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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
番外編4「星降る空の下で」
230/243

覚悟を決めろ

「……野郎!」


鎧衣(プロメティア)”エネルギーを全力で放出して防いだおかげで辛くも一撃目は免れたものの、“星鳥(シャンタク)”の破壊力は壁をぶち破ったような衝撃が背中から伝わってくる。気を抜けば、意識が吹き飛びそうだった。


「墜ちろ、リュウヤ・ラング!」


 躍り上がったロイドが強烈な一撃で、星鳥(シャンタク)の剣刃を模した翼をリュウヤに叩きつけてきた。


「……!」


 バリアを通して重い衝撃が全身を貫き、リュウヤは意識を失いかけて視界が一瞬真っ暗となった。


「リュウヤ君!」


 テトラの叫ぶ声で沈みかけた意識が覚醒した。

 リュウヤはからくも地上から約二十メートル付近で鎧衣(プロメティア)を放出したのも束の間、鎧衣(プロメティア)の羽根が忽然と消えた頭から落下していった。

 リュウヤは意思で胸元の石に呼びかけるが、鎧衣プロメティアは何の反応を示さない。


「魔力が……完全に切れた?」

 

 見上げる先には芝生が広がっていたが、このまま頭から落ちれば無事では済まない。


 ――受け身は万能ではない。だが、最悪を防げ。


 リュウヤの脳裏に、師であり祖父である片山兵庫の言葉が過る。

 受け身をすれば、怪我を完全に防げるというものではない。卵を壁にぶつければあっけなく割れるように、高い場所から地上に激突すれば、もろい人の身体などひとたまりもない。


 ――だが、生きたいと望むなら。


 たとえ腕や足が折れても頭と首と背骨を守り、最悪の事態を防ぐものだと語っていた。

 稽古かそれ以外の時だったかおぼえていないが、まだ幼かったリュウヤが「受け身をおぼえたら、どんなことでも怪我しないの?」と質問したことがきっかけだと記憶している。


 ――死んでたまるか……!


 リュウヤは地上へ激突する寸前、身をひねってなんとか受け身をとることができた。

 ドウッと重い音が響いた。


「……!」


 頭から地上への激突を免れたものの、全身をはしる激痛と疲労で息がつまって身動きができなかった。 悲鳴すらあげることもできないでいた。痛みの具合から、アバラだけではなく腕や足も折れたのだと直感した。

 だが、地獄のような苦しみと激痛の中で苦悶しながら、最悪の自体は免れることはできたと、それだけは確信していた。


「リュウヤくん、しっかりして」


 頭上からテトラの声がし、うっすら目を開けるとテトラの美しい顔がある。視線を移すと見覚えのある噴水や建物が見えて、そこでようやくリュウヤは落下した場所はシュタルト城の敷地内だと気がついた。


「……お前の声で助かったよ、女神様」

「何を言ってるのこんな時に。しっかりして」


 テトラは照れよりもリュウヤに相応しくないおどけた発言に、意識が混濁しているのではと慌てる気持ちの方が強かった。励ましの声を掛けているテトラの耳に、空から重々しくロイドの声が響いた。


「リュウヤとともに焼け死ね!テトラ・カイム!」


 上空にテトラは凄まじい熱波が増幅していくのを感知していた。リュウヤの大炎弾(ファルバス)だと呻く声がテトラに聞こえてくる。


「もうやめて!」


 リュウヤの盾になるようにして、城の入口にいた“星告げの使者”が立ち塞がった。


「ロイド……、もうやめてよ。あなたたちにこの国を任せるから……」


 ロイドは突然の闖入者(ちんにゅうしゃ)に驚いていたが、声の正体に思い当たって声が上ずっていた。


「その声、まさか……」

「私よ、セムよ!」


“星告げの使者”がフードを脱ぐと、栗色の髪をした女――セム祭主――がそこにいた。ロイドがギッと奥歯を鳴らした。


「こっちに隠れていたか……偽物」

「私は偽物じゃないわ。それはあなが一番知っているじゃないの」

「そう。だから偽物なんだ。お前は俺が求めていた姉さんじゃない」

「ロイド……」

「この国の未来のために決めたことだ。あなたは俺たちの未来にいらない」


 絶望の底に突き放したロイドに、セムは言葉を失い涙を溜めたままロイドを凝視していた。

「さよならだ」


 かざした手の内から光が広がっていった。


「ごめん、待っていて」


 空からの波動を感知すると低い声でテトラは素早く立ち上がり、剣杖を下段に垂らしたまま迫る巨大な火球に向き直った。炎がテトラたちを呑み込む寸前、テトラは八双に構えに変え、大きく踏み込むと上段から剣杖を振るった。


「だりゃあああっ!!」


 肚から発した気合いとともに、猛然と振るった剣杖が火球に激突すると、剣杖の叩いた箇所から亀裂がはしり、強大なエネルギーを持った火球を粉砕した。


「奴も魔法斬りを!?」

「もう一丁!」


 テトラはさらに踏み込み、横に薙ぐようにして剣杖を振るうと、唸りをあげた衝撃波がロイドを遥か後方まで押し退けてみせた。


 ――リュウヤ君ほどうまくいかないな。


 魔法を粉砕したといっても、リュウヤのように無効化まではできず、四散した魔法が建物を破壊し、或いは飛び火して焼けた臭いがしているし、衝撃波も天翔竜雷(アマカケルリュウノイカズチ)に比べれば遥かに劣って、ロイドもさほどダメージは無さそうだった。


「とりあえず、反省は後でするか!」


 喚きながら、テトラは続けて衝撃波を放った。


「くそっ!」


 ロイドは踏みとどまろうとしたが、刹那に別方向から飛翔してくる力を感じた。見れば地上から炎の鳥がロイドへと向かってくる。翼で炎の鳥を粉砕すると大爆発が起きて、噴き上がる黒煙の中から地上を睨んだ。


星鳥(シャンタク)と似ている……?いや、これはエリンギアで見たことがある」


 地上では白虎隊の兵士たちが幾何学模様の陣形をつくり、構えた剣先をロイドに向けている。既に紅い光が剣に滞留し、ほとばしるプラズマが兵士たちを繋げていた。


「そうか、あれが白虎隊の“八卦炎風陣(ファランクス)”……!」


 エリンギア東方面から侵攻する魔王軍の魔導士部隊と、互角以上に渡り合ってついに突破を許さなかったが、その要因のひとつが白虎隊が用いる陣形魔法だった。

 古くからムルドゥバを支えてきたもので、陣形魔法自体は珍しくないものの、白虎隊のような巧みさと力を兼ね備えた陣形魔法は他に並ぶものがない。

 陣形を変化し、分離集合によって敵を破る剣、仲間を守護する盾となる。

 現在は部隊が各警護箇所に割かれて全体の半数になっていることもあって、今は威力も半減されてはいたが、それでもロイドが脅威に感じるだけの力はある。その上、中位魔法の合体魔法なために詠唱が要らず、超高位魔法に比べて次弾までの間隔が短く済む利点もあった。


「次、鶴翼に構え!」


 ロイドの反撃の構えに反応し、副長の指示で陣形を変えると、部隊の頭上には魔法陣が盾となって生じてロイドの放った大炎弾(ファルバス)が爆散した。その隙に、テトラが衝撃波を放つ。


「……セム祭主、大丈夫ですか」


 リュウヤが近くうなだれているセムが気になり、声を掛けるとセムの反応はなく無言のままである。

 怪我をしたのかと思い、横たわったまま首をもたげて見れば、セムの華奢な身体が小刻みに震えている。手の甲には小さく反射するものが映り、セムの頬から涙が伝っている。

 やがてセムは顔を拭うと無言で立ち上がり、リュウヤの傍により治癒魔法をかけ始めた。さすがに祭主を務めるだけあって、負傷した腕や脚の痛みがみるみるうちに回復していくのが伝わってくる。


「……今の攻撃で、決心しました」

「セム祭主……」

「この国の栄光を取り戻すため、民族の誇りのため。ロイドにしてみればやむを得ないことなのでしょう。やむを得ない。それは私も同じ。〝捕まえて〟などとはムシのいい話でしかなかった」

「……」

「リュウヤ・ラングさん」

「はい」

「ロイドを斬ってください」

「良いんですか」

「構いません」


 セムは決然とした口調で顔をあげた。もう泣いてはいなかった。


「限られた者の力を頼りにして現状を理解せず、過去に縛られたあの者の行く先は、シュタルトに災厄をもたらすものです。このままにはしておけません」

「……」

「今まで私が優柔不断なばかりに、このような事態を招いてしまいました。その責は私にあります。ですが、私には倒せるような力がありません」

「……」

「お願いします。リュウヤ・ラング。この国の未来のために」


 自分の弟を殺してくれ。

 温厚で優しいセムには耐えがたい決断だったに違いない。身体が震え、泣き出しそうでいるのを必死で堪えているのは夜目でもわかった。

 リュウヤはロイドたちがムルドゥバで放った大炎弾(ファルバス)を思い出している。

 地上に着弾していたら、セリナたちがいる施設まで被害が及んでいただろう。距離はそれほど遠くない。

 リュウヤもかつてはセリナとアイーシャを救出するため、王都ゼノキアでロイドたちと同様の行為をしたが、大きな違いは無関係な人間への配慮の有無ではないかとリュウヤは考えている。

 潜伏先のリーダーに退避を呼び掛けたのが功を奏したのか、リュウヤたちはレジスタンスに無事迎えられたが、一方のロイドたちは呼び掛けにも民衆の反応が鈍い。豊かで便利になりつつある暮らしを捨ててまで得るものにはなっておらず、ロイドたちは民衆を理解せず、ただ古の誇りと独立にこだわって空回りしている。

 ロイドたちの問答無用な行為は混乱以外招きそうもない。放っておけば、そのうち自分たちにも害は及んでくるのだろう。

 正解などわからない。

 しかし、決断した以上は進むしかない。この判断で非難も一身に受けるだろう。

 セムはそれを覚悟した。


 ――覚悟を決めた者に応えろ。


 リュウヤの頭の中で、自分が語りかけてきた。


「わかりました」


 リュウヤが承諾するとロイドと白虎隊の様子をうかがっていたテトラが、隙を見てリュウヤの傍に寄ってきた。


「あまり得意じゃないけど、私のも使えばその怪我くらいは治せるから」

「いや、それより雷槍ザンライド雷鞭ザンボルガ使えるか」

雷槍ザンライドくらいはなんとか……」

鎧衣プロメティアに魔力注入してくれないか。もうすっからかんでな。どうも雷系が相性良い」

「あ、うん……」


 テトラは鎧衣プロメティアを受け取ると、魔力をミスリル製のペンダントに自分の魔力を籠め始めた。その間にリュウヤは立ち上がっているがテトラの聴覚がとらえるリュウヤは息は荒い。立ち上がっても足元がふらついているようだった。


「水を持ってこようか」

「いらねえよ」

「そう……」


 魔力の注入が済み、テトラは終わったよと鎧衣プロメティアを渡したが、その自分の声がぎこちないとわかった。先ほどからリュウヤから生じている凄まじい殺気が、激戦を重ねてきたテトラをたじろがせていた。

 少し前までとは、リュウヤの雰囲気が一変していた。


「ありがとうな」

「……うん」


 リュウヤは乱れた息のまま礼を述べたものの、その声はひどく冷たい。

 リュウヤはセムをチラリと一瞥いちべつしただけで、声を掛けもしない。そもそも掛ける言葉など最早ない。

 テトラとセムが見守る中、リュウヤはおぼつかない噴水に寄り、ザブンと顔を頭ごと水の中へと突っ込んでいった。


「……」


 向かった方向と水の音から、テトラは何となく推測はついたが、リュウヤらしからぬ突然の奇行に唖然としていた。

 やがてリュウヤさザブンと顔をあげると、口の中に含んでいた水を霧にして吹き掛け、柄を濡らした。


「うおおおおおっっっ!!!!」


 リュウヤはボタボタと水滴を垂らしながら獣のような雄叫びをあげると、後はテトラとセムを振り向きもせずに鎧衣(プロメティア)を発動させ、星空に向かって羽ばたいていった。

 近くでロイドと応戦している部下の存在や、隊長としてのプライドがかろうじてテトラを立たせていたが、そうでなければその場にへたりこんでいただろう。

 リュウヤには大局的な視点や確固たる政治思想など無いが、家族や仲間を護る気持ちは誰よりも強い。

 ふりかかる火の粉に対しては、子を護る獣がそうであるように非情なまでに獰猛となるのがリュウヤ・ラングという男だった。

 

“竜に喚ばれた男”。


 それがどういう意味か、テトラは身をもってわかった気がした。


  ※  ※  ※


「……なんだ?」


 上空で白虎隊の攻撃をかわしていたロイドは、寒気を感じて思わず腕をさすった。全身が粟立ち、その源を探ると飛翔してくるリュウヤの姿が映り、その姿にさらに戦慄した。

 歯を剥き出しする表情は悪鬼のようで、剥き出し刃がそのまま喉元に突きつけられるような錯覚を感じた。


「ロイドォォォォォッッッ!!!」

「怒りに我を忘れたか、リュウヤ・ラング!」


 そうなればこっちのものだとほくそ笑み、ロイドは狙い定めて翼をリュウヤに繰り出した。だが、リュウヤは冷静に弾いてそのまま突進してくる。


「……のれっ!!」


 続く連撃もリュウヤは鮮やかにかわしていた。速いというよりも動きに無駄がない。感情に任せるままなら、力任せな動きは単調になりがちなのに。

 ロイドが繰り出した攻撃を、リュウヤは容易たやすく斬って四散させ、更に押し込んでいく。繰り出しても繰り出してもリュウヤには通用せず、異様な剣圧を前にして、ロイドは恐怖を抱きつつあった。突如、左方から熱風を感じ、身をひねったところで肩に焼けるような痛みがはしった。弥勒の刃がロイドの左肩を斬り裂き、腕があがらなくなっていた。

 さっきと動きがまるで違う。

 戦慄がロイドを襲っていた。


「姉さん!“星獣”を……!こいつにはもっと人数が必要だ!」


 ロイドの叫び声にコートドールにいた“セム”も、リュウヤの異様さに危険を感じていた。だが、セムはすぐには次の行動には移せなかった。迷いをみせ、苦しげな表情で星降りの指輪を見ている。

 できれば、この力はまだ残しておきたかった。

 今いるメンバーにはいささか相応しくない。この力を使うには疑問符がつく。

 もっと選ばれた人間たちに与えるつもりでいた。

 しかし。

 この危機では。


「姉さん!」

「わかったわ、待ってなさい!」


 セムは急いで星降りの指輪をはめた右腕を、空に向かって思いっきり伸ばした。


「〝天に仕える星獣たちよ。星降りの指輪の力によって、我らが勇者たちにその力を与えよ!〟」


 セムの詠唱とともに、指輪から光が放出されて、地上の人々からはどよめきが起きた。

 8つの光の球が人々の間から浮かび上がり、空へ飛んでいく。

 光の中には人の姿があり、何人かはリュウヤも見覚えのある。リュウヤたちを尾行したマーカスの姿もあった反ムルドゥバ派の男たちだろうと推測した。光はやがて、リュウヤの周りを取り囲んでいった。

 ユニコーン。

 ワイバーン。

 ガーゴイル……。

 八つの光はそれぞれ星座の獣をつくり、男たちを護っている。


「スゴい。これが星降りの指輪の力か……」

「空を飛べるなんて夢みたいだ」

「信じられないような力がわいてくる。これでムルドゥバや魔王軍とだって戦えるぜ!」


 これまで体験したこともない力を体に感じ、男たちの声は興奮と歓喜に溢れていた。そんな中、リュウヤは佇立したまま男たちをねめつけている。

 その中で、魔弾銃を手にしたスーツ姿の大男――マーカス――がにんまりと笑みを浮かべていた。


「今度こそ、形勢逆転だな」

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