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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
番外編「金現様はけもの耳」
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さて、参ろうぞ

 金現様に案内されて、クリューネたちは屋敷の一室にいた。三人はそれぞれ物珍しげに室内を見渡している。


「ふうん、こうなっとるんか」

「お外はすっごくボロボロだったのにねえ」

「リュウヤ様の家より、ずっと広い」


 石階段を上った先にある小さな社は、長い風雨にさらされたせいで外装は酷くみすぼらしく、わずかだが斜め傾いて頼り無く感じるほどだった。クリューネたちには読めなかったのだが、扉の片側に貼られている「修復中・立ち入り禁止」という張り紙だけが真新しく、それが余計にみすぼらしさを際立たせていた。

 しかし、金現様が念じて社の戸が開くと急に光が広がって、次の瞬間にはクリューネたちは屋敷の玄関前にいた。圧倒されほどの巨大な屋敷で、瓦葺きの屋根や柱も艶やかで真新しかったが、内装も同様で畳や廊下も埃塵ひとつ無く鏡のように輝いている。

 案内された部屋も、片山家の居間の倍以上の広さはあった。


「……これが、この世界の神の住処か」


 ただ一つ違和感がある。

 調度の品や造りはクリューネの眼からみても上品なものだったが、その部屋の隅の机にノートパソコンとスマートフォンがひっそりと置かれてある。神韻漂う古風な様相からは浮いていて、かなり場違いな赴きがあった。

 神様が何に使っているか興味が沸いたが、縁側の廊下から足音がして、三人は反射的に居住まいを正した。


「お待たせした」


 金現様が部屋に入って来たかと思うと、後に続いてお盆に茶碗を載せて獣耳の女の子が入ってきた。背丈姿格好は金現様と似ているが、おどおどと落ち着きのない目つきから、随分と気弱な性格なのだというのが一目で伝わってくる。


「こいつは妹の“奈多耶なたや”と言うんだ」

「あの……奈多耶です。あの、その……、よろしくお願いします」


 お菓子の大福とお茶をそれぞれ並べ終わると、奈多耶は顔を真っ赤にして消えそうな声で挨拶して、そのまま俯いてしまった。


「ご覧の通り、気弱な性格でね」

「どうもそのようじゃの。あのキヨマロとやらの狙いも、その娘か」

「清麻呂は“螺丸衆”という天狗の頭領。遥か西の螺丸山に棲んでいる。妖怪として有名かな」

「さっきも聞いたが、妖怪て私らの世界で言うとこの魔物みたいなじゃろ。神様が魔物に勝てんのか」

「社を設けて奉られてるとか、ちょっと立場が違うだけだよ。土地の人間には自然神として崇められている。僕らはそんなに絶対的なものじゃないよ」


 金現様はむずかしい顔をして言った。

 案内される間、金現様からある程度の事情を説明されている。

 時は二百年ほど前の文化一三年頃。東の秋豊祭に客人として呼ばれた清麻呂は、接待係を務めていた奈多耶をそこで見初めて、以来、ずっと奈多耶を求めて押し掛けてきているという。


 ――二百年か。


 人の生としては途方もない年月に引っ掛かりを覚えたが、取り合えずクリューネは黙って耳を傾けていた。


「清麻呂はあの通り乱暴な奴だ。大事な妹を任せるわけにはいかない。なんだあんな長っ鼻」

「……あの長っ鼻と野蛮さでは、絶対にモテない」


 クリューネの耳に流れ込んできたリリシアが呟きは噴飯ものだったが、笑ってもいられないのでクリューネは笑いを堪えて金現様に話を促した。


「だけど僕は豊穣の神で、戦うには奴を屈服させるだけの力がない。そこで僕は毎夜、月に笛を鳴らして清麻呂を追い払える強者を求めていたんだけど、今日、漸く現れてくれた」

「その勾玉と我々とは関係あるのか」

「この勾玉は特殊な力に反応する。アイーシャの内に秘める力に反応したのかもしれない」


 そのアイーシャはじっと大福に目を落としている。

 隣のリリシアが、食べていいよとそっと促した。


「それで、具体的にどうすればいい」

「奈多耶には婚約者がいる」

「なんだ、おるのか。それなら……」


 いやと金現様は首を振ってクリューネを遮った。


「清麻呂にはそう嘘を言って断ったんだが、そしたら次に婚約者とどちらが強いか、相応しいか勝負させろと迫ってきた」

「……」

「清麻呂は乱暴者だが、圧倒的な力を持つ者に弱い。また君たちの力を思う存分見せつければ、奴も諦めるはずなんだ」

「お主は簡単に言うが、そう上手くいくかなあ」


 大雑把過ぎて、金現様の案はいささか心許ないものに思えた。

 しかし、待っている間にリリシアとも話をしたが、この世界の神はクリューネたちの世界でいう〝精霊〟に似ている。クリューネの世界でも精霊たちは単純素朴で、この世界の神も同質のものを感じていた。

 人間と違って途方もない時間を自然とともに過ごす彼らは、欲望というものはあっても昆虫や動物の本能程度で、人のように虚栄心や執着心というものはほとんど無いのが特徴である。

 姿は同じだが、人とは考え方がまるで違う。

 もしもこの世界の神々が精霊と近い存在なら、粗雑な案でも上手くいくのかもしれないと思い直すことにした。


「じゃが、婚約者というのをどうする」

「私たちはどうみても大人の女」


 リリシアはやたら大人を強調してくる。


「……リュウヤでも呼んでくるか。事情話せば婚約者くらい演じてくれるじゃろ」


 リリシアの手前、セリナの嫉妬が怖いがという軽口を、クリューネは口に出す直前で呑み込んだ。

 リリシアとセリナとの間にある冷たい戦争は、クリューネですら冗談でも口にはできない。対立というより、セリナが根に持っているというのが妥当だが、偽りとはいえ新しい女との婚約となれば、心中、穏やかではないだろう。

 互いに一目惚れと聞いているが、奇妙な掟で産まれ育った女なだけに、段階を踏んで愛情を深めていったリリシアが羨ましく、それだけに許せないらしい。

 いつしかセリナの方に考えが傾き、天井を見上げて思案していると、どうだろうと懸念する金現様の声に、クリューネは現実に引き戻された。


「……リュウヤという人、よほど頼りになる人みたいだけど、ダメだと思う」

「どういうことじゃ」

「まず時間がない。プライドが高いから清麻呂は傷をいやしたら、螺丸衆の荒くれどもを引き連れてすぐに戻って来るはずだ。二時間……一時間かな?それに神にもルールがあって、人と神は結ばれない。清麻呂は諦めるどころか余計大事になる。だから、一番の悩みはそこなんだ」

「ふむ、厄介だの」


 何気なく呟いたが、内心ではいささかうんざりしていた。

“螺丸衆”を塵ひとつ残らず消せば簡単に済ませたい気分だったが、それがこの世界における神様の性格というものなのかルールなのか、金現様はそこまでも望んでいないようだった。


 ――これが神々の考え方か。


 二百年、満月に笛を吹き待ち続けたという話の違和感も、腑に落ちた気がした。

 その間に清麻呂が奈多耶を拐うチャンスも充分あったのに、妹が奪われなかったのも、荒くれ者なはずの螺丸衆側もいわゆる神のルールを守っていたわけである。

 動物や昆虫も習性以外の行動はしない。托卵など策を練る動物もいるが、あくまで自然の法則に則ってだ。


 ――呑気な奴らだ。


 人間とは確かに考え方が違う。意地悪く言えば、極めて都合が良い解決を望んでいるとも言えた。余計なことに首を突っ込んだと、今ごろになってクリューネは後悔しだしていた。

 迷ってここに来なければ、陽を浴びながら呑気に弁当でも食べていたはずである。


「ごちそうさまあ」


 クリューネの隣では、出された大福を平らげたアイーシャが息をついていた。リリシアが粉で白くなった口元を拭っている光景をぼんやり見ていたが、ふと頭の中に光明が差し込んでくる感覚があって、思わず膝を叩いた。

 アイーシャなら、清麻呂に顔を知られていない。

 それに清麻呂が圧倒的な力に弱いと言うなら……。


「ひとつ、アイーシャにおぬしらの服を、用意してくれんか」


  ※  ※  ※


「なかなか似合うな」


 数十分後、着替えを済ませたアイーシャの姿に、クリューネもリリシアも目を細めた。

 金現様から装束を借りて神社の神職が着るような姿に替わり、上衣は黒色の(ほう)に下は白袴。髪形も前髪もあげて黒色の冠を被っている。同じ背丈の金現様と見比べてみても“可愛い男の子”程度には映る。

 ただ、背丈は同じくらいでも、男である金現様とでは体格はやはり異なるのか、衣装はだぼだぼで油断すると冠は傾き、すぐに着崩れて肌が見えてしまう


「アイーシャよ、けっこう色気があるぞ」

「……色気なんかないもん」


 からかわれていると思ったのか、衣服を着崩れしたままアイーシャは口を尖らせて、焼いた餅のようにむっつりとふくれて座りこんだ。


「アイーシャちゃん、お時間まで私と遊びましょ」

「……」

「にーらめっこしましょ、笑うと負けよ」

「……」


 奈多耶がやわらかい声で節をつけて歌い出した。アイーシャは口を尖らせたままそっぽむいていたのだが、手拍子と唄に釣られて目だけは奈多耶に向けている。


「あっぷっ……ぷ!」


 指で口を挟んですぼめただけの他愛のない顔だったが、それだけでもアイーシャには十分な効果があったようで、不機嫌だった表情がたちまち綻び、そのうち歯を見せて笑いだした。


「はい、アイーシャちゃんの負けですよ」

「あ、ずるーい!」


 奈多耶とアイーシャがにらめっこをはじめた横で、金現様は細長い札にさらさらと文字を書き綴っていた。

 机上にはサイコロが三つに硯と数枚の札が置かれてあって、その一枚には長々しい漢字が羅列してある。


 “愛紗蘭虞竜王神”。


 アイーシャの名前に当て字をしたもので、神として奉るためには神としての名前が必要らしい。

 三つのサイコロを振って、その数で何か文字を決めるらしい。


「ええと、リリシアさんだっけ。できたよ」


 金現様を“梨理詩亜”と書かれた札をリリシアに渡すと、リリシアは顔を綻ばせながら熱心に札を眺めていた。“愛紗蘭虞”という名前が何となく羨ましくなり、クリューネとリリシアは自分の名前をと頼んでいた。


 ――暴走族みたいだな。


 金現様としては“夜露死苦”よろしく、不良グループのチーム名でも書いている気分だったが、一方のリリシアというと、この世界の一員になれたような感覚があって、弾むよう心持ちだった。

 眺めているうちにふと、“片山梨理詩亜”などと浮かんできて、思わず顔に熱を帯びる。まだ未練があるのかとリリシアは自らに驚いていたが、込み上げる嬉しさが勝って、生じた高揚感は抑え難いものがある。


 ――片山梨理詩亜、片山梨理詩亜。


 などと心の内で連呼していると、トントンとリリシアの肩を叩く者がある。

 振り向くと、満面の笑みを浮かべるクリューネだった。


「おいリリシア、見ろ見ろ」


 クリューネが自分の名前を見せてきた。そこに“琥竜音”と書かれた札の“竜”の字を得意気に指差している。


「……」

「どうじゃ、リュウヤの字とお揃い……アダダダダダ」


 言い終わる前に、リリシアは無言のまま、クリューネの頬を思いっきりつねり上げていた。


「いふぁいいふぁい、なぁにすんじゃ」

「デリカシーなし」

「なんひゃ!わけわからん!」

「……こんな時に、名前くらいで喧嘩しないでよ」


 金現様は呆れながらクリューネとリリシアの様子を眺めていたのだが、突然、屋敷が轟音とともに激しく揺れた。雷鳴のような怒号が外から鳴り響いてくる。にらめっこから〝おちゃらほい〟の手遊びしていた奈多耶は、顔を青ざめて宙を見上げている。


“金現よ!さっきは油断したが、今度は螺丸衆を連れてきた。さっさと出てこい!”

「奴らめ、もう来たのか……!」


 顔を青ざめさせた金現様に問題ないとリリシアが冷静な口調で言った。


「こちらも準備は出来ている。後は実行するだけ」

「奴らに力の差を見せつけてやる。コンゲンサマは安心して見物しておれ。のうアイーシャ」

「うん、頑張る」


 アイーシャは小さな拳を、うんと空に突き上げていた。

 ふくれていたアイーシャや、さっきまで子ども染みた喧嘩していたクリューネやリリシアの雰囲気が、すでに一変していることに金現様は驚愕していた。

 修羅場を潜り抜けてきた凄味や自信が、その表情から滲み出ている。どんな経験をすればここまでの域にたどり着くのか。金現様の難敵を異世界の人間たちは全く恐れていない。


「さあさあ、よいか皆の衆」


 クリューネが一同を見渡し声を張った。


「これから盛大な喧嘩祭りじゃ。祭りらしく、派手に暴れてみせようぞ!」

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