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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
番外編4「星降る空の下で」
222/243

屈指の三人

 蒼白い蝶の羽根を羽ばたかせながら、空に光の鱗紛りんぷんを撒き散らしてリュウヤ・ラングが突進してくる。手にした〝弥勒〟握る手に力をこめた。肩に担ぐようにして構え直して突進する。


「伏せろ皆!」


 地上の人間たちに向かって叫びながら炎に立ち向かうリュウヤに、男と女はバカめとせせら笑った。


「そんな細い剣で何ができるのよ」

「ばかな奴だ」


 基本的に至近距離での強大な魔法を防ぐには、結界で防ぐか、魔法をぶつけるか、幸運を祈って身をかわすしかない。

 近年、“魔装兵(ゴーレム)”といった人型兵器が登場したことで、火力が増強されたものの人そのものの脆さは変わらない。結界も魔力もないただの人間は三つ目を選ぶしかない。

 しかし、リュウヤ・ラングには四つ目の選択肢がある。


「……!」


 睨み据えたままスッと無音の気合いを鋭く吐くと、踏み込む形で上段から“弥勒”を一閃した。

 すると、風がそよぐようにして炎がゆらめきはじめた。炎の進行が止まったかと思うと、炎の塊はゆっくりと二つに分離していった。目を疑うような光景に、今度は男たちの方が愕然とする番となっていた。


「“魔法斬り”だと……?」


 気をまとった刃に斬られたことで、炎の塊は魔力の均衡を失って煙のように拡散していき、やがてわずかな光塵を残して消えていった。


「魔法を斬る……。もしかして、あれがリュウヤ・ラングか?」

「“ロイド”、あんな奴をどうするの」


 異様な事態を目の当たりにして、動揺するあまり、女も男も自分たちの失言に気がつかないでいた。


「“星奉祭”まで日がない。早く逃げよう」

「う、うん……」


 女は指輪に力を籠めると、まとう光の粒子は更に輝きを増し、鳥のような形を作り出すとあっという間に空の彼方へと飛び去っていった。リュウヤは追う力もなく、地上へと降りながらじっと見送っていたが、光の尾を残しながら去るそれは、空を駈ける流星のようにも映った。


「リュウヤ!」


 屋根から降りてきたクリューネが駆け寄った時には、リュウヤは地面にうずくまっていた。肩で息をし、大量の汗がリュウヤを濡らしている。それでも、クリューネの姿にふっと微笑してみせた。


「……クリューネ大丈夫か。怪我はないか」

「それはこっちの台詞じゃ、バカタレ!」

「左腕は動かせる程度には治したんだけどよ。アバラまでは無理だった。さすがにちょっと痛い……」


 リュウヤの声が不意に途切れた。糸が切れた人形のように地面に倒れそうになり、クリューネが慌てて抱きすくめると、リュウヤは既に気を失っていた。


 ――なんという男だ。


鎧衣(プロメティア)”が運んできたとはいえ、自分にだってバハムートの力がある。同じようにできたはずだ。しかし、クリューネは動けず、リュウヤは間に合った上に、鋼の片刃刀のただ一振りで全てを変えてみせた。しかもこの身体で。

 奇跡を目の当たりにしたような不思議な感動が沸き起こり、奮える心がクリューネの瞳を滲ませた。


「バカタレ、リュウヤのバカタレ……」


 無茶しおって。

 ありがとう。

 心配させるな。

 おかげで皆が助かった。

 様々な言葉が浮かんではくるのだが、胸がつまってしまって他に掛けてあげられる言葉が出てこない。ムルドゥバの救護班が駆けつけてくるまでの間、クリューネはひたすら同じ言葉を繰り返しながら、治癒魔法をかけ続けていた。


  ※  ※  ※


 ムルドゥバ政府の中枢を担う、エルザ宮殿の執務室はいつもに増して静けさに包まれていた。政府高官が集う中、純白の士官服に身を固めた女が剣に模した杖をつき、目を伏せがちにしたまま執務机の前で佇立していた。


「シュタルトへの調査……ですか」


 話を聞き終わると、女――テトラ・カイム――は顔をあげると、ナムトフ軍相とフレイ内相が順番にテトラへ説明を始めた。他の高官たちは書類に視線を固定させたままで、耳だけはやりとりに意識を傾けていた。


「それと奪われた“星降りの指輪”の奪還、犯人の拘束だな」

「……」

「今朝、シュタルト政府側から、邦人の被害確認の有無について連絡があった。どうも向こうは何も知らないらしい。駐留軍からの報告も似たようなものだ」

「だが、シュタルト人が関わっていることは間違いない。その調査のためにテトラ隊長と白虎隊を呼んだのだ」

「……」

「何か不満かね」

「いえ、そういうわけでは」


 テトラ・カイム隊長は首を振った。

 テトラの顔はソファーに腰かけるナムフト軍相に向けられていたが、そこに人がいるということがわかっているだけで、視線はわずかに乱れている。窓から差し込む陽の光に反射して、瞳は鮮やかに輝いてはいるものの、テトラの目に映る世界は漆黒の闇が広がっているばかりだ。


「ただ、予定していたケーナ地方へ向かう調査団への護衛は良いんですか?未開の土地で“魔装兵(ゴーレム)”も移動が困難な場所や狂暴な魔物が多いと聞きますけど」

「一旦、ケーナの調査は休止にする。君と白虎隊にはこの件を優先にしてもらいたい。しかし、白虎隊百名が魔空艦や魔空艇で、ぞろぞろとシュタルト国内に向かってはさすがに目立つ」

「……」

「軍の方で列車を手配する。君が先発してシュタルトで調査してほしい。具体的な調査方法は君に任せる」

「了解しました」

「……これでよろしいでしょうか。アルド将軍」

「うむ」


 説明を終えたナフトフの伺いに対し、それまで窓から外を眺めていたアルド・ラーゼル将軍は傍に立て掛けてある大剣を手にすると、杖代わりのようにして床をついてゆっくりと歩きだした。慎重な足取りで自分の席に戻ると、椅子に重い身体をのせた。アルドはひどい腰痛持ちで、彼が手にする伝説の聖剣エクスカリバーも、今は戦いの道具としてよりも身体を支える杖としての役目が大きい。


「リュウヤ・ラングとクリューネ・バルハムントが現場にいたそうだな」

「詳しくは知らないけど、大活躍だったみたいですね」

「報告によれば、“星降りの指輪”で強化された“大炎弾(ファルバス)”を斬ったそうだ。太陽のように巨大な火の玉だったらしい」

「へええ。さっすが、リュウヤ君」


 テトラがヒュウと口笛を鳴らすと、高官の何人かは苦い顔をしてテトラを睨んでいた。

 テトラは元々が木こりの娘で、ふとしたことで地金がでる。端麗な容姿と気さくさのギャップが魅力となって、一般庶民や兵士からはアルドに次いで人気が高かったが高官らのように不快に感じる者も少なくない。特に政府上層部、富裕層に集中していた。


「そのリュウヤ・ラングの話では、犯人は若い男女一組、男は“ロイド”と呼ばれていたらしい」

「……」

「レジスタンスには協力者としてリュウヤ・ラングとクリューネ・バルハムントの両名を寄越すよう伝えてある。君としても彼らがいた方が助かるのではないかね?」

「そりゃあ、モチロンですよ。お互い良く知ってますから」


 汗の匂いや身体の隅々まで、とはさすがにテトラも口にはしない。


「詳しい内容は副長に報告書に渡しておく。ロイドが何者か知らないが、急ぎシュタルトへ出発し奴らに思い知らせてやれ」


 随分とキツい言葉を使うとテトラは思いながら、敬礼すると、フレイ内相に介添えされて執務室を後にした。分厚い絨毯が敷かれた執務室から廊下に出ると、テトラが手にした“剣杖”の先が硬い床をついて、カツンと高い音が鳴り響いた。

 テトラが執務室から出てきたのを見て、窓側から人の近づく気配がした。気配から白虎隊の副長のようだった。


「……リュウヤ・ラングとクリューネ・バルハムントはまだ到着していないのか」

「いえ、まだ姿は見てませんが」


 フレイは副長に書類を渡すと訝しげに周りを見渡した。扉の脇に控えている案内係に視線を向けると、静かに首を振って未着を告げた。


「何をやっとるんだ。これだからレジスタンスは……」

「内相、私らが車で迎えに行きますよ。そのまま隊舎に戻って出発に取りかかります」

「そうしてくれ」


 憤懣を隠さず一言を述べると、フレイ内相は執務室へと戻っていった。テトラは副長を促して廊下を歩きながら小さく嘆息した。


「どうしました。浮かない顔をしていますが」

「急に呼び出されたからね。なんか疲れちゃって」

「魔空艇で長距離の往復ですから。無理もありません」

「それにめんどくさそうな仕事じゃない。情報省の管轄じゃないのかな、これ」

「手に負えないということでしょう。銃や光弾も通用しない魔導士のようですから」

「白虎隊は諜報部でも暗殺部隊じゃないけどなあ……」

「だからでしょう。軍としては数が少なすぎますし、裏で情報省が動けば向こうに勘ぐられる。ちょうど良い位置にいるんじゃないですかね。我々は」

「ちょうど良い位置かあ」


 テトラはぼやきながら宮殿の外に出ると、暖かな陽射しがテトラの肌を刺激した。街の賑やかなざわめきが耳に飛び込んできて、楽しげな空気が伝わってくると、和やかな町の営みが羨ましさと、これまでの疲れが重なって、憂鬱だった気分がますます重くのし掛かって沈んでいくようだった。


「おーい、テトラー!」


 宮殿の正門側から聞き覚えのある声が届き、気配を探ると、そこに三人ほど立っているようだった。


「あの声……姫ちゃんよね?」

「リュウヤ・ラング殿もいますな。門兵と何かやっているようです。……それにしても酷い姿だ」

「でも、元気そうね」


 テトラの目が見えていれば、そこに湿布と絆創膏だらけのリュウヤとクリューネを見たはずである。近づいてくる足音も聞こえてくる呼吸も普段と変わりがない。幾ら治癒魔法で傷を癒したとはいえ疲れ痛みは残るはずで、大事件に遭遇してタフな連中だとテトラは半ば呆れ混じりに感心していた。遅刻したことより先に、怪我の具合が気になっている。


「二人とも怪我は大丈夫なの」

「セリナの飯食って一晩寝たら、すっきりしちゃったよ」

「のろけ話はどうでも良いけど、一体どうしたの。フレイ内相怒ってたよ」


 それがさと、リュウヤは恨みがましそうに門兵を一瞥した。相変わらず門兵は無愛想に立っている。


「身分証忘れちゃって、呼ばれたつうのに入れさせてくれなくてよ。門番の奴に取り次いでくれて言っても“無い奴は入れさせない”、俺の名前言っても“誰だ知らん”の一点張りでさ」

「ごめんね、そういう仕事だからさ」


 テトラが一応謝って取りなしたが、門兵は顔パスができないほど融通が利かない相手ではない。テトラはもちろん副長レベルでも、身分証が忘れたとしても取り次いでもらえれば中には入れる。

 単純にムルドゥバではリュウヤ・ラングはほぼ無名に等しい存在だった。

 敵対する魔王軍では、剣技や剣の拵えを真似するほどの一種のリュウヤブームが起きていると聞いているが、味方であるムルドゥバでは驚くほどリュウヤに冷淡で無視といった方が近い。

 レジスタンスの一介の剣士であることや、ムルドゥバの兵制が剣や魔法から銃に魔装兵(ゴーレム)に移ったこともあるだろうが、“魔法斬り”までするようなリュウヤの力は、装備云々では計り知れないものがある。政府の冷淡さは、それだけリュウヤを警戒している裏返しではないかというのが、テトラの推測だった。


「出掛ける前、セリナに散々チェックしろ言われてこのざまじゃ。バカだろ、コイツ」

「バカは言い過ぎだろう」

「妥当じゃダ・ト・ウ。お主はホントに剣以外の学習能力が乏しいのう」

「な……」


 リュウヤは言い返そうとするが、クリューネにはまるで敵わない。それでも必死に言い返そうとするリュウヤとあしらうクリューネのやり取りに、テトラも副長は笑いを噛み殺すのに精一杯だった。

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