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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
番外編4「星降る空の下で」
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さよなら星よ

 副長の無線は各部隊から町の老人女子供に至るまで伝えられ、光の源をたよりに続々と人々が集まってきた。

 シュタルトにいる全ての人々が手を繋ぎ、或いは背負われ肩を組むなど、思い思いの方法で人と人とが繋がっていった。その長さは城から街にやがて郊外にも達していた。その数はシュタルトの人口五十万にも達したと後に語られている。

 実数はともあれ、人が触れ合うごと繋ぐごとにセムから発せられる力は勢いを増し、人々は空に向かう光群に目を一杯見開いて、それぞれの瞳に青く清浄な光を反射させていた。


「俺たちが、あの星を押し返しているんだな」

「なんか、すげえな……」

「おばあちゃん、あの青い光の中に私たちの力もあるんだって」

「わたしにもまだ、人様のお役に立てることが残ってたんだねえ」

「良いこと。今日という日を忘れちゃダメよ。シュタルトに生まれたことを誇りに思いなさい」

「うん!」


 シュタルトとムルドゥバの兵士が、孫に背負われた枯れ葉のように軽い老婆が、子どもと手を繋いだ母が、それそれ誇りと高揚感に満ちた表情で空を見上げている。

 世界の危機を救うことに、自分たちが関わっている。

 光は目に見えて勢いを増し巨大な星に抗う光景は集まった人々を高揚させ、異様な熱気を生み出していた。集められた人々の力が、星降りの指輪と鎧衣(プロメティア)との共鳴によってさらに力を増していく。人々の興奮に比例するように、光は勢いを増し照星を空へと徐々に押し返していった。


「どうだロイド、セム。俺たちの力もなかなかのものだろう」


 リュウヤが光の奔流に返されていく照星を見つめながら言った。

 集まった人々の歓声や、吼えるような声が大地を震わせ空へと向かっていく。空を覆う渦巻く光は、迫る照星をもはや物ともしないまでの力を感じていた。

 もう少しだと、リュウヤはセムの握る手に力を籠めた。


「セムさん、もう一押しだ。鎧衣(プロメティア)を完全解放するから、セムさんたちの力すべてをあの星にぶつけてやろうぜ」


 リュウヤが照星を見つめながら言った。集まった人々の歓声や吼えるような声が空へと放たれていく。


「セムさん、もう一押しだ。鎧衣を完全解放するから、セムさんたちの力すべてをあの星にぶつけてやろうぜ」

「はい!」


 セムが強くうなずくと、リュウヤは息を肺一杯に吸い込んだ。


「みんな、いっくぞお!」


 周りの声に負けないよう、精一杯気合いを込めて全てをぶつけるつもりで声を張り上げた。


鎧衣プロメティアーーーー!!!!」


 瞬間、鎧衣プロメティアから放出された激光が空を覆った。結界の表層がうごめき、その一部がゆっくりと隆起していった。うごめく透明な光は、やがて巨大な人の姿を形成していく。その巨人は裸身のようで、胸にはふくらみがあり、なめらかな曲線は女のそれだった。

 しかし、外見は穏やかで優し気であっても竜眼を通して伝わってくる力は圧倒的で、バハムートの力を遥かに凌駕している。ここまでの力をクリューネは経験した覚えがない。


「指輪にはここまでの力があるのか」

「違います」


 慄然とするクリューネの横で、セムは静かに首を振った。


「指輪はみなさんの力を膨らませ、そして具現化しただけ」


 光の巨人は巨大というにはあまりにも巨大すぎた。現した姿は腰までの上半身までしかないのに、明らかに曇の高さを越えている。光の巨人は照星にゆっくりと両手を差し伸べ、優しく抱え込んだ。

 光の巨人は慈しむように照星を抱いていたが、やがて背中から蝶の羽根を広げると、光の尾をひきながら大空を越えて羽ばたいていった。


「うわっ!!」


 巨人が扇いだ蝶の羽根から猛烈に強い嵐が吹き荒れると、人々は近くにいた者たちと身体を寄せあって耐えていた。唸る轟音が耳を(ろう)し、凄まじい風圧を前にしてまともに目も開けられず、吹き飛ばされないよう少しも気をゆるめることができないでいた。

 それからどれくらいの時間が経ったのか。

 クリューネは目を閉じたまま周りの様子を探った。

 激しく吹き荒れた嵐がピタリとやみ、轟音も忽然と消えている。異様な静寂に包まれる中、クリューネは傍にあたたかなものを身体に感じ、それが人の体温だと気がついた。


「……ネさん、クリューネさん」


 耳元でささやく声がし、それがセムの声だとわかると、クリューネはおそるおそる目を開いた。目の前にはセムの顔があった。互いに抱き合う格好で二人は地面にうずくまっていた。


「終わったのか……?」

「おそらく」


 セムに促されるようにしてクリューネは立ち上がってみてから、辺りが急に暗くことにようやく気がついた。覆っていた結界の青い光も、出火で残っていた炎も、照星から生じた禍々しい熱波も消えていた。大地は静寂と薄い闇に覆われ、見上げると空には満天の星たちが広がっていた。清浄の光が大地を照らし、人々はクリューネと同じように放恣したまま佇んでいる。

 月の傍らでは、照星がいつものように燦然と輝きを放ち、何ごともなかったようにあるべき場所に戻っている。

 テトラは周囲に耳を澄ませている。

 ひんやりと冷気を含んだ心地好い微風が頬をなでていく。


「これで、終わったみたいね」

「ええ、これもみなさんのおかげです」


 セムが明るい声で答えると、静かな湖畔に石を投げ込んだように人々の間からざわめきが波打った。


「終わったのか……?」

「俺たちの力で……」


 静かだったざわめきは互いに共鳴しあい、やがて歓声となって音は膨れ上がっていく。

 星降りの指輪と鎧衣(プロメティア)が、互いに共鳴しあって力を増していったように、それはやがて大きくひとつとなって、空にこだまするほど広がっていった。


 ――これで帰れるんだ。


 リュウヤは歓喜にわく町の様子を無言のままじっと見守っていたが、帰れるという自身の言葉に反応するように気が抜けてしまうと、重い疲労感が一気にリュウヤの身体に襲いかかってきた。堪らず、リュウヤが芝生の上に座りこむとそのまま大の字になって倒れ込んだ。

 背中や首筋に芝生の葉先があたり、草の匂いがつんと鼻腔を刺激した。

 視界には銀色に輝く星々の海が一杯に広がっている。

 リュウヤの胸の内を生きているという実感が胸を浸した。達成感、高揚感の余韻が残っているせいか、星たちのきらめきは自分たちを祝福してくれているように思えた。


「嬉しそうね」


 頭上からテトラのからかうような声がした。

 当然だろとリュウヤは目をつむって、肺一杯に深呼吸をした。


「だって、こうして生きているんだぜ」


  ※  ※  ※


 都市国家ムルドゥバ、エルザ宮殿執務室。

 アルド・ラーゼル将軍は窓の外を眺めながらフレイ内相の報告を聞いていた。

 遠くに映る中央通り付近から、街の灯りが夜空を照らしていた。日もそろそろ明日へと移る時刻のはずだが、街はまだ眠る様子をみせない。 いつものムルドゥバの夜といった光景だったが、アルドにしてみれば、ようやく落ち着きを取り戻したといった気分だった。 三時間ほど前、突如巨大な隕石が上空に現れ、直後に青い光とともに隕石を抱え込む光の巨人の姿があった。蝶の羽根を広げて飛び立ち、一瞬、激光が室内を満たした後には何事もなかったように澄んだ星空に戻ったのだが、地上はそうはいかず、ムルドゥバの街は騒然となった。

 軍も出動するまでとなり、ようやく鎮静化して普段のムルドゥバに戻ったところだった。

 そこへ情報収集にあたっていたフレイ内相が、アルドに報告へときたのである。


「……隕石と光の巨人については、星降りの指輪によるものということか」

「はい」

「なるほど、ただの骨董品ではなく、伝承のとおりの魔道具なわけか。恐るべき力だな」

「我が軍はまだ武装解除しておりません。命令があれば、ただちにシュタルトを制圧しますが」

「セム祭主は親ムルドゥバ派だろう。それにあの光の巨人をつくりだしたのは駐留部隊や民衆が関わっていると、君が言ったばかりではないか」

「そうですが、このままにしておくので?」


 そうだとアルドは言った。


「今は彼らに水を差す時ではない。セムはシュタルトをムルドゥバへの編入を望み、シュタルトの民衆はセムを支持している。今回の件でシュタルトへの同情も広がる。下手な圧力は逆効果だ」

「……」

「軍を送るにしても、制圧ではなく医療や水、食料といった支援物資を送り町の復興に尽力することだな」

「しかし、星降りの指輪をそのままにしておくのはどうかと」

「指輪はセム祭主にしばらくは預けておこう。アルベキアも迂闊に手を出せんだろう」

「わかりました。では、次にアルベキアはいかがいたしますか」

「王はやはり愚物だな」

「……」

「ただの傀儡かいらいでしかないのに調子に乗りおって」


 シュタルトの扱いとは打って変わり、アルドは苛立たしげに舌打ちした。

 

「アルベキアの政府高官に内通者が何人かいたな」

「ええ。何人どころか半数以上ですが」

「屋台骨は腐っている。そろそろ新しいものにつくりかえろと伝えておけ」

「かしこまりました」


 フレイは恭しく頭を下げた。

 アルベキアがシュタルトにミランのような人間を送りこんだように、ムルドゥバもアルベキアにも工作を仕掛けている。独裁と暴政により工作も容易で、王に富が集中するが、最終的にムルドゥバに利がまわる仕組みが構築されていた。アルベキアの富を奪い、民衆の不満は圧政を続ける王に向けられるように仕向けているのだが、王は豪奢な生活に満足して気がついていなかった。

 主要な大臣将官もムルドゥバ派で占められ、アルドにしてみれば傀儡国家という認識だった。だが、工作員の活動を許し情報も得られていなかった。傀儡かいらいと認識するには詰めが甘かったようである。今回の件でアルベキアを制圧し、統治下に置くことも可能だったが直接支配は不平不満が直接ムルドゥバに向けられるために手間が掛かる。

 王を変えさせて、不満の目を逸らさせた方がムルドゥバには都合が良い。


「聞き分けのない犬は、処分しないとどうしようもないな」


 アルドは仏頂面のまま、ドカリと椅子に腰を降ろした。フレイは今の言葉が独り言だと知っている。余計な口出しは無用で、フレイは無言のまま頭を下げて執務室から出ていこうとした。


「待ちたまえ」

「は」

「フンゼルの件だがね」


 つかんだドアノブから手を離して、フレイは直立の姿勢をとった。厳しい視線がフレイを刺してくる。


「彼は見つかったのか」

「ええ、フンぜル司令官は二ーナ近郊で一人でいたところを警備隊が確保しました。今、こちらに向かっています」


 シュタルト国駐留軍司令官フンぜル・イバルは任務を丸投げした後、迫る〝照星〟に恐れおののいて、今度は一人でシュタルトから逃げ出していた。衣服も〝星奉祭〟出席時の礼服のままで、国境の町二ーナで警備隊につかまった時は衣服はぼろぼろ。シュタルトから走って逃げて来たということで頬もげっそりと痩せこけて、恐怖のあまり白髪へと変わり見るも哀れな姿となっていたという。


「彼は士官学校では次席の成績なんだろう?」

「ええ、先に戦死したガルセシムに次ぐ成績でしたよ」

「自らの任務を放棄した罪は重い」


 一呼吸置き、次に発せられたアルドの言葉にフレイは耳を疑った。


「彼には死一等が相応しい。司令官を罷免し、銃殺刑とするように」

「し、しかし、軍法裁判で判断することでありまして……」

「無論、裁判の判断を尊重する。これは私が軍法に照らした上での意見だ」

「お言葉ですが将軍。先の戦争ではガルセシムを失い、また次席を失うとなると士官学校の意義がなくなります」

「ガルセシムは戦死だが、フンゼルは職務放棄。軍人にとって敵前逃亡に等しい」


 アルドはにべもない。


「我がムルドゥバは武を以て今がある。武の象徴である軍人が敵前逃亡など言語道断である」

「……」

「フンゼルは歳も三四。士官学校卒では年配者だったから、分別があると思ったがとんだ見込み違いだったようだ。役人のような軍人ばかり育てないよう、教育内容を見直したまえ。士官学校は官僚育成の場では無い。いかに扱う武具が変わろうとも〝武〟のムルドゥバであることを忘れるな」

「はい。ですが、教育内容に関しては……ナムトフ軍相と相談の上で」

「うむ」


 アルドが不機嫌そうにそっぽ向き手を払う仕草をすると、フレイは大汗をかきながら逃げ出すように執務室から退出していった。


「まったく……」


 大きく息をついて、アルドは目の前のファイルを手にとった。書類を眺めるうちに、火山のように沸き起こったアルドの怒りは幾分落ち着いている。

 銃殺刑が妥当という個人的な意見に変わりはないが、軍法裁判が出した結論に口出しをするつもりはなかった。それにフンぜルの実家は資産家で、息子の危機に協力者を募って必死に嘆願をしてくるだろう。その内容次第で助命し閑職へ異動くらいには考えるようにはなっていた。士官学校の次席というだけに、他にも使い道はあるはずだ。

 二度と陽の目は見ることはないだろうが、死罪を免れるのだから文句は言わないだろう。そしてフレイとアルドのやりとりも軍の隅々までいきわたれば、軍令紀律が厳正に引きしめられるだろうというのがアルドの考えだった。


「人は身のほどを知らねばならん」


“アデミーヴ”

“プリエネル”


 呟きながら、書類の中に記載された文字と、資料に描かれた設計図を交互に目にしながら独白した。どちらも甲冑をまとった人のような形をしていたが足はなく、甲冑を着た魔物とも言えた。


「今は力を集めなければ……。星降りの指輪を凌駕するほどの力を」


 その力が集まった時、それは神にも等しい力を得るだろう。

 不意にわいた高揚感に押されるように、アルドは呼び鈴を鳴らした。遅番の案内係が執務室に入ってきた。


「今からケイン・キューカ博士を呼んでくれ」

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