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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
番外編4「星降る空の下で」
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決着

 身体や流れる血が燃えるように熱い。隙間風にも似た自分の荒い呼吸音が、テトラに自身の体力の限界を告げていた。しかし、テトラの頭の中や心は氷のように冷たい。充実した闘志は衰えることなく、研ぎ澄まされた精神は先に佇むミランに向けられていた。


「さあ……来なさい……!」

「馬鹿ね。アンタ、そんな身体でまだ戦うつもり?」

「もちろん」

「そのまま、死んだふりしてれば良かったのにさ」


 冷笑しながらもミランは内心、迷っていた。

 全身を負傷し、まともに動けるはずもない。だが、建物に燃えうつった炎に照らされるテトラからはある種の凄味がある。それに遠くからテトラの名を呼ぶ複数の声が聞こえてくた。声の様子から白虎隊の連中だろう。口の中で「やっかいだね」と舌打ちした。


 ――このまま逃げるか。


 声のする方向は祭主のセムがいたとこころである。既に白虎隊はセムを確保しているはずで、いかに星獣の力があるとはいえ、ぞろぞろ来られては暗殺もむずかしい。シュタルトのためにこれ以上戦っても、アルベキアやミランに益はないはずだった。深手を負っているテトラにも追う力は残っていない。

 だが、しかし。


「いいさ。そんなに死にたいなら殺してあげる」


 身体の内から溢れてくる“星妖(フェアリー)”の力が、ミランに戦いを仕向けていた。

 このまま逃げ帰ったところで大した功績にもならず、この力で先陣に立たされるか新たな別任務で薄暗い道を歩くしかない。だが、テトラを討ちとったと知ればアルベキアの中央を放っておかないだろう。それに、いかに殺気がすさまじくとも相手はふらふらだ。この力に敵うはずがないと勝利を確信していた。

 突如、ミランは魔力を解放させるとボウンと重低音を虚空に響かせ、ミランの身体を中心にして砂煙が激しく舞い上がった。

 逆手に持ちかえた短剣からは、光が刃となって伸びて長剣のようになっている。気力充実し、勝ち誇った笑みを浮かべるミランに対し、テトラはじっと地面に視線を落としている。


「死ね!」


 テトラは闇の中で風が舞う音を聞いた。鋭敏な聴覚を持つテトラでなければ聞きとれないような軽い音。

 風に乗って、猛烈な殺気がテトラへと襲いかかってきた。

 風は下方から吹き上がり、テトラは風の流れにあわせながら膝を折り、前へと出て剣杖を振るった。

 上段から繰り出した一撃がミランの刃を打っていた。激しい衝撃でミランのたじろぐ気配がした。テトラの心眼は、闇の中でミランに重大な隙を見出していた。次の瞬間、テトラは一気に走り、剣杖を胴に叩き込みながらミランの脇を駆け抜けていた。

 重い感触がその腕に伝わり、もの凄い悲鳴が通り過ぎていった。テトラは振り向いて身構えていると、重いものを地に投げたような音がテトラの耳に届いた。


「隊長!」


 副長の叫び声がした。血相を変えて駈けてくる。


「油断しないで。まだ生きているかも」


 剣杖を構えたままテトラが怒鳴り返すと、副長は足を止めて慎重にミランの呼吸を確かめにいった。


「息はありません。死んでいます」

「そう……」


 安堵すると同時に、膝が力を失って倒れそうになった。倒れる寸前で剣杖をついたのと、副長ではない誰かが脇を支えてくれたので何とか堪えることができた。


「セム祭主は?」

「ここにいます」


 テトラの脇からセムの声がした。

 まったく気がつかなかったのは、やはり気が抜けていたからだろう。集中が途切れれば常人のそれよりは鋭敏な感覚があるとはいえ、やはり一般の盲人と変わらない。


「申し訳ありません。捕まえるまでの余裕がなかったのです」

「いえ、今、私があるのはテトラさんのおかげですから」

「セム祭主……」

「それより急ぎましょう。ここは危険です」


 セムと副長で肩を貸し、両脇を支えながら立ち上がった。力を失い、テトラが長身なせいもあって鉛のように重かった。


「行きましょう」


 副長にうながされ、セムは地に伏すミランの死骸を一瞥すると、悲しそうに首を振ってその場を後にした。


  ※  ※  ※


 上空のロイドたちが致命的なミスをしたのは、地上でミランが戦っていたことに気がつかなかったことだった。

 テトラとミランの戦闘が実質10分に満たなかったこと。バハムートとセムの“星魔(フォルネウス)”の戦いで爆煙がそこかしこで立ち上っている。それらが巨大な壁となったこともあって、ミランの動きが察知できずに連携がとれなかった。

 地上の動きを把握していれば、その後の展開も違ったものになっていただろうが、結果、ロイドは疲労困憊したリュウヤに足止めされる形となってしまっていた。


「何故、そんなに動けるのだ」


 ロイドが見据える先で、リュウヤは正眼に構えている。

 ロイドが見たところ、8人の同志を斬り捨てたところがリュウヤの限界なはずだった。勢いは衰え、口を大きく開き肩で息をしているが、細めた目から放つ視線はロイドを捉えて離さない。ロイドが攻めても軽やかに受け流し、或いは強靭に弾き返してくる。

 セムとは完全に分断されてしまい、リュウヤの向こう側で苦戦するセムの援護すらできないでいた。


「おのれ……」


 リュウヤも疲弊していたが、ロイドも疲れていた。焦りもある。息を乱すロイドをリュウヤは瞳の奥でじっと観察していた。


 ――もう少しだ。


 ロイドは焦りとリュウヤの疲労ぶりから、自身の疲れを実際より軽く考えている。リュウヤから見れば、大量の汗を額に浮かべているロイドの疲労も相当のものだ。

 はじめは烈火の如く攻めることによって機先を制し、受けに転じて相手を焦らして誘い込み、そして敵の虚を穿つ。

 蒔いた種がやがて発芽するように、その効果が現れようとしていた。

 正眼から上段に変化させた時、ロイドはその動きに反応して身じろぎした。ミスリルプレートにより集められた魔力が、片刃の刀身に集められていく。


 ――天翔竜雷(アマカケルリュウノイカズチ)か。


 不意に汗が目に流れこみ、ロイドは慌てて目を(こす)った。威力は尋常ではないが、距離があった。遠い間合いとかわせるという自信がロイドに隙を生じさせていた。

 リュウヤはその隙を見逃さなかった。

 上段から脇構えに変化し、膝を屈すると一気に鎧衣(プロメティア)を放出し、矢のように間合いを詰めた。ロイドの眼には夜空に巨大な蝶が羽根を広げたように映っていた。


「リュウヤ……!!」


 ロイドの振るった“星鳥(シャンタク)”の翼も勢いはあったが、隙を衝かれたことと、汗で滲んだ視界はリュウヤを捉えきれなかった。ロイドの一撃をかわしながら、擦れ違い様に振るった刃がロイドの右脇腹を深々と斬っていた。


  ※  ※  ※


 斬られた。

 バハムートとの戦いに集中しなければならず、ろくに状況を確認出来なかったのに、ロイドが斬られた瞬間だけは、セムはしっかりと目に捉えてしまっていた。

 おびただしい鮮血を噴き出しながら、ロイドが落下していく。身を捩り、手をバタバタと振る姿は踊っているようにも見えた。


「ロイド―――ッ!!!」


 ロイドは指輪の力で生きている。指輪の力があればまだ間に合うはず。

 セムは星降りの指輪を発光させながら、セムは“星魔(フォルネウス)”の身を翻そうとしたが、バハムートが光の巨人の足を掴んで離さない。


“行かさんぞ……!”

「おのれ、はなせえ!私が、私が……!」

“やりたいことはやっただろう。セム”


 語りかけるようなバハムートの声はどこか哀しげで、その声は猛り狂ったセムの感情を急速に冷やしていった。虚脱感に襲われ、全身の力が抜けていくようだった。

 バハムート自身も自ら発した言葉によって、それまで敵意に燃えていた頭が冷や水をかけられたように醒めていった。

“お前という存在がセムの想いがつくりだしたものなら、今見える光景が本当にセムの求めていたものなのか”

「……」


 バハムートに言われて、セムは下方から照らしてくる町の大火にようやく気づいた。建物は炎に包まれ、避難したシュタルトの人々が、恐怖に怯えた目でセムを見つめている姿が見えた。


“セムは常に民を考えていた。この決断もシュタルトの未来を考えてのことだ。お前がもう一人のセムなら、こんな光景など堪えられまい。貴様がセムの想いによってつくられた存在であるなら、元のセムに戻れるはず”

「……」

“もう終わりにして帰れ”


 バハムートも国を失った身である。ひとりでは神竜の力でもどうにもならなかった苦い記憶がある。

 国の行く末を巡って迷走しているシュタルトが他人事では済まされないという気分が、心のどこかに引っ掛かっていたのかもしれない。

 いつしかバハムートの声は訴えるような声となり、セムの力はみるみるうちに萎んでいった。“星魔(フォルネウス)”も、光の巨人としての形を失い、砂山が崩れるようにさらさらと形を失って散っていく。

 わかってくれたのかと安堵していると、セムが何かを言った気がして顔をあげた。再び何かを口にした。

 うつむいたまま、セムはぼそりと呟いていた。


「……さい」

“え?”

「……うるさい。うるさい。うるさいうるさい、うるさいうるさい、うるさいうるさいうるさいうるさい、ウルサイウルサイ、ウルサイウルサイウルサイィィィィ!!!」


 狂ったような絶叫とともに、凄まじい激光がセムの身体から爆発した。一旦足を掴んでいた手を緩めてしまったために、突然の強大な力に耐えきれずバハムートの巨体が“コートドール”の反対側まで飛ばされた。


「勝利者面していい気になるな!」

“セム……よせ……!”

「うわああああああっっっっ!!!」


 星降りの指輪がセムの意志に応え、力を増幅させ光が急激に膨張していく。夜空に膨れ上がる光に、地上の人間たちは表情を強張らせたまま佇んでいる。


「“空に瞬く星々よ、我の祈りを聞け!!”」


 セムの動きに併せて、かざした右腕に大量のエネルギーが蓄積されていく。何をするつもりかわからなかったか、竜の肌に伝わる焼けるような熱波が危機を知らせてくる。


 ――まずい。


 バハムートは咄嗟に息を吸い込んだ。最大の武器である“ホーリーブレス”のエネルギーが蓄えられていくが、エネルギー波ごと消し飛ばすにはまだ少し時間が掛かる。


 ――ダメだ、間に合わない。

「みんな、消し飛べ!!」

 セムが叫んだその時、セムは空から一直線に光が駈けてくるのを見た。

 片刃の剣を肩にのせ、歯を剥いたまま猛然と迫ってくる。

 セムだけではなく、バハムートもその姿に気がついた。


「リュウヤ・ラング……!」


 セムが唸った刹那、ヒュンと刃が風を斬る音が駆け抜けた。

 リュウヤの腕には、存分に斬った感触が伝わってくる。リュウヤは“コートドール”の地面に降り立ったが、膝に力が入らずそのまま膝をついた。首だけ振り返ってみると、目を見開いたまま宙に立ちすくむセムと目があった。


「貴様は……、どこまでも私たちの邪魔をする……」

「俺達が正義じゃないのはわかってるつもりだ」

「……」

「だけどな、こっちもムザムザと殺されるわけにはいかないんだよ」

 

 見上げるセムの傷口から溢れる大量の鮮血が、自身の衣服を濡らしていく。

 気を集中させた刃は“星魔(フォルネウス)”を袈裟斬りで一閃し、中心にいるセムの身体ごと斬っていた。セムの身体がよろめくと星魔(フォルネウス)の巨体も形を失い始め、足下から沈んでいくようにして崩れていく。

 呆けたままセムは夜空を見上げていた。

 思念によりつくられた肉体ではあっても、記憶や知識は祭主セムを基としている。死んだ父母や友人や家臣らと過ごした記憶が濁流のように押し寄せてきた。


 ――姉さん、シュタルトのために。


 手を差しのべてくるロイド。

 頼もしく勇敢で精悍な自慢の弟。

 本物の姉だと慕ってくれた。

 でも、それも死んだ。

 目の前で斬られて。

 鮮血を噴き出しながら踊るように。

 斬ったのは誰?

 殺したのは誰?

 さ迷う視線がリュウヤに定めた時、鎮みかけた魂が怒りを爆発させて、身体に残された魔力が蓄えられたエネルギー波に集まっていった。

 消えてしまえ。

 何もかも。

 私たちとともに。


「“星魔(フォルネウス)”……!!」


 セムが残り滓の力で手を振るう寸前、カッと蒼白の光がセムの前に広がった。

 バハムートによって極限まで蓄えられたホーリーブレスが解き放たれ、セムを星魔(フォルネウス)ごと光の奔流の中へと押し流していった。

 熱波が星魔フォルネウスをひと息に剥ぎ取ると、瞬時に皮膚を炭化させた。


「ちくしょおオオオオ……!」


 星降りの指輪の効果が消えてしまえば、残されるのはヒトの肉体しかない。

 浄化を意味する聖なる炎は、セムが喚く以外に思索する時間すら与えない。灼熱の熱波の中でセムの身体があっという間に炭化してしまうと、粉々に分解されていった。やがてそれも、ホーリーブレスの力が消失した頃には、塵ひとつ残らず消えてしまっていた。


「リュウヤ!」


 バハムートの変身を解くと、クリューネはうずくまるリュウヤの傍に駆け寄ろうとした。だが、足を踏み出した途端、膝が力を失って思いっきり転倒した。

 全身を駈ける痛みを感じた時に、自分の状態をようやく思い出して苦笑いしていた。

 竜化する前、立つのがやっとだったではないか。


「クリューネ、無事か」


 リュウヤの方からやってきて、しゃがみこんでクリューネの身体を起こすと治癒魔法をかけ始めた。

 リュウヤは疲労こそ酷いものの、一度治癒魔法で治してもらったために、見た目ほどの怪我はない。


「大して魔力は無いが、その膝の擦り傷と、多少の痛みをやわらげられるくらいはできる」

「すまんな、リュウヤ」

「何を言ってるんだよ。お前こそ、よくこんな怪我で闘っていたな」

「やらんとどうしようもなかったからの。お主だってそうじゃろが」

「そうだけどさ……」


 とりとめのない会話にあとは無言のまま、リュウヤは鎧衣を使い、振り絞った魔力で治療に専念した。確かにリュウヤの治癒魔法は微弱であったが、それでも幾分かは効き目があって、クリューネから身を千切るような激痛もやわらいでいった。


「これで……、終わったのかの」

「セムもロイドも死んだんだ。俺は終わりにしたいよ」

「たしかにの」


 クリューネはぐったりとしたまま、溜息をつくように同意した。

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