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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
番外編「金現様はけもの耳」
214/243

何かおかしなことに巻き込まれ

116話後のお話です


 満月照らす秋の夜に

 虚しき微風、大地を薙いで

 独夜空しく笛音が鳴る

 君、胸には翡翠の勾玉をさげ

 天を仰げば月光は注ぎ

 勾玉淡く光波を生ず


  ※  ※  ※


 不意に届いたクリューネ・バルハムントの呟きに、リリシア・カーランドは耳を疑うしかなかった。


「どうも、道を間違えたみたいだの」


 クリューネが「神林市の地図」と日本語で表記された地図と、木々に囲まれた周りの光景を見比べながらしきりに首を傾げている。頭上には明らかにクエスチョンマークが浮かんでいる図だった。

 リリシアはアイーシャ・ラングと並んで小さな川に架かった橋の上を渡ろうとしたのだが、クリューネの呟きに憤然と詰め寄っていった。


「クリューネ。あなた地形や地図を読むのは、得意と言った」

「いやあ、異世界はどうも勝手が違うようじゃな」

「そんないい加減な……」


 悪びれた様子もなく、クリューネは頭を掻いている。

 

「まあ、何かあったら、どっか近くの家で電話とやらを貸してもらえればええじゃろ」

「近くに家なんてない」


 点在していた農家を過ぎたのは二十分以上も前、人気のない刈ったばかりの田んぼと荒れ地に生えるススキ野を過ぎて、今は雑木林の中をはしる小道にいた。


「まあ、慌てるな。“冒険”はまだ始まったばかり。まだ昼にもなっとらんのだぞ。のんびり行こうぞ」

「まったく……」


 リリシアは呆れて言葉もない。クリューネから地図を奪い取るようにして手にすると、うろうろしながら地図と周りを見比べはじめた。地図には表記されているはずの建物や道がどこにもない。

 クリューネとリリシアやアイーシャとともに、片山家から十キロ先にある宝崎町の名取神社まで“冒険”と称し、散歩に出掛けていた。

 クリューネが特に張り切っていて、リュウヤから名取神社についての画像をスマホでみせてもらっていたのだが、とんだ見当外れだったわけである。


「なら、ここはどこ」

「わからんが、あれも見た目もよく似とるから、どっかのジンジャじゃろ」

「あなたね……」


 先ほどリリシアたちが渡ろうとした橋の向こう側には、鬱蒼とした木々に囲まれた、盛られたような小さな山がある。石造りの鳥居があって、上に繋がる石階段の脇には人が隠れるほどの大きな岩が不規則に置かれてある。自然のものではなく、付近の村人たちが運んできたもののようだった。

 出発前、名取神社の周りは店が多いとリュウヤは言っていたので、途中から違和感があってクリューネに確認するよう言っていたのだが、クリューネは「大丈夫大丈夫」と構わず先を歩いていってしまっていたのだ。

 それでこの有り様である。

 地図の他に弁当と多少の小遣い、迷子札まで用意していた。クリューネは迷子札にかなりの不満を示していたものの、出発してから約一時間。もう迎えが必要なのかとリリシアは情けない思いでいた。


「リリシアさん、メダカいるよメダカ」


 小さな橋の上でアイーシャが目を輝かせてリリシアを呼ぶが、地図に集中しているリリシアは気がついた様子もない。傍らでクリューネは何事かからかい、よせば良いのにリリシアがむきになって返している。

 アイーシャはリリシアを呼ぶのをを諦め、橋の上から川面を泳ぐメダカに向けた。メダカ自体は珍しいものでもない。しかし、この世界でも同様のものが存在し、生きているということがアイーシャには無性に嬉しくて堪らなかった。


「……良いなあ」

「そうだね、美味しそう」

「ダメだよ、食べたら。それに、あんなに小さかったらお腹いっぱいにならないよ」

「メダカは踊り食いすると旨いんだよ。ツルツルッと呑み込んでさ。お供え物のお酒に合うんだよ」

「お酒だなんて、クリューネのお姉ちゃんみたいなこと言うね」


 アイーシャが顔をあげて、そこでアイーシャは自分が誰とやり取りしていたかようやく気がついた。

 アイーシャの隣では、熱心に欄干から身体を乗り出すような姿勢で、メダカを眺めている者がいる。白い上衣に下衣は“袴”という、藍色のスカートに似た裾の広いズボンを履いていた。体格は小柄で、アイーシャとさほど変わらないかもしれない。

 特に目を惹いたのが頭部とお尻で、人の顔をしているのに頭には動物の耳がぴょこんと立ち、そしてお尻からはふさふさとした尻尾が、にょっきりと生えていた。


 ――この世界にも、獣人さんがいるんだ。


 もっともアイーシャの世界の獣人は、いかにも獣といった外見ではあったが。


「……あなたは、ここの人?」

「人じゃないよ。神様なんだ。金兵衛現大納照神。“金現様”て呼ばれてる。そこの神社の神様」


“金現様”はメダカに熱中する余り、アイーシャの視線に気がつかない。素直に答える口調もどことなく上の空だった。


「コンゲンサマ?あなた神様なんだ。猫の耳してるのに」

「ネコじゃないよ。キツネだよ」

「キツネの神様?変なの。わたしの知ってる神様は、みんな人の姿してるよ」

「神様と言っても、僕らの国は八百八万(やおろず)の神といってね……」


 金現様が明るく顔をあげたところで、全身が硬直した。アイーシャがぼんやりと見つめる視線と金現様との視線が正面からぶつかり、みるみるうちに表情が強張っていた。


「あれ、き、君、僕が見えるの?」

「うん。その耳とかハカマとか尻尾とか、はっきり」

「……」

「き、君ぃ、頭が高いぞ。ぼ、僕はここの土地神金兵衛現大照神といって……」

「お、なんじゃなんじゃ」


 騒ぎを聞きつけて、クリューネとリリシアがやってきた。


「なんじゃ獣人か。この世界にもおるんじゃな」

「“コンゲンサマ”ていう神様なんだって」

「神様?こんな弱そうな獣人が神様か」

「だから僕は、この付近の人たちから“金現様”て呼ばれてる神様なの。狼男なんかと一緒にしないでよ」


 しげしげと覗き込んでくるクリューネとリリシアに、顔を真っ赤にさせながら金現様が喚いていた。


「ほら見なよ、この耳。キツネは犬と同じ系統で聴覚は人の約一億倍加えてこの耳!」


 何を思ったか金現様は髪を書き上げると、丸く小さな人の耳をクリューネたちに見せびらかすようにした。


「一億倍プラス人の耳。合わせて一億一倍だ。神様は凄いだろ!?」

「ま、まあ、凄いな」

「でしょ?」


 閉口するクリューネに金現様は得意になって鼻を鳴らしたが、何かを思い出したように、急にうろたえ始めた。


「そういえば、君たちも僕の姿が見えるの?大人の人なんでしょ」

「お、初対面の奴にはじめて大人と言われたな」

「クリューネはともかく、私はちゃんとした大人。わからない方がおかしい」


 クリューネが照れた様子で頭を掻く横で、当然だと言わんばかりにリリシアが頷いている。


「まあ何にせよ、言葉がわかる奴がいて助かったわ」


 クリューネは相手が“神様”というのも忘れ、地図を広げた。


「コンゲンサマとやらよ。ちくと訊きたいが、私らはカンバヤシチョウから来たんだがな。タカラザキチョウのナトリジンジャとはこの辺りか?」

「え、全然違うよ」


 姿が見えるという事実だけでも金現様は驚くべきことだと思っているのに、目の前の人間たちはまったく動じた様子がない。

 加えて、訊ねられた場所を聞いて、金現様は途方に暮れたような顔をした。

 宝崎町はまったくの正反対で、神林町からなら方角さえわかっていればさほど迷うものでもない。どこをどう来たらここに来るのだろうと、そちらの方が不思議だった。


「えと、その先に納屋があるから、そこを道なりにまっすぐ行けば、目印代わりにバス停あるんだ。バス停を右に曲がって進めば、その地図に載ってる宝崎町までの道に出られるよ」

「リリシア、バーステイてなんじゃ。誕生日か?」

「それはバースデイ。電車の駅みたいに、車が止まるとこ」

「ああ、駅馬車の停留所か」

「……」


 この人間はバス停も知らないのかと、金現様は呆れていた。

 今どき、神々の世界でもインターネットやスマホだって常識なのに、バス停というごくごく当たり前のものも知らない人間がいるなんて。

 良くみれば顔つきも日本人のものではない。

 金現様は思い込みが先走る癖がある。

 日本人離れした顔立ちと常識知らずなところから、どうせオハイオやユタ州辺りの田舎観光客だろうと、金現様は勝手に決めつけていた。

 もちろん、オハイオ州やユタ州がどんなところか実際は知らないのだが、田舎だとはネットの書き込みで読んだことがある。

 駅馬車などというくらいである。そんなど田舎ならバス停すら知らなくても不思議ではないと思いこんでいる。

 世界は広い。

 自分の姿が見える外国人くらいいるかもしれないと思うことにした。奉られて千年余り。これまでにも、二、三人ほど自分を見ることが出来た村人はいた。ここで、ことさら騒ぎ立てて大袈裟にするよりも、さっさと帰ってもらった方が良さそうだと金現様は思った。


「そこまで案内するよ」


 金現様がクリューネたちを促した時、不意に一陣の風が巻き起こると意思を持った生き物のようにクリューネたちに襲い掛かってきた。


「な、なんじゃこの風は!」

「こんなときに“あいつ”か……」

「“あいつ”?」

「君たちはそこの岩陰に隠れていて!」


 意味がわからなかったが、金現様の見幕はただ事ではないものを感じていた。クリューネはリリシアとアイーシャを連れて隠れていると、急に空を黒い冷たい風が吹いたかと思うと、雷がほとばしり雷鳴とともに哄笑が響き渡った。

 はしる稲妻を背に空に佇む人影が映る。


「金現よ!準備は出来たか!」

「バカな“清麻呂”。何度言ったらわかるんだ!」

「そうはいかん。我より“奈多耶殿”に相応しい者はいない。いるなら出せと言っている!」


 稲妻が影を照らした。

 白い装束に身を包み、背中から鳥のような白い翼を生やしていた。真っ赤な顔から突き出した長い鼻。眼は黄色く燃えるような紅い瞳をしていた。


「喰らえ!」


“清麻呂”が怒号するとともにカッと激光が満ちたかと思うと、雷鳴が轟き、稲妻が金現様の小さな身体を弾き飛ばした。


「ぐああっ!!」


 せせら笑う声が再び虚空に響く。


「他愛もない地神だ。我の力をまだ理解しないか」

「だ、だまれ。僕は……」

「愚かな神だ。貴様に神罰を与えてやろう」


 耳障りな哄笑に顔をしかめ、クリューネは覗きこむように、岩陰から空を見上げていた。

〟竜眼〝を発現させ周囲を見渡すと、強力な結界が山を取り囲んでいる。衝撃が外に伝わることはなさそうだ。


「……結界があるせいか、随分と派手にやるの。リリシアよ、この状況わかるか」

「よくわからないけれど、空にいる“キヨマロ”は不愉快」

「アイーシャはどう思うな」

「え、えと……」


 まさか急に意見を求められるとは思わなかったから、アイーシャはまごついていた。


「おぬしもこの“冒険”の仲間だ。ここは一丸とならなければならん。意見を聞きたい」

「えと……、コンゲンサマは、きっといい神様。助けたい」

「よし」


 クリューネの肚は決まった。

 リリシアと目を合わせると、意を察した様子で強く頷いた。気迫に満ちた表情で、既に気持ちは戦闘モードに切り替わっている。


「喰らえ、金現!」


 清麻呂は右手を天に掲げると、先ほどより倍の太さをした稲妻が、巨大な閃光と化して金現様に襲いかかっていった。


 ――“臥神翔鍛(リーベイル)”!


 稲妻が金現様を呑み込もうとする直前、金現様は唸る光の竜が稲妻を喰らうのを見た。


「……竜?」

「なんだ!?」


 清麻呂が熱源を手繰ると、岩の上に一人立つクリューネの視線とぶつかった。


「貴様、何奴だ!」

「正義の味方じゃ」


 腕組みしたままクリューネがする。


「何が正義の味方だ。ふざけた真似を!」

「……同じく正義の味方二号」


 静かな声ともに背後に生じた猛気に、清麻呂の身体が総毛立っていた。誘われるようにして振り返ると、拳をかためて構えるリリシアがそこにいる。芒洋とした光を宿す魔法陣が拳に生じていた。


「何だ、その妖しげな光!?」

「“神盾(ガウォール)”」

「ガウォ……?」


 そこで清麻呂の声が途切れた。

 真っ直ぐに繰り出したリリシアの小さな拳が、清麻呂の目には何十倍にも膨れ上がったように映っていた。岩石が落下してくるような、凄まじい圧迫感が清麻呂に襲いかかってくる。


「げはっっ!!」


 咄嗟に身を固めたおかげで顔面に直撃はしなかったものの、拳を受けた左腕は軋みをあげてあらぬ方向に曲がり、衝撃は全身に伝わってメキメキと音を立てて清麿呂を吹き飛ばした。大木に叩きつけられる前に宙で踏みとどまることができたものの、たった一撃で全身血まみれとなっていた。


「な、なんだコイツラ。どこの者だ!」


 本能で身の危険を察知してか、おのれと呪詛めいた言葉を口にすると素早く身を翻し、あとは振り向きもせず清麻呂は黒雲の中に消えていった。清麻呂が雲の中に入ってしまうと、雲は散っていき、何事も無かったように青空を取り戻していった。


「コンゲンサマ大丈夫?」

「君たち何者なの?」


 アイーシャが声を掛けると、金現様は自分の怪我や痛みも忘れたまま、歩いてくるクリューネとリリシアを凝視していた。


「随分やられたみたいじゃが、怪我はいいのか」

「……」

「信じるかわからないけれど、私たちは異世界から来た者」

「異世界から……?」


 息を呑む金現様は、返事も出来ず目を見開いたままでいると、どこからか青い風が流れ込んできて金現様を包んでいく。みるみる内に傷が癒え、身体が以前よりも感じる。


「今、治すからね」

「おう、アイーシャもそこまで使えるようになったのか」

「うん。金現様から感じる不思議な力のおかげかな。わたしに力を貸してくれる」

「僕が?」


 何を言っているか把握できず、訝しんでいると胸元から青い光がし目に映り、見ると勾玉から淡い光が発光していた。


「そうか、勾玉が言っていたのは君たちなのか……」


 金現様は勾玉を握りしめると、やにわにその場へ跪き深々と頭を垂れた。

 頼みがあると平伏したまま金現様が言った。

 やがて顔をあげると、真っ直ぐ強い眼差しをクリューネに向けた。


「君たちに、どうか力を貸してほしい」

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