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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
番外編4「星降る空の下で」
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こんなにも空は美しいのに

 もう立てると言いながら、クリューネはリュウヤの手をのけておそるおそる立ち上がってみた。

 足下が多少ふわふわと浮わついた感じがするものの、歩行に支障は無さそうだった。


「意外と大丈夫そうじゃな」

「ま、お前は人一倍頑丈だしな」


 軽口を叩きながらも、リュウヤはクリューネの隣を寄り添うように歩いた。

 疲れているだろうに転ばないように気遣っている気配がし、リュウヤのささやかな優しさが、クリューネにはたまらなく嬉しかったりする。

 二人はそろりと歩き、“コートドール”から街を見下ろせる場所まで来ると、あちこちから火の手があがるシュタルトの城や街の光景が目に飛び込んできた。 街は騒然とし、怒号や物の壊れるがあちこちから飛び交っている。

 魔装兵(ゴーレム)が燃え移った周りの家屋を壊しているのが見えた。隣でクリューネは、“竜眼”を使って地上の状況を眺めている。

 騒然といっても、何か怒鳴り叫んでいる兵士や男たちが見られるが、消火活動や救命活動による怒号のようだった。混乱や暴動といった様子は感じられない。人々はおおむねムルドゥバ・シュタルト両軍の兵士の指示に従い、兵士たちもこれといった横暴な行動をしていない。


「思ったより、町は混乱しとらんな。おおむね、大人しく軍に従っているようじゃ」

「そりゃあ、山をぶち壊したり、怪光線吐き出す化物同士暴れてたら、戦争どころじゃなく自分の身を守るので精一杯になっちゃうよな」


 リュウヤは自嘲気味にへらりと笑ってみせた。


「もとより、ロイドの呼び掛けにも、イマイチ反応が鈍かったからな」


 それだけが理由ではないがと、クリューネは内心、思っている。

 リュウヤが瞬く間に倒した男たちが、反ムルドゥバ派の主要メンバーだったのだろうとクリューネは睨んでいる。そのメンバーが殺されたことで意気消沈し、一気に統率と戦意を失ってしまったのだろう。

 だが、そのことにはクリューネは触れなかった。

 敵に容赦の無い剣技はリュウヤの凄みであったが、魔王軍への復讐のために剣を振るうリュウヤは、それ以外に使うと誇るどころか酷く悩み落ち込む。

 現にリュウヤの表情には、疲れだけではない暗さが滲みでている。リュウヤの辛い表情を見るのは、クリューネにとっても辛いものがる。


「おい、リュウヤ」


 それだけ言って、クリューネはリュウヤの手を握ってきた。


「どうした」

「なんでもいい。とりあえず、お主にひとつ言っときたいことがあってな」

「なんだよ」

「世界がリュウヤの敵となっても、私はお前の味方だぞ」

「……」

「ただし、セリナとアイーシャを泣かさないこと」

「……ああ」

「いいか、忘れるなよ」

「忘れねえよ」


 触れる指先からクリューネの優しさが伝わって来るようで、リュウヤは胸にあたたかいものが広がっていくのを感じていた。暗く重くのし掛かっていたものが、ふと軽くなった気がした。

 ありがとな。

 それだけでは言い足りないように思えて、結局リュウヤは何も言えず、一言すら口にできない自分がもどかしかった。

 そんなリュウヤの隣では手を繋いだまま、クリューネは視線を街に戻して地上の様子を眺めていた。


「焦りすぎたんじゃ、あやつらは。民衆にも生活がある。勢いと武力だけに頼って急ぎすぎた余り、結局周りはついてこんかった」

「……これから、シュタルトはどうなるんだろう」

「ま、あとは祭主のセムとムルドゥバ次第じゃな」


 クリューネの返事は、リュウヤにはいささか他人事すぎるようにも聞こえたが、それはクリューネも感じていたようである。リュウヤから手を離し、気まずそうに街から目を背けた。


「私らは所詮、国を持たない武辺者じゃ。やれることには限界がある」


 うんと背伸びをすると、クリューネはそのまま空を見上げた。荒々しく高ぶった気分も落ち着き、改めて広がる星群を目にしていると、クリューネは改めてその壮大な美しさに目を奪われていた。観光で来られれば、この空をもっと純粋な気持ちで見られただろうに。 


「見よ、リュウヤ。こんな騒ぎにも関わらず、星は綺麗な空に輝いておる。うちらもちっぽけなもんじゃのう」

「こいつは驚いた。お前も感傷的な台詞が言えるんだ」

「うっさいわい。特にあれ見ろ。あの星なんぞ手に届くようじゃな」


 クリューネはそう言って、月の近くにある星を指差した。大きさこそ月ほどではないが、月よりも明るく煌々と地上を照らしている。


「“照星”か」


 とリュウヤが言った。

 深い森でも灯りがなくても地図が読めるくらいの輝きだから、照星と呼ばれている月の衛星で、旅が安全に進められるということで、縁起の良い星とされていた。


「あの星が出たら、翌日の海は豊漁なんだってな」

「ほう」

「あの光目当てに、沖に魚が集まるって」

「そうなのか」


 クリューネも竜族の知識に加えて、長い旅をして来た身である。

 リュウヤが言う程度なら、クリューネもそれくらいの知識は持っていたがクリューネは初耳といった顔をして聞いている。リュウヤを茶化すところと立てるところは、これまでの経験でわかっている。声の響きには懐かしさを楽しんでいる節があって、ここは茶化すところではないと思った。


「ミルト村に住んでいた時、テパて奴から教えてもらったんだ」

「セリナやお主がいた村か」

「うん、良い奴だった。縄のない方、魔法に頼らない火の起こし方、野草の見分け方……。色々と教わったんだ。あいつがいたら、旅ももっと楽しかったろうな」

「どんな奴だ」


 小野田だと日本にいた時の、リュウヤの友人の名をあげた。

 クリューネもリュウヤと一緒に、一度は日本に飛ばされた時に何度か会っているから、小野田をよく知っている。一見、軽くておっちょこちょいな印象を受けるが、芯のある男だったという記憶がクリューネにはある。


「あいつに似ている」

「そうか。そんな奴なら、確かに楽しかったろうな」


 茶化さなくてよかったとほっと“照星”を見上げていたが、やがてある不審を抱いてクリューネの表情が訝しげに眉をひそめた。隣のリュウヤも違和感を覚えていたが、正体が判然としない。

 胸のざわめきは確かなものだったが、互いに正体が漠然としていたために言いそびれ、やがて気のせいだろうと思うようになっていた。


「とにかく、皆のところへ戻ろう」


 気がゆるんで、ようやく空気の冷たさを思い出したのか、リュウヤは大きくくしゃみをひとつした。


  ※  ※  ※


 セムが“星降りの指輪”を見つけたのは偶然ではなく、はじめは何かに呼ばれた気がしていた。


「テトラさん」


 セムはテトラを呼ぼうとしたが、忙しく将校たちに指示しているテトラを見て、セムは声を掛けるのをあきらめた。


「まずは人命第一です。その中でむやみに騒ぎ立てる者がいたら、その場で確保。治療と称して集団から隔離してください」


 副長が用意した折りたたみ椅子に腰掛けながら、テトラは手早くムルドゥバ、シュタルト両軍の隊長たちに指示を終えると、次に水の陳情に訪れた街の区長の相談をしている。

 テトラは副長から治癒魔法を受けながら区長と話をしていたが、そのうちにセムも呼ばれた。貯水池の場所とや倉庫に貯えている水の水量水質の状況を聞かれてセムが答えると、配水の打ち合わせとなっていった。やがて、その話を終えると、息をつく間も無く次の問題が運び込まれてくる。

 目が回るような忙しさで、しばらくの間は“星降りの指輪”など頭から消し飛んでいたのだった。

 テトラがやっていることは、本来なら司令官のフンゼルの役目である。

 しかし、肝心のフンゼルが緊急時に全く対処しきれず、副司令官に職務を丸投げしまって、どこかに消えてしまっていた。そして窮した副司令官が、今度はテトラに泣きついてきたのである。

 クリューネが「意外と混乱していない」と言ったのはテトラの存在も大きいのだが、さすがにクリューネの竜眼もそこまで見抜いていない。

 テトラ本人はとりあえず形は決めて、問題が起きたら微調整というスタンスで臨んでいたが、テトラには人の機微をつかむ勘のようなものがあって、戸板に水を流すようにてきぱきと物事を決めるが不思議と不公平やいい加減といった印象を人に持たせなかった。


「お水を持ってきますね」


 街を警護する憲兵隊の隊長が去っていった後、セムがテトラに言った。

 テトラは疲れきった様子で、自身の剣杖にもたれ掛かっている。

 激闘の後の激務である。気絶しないのが不思議なくらいだとセムは感心するくらいだった。しかし、そんなセムの申し出にテトラは手を振った。


「大丈夫ですよ。セム祭主に、そんなことさせるわけにはいきません。部下に持ってこさせますから」

「いえ、私が動いた方が良いと思います」


 テトラはセムを良く立てて意見も聞いてくれるが、物事はテトラを中心に動いていた。テトラによってある程度のレールは敷かれてしまっていて、相談役には副長が傍に控えている。後は物事という列車を進めて問題があれば微調整する程度で、さしあたって自分の出番はなさそうだとセムは感じていた。

 テトラの部下たちも、テトラの手足となってあちこち駈けずりまわっている。そんな彼らを使うのは気が引けた。それに混乱も騒ぎも治まっている。町の様子を見るにもちょうどいいと思えた。


「では、いってきますね」


 と、テトラから離れてひとり給水所向かったのだが、不意に“星降りの指輪”のことを思い出したのはテトラたちの姿が見えなくなってしばらくしてからである。


「……!」


 それは突然で、押し寄せる波のような衝撃だった。

 同時に斬られたロイドやミラン、業火に焼かれ死んだ“セム”が脳裏を支配し、胸が引き裂かれるようで息が詰まった。膝から力が抜けてその場にセムはうずくまった。拍子に溢れた涙がこぼれ落ちて、抉れた地面を濡らした。

 血を分けた弟に見捨てられ、長年信頼してきた者に裏切られた。時代に翻弄されるばかりで、何もできずにいる自分の人生はなんだったのだろう。

 どうしようもない孤独感に押し潰されそうになりながら、セムは涙で顔を腫らしたままふらふらと立ち上がった。

 荒い呼吸がおさまって、涙を裾で拭うと、自分がまだ“星告げの使者”の格好のままでいることをようやく思い出した。土煙ですっかり汚れたローブを見ていると、お化けの真似をした道化のようで、不意に自嘲気味な笑みがこぼれた。

 セムが何かを耳にしたのはその時だった。


「なんだろう……」


 懐かしい音色が聞こえた気がして、セムは耳を澄ませた。儀式で鳴らす笛に似ていて、詠唱がセムの中に聞こえてくる。幻聴かもしれなかったが、セムは考えなかった。ただ、背中を押されるようにして、音色をたどって足を進めた。水を持ってくるなど頭から消えていた。

 空から照らす星明かりのおかげで、足下には苦労せずに済んだ。避難してしまって人気もない。音色を追って辺りを見回していると、セムはいつの間にかシュタルト城の敷地内に戻っていた。

 胸のざわめきは一層大きくなり、急いでその正体を探るように辺りを見渡していた。


「……?」


 噴水の傍に、人がうつ伏せのまま倒れている。男が一人。退避する時にはいなかった。だが、星明かりに照らされたそれが誰だか、セムには一目でわかった。


「ロイド……!」


 セムは駆け寄りはしたものの、ロイドの下に広がるおびただしい血を前にして、その身体に触れることができなかった。

 空から落下し、ロイドの身体はひとたまりもないはずである。どのような状態になっているのか確認することなど、セムには勇気がなかった。

 セムがたじろいでいると、視界の端にほのかな光がセムの意識を誘った。目を凝らすと、草むらに埋もれて光を指輪が落ちていた。


「“星降りの指輪”……」


 セムは指輪をおもむろに拾い上げ、じっと目を落としていた。魔力を帯びている指輪に対し、安易に手を出すのは危険極まりない行為だったのだが、セムはどうでもいいという気分になっていた。

 自分をはやし立てていた笛の音色もいつしか消えている。この指輪が呼び寄せたのかもしれないが、セムには少しも感動しなかった。

 操る力などなく、セムにとってはただの飾りに過ぎない。弟の死体を見せられ、何を感じればいいのか。


「セム!」


 上空から声がし、見上げると蒼白い羽根をした蝶が舞い降りてくる。リュウヤに抱えられ、クリューネがセムに手を振っていた。


「どうした、こんなとこにひとりで」

「笛の音……いえ、テトラさんの水を探しに」

「こんなとこにか?」

「“コートドール”はあちこち崩れて脆くなっています。こんなところにいたら危ないすよ」

「ええ、そうなんですが……」


 うつむくセムが手にしているものと、近くで倒れているロイドを目にして、リュウヤの顔に苦いものがはしった。

 やむをえない状況だったが、いかに頼まれたとはいえ物事が終わり冷静になってみれば、もっと他にやりようはあったのではないか。どんな慰めの言葉も空々しいものに思えてしまい無言でいると、セムがかたく口を閉ざしたまま天を仰いだ。星の明かりに照らされて、濡れた瞳が湖面のようにキラキラと揺れた。


「あの“星奉祭”の夜も星が綺麗でした。空一杯に星が集まって。それまでは三年間ばかり雨が降って、何かのお導きだと思っていたんです」

「……」

「前線にいるロイドや兵士たちの無事を祈り、想い届くと信じていました。しかし、ロイドをはじめ多くの者が命を落としました。指輪をムルドゥバの美術館に寄贈したのは前回の“星奉祭”直後。祈りなど届かなかったはずなのに、それがこんなことになるなんて……。」

「セムの祈りが届いたのだ。確かに想った結果にはならなんだが」

「え?」


 いぶかしむセムにクリューネが、“セム”が話したこと説明した。

“星降りの指輪”の力によってつくられたこと。

 理想の自分。

 ロイドの命を繋ぎとめたこと。

 クリューネの説明にセムは目を丸くして聞いていたが、話が終わるとセムはふふっと寂しそうに口の端を歪めた。


「理想の自分……ですか。確かにあのセムは、私が思い描いたものです。でも、もっと子どもの頃ですよ?」

「……」

「そうは言っても、心の奥底ではずっと願っていたんでしょうね。果断で行動的。精神的にも肉体的にも強くて指輪を思うように操れる自分。そして大人っぽく、スラッと背が高い自分を」

「……」

「そうか、私の祈りは届いていたのか……」 独白し再び空を見上げるセムの表情が変わった。なにか気がついたように、顔をしかめ感傷から覚めたように空を見つめて首をかしげている。


「どうしたセム」

「いえ、あの“照星”なんですが」


 セムは空に輝く照星を指した。相変わらず月の隣で目映い光を大地に照らしている。太陽の光とは違って一個の強烈なサーチライトのようで、辺りは真っ白に染まり陰影がくっきりとわかれて地面に濃い影を落としていた。


「あの星……、さっきより大きくなってません?」

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