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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
番外編4「星降る空の下で」
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力と女の世の中

 美術館に近づくにつれ、煙は濃さを増し、物の焼ける臭いがリュウヤとクリューネの鼻腔を刺激した。


「こりゃ、ひどくやられたの」


 煙の刺激臭に堪えかねて、クリューネが咳き込みながら言った。

 煙は美術館の二階が噴きあがっている。窓のひとつが全壊し、周囲の壁も破壊されてぽっかりと巨大な穴ができている。黒煙はその奥から、美術館の建物を覆い隠すようにもうもうと吐き出されていた。

 あまりに近づき過ぎると煙で視界が遮られしまうし、二次被害のおそれもある。リュウヤたちは距離をとって、美術館の向かいにある図書館の屋根に降りて、美術館の被害状況を観察していた。

 美術館の出入り口から、人が次々と飛び出してくる。ほとんどは職員か美術館に訪れた客といった様子で、平日ということもあってか人の数もそれほど多くはない。


「テロかな」

「美術館にテロ攻撃しても仕方ないじゃろ。私は何か美術館に目的がある泥棒の仕業と思う。かなりの大胆な奴じゃ」

「泥棒?」

「美術館は貴重なお宝が集まる場所。爆発騒ぎを起こして盗むのは大泥棒がするものと、昔から相場が決まっている。私もメキアでも一度やったことがある。うまく逃げたぞ」

「なるほどな」


“メキアでも一度やった”という部分は聞かなかったことにして、リュウヤは美術館の建物と、出入り口から次々と逃げ出してくる人の群れを注視した。

 突然の出来事に泣き叫び恐怖におののく人ばかりで、犯人と呼べるような人間が紛れているようには見えない。だが、クリューネの言う泥棒の仕業なら、どこかに潜んでいるはずだ。


「おい、リュウヤ。あそこ見ろ」


“竜眼”を発動させていたクリューネが、美術館を指差した。正確には破壊された窓の箇所だ。目を凝らすと煙に紛れて人らしき影が蠢くのを目にした。影は煙を盾にして隠れるように、上へ上へと登っていく。その敏捷さは猿のようだった。やがて影が屋上にあがるとわずかな風が煙を散らした。

 黒衣を着た人物が、屋上から地上の様子を見下ろしている。まさかそれより高い場所から見ているとは思わなかったのだろう。リュウヤたちに気づいた様子はない。


「女か……?」


 黒衣を着た不審な人物は、すらりと背が高く、髪は短いがしなやかさを感じさせる体つきは明らかに女らしいシルエットをしている。


「こりゃあ!そこの怪しい奴!おいこら、泥棒!」


 やにわにクリューネが怒鳴ったのには女も驚いたようだが、クリューネを抱えていたリュウヤもあまりの大声に耳鳴りがした。


「そっから動くなよ!このクリューネ・バルハムント様が引っ捕らえてくれるわい!」

「……」

「おいリュウヤ。さっさと行け。君主の命令じゃ。それいけやれ行け!」

「わあったよ。うるせえから、そんなに怒鳴るな」


 顔をしかめながらリュウヤは鎧衣(プロメティア)の羽根を広げて空に飛ぶ様子を、女は無言のまま眺めている。だが、クリューネは不意に口の端が歪むのを見た。握った拳を真っ直ぐにリュウヤへと突き出すと、中指にキラリと光るものをクリューネの“竜眼”が捉えていた。


「……“星降りの指輪”か!?」


 叫ぶや否や女の指輪から巨大な火球が生じ、リュウヤへと突進してくる。形は炎系高位魔法の“大炎弾(ファルバス)”に似ている。しかし、それよりも数十倍の大きさで魔力も段違いの強さだった。


「よけろリュウヤ!」

「ダメだ!図書館にぶち当たる。中に人がいる!」

「なら、どうするんじゃ!」

「防ぐしかねえだろ!」


 リュウヤは鎧衣(プロメティア)の羽根を広げると羽化したはがりの蝶のように羽根を折り畳ませた。リュウヤを守るプレート群も、主の意思に反応して一斉に動き、巨大な羽根のバリアを形成していった。

 羽根に火球が激突すると、高エネルギーに阻まれて爆音を轟かせながら四散していった。

 女は愕然として虚空に佇む蝶を見上げていた。


「星の指輪の力を防ぐなんて!」


 女は舌打ちすると、状況を不利とみたのか身を翻して駆け出していった。


「リュウヤよ、追え」

「あ、ああ……」


 掠れた声に目を向けると、リュウヤは苦悶の表情を浮かべ、額から大量の脂汗が滲んでいた。


「どうしたリュウヤ」

「タイミングが悪かったみたいだ。左腕とアバラを何本かやっちまった。くそっ……前は大丈夫だったのに」

「リュウヤ、降ろせ。私が追う」

「すぐに追いつくから……」


 以前は竜の力により強靭な肉体があったが、力を失った今ではただの人間でしかない。魔力を増幅し使用者を守る魔法の鎧“鎧衣(プロメティア)”があるとはいえ、まとも衝撃を浴びてしまえば、人の脆い身体は耐えきれない。それでも、リュウヤが今日まで魔王軍の猛者と互角以上に戦えたのは、類まれでは表現できないほどの絶妙な剣技のおかげと言えた。

 残る力でリュウヤはクリューネを美術館の屋根に降ろすと、リュウヤはそのまま突っ伏すように崩れていった。


「しっかりしろよ!」


 声を掛けながら走るクリューネは、リュウヤが手を挙げて応えるのを確認すると、目線を逃げ去る女へと戻して足に力を籠めた。

 リュウヤ・ラングは指一、二本程度の骨折でも平気な顔をして剣を振るう。そんなリュウヤが倒れるほどの怪我を負ったのは、自分を庇ったせいもあるとクリューネはわかっていた。

 何としても追いつく、何としても捕えるとその想いがクリューネの勢いを加速させていた。

 女も鮮やかに疾走するが、かけ足ではクリューネも負けてはいない。屋根という屋根を平地のように駈けて飛び越え、次第に女の背中が近づいていく。


「うっっりゃああああああああっっっっっっ!!!!」

「こいつ……!」


 鬼気迫りながら喚くクリューネに対し、女は急に立ち止まると振り向き様、宙に閃光が奔った。クリューネの頬に焼けるような痛みが生じ飛び退くと、女はダガーを逆手に把持し身構えている。


「喧嘩のつもりか、面白い!」


 頬に薄く流れた血を親指で拭うと、それを舐めてからプッと吐き捨てた。異世界の“日本”という国で見たカンフー映画の真似だ。手を差し伸べると、クイクイッと挑発した。


「ほりゃ、かかってこんかい。そこのオバサン」

「小娘が!」


 女は疾風のように駈けくると次々に刃を振るってきたが、クリューネはほっ、はっと声を発しつつ、片手で逆立ちをしたり大きく後方回転したりと、踊るようにかわしていく。一見、虚仮にしているようだがクリューネなりのリズムの取り方で、クリューネの戦いの流儀といっていい。


「ホウワッ!」


 足刀蹴りで男を仰け反らせると、続いて宙に飛びはねて独楽のように回転しながら蹴りを放ってくる。予想もできない動きに翻弄されてしまい、女は次第に押され気味となっていった。クリューネの打撃は腹部や頭部にダメージを与え、しなる裏拳は女の左目から視力を奪っていた。


「くっ……」


 痛めた左目を押さえながら女は退いたが、そこが屋根の(へり)だと気がついて、慌てて足を踏み直した。


「どうした泥棒よ。腕前は大したことないの」

「くそ……!」

「その下は大通り。下の騒がしさから、ムルドゥバの憲兵も集まり出しとる頃じゃろ。“魔装兵(ゴーレム)”も来とるんじゃないか?」


 女は眼下の通りを見下ろした。確かにクリューネの言う通りで、魔弾銃を手にした数十もの兵士が通りを規制し、通りの東側からゴリラのようなずんぐりとした鉄の巨人――魔装兵(ゴーレム)――二体が近づいてきている。


「終わりだ、観念せい。これ以上騒ぎを大きくする気か。今なら罪は軽くて済む」

「……」

「言っとくが、魔法の撃ち合いなら負けんぞ。この距離なら“雷鞭(ザンボルガ)”で済む」


 無造作に下げてはいるものの、凄味をみせるクリューネに練達した技を感じたようだった。女は悔しそうに歯軋りしながら、自分に銃口を向けるムルドゥバ兵たちを見下ろしていたが、ふと何かに目をとめると左目を腫らした顔に不敵な笑みが戻った。


「……これで終わりじゃないわ。これは始まり」

「なに?」

「我らの未来に栄光あれ!」


 女が叫ぶとともに、通りからは悲鳴と絶叫が沸き上がってきた。鮮血が宙に舞い、兵士たちが次々に倒れていく。黒い影が倒れる兵士たちの隙間を縫い、クリューネたちがいる建物の壁を駈けのぼると、星が瞬きはじめた暁の空を背にして躍りあがった。


「……!」


 考えるより先にクリューネは雷鞭(ザンボルガ)を放っていたが、魔法陣による結界が雷鞭(ザンボルガ)の雷撃を弾き返した。


 ――他に仲間がいたのか……!


 拡散した雷光の中から、男が姿を現した。スーツに身を固めた若い男だった。


「我々の邪魔をするな!」


 スーツの男は印を結ぶと、両手をクリューネに向けてかざした。


「喰らえ、……“氷烈雨(サミダレ)”!!」

「ちぃっ!!」


 魔法陣から無数の氷刃が解き放たれ、クリューネに降り注いでいく。至近距離の攻撃は避けようもないものだった。


「舐めるな!」


 クリューネは咄嗟に放った雷鞭(ザンボルガ)氷烈雨(サミダレ)を防いだものの、高エネルギー同士が衝突したせいで、クリューネの小さな身体は衝撃で軽々と舞い屋根に叩きつけられた。落下こそ免れたものの、距離が随分と離れてしまっていた。


「魔法使いさん、なかなかの腕前ね。でも、これ以上、あなたの相手をしている暇は無いの」

「さよならだ」


 女は男の傍らに寄り添うと、女の右手の指輪が星のように煌めく光の粒子を生じさせ、2人を空へと浮かび上がらせていった。


「待て!逃げるつもりか」

「これは大事の前の小事なんだ。当たり前だな。……ただお礼をしてあげよう」


 女はスーツの男と目を合わせると、無表情のままうなずき巨大な火球を生じさせた。太陽のように燃え盛る炎の塊に、地上は騒然とし兵士も魔装兵(ゴーレム)も一斉に発砲するが寸前で拡散し、衝撃も中まで届いた様子もない。平然とクリューネを見下ろしている。


「なんじゃそんなもん。大したことないわ」


 クリューネには奥の手、神竜“バハムート”がある。耐えられる自信があるし、どんな速度でも負けはしない。直前で変身し爆煙に紛れて攻撃を仕掛ける。やるならやってみろとクリューネは余裕があった。


「なら……さよなら!」


 だが、女はクリューネの予想外の行動に出た。

 クリューネに向けるかと思っていた火球を、いきなり地上にいる兵士たちへと放ったのである。着弾すれば、間違いなく直径十キロほど町が吹き飛ばされる。


「しまった……!」


 クリューネが慄然とする中、地上の兵士や町の人々は凍りついたまま、放たれた火球を凝視している。まるで太陽が落ちてくるようだった。クリューネも固まってしまい、火球の行方を見ているだけしかできなかった。

 その火球が向かう先。

 蒼白い燐光が火球に照らされた空に煌めき、クリューネや人々は虚空に羽ばたく蒼い蝶をその目にした。

“弥勒”と呼ぶ細身の片刃を八双に構え、その男は猛然と火球へと突進していく。クリューネが低く呻いた。


「リュウヤ……!」

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