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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
番外編4「星降る空の下で」
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列車攻防戦

 魔力で稼動する列車は、形状は蒸気機関車と同じだったが、煙突から吐き出される白い蒸気は石炭の煙ではなく発熱した魔石によって塩水が気化した水蒸気である。リュウヤがいた世界の電車と比べても音は静かで揺れも少ない。カタンカタンと響く車輪の音も心地良く耳に流れ込んでくる。乗り心地は、快適といって良い。


「これで仕事じゃなかったらサイコーなんじゃがなあ」


 言いながらも、クリューネは陽気にはしゃぎながら、コップに満たしたビールを口にした。

 コップは日本から持ってきたプラスチックの容器を使っている。

 元はワンカップの容器だったようで、いつ入れたのはわからなかったが、クリューネは割れないし持ちやすいからと気に入っていた。


「これから仕事なんだから、あんま飲みすぎんなよ」


 リュウヤとクリューネに挟まれて、客席に備え付けられたテーブル上には、ビールやワインの瓶、つまみ類が所狭しと並べられている。列車移動とは呼び出しに聞いていたが、クリューネはこれ幸いにと、“魔法の鞄”に詰め込んできたらしい。


「野暮なこと言うな。出陣前に勢いをつけるために、酒を飲むのは古来からの慣わしではないか」

「お前な……」


 古に酔い潰れて戦に負けたという故事もある、と説教のひとつでもしたいところではあったが、以前にも似た様なことを口にして言い負かされた記憶がある。

 リュウヤは面倒になって好きにさせようと思い、ため息をついて外の景色を眺めることにした。

 ちょうど海に差し掛かったところで、揺れる波に応じて陽の光がキラキラと反射している。海鳥が列車と競争するように窓の外で滑空していたが、やがて根負けしたかように高く上昇して去っていった。人家もまばらな牧草地が広がる光景はのどかで、眺めているだけで心が弾むようだった。クリューネの言う通り、仕事じゃなかったらサイコーの気分になれたろうにと惜しい気持ちは否めない。


「どうじゃ一杯。テトラと副長さんも」


 クリューネは隣席のテトラたちにワイン瓶を掲げると、テトラは微笑して首を振った。テトラたちのテーブルには書類の束が積まれている。


「列車で飲むと酔う質だから遠慮しとく」

「私も同じで。申し訳ありません」


 表向きはそう言ったがテトラと副長は今後の打ち合わせと、入国手続きに関する書類作成の最中で、クリューネの酒に付き合っている暇など無い。


「付き合いが悪いの」


 口では文句を言いつつもそれほど気にした様子もなく、次々と杯を重ね、一人で飲んで食って騒いでいる。酒とつまみのバターの濃い臭いが気にはなったが、リュウヤたちがいる車両は軍が貸し切っている最後尾で、他に客はいない。車両の入口に見張り役の兵士が一人ずついるだけである。クリューネは酒さえあればそれだけで満足する女なので、放っておけば良い。


「……しかし、この人数だけで乗り込んで大丈夫ですか」

「“星降りの指輪”と“ロイド”のことは、まだ公にしてないからね。いきなり大人数で押し掛けて行ったら、不審に思う人もいるでしょう。ただでさえ、ギスギスしてる国だから。向こうにも味方はいるから大丈夫でしょ」

「しかし、シュタルトが協力してくれますかね。もしかしたら、知らぬふりして犯人たちをかくまっているかも」

「それを見極めに、私たちが行くの」

「……」

「このあとが大変だけど、部隊の指揮をよろしくね」

「はい……」


 副長はシュタルト到着後、テトラと別れて部隊が待機している国境の町ニーナへと再び戻る予定となっている。表向きは近くの山で、二十日間の山岳訓練という名目にしてある。シュタルトに入るのも、国境付近の訓練ということでその挨拶ということにしている。


「シュタルトて、そんなに反ムルドゥバ派が多いのか。同盟国なんだろ」


 リュウヤが二人の会話に入ってきた。クリューネはすっかり酔いつぶれてしまったらしく、テトラが耳を傾けると小さな寝息が聞こえてくる。


「同盟とは言っても、正直なとこ対等ではないけどね。観光と特産品はワインとブドウくらいで、軍事経済輸送とムルドゥバに頼りきり。この鉄道だってムルドゥバ政府が敷設したものなの。最近、観光地として人を入れられるようになったのも、下水が通ってからだから」

「トイレくらいはきちんとしてないとなあ」


 リュウヤの呟きには実感がこもっていた。

 リュウヤは異世界の日本から来てから様々な物の見方が変化したが、唯一、変わらなかったのは衛生観念だった。

 汲み取り式はともかく、中には中世ヨーロッパのように窓から汚物を廃棄している地方や町もあって、旅をする上でもそんな町は必ず避けていた。ミルト村を出てからクリューネと出会う一年半の間の道中、食中毒で一カ月ばかり生死をさ迷ったこともあって、衛生面について口にはしなかったが、いささか神経質になっている。

 竜の力があった当時にレジスタンスに加わったのも、王都ゼノキアまでの道のりを確保するためではあったが、この世界では潔癖とも言われかねない衛生観念も多分に影響している。


「……まあ、そんなシュタルトも大昔は“星のこえを聞く民”として魔王軍が恐れた力を持っていたらしいけど、何百年も前の話。かつての力もいつしか失っていた。そんな国を守るには大国の庇護が必要になってくるのが現実」

「……」

「その引き換えとして、ムルドゥバに差し出されたのが“星降りの指輪”。ま、それだけじゃ足りないから、あの一年の戦争でも駆り出されて多くの死者をだしたんだけどね。星のこえを聞く民のプライドを考えたら、おもしろくない人が多いでしょうね。町をムルドゥバ軍が我が物顔でのし歩くようになったら」


“あの一年の戦争”とは、魔王軍から反乱、独立したエリンギアをめぐって起きた戦争である。魔王軍とは痛み分けという形となって、今は休戦状態となっている。リュウヤとクリューネはその間レジンスタンスから離れて活動していたので詳しい事情はしらない。しかし当時、シュタルトもエリンギア救援という名目で参戦したが、ムルドゥバから“させられた”というのが実状らしい。


「そのおもしろくない奴らの中にロイドとあの女もいて、“星降りの指輪”の力で栄光のシュタルトを復活させようとしているてわけか」

「でしょうねえ」


 テトラは自信なさげに首を傾げていたが、リュウヤもわかる気がした。

 伝説の力を秘めた指輪とはいえ、それだけで栄光のシュタルトを取り戻すなど正気の沙汰とは思えないからだ。指輪の力で国民を煽るにしろ、余計な対立や混乱を招くだけではないかとリュウヤには思えた。


「シュタルトが見えてきましたよ」


 副長が窓を覗き込むように言うと、釣られるようにしてリュウヤも窓の外へと視線を移した。

 沿線から広がる景色は草原からぶどう畑、それから建ち並ぶ人家や建物へと変化していく。赤煉瓦製の建築物がやけに目立つ。その建物群の奥に、のっそりと巨大な山のような影が浮かび上がっている。


「ずいぶんとまっ平らな山があるな」

「シュタルトの象徴と言える岩の大地“コートドール”と呼ばれています」


 副長から巨大な岩山の説明を受けながら、リュウヤはオーストラリアにあるエアーズ・ロックを思い出していた。

 山は町を呑み込むような高さで、頂上は平らとなっていて台座のようにも思えた。ただ写真で見たエアーズ・ロックと異なるところは周りが砂漠ではなく、その麓で岩山を取り囲むようにして町がある。


「年に一回、あの“コートドール”でシュタルト人の儀式を行われているといいます。あの巨大な岩の上で、選ばれし巫女が星に向かい五穀豊穣を祈るとか。葡萄はその象徴らしいですよ。明日はそれを祝った祭なんです」

「どうりで人が多いわけだ」


 リュウヤは他の車両が、乗客で溢れかえっていたのを思い出していた。

 テロ事件もあって、その影響でシュタルトへと避難しているのかと思っていたのだが、観光や祭りの帰省だったわけだ。自分の世界で起きていたことから考えてみれば、美術館が爆破されたといっても、町によほどの甚大な被害や規模でなければ、そうそう日常生活を自粛ムードにもなるものではない。ましてや事件の詳細は公にもなっていないのだから。

 テロ事件直後に不謹慎とも言えるが、またそれも人のたくましさなのかもしれないとリュウヤはなんとなく思った。


「今は儀式だけになっちゃったけれど、伝承だと星降りの指輪で星をも動かして祈りを叶えたなんてお話もあるんだって」

「へええ……」


 テトラは何気なく言っただけだが、リュウヤの心の中でざわめくものを感じた。実際にあの女は超巨大な“大炎弾(ファルバス)”をつくってみせた。あの指輪はまだ本来の力を見せていないのかもしれないと思うと、いつしか背筋に冷たいものが流れていた。


「……あの、失礼します」


 おずおずとした声が車両の後方からした。見ると最後尾の車掌室から車掌が顔を出して、見張り役の兵士に話しかけていた。


「何かあったの?」


 雰囲気を察知しテトラが声を掛けると、車掌はしきりに首を傾げていた。


「さっきから先頭の運転手と連絡取れなくてですね。そろそろ減速しなきゃいけないんですが、どうしたものか弱ってまして……」


 言った途端、列車は大きく揺れて更に加速していく。立っていた車掌が尻餅をついて車掌室の扉まで転がるほどの揺れだった。クリューネも床に落とされ「ふぎゃ!」と悲鳴をあげた。額を真っ赤にさせて涙目のまま覚醒した。


「な、なんじゃこりゃあ!」

「クリューネ、“竜眼”で運転席見えるか!」

「運転席……?」

「寝惚けてないでさっさとやれ!」

「お、おう!」


 クリューネは急いで竜眼を発現させ窓から身を乗り出すと、凄まじい風圧がクリューネに襲いかかってくる。しかし、クリューネは運転席に神経を集中させた。線路は内側にカーブとなっていてクリューネの位置からでも運転席までは確認できる。やがて、竜の瞳には運転席から膨大な魔力を示す光が広がりはじめていく。一運転手が持つ魔力ではない。

 注視するうち、ミラーに人の姿が映った。その姿にクリューネがうっと呻いた。


「ロイド……!」


“ロイド”の名を耳にするやいなや、リュウヤは駆け出していた。テトラも副長を連れて後を追う。だが、次の車両に移った時、リュウヤは愕然として足を止めざるをえなかった。車両はすし詰め状態で容易に前へと進めそうもない。


「緊急事態です!前を空けて」


 テトラが声を張り上げて前に行こうとするが、スペースも出来ない状態ではラチもあかない。じれったい思いで室内を見渡していたが、このままでは列車が駅に突っ込み大惨事を引き起こす。その混乱に乗じてロイドは逃げるつもりなのだろう。


「そうはさせるかよ」


 リュウヤは近くの窓に寄るといきなり窓を全開に引き上げた。猛烈な風が室内に入り、近くの客から悲鳴が起きた。何をするつもりかと、テトラがリュウヤに顔を向けた。


「どうする気なの!?」

「飛んだ方が早い」


 言いながら、リュウヤは窓から身を乗り出した。他の乗客は何をするつもりかと、息を呑んで見つめている。


「あとで来てくれ」


 次の瞬間、悲鳴が起きた。

 二百キロを超えるだろう列車から、突然一人の男が身を投げ出したのだから無理もない。しかし、次に映った光景に人々は目を疑って呆然としていた。飛び降りた男が、背中から蒼白い蝶の羽根を伸ばし、列車と並行して滑空していた。

 そして羽根の輝きが増したかと思うと、光の蝶は光の粒子を散りばめながら、一気に先頭車両へとリュウヤを推進していった。


「頼んだわよ……」


 言いながら、テトラは副長と一緒に乗客を掻き分けながら前に進んでいた。

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