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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
番外編4「星降る空の下で」
224/243

バハムートよ。慎重に、しかし全力で防げ

 油断などしているつもりはなかったのだが、運転席のロイドに意識を向けていたばかりに他へ意識が欠けていたのは否めない。

 そのまま運転席に近づけば、ロイドが攻撃してくるのは疑いようもなく、できればぎりぎりまで近づきたかった。

 リュウヤが慎重に接近を試みようとした時、頭上を激光が照らし、高エネルギーがのし掛かってくるような感覚があった。見上げると、いつの間にか“あの女”が車両の上に立っていて、両手に稲光を放出させている。


「ムルドゥバの犬が邪魔をするな!」


 雷撃が牙を向いてリュウヤに襲いかかり、“鎧衣(プロメティア)”で防いだものの、予想以上に重い衝撃がリュウヤを弾き飛ばした。


「勝手に犬呼ばわりするんじゃねえ!」


 直進しようとしたが、沿線沿いに増えていく倉庫や建物が行く手を阻んで近づけない。上から回り込むしかないと、更に上昇すると光の矢が光軸となって、リュウヤの傍を過ぎ、光の羽根を貫いていった。リュウヤだから何とかバランスを立て直せて飛んではいるが、他の者ならなすすべなく墜落していただろう。


鎧衣(プロメティア)を貫くほどの威力なのか」

「他から回り込めないからね。ここから狙いが定めやすいよ!」


 女が両手をかざして魔力を蓄えていく。光の弓矢と形を変えて、狙いをリュウヤに絞りこんだ。例え蝶のバリアでも、魔力を一点に結集させたものなら貫ける自信がある。


「あなたの羽根は〝魔法斬り〟ほどは頼りにならないようね」

「ちっ……!」

「さあ、来なさい……!」


 弓を引き絞った時、女は異様な唸り声を風鳴りの中で耳にした。目の端に強烈な光が広がっていく。その後に熱波が押し寄せてくる。


「炎の竜……!?」


 咆哮するように炎によってつくられた竜が迫っていた。灼熱の熱波が女を押し流そうとした時、直前で炎の竜が爆散した。巨大な魔法陣を盾にして両手をかざす長身の男が佇んでいた。運転席と思われる天井部分は、紙でも突き破ったように奇妙にひしゃげ、大穴が空いていた。


「“セム”姉さん、無事か」

「大丈夫よ、ロイド」


 無事を確かめ合う二人の様子を見て、一両先の屋根上でクリューネがちっと舌打ちをした。リュウヤが出た後、満員の様子に最後尾から屋根に上がって、ようやく追いついていた。


「私の“臥神翔鍛(リーベイル)”を防ぎよったか」

「ムルドゥバの犬どもめ、どこまで俺たちの邪魔をする!」

「何を言っとるか、聞こえんぞ!」


 喚きながらクリューネは突進した。

 周囲の被害を考え、空き地になったと同時に“臥神翔鍛(リーベイル)”の一撃に懸けたが、それも失敗した。後は近接しかないという判断だった。クリューネが突進するとリュウヤも併せて降下してきた。

“セム”とロイドは素早く目配せすると、リュウヤを無視して一斉にクリューネに突進した。予想もしなかったためにクリューネはかわすだけが精一杯で、互いが入れ違って対峙する形となっていた。


「こらあ!かよわい私相手に、いきなり一対二は卑怯じゃろが!」


 ムキーとクリューネは猿のように怒鳴ったが、もちろん強風によって拡散され、ロイドたちまでには届いていない。顔を真っ赤にして湯気を噴出させながらじたんだを踏むクリューネと、剣を構えるリュウヤに静かに冷笑をするだけだった。


「貴様らのおかげで予定は早まってしまったが、こちらのやることは終わった」

「ロイド、行きましょ」

「そうだな、セム姉さん」


 ロイドは“セム”と呼んだ女を抱き寄せると、星降りの指輪が燦然と光を放って煌めく星が二人を取り囲んでいった。


「待て!」

「さよなら……〝星鳥シャンタク〟!!」


 リュウヤが鎧衣(プロメティア)を使って滑るように翔けて刃を振るったが、それよりも早く二人は列車から離脱し、光の粒子は〝星鳥シャンタク〟と呼ばれる鳥の姿を形成してロイドとともに空へと翔ていった。


「ちくしょう……」


 また逃げられた。

 リュウヤは唇をかみしながら小さくなっていく光を追っていたが、身体を揺さぶる激震がリュウヤを現実に引き戻した。振り向くと、クリューネはロイドがぶち破った天井の前にしゃがみこんだままでいる。不吉な予感がし、リュウヤが隣で下を覗き込むとその理由がわかった。

 運転席は滅茶苦茶に破壊され、運転手もぼろ雑巾のように血だまりの中で倒れている。通常の手段では止まりそうも無かった。


「クリューネ、頼めるか」

「どうするつもりじゃ」

「バハムートと鎧衣(プロメティア)でこの列車を止めるんだ。このまま駅に突っ込んだら皆死ぬ」

「わかった」


 いくらバハムートとは言っても、弾丸のように走る列車を止めきれるか不安があったが考えている暇などなかった。逃げるのでなければ、今はやるしかない。クリューネは意識を集中させると、金色の光がクリューネの身体を包み、光の中へと埋没させていった。


  ※  ※  ※


 悲鳴と激震の中で耳にした音に、テトラは聴覚に神経を集中させていた。


「……獣の雄叫び?」


 声の正体を探ろうとした時、真っ白なドラゴンだよと興奮気味な子どもの声がテトラの鼓膜を刺激した。


「ドラゴン……?」

「隊長!先頭車両に、竜……白い竜が現れました!」

「白い竜……バハムート、まさか、姫ちゃん!?」


 テトラは窓の傍に寄ると、見えない瞳でバハムートらしき気配を探った。


「何?姫ちゃん、どうするつもりなの」

「状況から、おそらく、この列車をとめるつもりです」

「みんな、何かに掴まって!」


 テトラは声を張り上げた。このすし詰め状態では掴まるものを見つけることも困難であるし、衝撃をまともに受ければ虚しい叫びでしかないこともテトラは承知している。だが、今は叫ぶしかできない。轟音に紛れて唸るバハムートの咆哮に、テトラは祈る想いで闇の向こうにいるはずのバハムートを凝視していた。


“ヌオオオオオ……!!”

「堪えろクリューネ……!」

“こういう時は、私をバハムートと呼べ!”

「わあったよ、バハムート様よ!」


 バハムートの剛力が列車の突進を遮り、鎧衣(プロメティア)の光の羽根と撒き散らす麟紛がクッション代わりとなって列車の周りを囲み、車両の脱線を防いでいた。

 しかし、既に数キロほど押されていた。バハムートが全力を尽くせば、線路や枕木を砕きながら猛進する列車を止めることも可能ではあったが、その場合、圧力で列車が潰れされてしまい乗客も無事では済まない。衝撃を和らげながら、列車の突進を防がなければならなかった。


「慎重に……だが力を尽くせ。でも慎重にな!」

“無茶言うな!”


 バハムートは喚きながらも、リュウヤの要望通りに衝撃を堪えていた。そのおかげで列車がかなり減速していったが、既にシュタルトの駅へと差し掛かっている。構内では、巨大な竜が列車とともに駅に押し寄せてくるのを見て、多数の人々が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っていた。


「頼む、鎧衣(プロメティア!!!」


 祈るような叫びとともに鎧衣(プロメティア)が更に輝きを増すと、羽根が巨大なバリアとなって構内を粉砕していく。砕かれた瓦礫が波のようにうねる中、列車は軋みを立てながらゆっくりと進み、あと数メートルで構内に乗り上げるという距離で静止した。

 鎧衣(プロメティア)の光が消失し、リュウヤは先頭車両の上に着地すると、そのまま大の字になって倒れ込んだ。激しく喘ぎ、精も根も尽き果てたといった有り様だった。


「なんとか……やったな……!」

“おかげでさっきまでの酔いがふっとんだ”

「どうだ。良い運動になったろう」

“二度はごめんだ”


 バハムートが金色の光に包まれると、人の姿に戻ったクリューネが手頃な瓦礫の一つにぐったりと座り込んだ。

 リュウヤも同様で、無事に済んだと思うとどっと疲れが押し寄せてきて立っているのも億劫だった。鎧衣(プロメティア)に溜めていた魔力も使い果たし、ギリギリだったと言っても過言ではない。

 ぐったりとうつむいたまま、クリューネが拳を突き出してきた。


「取り合えず、ようやったの」

「……取り合えずお疲れ」


 次第に外へと集まる人々を視界の端に入れながら、リュウヤもぐったりとしたまま、クリューネとコツンと拳を合わせた。


  ※  ※  ※


「リュウヤさん、荷物持ちますよ」

「……ありがと。助かるよ」


 車両の見張り役についていた若い兵士二人が、声を掛けてきたのでリュウヤは礼を言った。兵士たちは明らかに年下に見えたので、それに相応しい態度でいることにした。

 リュウヤの背中で、クリューネはすっかり寝入ってしまっている。

 疲れはててしまったのか、クリューネをいくら揺すっても起きないので仕方なく背負いはしたものの、今度は自分とクリューネの荷物が持ちきれず難儀していたのだ。


「いやあ、助かったよ。こいつのせいで……」

「何をおっしゃいますか。あなたたちのおかげで、私たちも助かったんですよ」

「リュウヤさん、本当にありがとうございました」

「いやいや……」


 礼を言われるとどうにも照れ臭く、ひきつった愛想笑いでしか返せないのが歯がゆかった。気の利いた言葉も思い浮かばず、まあまあ良いじゃないかと何やらぼんやりしたことを口にしながら、クリューネを背負い直して誤魔化した。


「リュウヤさんは普通なんですね」

「普通?」


 唐突な言葉に意味がわからず、兵士たちの顔を見ると、兵士たちは緊張しているのか頬が紅潮していた。


「王都ゼノキアで名だたる将を倒し、エリンギアでは魔王ゼノキアとも渡り合ったというので、どんな恐ろしい方かと想像していたんですよ」

「ですけど、こう話をしてみると、なんというか普通な方でほっとしたと言いますか」


 大袈裟だよとリュウヤは苦笑いした。


「テトラだって、ゼノキアとほぼ互角だったらしいじゃない。あいつだって、普段は普通だろ」

「いやあ、テトラ隊長の訓練や稽古では、かなり恐ろしいんですよ」

「隊長本人も凄まじい稽古してますが、俺たちが気を抜いているとすぐに見抜いて、“気合いだあ、肚だあ!”と響く怒号がまた恐ろしくて」

「へえ」

「俺たちがこんなこと言ったなんて、テトラ隊長には内緒にしといてくださいよ」


 声を潜める兵士がおかしくもあったが、ムルドゥバ軍の精鋭が集う部隊を指揮するには優しさだけでは難しいだろう。隊長としてのテトラの意外な面を聞いた気がした。

 その後は兵士と軽い剣談となり、王都ゼノキアでの闘いについて話をしながら歩いていた。既に一般客の姿は辺りになく、見慣れぬ茶系の軍服姿の兵士たちが事故処理にあたっていた。奇妙に感じたのは、少数の明らかにムルドゥバ軍の兵士たちが、彼らを顎で使うように指示しているからだった。

 他国の兵が、他国の兵を使うなどあるだろうか。同じ軍に編入されたならともかく、これではシュタルトも面白くないだろうと反感を買うのも当然のようにリュウヤには思え、シュタルトの不満となる一因を垣間見た気がした。

 やがて、駅の改札口が見えてくると、そこに処理を見守っている副長とテトラの姿があった。副長から説明に熱心に耳を傾けているテトラに、ムルドゥバの士官服を着た細面の男が兵士五人ほど引き連れて近づいてくるのが見えた。

 礼式に則り、五歩の距離感覚で立ち止まると、男は敬礼をした。きびきびとした敬礼だったが、口元に冷笑を浮かべているせいか、相手を軽く見ているようにリュウヤの目には映った。威張りん坊な人間なんだろうとリュウヤは直感したが、実際に口調や態度も端々から傲慢さや横柄さが滲み出ていた。


「シュタルト駐留基地司令官フンゼル・イバルです。遠路はるばるご苦労様。テトラ・カイム隊長」

「ご苦労様です。早速だけど、シュタルトの代表と話がしたいのだけれど」

「なぜです?」

「今回の事件、シュタルト政府の協力が必要ですから」

「それはできませんなあ」


 フンゼルはにべもなく言った。胸を突き出すような姿勢でそっくり返り、背の高いテトラに冷笑を向けた。


「ロイドなる男とシュタルト人の関与、“星降りの指輪”が盗まれた件については公にできるものではありません。ムルドゥバの名誉に関わります。我々は今回の列車事故を名目に極秘に不審人物を洗いだし、該当者の拉致及び訊問を……」

「それは、シュタルト政府との協力によってです」


 テトラがきっぱりとした声を出すと同時に、副長が前に出で一枚の書類をフンゼルに示した。ムルドゥバ政府から、シュタルト駐留部隊に出された命令書だった。


「調査方法は私に一任されています。それとこの事故処理。シュタルト軍はムルドゥバ軍の部下ではないはず。ムルドゥバへの反発も強く者も多いことはあなたもご存じのはず。火に油を注ぐような真似はやめていただきたい」

「それはあなたの調査とは無関係ではないか。越権だ」

「勿論、駐留隊長を指揮する権限はありません。しかし、こうした上下関係では対立を生み、心の壁をつくるだけで調査方法に支障がでるおそれがあります。それでお願いしているのですよ」


 テトラと傍らに立つ副長の堂々たる体格に圧倒されたのか、命令書の内容に驚いているのかリュウヤにはわからなかったが、フンゼルの嫌みな冷笑が消えて、うろたえている姿は滑稽で痛快ではあった。

 リュウヤの思考は単純素朴で、威張っている相手に堂々としているだけでも感心できる。テトラの申し出はいささか感情的という面もあったが、それが妥当かどうかまでは考えがいたらない。


「シュタルト政府も、ムルドゥバの支援が無ければ経済が立ち行かなくなるのはわかっているはずです」

「……」

「今のところ反ムルドゥバ派もテロ事件の詳細を把握していないようですが、この事故で何らかの動きを見せるはず。lこちらから早く手を打たないと」


 フンゼルは苦虫を噛み潰したように聞いていたが、やがて憮然としながらも「わかりました」と口を開いた。


「処理の指揮についてはシュタルト軍に引き継ぎ、ムルドゥバからも応援部隊を派遣しましょう」

「ご理解感謝します。フンゼル隊長」

「では、駅前に車を待たせてあります。手はずを整えますから、後は隊長殿にお任せします!」


 フンゼルは憮然としたまま敬礼すると、部下とともに去っていった。


「やるなあ、テトラ隊長殿」


 リュウヤが声を掛けると、テトラは肩をすくめた。


「立派に隊長さんやってんだな。正直かっこいい」

「褒めすぎだよ。言わなきゃいけないなと思ったことを言っただけ」


 純粋に感心するリュウヤに対し、テトラは努めて平静に装ってはいたものの、本心では「そうでしょう」などとはしゃぎたいところではあった。しかし、部下を前にしてそんな姿を見せるわけにもいかない。


「早く行きましょ」


 テトラはリュウヤを促すと剣杖をついて歩きだした。足取りはスムーズで、目が見えない者とは思えない。後に書類の入った鞄や手荷物を持った副長や兵士が続き、クリューネを背負ったリュウヤが最後尾となっていた。

 リュウヤの目には、先頭を歩くテトラが眩しく見えたのは西に傾きかけた陽のせいだけではないかもしれない。そんなリュウヤを見透かしたように、背後から囁く声がする。


「……テトラは立派な隊長さんだのう。それに比べてリュウヤは一介の剣士。プータローと変わらん」

「そうだなあ。ちょっと、焼きもち妬いちゃう……」


 そこまで言って、リュウヤはふとあることに気がついた。


「クリューネ!てめえ、起きてたのかよ!」

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