リュウヤの〝覚悟(コロシ)〟
魔弾銃を片手に、マーカスが顎をいじりながら一歩前に出てきた。「形勢逆転だ」などと尾行してきた時と同じ台詞を口にしたが、マーカスにはよほど屈辱的な出来事だったらしい。勝利を確信したような笑みを浮かべ、嘲りの眼差しでリュウヤを見ていた。
ただの人間が途方も無い力を得て、有頂天になっている。
マーカスの笑みから、リュウヤはそう感じていた。
――調子にのっていやがるな。
激しく喘ぎながら、リュウヤは細めた眼の隙間からマーカスを観察していた。
弱者をいたぶろうと蔑む視線。
浮かべる冷笑。
傷つき弱った獲物を前にして、舌舐めずりをしているハイエナを連想させた。
「観念したまえ。我々が新しい時代をつくるのだ。疲れきった身体でこの人数相手に何が出来る。もう君の出る幕ではない」
「……」
「ま、膝をついて命乞いするなら、君の無事を考えてやらんこともないがな」
「……んでろ」
「なに?」
「死にたくないなら、すっこんでろ」
「バカめ。この人数がわからない……」
「いいか」
得意気に語り続けようとするマーカスを、リュウヤの鋭い眼光と語気が遮った。
「最後だ、よく聞け。これ以上前に出てくるなら、俺は容赦しない。貴様らはムルドゥバとシュタルトの敵だ。一度掛かってこれば逃げても同じだ」
「……」
「斬るぞ」
鬼。
或いは悪魔。
もしくは死神。
それだけでは足りない禍々しい何か。
リュウヤ・ラングという人間の姿をした異形の怪物を目の前にし、男たちは震え上がっていた。
数人は下着に粗相をし、マーカスも心臓が掴まれたような感覚に陥っていた。
不気味な光を放つリュウヤの眼光によって、戦意が急速に奪われていく。そんな仲間たちの様子は後方にいるロイドにもありありと伝わり、その不甲斐なさに苛立ちながらロイドは背後から檄を飛ばした。
「何をしている!敵は一人、しかも疲労している。臆していたらやられるぞ!怪我を治したら、俺もすぐに向かう」
「は、はい!」
ロイドの声に押されたように、一人の男が剣を振るって飛びかかっていった。しかし、衆を恃みにし声に押されただけで、あまりにも実力差が違いすぎる相手に向かっていくことが、果たして勇気と呼べるかどうか。
リュウヤ・ラングは表情を微動だに変えない。
身体をふらりと軽く揺らして、おもむろに弥勒を振るった。
川辺に釣りでもするような何気ない仕草のようで、ヒュンと風鳴がしたかと思うと、リュウヤの刃が一閃して男の首筋を斬り裂いていた。
「かはっ……」
ただの一刀で男は絶命し、鮮血を噴き出しながら落下していったが、既にリュウヤは男が把持していた剣を奪って飛びさがっていた。弥勒を右手に垂らし、肩で大きく息をしながら佇んでいる。
「まず一人……」
弥勒を血振りしてから腰に納めると、男から奪った剣を軽く振るって感触を確かめた。
雑刀だと舌打ちしたい気分だった。
「こいつらを斬るには、これで十分か」
「ま、魔法だ!距離をとって魔法で倒せ!」
リュウヤの不気味な独白を無視してマーカスが叫ぶと、男たちは弾かれたように後方へと下がり一斉に攻撃魔法を放った。烈火が、雷撃がリュウヤに向かって突進してくる。瞬間、光の粒子を残してリュウヤの姿が消えた。逃げたのではなく、光の羽根でまっすぐに推進してきた。
「死ぬつもりか!?」
マーカスらはその無謀さに血迷ったかと驚愕したが、彼らは突然、強大な力を得たために自らを過信し、疲労困憊しているリュウヤを軽く見すぎていた。また、それなりの修羅場をくぐり抜けても普段は暗殺や誘拐、私刑を主とし、武術に疎い者ばかりだったことも更に不幸を招いた。心得のある者がいれば、リュウヤの剣が更に冴えを増したことに気がついたはずである。
リュウヤは片手で剣を振るうと、雷撃を割ってそのまま相手の懐に飛び込んで、存分に逆胴を薙ぎ払った。背後から迫った男には振り向き様に逆袈裟で肩から骨ごと断ち切り、木の幹を縦に切ったようにぱっくりと血にまみれた身体の内部をさらけだしながら墜ちていった。
「これで三人……」
。
リュウヤはマーカスたちのいない者のように大きく深呼吸している。
ゆっくりとおおきく。
空気を肺一杯に吸いこみ、ゆっくりと吐ききった息が肚を引き締めて新たな力を呼びこんでいく。
ふらっとリュウヤの身体がおじぎするように前に揺れた。
刹那、リュウヤが“鎧衣”を爆発させたように放出すると、リュウヤの硬直する男たちへに飛び込んでいった。
そのまま相手を脳天から叩き割って、柘榴のように脳漿が飛び散る中、振り向きざまにリュウヤは剣を薙いだ。
刃は相手のこめかみに吸い込まれていき、顔半分が宙を舞った。ある者は金的を蹴りあげて潰されてから、くの字に身体を曲げたところで首を落とされた。刃が凶暴な嵐となって次から次へと斬り殺され、虚空に鮮血と肉片を撒き散らしながら、瞬く間に残された男たちはリュウヤの刃に散っていった。
「アンタで……」
リュウヤの視線が、残るマーカスを射抜いた。逃げようとしたが金縛りにあったようで身動きができない。マーカスは放恣した状態のまま、リュウヤが迫るのを立ちすくんでいるだけだった。
「最後だ
「この、悪魔があ!」
マーカスが銃口を向けた瞬間、両腕が急に軽くなった。
魔弾銃と見覚えのある手首が宙に浮いている。凝視した目をそのまま手元に目を向けると、自分の手首が銃ごと消失していた。
「お、お、俺の……」
「終わりだ」
「う、う、腕が……俺の腕が……!!」
唐突にマーカスの声が途切れた。
斬られた両腕の後、キラリと光るものがマーカスが最期に見たものとなっていた。閃光がはしった瞬間トスッとやわらかで軽い音を立てて、かつては仲間のものだった剣の切っ先がマーカスの喉元を貫いていた。
「……」
マーカスの意識も急速に遠退き、視界もぷつりと遮断されたように暗くなっていった。
四肢が垂れ、ガラスのような瞳がまっすぐにリュウヤに視線を向けられている。
故郷の山々や両親を思い出す走馬灯すらも流れなかった。
ひと突きで絶命したマーカスは、リュウヤが剣から手を離すと、刺した剣と一緒に壊れた人形のように地上に落下していった。そして、仲間だった肉塊に激突すると衝撃で四散してしまい、立ち上った砂塵が風に散ると肉塊が入り混じってどれがマーカスのものだったかわからなくなった。
「どうだ、ロイド」
傷病人のように力なくうなだれたまま、リュウヤが弥勒を抜いた。
星の光を浴びて、片刃の刀身が妖しく輝きを放った。
「残りはテメエと、愛する本物の姉さんだけだぞ」
「……化物め!」
ギッとロイドは歯を鳴らしリュウヤを見据えた。
強烈な視線だけはロイドをとらえている。あれだけの奮戦に関わらず、リュウヤは返り血を一滴も浴びていない。ロイドはようやく傷を癒したばかりだった。
地上では、あまりの残忍な光景に気弱な者や親は子の目を塞いでいたが、他は誰もがリュウヤの凄まじい迫力と剣技に圧倒されて悲鳴をあげる暇さえなかった。白虎隊の男たちでさえも息を呑み、戦いを忘れてリュウヤを注視している。
不気味な沈黙の中、ダメだなとテトラは呟いた。
「……リュウヤ君には勝てないかも」
口にしてから、テトラは自分の言葉を後悔して、自分の頬を叩いた。
リュウヤを追い続けることが自身の成長に繋がる。これまでもそうだったし、これからもそうだろう。それに、白虎隊隊長がいかに相手が強大であろうとも、それに屈しているわけにはいかない。
テトラはひりひりと熱い頬を戒めとしながら、リュウヤの気配を追っていた。
※ ※ ※
「化物が!」
反ムルドゥバ派の主要メンバーが駆逐されたのを見て、“コートドール”にいるセムもロイドと同様に歯軋りしてリュウヤを睨みあげていた。力を得るに相応しくない者たちとは思いつつも、まさか“星獣”によって力を得た男たちがいとも容易く倒されるとは思ってもみなかった。8人もいれば時間を稼ぎ、ロイドが加って一網打尽できると踏んでいたのだが、〝殺し〟にかかるリュウヤ・ラングはその予想を遥かに超えていた。
――逃げるか。
考え込むセムの足下からククッと声がした。地に突っ伏したクリューネが、弱々しくも勝ち誇った声で笑っている。
「……どうじゃ、ウチのリュウヤは。降参するなら今のうちじゃぞ」
「黙りなさい!」
クリューネの言葉が逃げるか考えていた逆鱗に触れ、怒号とともセムはクリューネの腹を蹴りあげた。
潰れた声とともにクリューネの小柄で軽い身体はボールのように地面を跳ね、込み上げた胃液と唾液を撒き散らしながら地面を転がっていった。
「が……がはっ……」
「ロクに魔力も残っていないアンタは、そこでくたばってな!」
セムに罵声を浴びせかけられながら腹を抱えて喘鳴していたが、視線だけはセムから離していない。クリューネはセムの言葉を頭の中で反すうさせていた。
――今、“魔力も残っていない”と言ったな。
まだ星降りの指輪が持つ力が未知数なために、バハムートは最後の切り札としてとっていた。クリューネは自分が大ダメージを受けているとはいえ、セムは余裕がありすぎるように感じられた。
列車事故の結末をセムが耳にしていないわけがなく、ムルドゥバでは無名のリュウヤを知っているくらいだから、竜族である自分やバハムートの存在を知らないというのは考えにくい。セムやロイドたちは竜化を体質ではなく、一種の変身魔法だと思い込んでいるのかもしれないとクリューネは思った。
――それに何故、さっきの戦いで、あの星の獣どもを使わなかったのか。
失っても同じものをつくりだせば済むはずなのに、それもせずに通常の魔法で戦っていた。何かできない理由でもあるのだろうか。バハムートを切り札としてとっておいたように。
――切り札か。
クリューネは自分の脳裏に浮かんだ考えから、ある推測をしていた。バハムートも好き勝手に竜化出来るわけではい。制限時間や解除後の期間があるので、使うにはその見極めが要る。そう思ったところでひとつの結論がでた。
おそらく“星獣”も同じなのだと。
――星降りの指輪も、所詮は人がつくりし物。
使わなかったのではなく、使いたくても容易に使えない。
星座の数は十二ではあるが、これも人間が生活の知恵として季節や方角など見定めるため、勝手に決めたもの。別に星座の数にこだわらなくても、二〇あろうが三〇あろうが良いはずだ。しかし指輪から力を具現化するためには、何らかのイメージが必要なのだろう。そのイメージをつくるために必要となったのが星座。
だから使える〝星獣〟の数は十二だとクリューネは断定した。
セムはそのうち十を既に使っている。
――使える“星獣”はあと二つなはず。
二つも残したのは何故かはわからなかったが、そこまで考えた時にセムの声が頭上で弾けた。物思いにふける時間は終わった。これ以上は考えている余裕はない。
「待ってて、今、助けにいくから!」
「させ……るか……!」
掠れた声に振り返ると、血だらけのクリューネが立っている。立っているといってもひ弱なかとんぼのようで、リュウヤよりもさらに酷い。
「そんな身体で何するつもり」
セムはせせら笑った。
リュウヤと違って、総毛立つような殺気は感じない。魔力が底を尽き、虫の息の女が足掻いているだけだとセムは余裕を持っていた。
「なめ……るな……!」
突如、クリューネの身体が金色の光を放った。
「な……、“星魔”!!」
何が起きたのかと正体を探る前にセムは叫び、新たな“星獣”を呼び出していた。クリューネを包む金色の光が膨張し、中から巨木のような二本がセムに掴みかかってきたが、寸前で星降りの指輪によって形成された人型の巨人が二本の腕を掴んでいた。
だが、体格では星魔が遥かにまさってはいたものの、伝わる力は圧倒的で崖の縁まで押されていた。
「なんて力……!」
“我が名は神竜バハムート。小賢しい人間どもよ。思い知るがいい”
光が消失し、その下から現れた白竜が咆哮すると、凄まじい力で星魔の喉輪を掴みあげ、そのまま“コートドール”に叩きつけた。光の粒子によってつくられた巨体が、鉄のような硬さを持つ“コートドール”の岩盤を砕いた。
「姉さん!」
身を翻そうとしたロイドの前を、雷の竜が駆け抜けていった。
疲れきっていても、リュウヤの技と勢いに衰えは感じられない。
「てめえの相手は……、俺だぞ……」
「どこまでもしつこい」
切っ先を向けるリュウヤの息は、ますます激しく乱れ、戦えるのが不思議なくらいだった。だが、今のロイドにとっては驚きよりも苛立ちや怒りが勝っている。
「いいだろう。先はまんまとやられたが、次はそういかんぞ」
「百も承知」
リュウヤは脇構えに弥勒を移し、大きく息をついた。
刹那、光の鳥と光の蝶は爆発したように光を放つと、轟音を唸らせながら激突した。




