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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第15章「第二次グリュンヒルデの戦い」
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“超神(オーバー)!”リュウヤ・ラング

 リュウヤが接近してくるにつれ、エリシュナの邪悪な笑みが大きくなっていった。

 リュウヤから発せられる闘気とこれまでの因縁がエリシュナの闘争本能を刺激し、胸元に光るエメラルドによって更に感情が増幅され、血液が沸騰するような高揚感に満ちていた。

 これで決着をつけられる。

 エリシュナは獲物を前にした猟犬のように唸り、はやる気持ちを抑えきれずに、自然とキーロックを握る手を突きださせていた。


『そらあっっ!』


 破壊衝動を抑えられず、いきなり“萌花爛々(コスモス)”を放つと、花吹雪の熱波が猛然とリュウヤに迫った。だが、リュウヤは顔色ひとつ変えない。突進するエネルギー波を、リュウヤは手刀で軽々と弾き返した。


『な!?』


 かわしたところへ攻撃を仕掛けるつもりだったのだが、リュウヤが弾き返したエネルギー波はエリシュナへと襲いかかり、かわすだけで精一杯だった。閃光はエリシュナの身体スレスレに空へと伸びていき、分厚い雲を貫いて消えていく。


「もしかして、今のは全力でやったつもりか?」


 声に反応してエリシュナが急いで身構えると、約三十メートルほどの距離を空けリュウヤが佇んでいる。両手を無造作に垂らしている悠然ゆうぜんとした姿がエリシュナのしゃくにさわった。


『小手調べに決まっているじゃない。それもわからなかったの』

「あまりに拍子抜けしたもんでな」

『リュウヤちゃんは、随分と余裕そうね』

「そう見えるか」

『ええ、憎らしいくらいにね!』


 エリシュナのキーロックの頭部に魔力が集まり、漆黒の刃を形成した。一種の薙刀だとリュウヤは思ったが炎のように揺らめくそれは、松明を掲げているようにも見える。


 ――或いは竹ぼうきか。


 ふと頭に過ったものだったが、怖い顔をしてエリシュナが竹ぼうきを手にしている姿が妙に可笑しく、想像すると思わずふき出してしまう。余裕をみせるリュウヤが癪にさわり、エリシュナが憤然とした声が虚空にとどろいた。


『何がおかしい!』


 黒い翼を颯と羽ばたかせると、エリシュナは禍々しい殺気を放ちながら殺到してきた。振りおろすキーロックの刃を転身してかわすと、エリシュナは更に猛攻を仕掛けてきた。

 キーロックの漆黒の炎刃は、文字通り烈火の如く吹き荒れたが、リュウヤは滑るように足を運んでことごとくかわしていく。


『この……』


 エリシュナは歯を剥いて躍起やっきにキーロックを振るうが、内心、ほくそ笑んでいる。


 ――二度も引っ掛かるか。


 リュウヤは受けに徹して反撃をしてこない。

 魂胆こんたんはわかっている。先ほどと同じく、頭に血を昇らせるつもりだろうとエリシュナは覚った。ムキにさせて武器だけを使わせて不意の一撃与え、怯ませたところで一気にペースを握る。

 せせこましく人間らしい、いかにもリュウヤらしい姑息な手だと、そこまで考えた時、エリシュナの沸騰する感情を示すかのように、左の手の内には強大な魔力が溜め込まれていった。 


 ――こっちから、お返ししてやる。


 エリシュナは片手でキーロックを横から薙いだと同時に、魔法を放とうと左手を突き出した。


『大炎……』


 しかし、エリシュナの言葉が途切れて、表情が固まった。腕を伸ばした瞬間を狙って、リュウヤは一瞬にして間合いを詰めていた。エリシュナの懐まで潜り込み、エリシュナの左手の手首を右腕で掴んでいる。

 軽く体が引き寄せられる感覚があった。エリシュナの重心が崩れた。


 ――やられた!


 後悔した時には遅かった。リュウヤは素早く反転しながら腰を沈めエリシュナの身体を乗せると、そこから一気に腰を跳ね上げていた。


『……!』


 強烈な一本背負いでエリシュナを地上目掛けて投げつけると、リュウヤはそのままエリシュナを追ってばく進した。エリシュナも魔法陣のバリア張って衝撃を緩和させようとしたが勢いが止まらない。地上で戦いを見守る者たちの目には、闘気をまとう二人の姿は、流星が落ちてくるようにしか映らなかった。

 一つ二つ三つ四つ。

 エリシュナが生じた魔法陣を自身の身体がことごとく粉砕していったが、五つ目で漸く止まると、全身のバネを使って魔法陣を踏み台にして、エリシュナは一気に跳ね上がって頭から突っ込んていった。

 なりふり構わないあまりの予想外の攻撃に意表を突かれ、よけようとしたが鉄のように硬い頭がリュウヤの腹をえぐって身体はくの字に曲がっていた。一瞬、リュウヤの息が詰まった。


「くっ……!」

『まだまだあ!!』


 エリシュナは哄笑しながらリュウヤの長くなった白髪を掴むと、今度は額に頭突きを叩きこんだ。

 一発、そして二発目。

 ゴッゴッと岩と岩とぶつけたような鈍く、胸を締めつけてくる重低音が地上にいるアイーシャたちにまで響いてくる。


『これで……!』


 三発目の頭突きが繰り出される前に、リュウヤが頭突きを繰り出してきた。額はエリシュナの顎に当たって、エリシュナは思わずのけぞってみせた。ひるんだ隙に、前蹴りを押し込んで間合いから離脱したが、両者ともに頭を抑え込んで攻撃を仕掛けることができないでいる。


「前にやられたやつといい、さすが脳筋女。やっぱり、油断できねえな」

『アンタたちとは身体のつくりが違うのよ』


 目をしばたたかせるリュウヤに、頭をさするエリシュナ。苦悶の表情を浮かべる両者だったが、不意にエリシュナの口から笑みが溢れた。


「今度は、お前が笑うか」

『そうよ。妾が笑う番。確かにパワーアップをしたみたいだけど、これまでと大した違いを感じないわね。』

「……」

『魔力の感じから、クリューネちゃんがあなたにあげたのかしら。でも、違いと言ったら、あの蝶で四苦八苦してないくらいかしら。おまけに剣もない。それで妾に勝てると思って?』

「勝てるな」


 リュウヤがあまりにあっさりと即答したので、エリシュナも驚いて二の句が継げなかった。

 リュウヤは両腕で十字を切ると、胸をそって空気を肺一杯に吸い込んだ。伸びをして全身の筋肉をほぐすと、やわらかく膝を曲げて両手をあげた。身体は半身ではなく正面を向き、手刀をつくって構えている。その手刀も軽く指を曲げ鷹の爪を思わせた。

 右手は肩の位置で左手は腰の高さに構え、仗を用いた正眼の構えに似ている。

 ただ、明らかに受け主体で、攻めのリリシアの構えとは明らかに異なると、エリシュナは奇異に感じていた。

 リリシアとリュウヤは恋人であり師弟の間柄と、かつてルシフィの報告で聞いている。自然と構えは似ている部分があるはず。だが、受ける印象はまるで対極的だった。


『……リリシアて子と随分構えが違うわね。お弟子さんでしょ?婚約までした恋人だっけ』

「あいつはもう自分の道を歩んでいる。拳も自分の人生も」


 エリシュナは動揺させるつもりでリュウヤとリリシアの過去を持ち出したが、さして動揺した気配もない。さすがに数年も経れば、去りし過ちとなるかとエリシュナは話を変えた。


『剣も持たずに、妾と拳で勝負するつもりかしら』

「真伝流では徒手格闘術も教えている。百聞は一見に如かずだ。怖がっていないで試してみろ」

『なんですって?』


 エリシュナの眉がひくついた。

 祖父真伝流二代目師範片山兵庫が若い頃、国内外の道場やジムをまわって技を練習法を取り入れ、従来からの和術に加味してさらに錬度を高めている。

 リュウヤはおもむろに右手のひらを上に差し伸べると、クイックイッと手招きするような仕草をした。挑発と思って、凄まじい形相でリュウを睨んでくる。


 ――リュウヤ、あんま調子に乗るなよ。さっきの頭突きにはひやりとしたぞ。


 背後から、苦笑いを含んだ声が聞こえた気がした。

 反省してるよと、リュウヤは心の中で声に返した。


 ――お主のそういうとこがイカン。


 うるせえよとリュウヤの心だけに聞こえる声に返した。

 気持ちは平静だった。エリシュナと対峙するといつも抱く、狂暴な闘争心や荒々しい高揚感も消えている。全てが見えるようだった。はるか後方の地上から見守るアイーシャたちの姿さえ映るようだった。

 心も身体もすべてが解放された気持ちだった。融通無碍(ゆうずうむげ)とは、こういった心境なのだろうか。

 背中に寄り添うようなその温もりが、リュウヤの心を落ち着かせていた。だが、気の弛みはない。神経は刃のように研ぎ澄まされていく。

 だが、対峙するエリシュナにしてみれば、これまでガツガツと欲望を剥き出しにしたようなリュウヤではなく、どこか別の世界を見ているようなリュウヤがエリシュナには不愉快でしかなかった。


『何よその顔。いつもぞくっとするような顔をしてるのに。どこを見ているの。妾を見なさいよ……!』


 口にしてから、何故か嫉妬めいた感情を抱いた自分が恥ずかしく、エリシュナはその分の感情を怒りに変えた。

 エリシュナの身体から膨大な量の殺気が放出された。口に沫を噛み、悪鬼と形容するに相応しい。だが、リュウヤはエリシュナから放たれる殺気の嵐を柳のように流している。


 ――ま、なんとかやれそうだの。


 当たり前だ。お前の力と俺の技。どこまでもいけそうな気がするんだ。お前は心配しすぎだっての。


 ――どうにも放っとけんからな。まあ、頑張れ。


 頑張るよ、クリューネ。


 声に応え、ふっと優しく笑みを溢すリュウヤに、エリシュナの怒りは極限に達していた。


『ホントに、イラつくわね……。リュウヤ・ラング、ぶっ壊してあげる』


 エリシュナの魔力が胸元のエメラルドを通し、漆黒の炎刃を増大させていった。

 触れれば、一瞬にして一握の灰と化す。

 ルシフィやテトラたちがそう予感するほどの魔力が、キーロックの刃に集められている。だが、それでもリュウヤは動じた様子がない。あまりにも静かで堂々としている。掴み所がない。エリシュナの目にリュウヤの姿が異様に映り始めていた。

 エリシュナにも記憶がある。自分が抗えないほどの圧倒的な存在を。

“深淵の森”で幼少期の頃、ベヘナ山の噴火を目の当たりにした時は足がすくみ、蒼弓の空に膨れ上がり、激しい雷雨をもたらした入道雲にも圧倒されたことがある。

 そして今。

 リュウヤ・ラングという男を目の前にして、もはや遠い記憶であったものが再び掘り起こされていた。


『なんなのよ、今さらこんな記憶……!』


 全世界を破壊できるほどの、圧倒的な力を持っている自分が、たかが人間ごときに圧倒されている。真の神となったはずの自分が。


『うおおおおおっっっっっ!!!』


 エリシュナは自らを鼓舞するため、腹の底から咆哮していた。自らの力を極限にまで高め、禍々しくみなぎる力は大気を震えさせ、大地を揺らした。

 魔法では間合いが近すぎる。

 このキーロックの一刀で仕留めてみせる。


「この魔力……マジなの?」


 押し潰されそうなほどの膨大な質量に、テトラが空を見上げたまま息を呑んでいる。


『こんなの、いくらリュウヤでもまともに戦えるのか?』

「大丈夫だよ」


 シシバルを勇気づけるように、アイーシャが力強く言った。傍らに横たわるクリューネに目を落とし、その手を握りしめた。

 死を実感させる氷のように冷たさが、アイーシャの手のひらに伝わってくる。

 でも、とアイーシャは思う。

 もはやクリューネはこの世の者ではなくなったが、力の源となる魂は父とともににあると。


「お姉ちゃん……バハムートと一緒だもん。無敵だよ」


 信じて疑わないアイーシャに返す言葉もない。

 ルシフィもアイーシャと同じ気持ちを抱きたいところではある。だがリュウヤは本来敵であり、エリシュナは魔王ゼノキアの后であり、ルシフィの義母である。しかし、エリシュナを支持するということは、破壊と死を受け入れることでもある。複雑な想いはルシフィから言葉を奪っていた。

 だから、ルシフィとしては行方を見守るしかない。

 頭上から怒号が響いてルシフィが現実に引き戻されると、キーロックから生じる漆黒の炎刃がますます激しさを増していた。

 あの禍々しい邪気の塊。

 今のルシフィに、エリシュナを止める術はない。

 そんなルシフィの心境を嘲笑うように、怒りのこもった哄笑が耳を刺激した。


『我がキーロックの刃、受けてなさい!』


 猛然とエリシュナは突進した。刃を振るった瞬間、リュウヤは前手にした右の手刀を払う仕草をした。

 キーロックの刃が自分から逸れた。

 周りだけでなく、エリシュナ自身もそう見えた。

 だが、実際はリュウヤがやわらかく転身し、その場から逃れていただけだった。エリシュナの右手に移動したリュウヤの手刀の指先が、エリシュナの頬を撫でるようにそっと触れた。

 刹那。

 握られた拳が一気に押し込まれ、爆音を発した衝撃波が大気を揺らし、強烈な寸打がエリシュナの頬を抉っていた。首が吹き飛ばされるような衝撃とともに、エリシュナの身体が大きくはね飛ばされた。


『……!』


 エリシュナが体勢を立て直す前にリュウヤは素早く間合いを詰めると、身体を大きく振るい、同時に左の掌底を思いっきり振るった。唸る掌底がエリシュナの右耳に叩きつけられ、激痛とともにキインと鋭く細い音が頭の中を駆け抜けると、その他の一切の音が遠ざかった。


『ぬ……!』


 鼓膜がやられたとわかったが、かまっている暇はなかった。エリシュナが次の行動をとる前に、リュウヤが後ろ廻し蹴りがエリシュナの顔面を捉えて宙を舞っていた。


『な……』

 ――なんて速さ。


 いや、速さだけではないと宙を舞いながら、エリシュナは驚嘆としていた。洗練された動きの中に垣間見る火を噴いたような獰猛な力。剛と柔が理想的に合わさっている。


 ――だけどね……。


 ギロリと目を見開き、笑みを浮かべた口の端は耳まで裂けるほどの邪悪さを湛えていた。

 攻撃の打ち終わり。

 そして、この間合いなら。

 燃え盛る闘争本能がエメラルドから力となり、エリシュナを動かした。

 跳ね起きるようにして勢いよく上体を起こした時には、既にエリシュナはキーロックをリュウヤに向けていた。頭部には巨大なエネルギーの塊が滞留している。


『この距離なら攻撃できまい!喰らえ!』


 ――“萌花爛々(コスモス)”!


 解き放たれた光の奔流が、怒濤の勢いでリュウヤに迫っていく。花吹雪の熱波がリュウヤの目の前に広がるのを見ても、リュウヤは表情ひとつ変えない。やはり落ち着いていた。

 スッと何気ない動作で、右手を肩まであげた。


「……“臥神翔鍛(リーベイル)”」


 小さな呟きだったが、次の瞬間、萌花爛々(コスモス)をはるかに超える巨大な竜を模した炎が現れ、エリシュナへと突進していった。


『な……』


 目を見開くエリシュナに、炎の竜が牙を剥いた。

 萌花爛々(コスモス)をわけもなく掻き散らし、竜の炎はエリシュナの身体はわけもなく炎の波に押し流されていった。


『う、うあああああ……!!』


 猛烈な衝撃波は地上のルシフィたちにも及んでいた。ルシフィたちはそれぞれバリアとなるものを生じさせ、悪夢のような嵐に耐えていた。やがて“臥神翔鍛(リーベイル)”の波が去り、ルシフィたちが恐る恐る空を見上げると、ミスリードがあっと声をあげた。


『エリシュナ様……』


 静かに佇むリュウヤから遥か先に、黒こげとなったエリシュナが空に浮かんでいた。

 闇の空を背にしているためはっきりとはわからないが、翼は消失し、着ている物も露出した肌もボロボロになっているようだった。あの熱波を正面から受けて、人の姿を保っていられるのが不思議なくらいだった。

 やがて、フラリとエリシュナの身体が揺れたかと思うと、力を失ってそのまま眼下の岩場に叩きつけられていた。力を失っても破壊神と称するエリシュナの肉体は特別な力を宿しているのか、エリシュナの体は地上の硬い岩盤を粉々に砕き、半径数十メートルにも及ぶクレーターをつくった。もうもうと濃い煙が立ち込めてエリシュナの姿を確認することもできない。


『……凄い』


 エリシュナを見下ろすリュウヤを見つめながら、ルシフィは思わず身体が震えた。

 最後の“臥神翔鍛(リーベイル)”の威力にも愕然としたが、その前にリュウヤが見せた一連の動きは、ルシフィですら閃光がはしっただけにしか映らなかった。

 シシバルやミスリードはもちろん、リリシアもリュウヤの動きを捉えることができなかった。テトラも気の流れがまるで掴めないでいた。


 ――リュウヤ・ラングはもはや別次元にいる。


 エリシュナが真の神というなら、リュウヤ・ラングはその神をも超えた存在。

 ルシフィたちだけではない。グリュンヒルデにいる者は皆、圧倒的な力を目の当たりにして、畏れの眼差しでリュウヤを見上げていた。

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