりも魔装兵ゴーレムや魔弾銃といった近代的な兵器に頼る。

 兵器を手に入れる前は魔族に従うか竜族に依存し、易きに流れるのは人間らしいといえば人間らしいが、可能性が目に見えてわかる世界でそれを見過ごすというのは、リュウヤにはもったいないように思っていた。


「“ナイトシリーズ”は長い間、多くの子どもたちに愛されてきた。あの本はぼろぼろだったろ?加えて、そんな本が集まる知識の宝の図書館。アイーシャのナイトシリーズへの憧れと記憶、図書館に集まる意思の力があの魔石に影響してこの世界をつくったんだと俺は思う」

「記憶、ですか」

「ここでアイーシャがやっていることは、ナイトシリーズ本編には出てこない。相撲やサッカーはあいつ自身が体験したものだ。レモン味のあめ玉が好きでね」

「……」

「ま、そういった様々な想いの力でね、この世界はつくられていると思うんだよ」


 一時、リュウヤは家族やクリューネらと日本に戻ったことがあるのだが、その時にいくつか覚えたものがある。サッカーは今では趣味になって毎日友達と丸めた布を追いかけているし、相撲も祖父の兵庫と一緒にテレビで興味深く眺めていたのをリュウヤは思い出している。

 魔王軍と戦うため、日本を離れて再び異世界に戻ってきたが、それほど日数は経っていないのにひどく懐かしく思えた。


「何にせよ、アイーシャちゃんに反応したあのイヤリングの魔石を破壊すれば、全て済むのではないですか」

「そうなんだろうけどなあ」


 ティアの提案にリュウヤは唸った。


「だけど、人様のものを壊しちゃったらまずいよな」

「なに今さら言ってんですか」


 ティアは呆れるあまり、思わず笑ってしまった。

 リュウヤについてはクリューネからあらまし話を聞いているが、人の物を壊してはまずいなどという殊勝な生き方をしていないはずである。


「迷っている場合じゃないでしょ。いくら害はないといっても、いつまでもここにいるわけにはいきませんよ。破壊しておかないと、また誰か巻き込まれるんじゃないですか」

「かもなあ」


 ティアの言い分はもっともだと思ったが、リュウヤはいまいち気が進まなかった。

 それに、今回の事件はアイーシャが持つ力に加えて鎧衣(プロメティア)も多分に影響していると見ている。他の人間なら、異次元に引き込まれるまでのトラブルにはならないだろうとリュウヤは思っていた。

 地上に落とした視線をアイーシャに戻すと、いつの間にかサッカーが終わっていて、動物の家来たちが輪をつくっている。中心には白ウサギとタヌキを両隣に置いて、アイーシャが何やら歌い踊っているところだった。


「りゃんどめかの、しちゅれんのりゅんびー、いぇいいぇいいぇい」


 聞こえてくるのは、(つたな)いが日本語の歌詞である。

 よく聞くと“恋するフォーチュンクッキー”で、ダンスも曲のそれだった。器用にダンスをするアイーシャは愛らしくあったが、ティアの言う通り、いつまでもこうしているわけにはいかないのも確かだった。

 アイーシャの記憶と想像で構築された世界。

 ナイトシリーズ。

 変化する空……。

 ぼんやり空を見上げていたリュウヤだったが、ふとあることを思いついてティアに訊ねた。


「ティア君さ、アイーシャがもっと喜んで、あの霧がかった空がパアッと明るくなったら、どうなるかな」

「……」

「どうなると思う」

「僕には見当もつきません」

「なら、とりあえずやってみようぜ。空を綺麗まっさらにしてやるんだ」

「どうするんですか」

「それなんだけどな……」


 リュウヤが思いついた話をすると、ティアは露骨に嫌な顔をした。


「なんで竜族の僕が悪役の竜になって、リュウヤさんに倒されるんですか。嫌ですよ」

「頼むよ。アイーシャはあの場面好きでさ。やったら喜ぶと思うんだ」

「……」

「な、頼むよ。演劇出た経験を活かしてさ」

「姫から聞いたんですか」

「うん」

「あれ、立ってただけですよ」


 昨日、クリューネとムルドゥバ見物をしていた際、ひょんなことから王子役として演劇をやらされた。大衆を前にして、顔から火がでるような恥ずかしい思いをしたばかりなのだ。


「良いじゃないか。経験してるとしてないじゃまるで違う。俺は小中の演劇会で裏方しかやったことないんだよ」

「……」

「な、頼むよ。“遊び”と思ってさ。ドラゴンボールみたいなヒーローものやってみたいんだよ」

「ドラゴンボー……?なんですか、それ」

「いや、こっちの話」


 リュウヤは慌てて手を振った。

 異世界の世界的人気漫画の話をしてもわからないだろうし、第一、いい大人が恥ずかしい。


「……大丈夫ですか」

「大丈夫さ。本物の竜なら充分、迫力がある」


 大丈夫かとはそれでこの世界から抜けられるのかという意味だったが、少年のように瞳を輝かせて断言するリュウヤに、他に言葉が思い浮かばなかった。

 心配するなとリュウヤはやけに明るい。自分の企画をよほど気に入っているらしい。


「ここはアイーシャが“ナイト様”に憧れてつくった世界だ。悪いことなんて起きないって」

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