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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
番外編4「星降る空の下で」
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星降る空の下で

 セムの言葉に先ほどからの疑念は確信へと変わり、リュウヤとクリューネは同時に照星を見上げた。ほんのわずかな間に光は強さを増しており、目を凝らせば、たしかに月よりも倍ほどの大きさとなっている。


「そこにいるの、リュウヤ君?」


 ふとテトラの声がし、振り向くとと城門からテトラが副長を連れてやってくるのが見えた。水を取りに出掛けたまま戻って来ないセムを心配して、部下に捜索の手配させたのだが、テトラ自身も捜しに出掛けていたのだった。


「テトラ隊長……」

「セム祭主、そこにいましたか」


 セムの声を聞き、テトラは安堵した表情を浮かべたがそれどころではないと思い出して、話題をすぐにかえた。来る途中、空の異常な様子をあちこちで耳にしたらしく、ひどく緊張した面持ちでいる。


「星がこっちに向かってくるとか、光が増しているとか街は大騒ぎになってるみたいなんだけど、いったい何が起きているの」

「星が向かって来る?」


“ク、クク……”


 その時、後方からくぐもった声がした。

 振り返ると、死体と思われたロイドの身体が小刻みに震えてだしている。

 ミミズのように奇妙な方向にねじ曲がった腕が動いて、折れ曲がった身体を起こそうとしていた。リュウヤが驚愕の声をあげた。


「生きている?バカな、手応えはあった。それにあの高さから落ちて無事なはずがない」

“ロイドは死んだ。……いや、もとから死んでいたのを、私の力で蘇生させていたのが正しいのか”


 ロイドの身体がゆっくりと起き上がっていく。

 ロイドの声は女のものと重なっていた。その声の主にクリューネが唸った。


「お前は“セム”か……」

“ロイドの心臓は私の魔力で動いていた。リュウヤ・ラングの刃はロイドの身体を断ってもせいぜい脇腹。心臓までは到達していなかった。おかげでまだ魔力は残っていた”

「……」

“私はそこのセムの思念によって生まれた者。今の私は魔力をたどってロイドの中にある”


 ロイドが顔をあげ、星明かりに照されるとセムは顔を覆い、リュウヤとクリューネは呻いていた。

 顔がないといった方が正解かもしれない。ただの肉の塊。鼻はあらぬ方向につぶれ、顎が砕けてただれた口には歯もなく、だらだらと血を垂れ流していた。目もつぶれて混ざってしまい。描いた人物画をぐしゃぐしゃに混ぜたような代物になっていた。


“星降りの指輪による最期の力。とくと思い知るがいい”

「なんだ、何をした!」

“照星を私の祈りによって呼び寄せた”

「呼び寄せた?」

“もはや私に力は残されていない。私は間もなく消える。だが、きさまらも道連れだ。偉大なるシュタルトの力、とくと味わうがいい!ハハ……ハハハハ……!!”


 高らかに哄笑するロイドとセムの声がぷつりと途絶えた。洞穴のような口を開けたまま立っていたが、やがて糸が切れたように前のめりに倒れていった。不気味な重い音が周囲に響いた。ロイドの身体から金色の光の粒子が立ち上り、空の中へと消えていった。


「おい、ロイド!いや、セムか……。くそ、どっちでもいい!なんなんだよ、勝手に死んでんじゃねえ!」


 リュウヤが激しく肩を揺すり怒鳴ったが、ロイドはピクリとも反応しない。


「ダメじゃな。今度こそ完全に死んだ」


 竜眼で魔力の反応を確認しながら、クリューネが言った。隣ではセムが息を呑んでロイドの骸を凝視していた。


「呼び寄せた?まさか、そんなことが……」

「なんじゃ。セムは、こいつらは何をした!?」

「星降りの指輪は太古の昔、照星より飛来した隕石を大火で溶かしてつくられたと言います」

「それは聞いたことがある」

「過去にはあの星自体が巨大な魔石という説を唱える者もおりました。しかし、長い間、指輪を操れる者がいなかったために証明できるものがなくただの俗説とされていました。しかし、こうなると俗説では済まないようですね」

「……」


 星降りの指輪は、照星と使用者を繋げる魔法の道具。超巨大な魔石である照星より魔力を増幅させ使用者に強力な魔力を与える。太古の使用者はそんな星降りの指輪を使い、人間を敵から守り崇拝されてきた。しかし、誰にでも操れるではないために星の力を最大限に使えるはずの儀式も次第に形式化していき、長い歴史の間に崇拝も薄れてシュタルトは力を失っていった。


「〝星を動かす〟か。まさに伝承のとおりてわけね」


 シュタルトまでの車内で自分が口にした言葉を思い出して、テトラは唇をかみしめながら天を仰いだ。星を相手にしてさすがに剣は通用しない。進退窮まったかと思いながら、テトラは照星が向かってきているはずの方向を睨み上げていた。


「あの“セム”は、魔石の塊であるあの星を呼び寄せた。つまり……」

「この星をここに落とす。あの野郎、何を考えてやがんだ」


 リュウヤが吐き捨てるように言った。愛したはずの自分の祖国ごと道連れにする神経が理解できないでいた。どうせ滅びるなら自分たちの手でひと思いに全てを破壊ということか。ふざけるなと、怒りで全身の血が煮えるようだった。


 ――だが、どうする。


 バハムートも既に変身を解いている。魔力も尽きた。だが、何もしないまま終わるわけにはいかなかった。最後の最後まであがきつづける。頭は熱を帯び、思考はぐるぐると目まぐるしく回転していたが、ふとひらめいたものに一筋の光明を見出したように思い、熱を帯びた頭は急速に冷めていった。


「セムさん、星降りの指輪だ」

「え?」

「セムさんが指輪をつかって、あの星を押し返すんだよ」

「でも、私には指輪を使いこなすなんてできなかったんですよ」

「できる。セムさんなら」


 リュウヤはセムの両肩を掴み、まっすぐにセムをみつめた。


「あの〝セム〟をつくりだしたのはあなただ。自分に自信が無く気がつかないだけで、あなたにはそれだけの力がある。強力な魔導士を生み出せる力なんて並大抵じゃできない」

「でも……」

「自分の力を信じろ」


 自分をみつめるリュウヤの強い瞳がまぶしすぎて、セムは思わず目をそらして手元の指輪に視線を落とした。指輪はまだ静かに、ほんのりと光を帯びたままでいる。自分にそんな力があるのだろうか。顔をあげられずさ迷う視線の中で、無残な姿で倒れているロイドの背中が飛び込んで来た。

 あの醜悪に崩れた顔。ねじ曲がった身体。最期までわかりあうことはできなかったが、それでも頼もしく立派な弟だった。それが今は草むらのなかで惨めな死体となっている。

 そんな姿にしたのは誰か。

 自分ではないか。

 国のため、未来のために斬ってくれとリュウヤに頼んだのは自分。

 あのままロイドに甘んじて討たれていれば、それよりも前にロイドに国を任せていればこんなことにはならなかったのだ。

 今の事態になったのは自分のせいではないか。

 国のため、未来のために決断したこと。

 それならば。


「……やります」


 きっぱりとした口調でセムが顔をあげた。

 星降りの指輪をはめたセムから、気弱で自信なげな表情が消えている。

 まっすぐにリュウヤを見つめる瞳からは、強い意志を感じさせ、ある種の凄味があった。見開いたままリュウヤから離れると、落下してくる照星に向き直った。光は両手を組んで祈る姿勢をとった。

 雰囲気が一変したセムをリュウヤ達は固唾かたずを呑んで見守っていた。


「〝星よ、我が祈りの言葉を聞け〟……」


 セムの言葉に反応するかのように、星降りの指輪が燦然と青い光を放つとその光がセムの身体を包んでみるみるうちに膨れ上がっていった。足元に魔法陣が生じ、セムの身体を中心にして強風が吹き荒れた。


「うおっ!」


 吹き飛ばされそうなくらいの衝撃に耐えながら、リュウヤたちは細めた眼の隙間からセムを注視している。全てをセムに託した。今はセムを信じ見守るだけ。白い月光に包まれていた照星の大きさは、もはや天を覆うほどの大きさとなっている。不気味な轟音が虚空に響きはじめると、やがて成層圏に突入した白い光の星は正体を現したようにごつごつとした岩肌を露出させ、禍々しい熱波に焼かれながら突進してくる。クリューネの眼には悪魔が笑っているようにも映った。

 地響きが鳴り、大地が大きく揺れた。地震で〝コートドール〟が崩れ始めた。

 副長が喚いた。


「隊長、ここは危険です!離れましょう」

「ここが一番安全よ。良く見なさい。セム祭主のつくった魔法陣が結界をつくっている」

「な、なるほど……」


 落ち着いて周りを見ると、たしかに崩れて落ちてきた瓦礫や岩を生じた結界が粉砕し弾いている。

 それはどんどんと膨れ上がり、範囲も広がっていった。結界内は激震もおさまり、セムと星降りの指輪の力が作用しているのか、建物も岩山も崩れずに均衡を保った状態でいる。


「それに今さらどこに逃げるつもり。白虎隊副長がじたばたしないこと」

「も、申し訳ありません」


 副長はじっと空を見上げていたが、唐突にテトラの手を握ってきた。さすがのテトラも副長の大胆な行動に、内心ではかなり驚いていたのだが、表ではなんでもないといった平然とした顔つきでいる。


「どうしたの」

「あ、あの……申し訳ついでですが、怖くて仕方ありません。手を握らせていただいてよろしいでしょうか」

「今回だけ見逃してあげるわ。普段だったらぶっ飛ばすとこだけど」

「す、すみません」

「そんなみっともない姿を部下がみたら、みんながっかりしちゃうわよ」


 できるだけ動揺をさとられないようにしながら、テトラは軽く笑ってみせた。

 恐怖があるのはテトラも同じで、この場に誰もいなかったら、もしも隊長という立場でなかったら、副長と同様にリュウヤやクリューネに手を握ってもらっていたかもしれない。白虎隊隊長というだけで、ほとんど絶望的な状況にも関わらず痩せ我慢をしている自分がおかしかった。


「強いですね、隊長は」

「強いんじゃないわよ。かっこうつけなだけよ」


 口にしてみて、自分が体裁を保っていられる理由はそれかなという気がした。


  ※  ※  ※


 空から飛来する巨大な光の球が、真っ赤に燃え盛る醜悪な岩肌を露出させて正体を現すと、それまで町の広場で状況を見守っていたシュタルトの人々は一斉に悲鳴をあげた。

 ある者は世界の終わりと、ある者は天の怒りだと叫んでいたが、星ひとつが落下してくるのだからどちらでも大差は無かったかもしれない。ただ、彼らの認識で共通していたのは、もはや絶対的な力の前になすすべもないということだけだった。

 やがて星はどんどんと膨れ上がるように迫り、反比例するように人々の悲鳴や怒号も消えていく。そうなると、人々はただ膝をついて祈るしかなかった。ムルドゥバやシュタルトも、老いも若きも男も女も、強きも弱きも関係なく無言で間近に迫る死に対し祈っている。

 重い沈黙が支配する中、見てと誰かが叫んだ。

 声の様子から、幼い子どものようだった。

 状況をいまひとつ把握しきれていないから気がついたのかもしれない。


「シュタルトのお城から光が広がっていくよ」

「ホントだ。青い光」


 子どもたちの声にうながされるようにして顔を上げると、人々の間からどよめきが波打つようにわき起った。青い光は急速と広がりを見せ、天へと向かって膨れ上がっていく。巨大な半球のような形となってシュタルトの国土の外まで広がり、やがてこの星の半分まで及んだ時に青い光は〝照星〟と激突した。


「きゃあ!」


 いかに強力な結界に護られているとはいっても、ひとつの星との激突によって生じた衝撃は凄まじく、まともに立ってはいられない。セムが転倒しかけたところをそばの壁が崩れ落ちてきた。リュウヤが咄嗟とっさに助け起こすと、そのまま鎧衣プロメティアを発動させて瓦礫を弾いた。「す、すみません」

「いいから集中して。俺が守る」

「は、はい……!」


 一瞬の気の乱れを突くように、〝照星〟が激突した箇所からセムの結界が歪んできている。急いでセムは神経を星降りの指輪に集中させた。みるみるうちに結界は修復され、反対に照星を少しずつ押し返していく。


 ――この力……。


 自分でも驚くほどの力に、セムには違和感があった。

 力が溢れてくると言えば簡単だが、感じるものは星降りの指輪だけではなく、それは外から流れ込んでくる。どこからか辿るうちに、それは自分の手から伝わってきているようだった。その先にはリュウヤ・ラングの手の感触がある。


 ――そうか。


 セムの中にある答えが導き出された時、それが自分に、そしてシュタルトにとってもっとも相応しい答えだと思えた。

 ただの力ではない。勇気や希望と形容するものがセムの身体から溢れだしていた。


「……すげえな」


 照星を押し返す結界を見上げながら、リュウヤはセムの集中を乱さないよう、口の中で呟いた。

 星降りの指輪が魔力を増幅させる道具とはいっても、星を動かすほどの、それも落下したものを押し返すほどの力となるとリュウヤのような微力な魔力ではどうにもならない。今起きている現象は、セムの秘めた力が尋常ではないという証だった。

 目を見張るリュウヤの手に、そっとやわらかなものを感じた。いつの間からなのか、リュウヤはセムの手をずっと握り続けていた。邪魔になると思い、リュウヤは手を離そうとしたが、セムはずっと握りしめたままでいる。


「セムさん……?」

「リュウヤさん。この手を離さないでください」


 セムが言った。


「あなたの手を通じて力を感じました」

「力?」

「あなたの力が私の指輪で強さを増し、さらにあなたの鎧衣(プロメティア)によって更に増していく。この溢れるような力もリュウヤさんの力が加わっています」

「力が増していく……。そうか」


 リュウヤは振り向き様に怒鳴った。


「みんな力を貸せ!セムさんと手を繋ぐんだ」

「いったい何をするつもりじゃ!」

「決まってんだろ!これから“星奉祭”の続きをやるんだよ!」

「は?祭りの続きて何を言っとる」

「つべこべ言わず、早く来い!」

「まったく人使いが荒いの……!」

「テトラ!」


 憮然としながらクリューネがセムと手を繋ぐ間、向かってくるテトラにリュウヤが叫んだ。


「副長さんの無線でな、人をここに呼んでこい!」

「人て、いったい誰を」


 テトラはリュウヤが何をしようとしているのか今一つわからなかったが、しかし、リュウヤの勢いに呑まれたままリュウヤへと手を伸ばした。リュウヤはその手を力強く握りしめてくる。


「言ったろ、星奉祭の続きだと。シュタルトにいる人、みんなだよ」

「みんな?」

「皆と一緒に、あの石ころを押し返すんだよ!」


 意味がわからなかったが、テトラも副長もリュウヤの気迫に押されていた。眼は見えなくても、どんな表情をしているかテトラの脳裏にはありありと浮かんでいる。テトラは無言でうなずくと、息を呑んで見守っている副長に目で合図した。副長は無線のマイクを取ると、気持ちの分だけ精一杯の声で怒鳴った。


「至急至急、白虎隊副長より各局宛。至急シュタルト城前に集合せよ!セム祭主があの星を押し返すために協力を求めている。繰り返す。セム祭主が協力を求めている!」


 副長はいったん無線を区切り、大きく息を吸った。


「将兵だけではなく、民間人も……生きる者全てだ!生きたければここに集まれ!」

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