表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

救出と養子と戦闘

~INディムスン

 ディムスン・オクトバー、ドワーフ族の鍛冶師だ。今年で65とドワーフで言えば中年に差し掛かる年齢だな。まぁ短命種の多いこの世界においては外見も相まって十分老齢と見られるだろうがな。

 鍛冶師としては最高位である高位鍛冶師ハイスミス、またはマスタースミスと呼ばれる位階にあるが、マスタースミスとしてはまだまだ若輩だ。現在存在する五人のマスタースミスの中でもっとも若く技術もまだ拙い。まぁマスタースミスにまでなって技術が拙いなんて言ってたら他の鍛冶師の立つ瀬がなさそうだが、比べる相手が相手だから勘弁して欲しい。それにマスタースミスだなんていってもたかが60年そこらで学べる技術の数にも限りがある、それこそ旅に出たのは今から15年も前のことだ同じところに止まっての50年、一つの技術を向上させるにゃいいが他の技術を学ぶ土壌はせまい。俺が故郷を出て旅をしているのはそういった俺の知らない技術を学び鍛冶師としての腕を向上させるためのものだ。まぁその途中で妻に捕まって結婚させられたわけだけどな。故郷に戻ったら皆卒倒するだろうな『あのディムスンに嫁!?』ってな具合にな。けどな、あれはもう結婚せざるをえんだろうよ。結婚か死かのほぼ2択を突きつけられたらよ。妻のおかげでいらねぇ二つ名も大量に付けられちまったなぁ、はぁ。

 ただまぁ、この旅で得たものは多いコウジのコートを作ったときの裁縫の技術や、その生地『鉄布』の作製技術なんかもその一つだ。コウジといえばあいつから学べるかもしれない異世界の技術ってやつはいまからもう楽しみで楽しみで仕方がない。奴の武器である銃の概要はもう聞いたがあのバギーやあの『ぱそこん』なるからくりのことなど聞きたいことは山ほどある。だってのに、また余計なちゃちゃを射れてくる奴もいたもんだ。毎度の事ながら迷惑な話だ。


~・~・~・~・~・~・~・~・~


 突っ込んだ薪はまだ生木だったのか、ぱちり、とはぜる音が静かな闇夜に響いた。


「こねぇな、今日で何日目だったか?」


「さてなぁ、1週間ぐらいじゃねぇのか?」


 退屈そうに串に刺して焼いた魚にかじりつく男にやけに耳の大きな男が適当に応える。


「本当に来ると思うか?」


「さぁな、俺はどっちだっていい。金はもう貰ってるしな」


「違いねぇな。ただちっと見てみたい気もするんだけどな。あのアルドレイルを怒らせた馬鹿ってやつをさ」


「あぁ、その気持ちわかる。素行が悪くてCで止まっちまってるとはいえ、実力的にはBに匹敵するっていうあいつを怒らせるとか正気の沙汰とは思えねぇな」


「だろ、でお前の耳にはまだ聞こえないのか?」


「聞こえないなぁ、少なくともとも100メートル圏内には入ってきてないな」


 耳の大きな男の種族は蝙族だった。他種族のほとんどを凌駕する聴覚とそれを分析する超感覚を備えており、目で見るよりも音で視ることを得意とする特異な種族だった。


「ちっ、来るにしろは来ないにしろさっさと決めて欲しいもんだな。こんなところじゃ女も抱きに行けねぇや」


 せっかく金はあるのによ、と愚痴りながら骨となった魚を放り捨てる。蝙族の男はご愁傷様、と肩を竦め、相方の男はその様子を不審に重い問いつめる。曰く自分と同じ境遇だというのに、と。


「いや、ほら、今回人質にしたガキがいるじゃねぇかよ。連れてきたときよく泣いてたの」


「おい、まさかお前………………」


 その言葉でおおよその想像がついたらしく蝙族の男を呆れたように見やると、男はご馳走を前にした子供のごとく舌なめずりをして空を見上げた。


「あのガキ、例の冒険者の前で滅茶苦茶にしてやるんだろ?俺にやらせてくんねぇかなぁ。

俺さ、前にいた街でああいうガキを出してる店に通ってたんだけど、あ、もちろん裏のだけどよ。興が乗りすぎて殺しちまって出禁食らっちまってからご無沙汰してんだよ。ほら、アヴェントゥラのって裏系のギルドも他の街と比べるとダントツできれいじゃねぇか、そういう店ってやってないんだよな」


「んなもんあったらギルド神様から天罰食らってるっての。娼館ギルドが出来たときに『紳士たるものイエスロリータノータッチ』とかいうよくわからんけど、小さなガキを扱う店は許さんてきな言葉を残してるんだぜ。本神殿から離れた場所かギルドそのものと関わってないようなやばいところでもない限り無理だろ」


 一応見張り役であるという意識はあるのか、果実水の入ったグラスを傾け蝙族の男から目を逸らし盛大にため息を吐く。まさか自分の相方がこんな性癖だったとはとうんざりしながら、今後この仕事が終わったらなるべく関わらないようにしようと心に決める。


「しかしよ、あの噂はマジだとおもうか?」


「ん?」


 男の様子に気づいた蝙族の男はあわてて話題を変えようとするが、急な話題転換を図られた男の方は相手の言う噂とやらがどの噂を指す言葉なのかわからずに首を傾げるばかりだった。


「ほらあれだよ、あれ、今回の発端になった」


「まったく主語付けろ、主語を。

 アルドレイルが駆け出しの冒険者に負けたって話だろ、あいつの怒りようを見る限り事実なんだろうよ」


「いや、そっちは俺も疑ってないって。俺が言ってるのはそれに付随するもう一つの噂だよ」


「もう一つの噂?」


 食いつきの悪い相方に蝙族の男はえ、知らないの?と驚くが、男はだからなんだとため息混じりに返す。


「アルドレイルが負けたとき小便を漏らしたとか言う噂だよ、負けの噂とセットのような話だから知ってるもんだとばかり」


「はぁなんだよそれ、ありえないだろ。だいの大人が負けた上に小便漏らしたとか、確実に尾鰭だろそれは」


 ばかばかしい、とパンをかじり始めると蝙族の男はそれに同意するように頷き、同じように何か昆虫を串に刺して焼いたものを口にする。


「だよなぁ、俺もそう思うんだけどさ。聞けば大概の奴が口をそろえて肯定しやがるんだ。真実味だって出てくるぜ。お前は気にならないのかよ」


「気にならん。というか気にしたらまずいだろ。アルドレイルにぶっ殺されたいんなら話は別だけどな」


「う、それは確かに………………」


 現状本人に直接聞く以外に事の真相を知る方法はない。この仕事が終わるまでは下手な好奇心など出さない方が得策だろうと言われ、蝙族の男はしぶしぶ止めていた食事を再開する。

 そうしてしばらく互いに口を利くことなく周囲には薪がはぜる小さな音のみが響いていた。蝙族の男もその相方の男も気の向くままに思い思いの場所へと視線をさまよわせていた。


「今日はもう来ないか………………」


 どれくらいそうしていたのか、本当にそう思っているかはともかくとして男はそう呟く。


「少なくとも100メートル内には人の足音も俺ら以外の心音だって聞こえてこねぇよ」


 蝙族の男が呟きにそう返し、僅かな間をおいて相方の男の頬にぴしゃり、と何か液体状の物が跳ねた。


「おい、何すんだよ」


 男はそれが蝙族の男の悪ふざけだと思った。おおかた革袋からコップに果実水を移す際誤って手に掛けてしまったりした物を飛ばしてきたのだろうと。

 しかし返事はなかった。その代わりに血臭が彼の鼻に届いたのは、頬のそれを拭って手についた赤い液体を目にするのと同時だった。そして彼が驚愕に目を見開いて蝙族の男の方を振り向くのと、当の蝙族の男の体がその場に崩れ落ちるのも同時だった。


「おい………………、誰もいないんじゃないのかよ……………………」


 遙か遠くからターン、と音が小さく聞こえて着たことにも気づかずにうつ伏せに倒れ伏し、血の池を作ろうとしている蝙族の男を見下ろして男は呆然と呟いた。






ドサリ、と重たい音が響き、男もまた物言わぬ骸と化した。


~・~・~・~・~・~・~・~・~


 コウジは伏せていた体を起こし、つい今まで構えていたドラグノフ狙撃銃からスコープを取り外してのぞき込んだ。


「目標沈黙、他に見張りはいないみたいだな」


 丘の上から遠く、林の端に建てられた家。中は簡単な構造になっていて一階は大部屋が一つと小部屋が二つ、それぞれ廊下を挟んで設けられており大部屋の下には地下室があるらしい。この小屋(というには少し大きい気もするが)は夏の間、このアヴェントゥラの東方に位置する林で泊まり込みで狩りをする猟師の為のレストハウスだったらしいが、近年魔物が住み着くようになって使用されなくなった物だとコウジは聞いていた。


「マジか、ここからあの小屋までどんだけあると思ってんだよ。俺なんざこれが無くちゃようやく灯りがあるのがわかる程度だってのに………………」


 排出されたライフル弾の薬莢を拾っていたコウジに、彼が作ったという双眼鏡を手にしたディムスンが呆れた声をかける。


「ざっと600メートル位だな。この世界に墜ちてきてから身体能力とかが上がったせいか、もう少しで有効射程距離だってのに外れる気がしねぇな」


 空薬莢をスコープとライフルと一緒にライフルケースにしまい、小屋から見れば丘の向こう側の麓に止められたバギーへと小走りに下ってゆく。

 ライフルケースをバギーの荷台に乗せながら待っていた他のメンバーに頷くと、ディムスンが乗り込むのを間って自分も運転席へと乗ってエンジンをかける。


「とりあえずエンジン音が聞こえるギリギリまで近づいて残りは徒歩。優先目的はウィーリアの救出、次いで馬鹿共の始末だな」


「アンドレアルだっけ?それが手元にその娘を置いてなければいいんだけどね。その娘だけ先に救出できれば後はとくに気にする必要もないしね」


「聞き出した話では元凶の男以外に4人、見張りについてた蝙族ともう一人は始末したから後は後三人。その男とAランク冒険者一人とBランクの女冒険者が一人か………………」


 オクタヴィアが会ったこともない幼い少女を思って心配そうに呟くと、デザフィオが言葉に出して確認をとりながら紙に書かれた名前に横線を入れてゆく。


「グレイ・フォルスター、【輝剣使いのグレイ】か………………」


「ディムスン達はは会ったことあるって言ってたっけ」


「あぁ、以前商隊護衛の依頼を受けたときに一緒に仕事をした相手だ。俺は頼りになるいい青年だと思ったんだがな」


 ディムスンの視線がオクタヴィアに向けられると、彼女は頭を振ってそれを否定した。


「………………彼からはドロドロとした感情の精霊の気配をいくつも感じたわ。世間体での評価はいいみたいだけど人としての本質はおそらく間逆。けして信をおいていい人じゃなかったわ」


「だそうだ」


 会ったときのことを思い出しているのか、心底いやそうに顔をしかめながら説明するとすぐ隣に座ったディムスンの太い腕を抱え込んで体を押しつけた。


「最初からするつもりはなかったけど、つまり容赦なくやっちまっていいって事だよな」


 発進した車を小屋の方へと向けながら助手席に放り出された銃器を手に取り獰猛な笑みを浮かべる。


「俺を怒らせたこと、地獄で後悔させてやる…………………」


~・~・~・~・~・~・~・~・~


「あぁ~あ、暇ねぇ」


 気怠げな言葉を発したのは黒い髪を背中まで伸ばした女性で、もしも仕立てのいい服を着て窓辺に座っていたりすれば誰もが深窓の令嬢と言う言葉を思い浮かべたのであろうが、残念ながら端麗な容姿はつまらなそうに口を尖らせられ、着ている物は生地の少ない踊り子のようなもので、少々下品なくらいにその身を宝石をふんだんに使用した装飾品で飾りたてており、その姿はまるで裏家業にいそしむ男に侍る女といった体であった。


「そう言うなって。件の男がここに来るまでの辛抱じゃないか」


 困ったような表情をしながらその女性を宥めるのは燃えるような赤い髪を短く纏めた男で、たいていの女性なら甘い言葉の一つもかけられれば靡いてしまうような印象を感じさせる優男。しかしそんな印象に反して見る者を頼らせたくなるような力強さというものを備た、物語の主人公のようなその男は、女を抱き寄せてそっとその頬に手を添えると啄むように唇を合わせる。


「お前等には感謝してるがここで乳繰り合うのは止めてくれよ」


 二人の様子に疲れた声を上げながら、ボロボロのソファに座っていたアルドレイルは木製のジョッキに注がれていた温いワインを飲み干して盛大なため息をついた。

 ここはアヴェントゥラの東にある林の打ち捨てられた猟師小屋の一室で、室内にはアルドレイルの他二人の人物がそれぞれ思い思いに時間を過ごしていた。踊り子のような格好をしているのはアリーナ・カタス。甘えるように体を預ける相手である男とパーティを組むBランクの冒険者だ。そしてアリーナを抱きしめる男こそ【輝剣使い】などの二つ名を持つAランク冒険者グレイ・フォルスターであった。


「わかってるよ、兄さん」


 グレイはアルドレイルにそう微笑むとアリーナの腰に回していた腕を解いた。腰に回されていた腕が解けたことに不満を露わにして頬を膨らませたアリーナは、自らのパートナーである男と向かいのソファに座る強面なチンピラ風の男を見比べるとどこか納得のいかない表情でため息をついた。


「アリーナ、どうしたんだ?」


 そんな彼女の様子に気づいたグレイが不思議そうに首を傾げると、アリーナは再度二人を見比べて意を決したように口を開いた。


「やっぱり納得いかない。こんなチンピラとグレイが兄弟だなんて本気で納得いかないんだけど」


「チンピラで悪かったな。それと正確には兄弟分だ。俺にこいつと同じ血が少しでも流れてればもう少しまともな顔になってるっての」


「自覚はあるんだ、不細工な顔だって」


「アリーナ!」


 自分の言葉がツボにはまったのか声を上げて笑うアリーナをグレイが叱るが、馬鹿にされた本人はほっとけと手を靡かせるように振るう。


「そんなあばずれの言葉、真に受けたりしないから安心しろ」


「な、誰があばずれですってぇっ!!」


 返された言葉に眦を上げて言葉を荒げるアリーナを鼻で笑うと、アルドレイルは顎に手を当ててグレイの全身を観る。


「しかし、立派になったもんだよな。戦い方も女も教えてやったのは俺だってのに、いつの間にか実力も地位も完全に上いかれちまった」


 Cランクのギルド証を手の上で弄びながら自嘲気味に呟くと、アリーナは当然とばかりに笑みを浮かべ、グレイは困ったように苦笑を浮かべる。


「性格なんかは俺よりもよっぽどえげつないのにな」


「ははは、この顔のおかげで助かってるよ。この顔で人のいいことしてれば裏で何かしても簡単に信用してもらえる。この顔って言う武器に気づかせてくれたのだってアルドレイルなんだ、本当に感謝してるよ」


 うれしそうに笑顔を向けられたアルドレイルは照れた様子で顔を背ける。そんな二人のやりとりを信じられないような目で見ていたアリーナは、もうどうでもいいとグレイの膝を枕にソファに寝ころんだ。


「そういえば、その女の子にご飯はあげたの?」


 寝ころんだ格好のまま行儀悪く干し肉をかじり始めたアリーナがふと疑問に思ったことを口にする。


「あ?なんでそんなことする必要があんだよ」


「いや、餓死して死んじゃうから!もしかしてこの5日間何も食べてないの!?」


 返ってきた答えに思わず上半身を起こしてまくし立てるが、それに対するアルドレイルの反応は冷めたもので馬鹿なことを言っている人間を見るような目で彼女の事を眺めていた。


「だからなんで俺があのガキに飯をくれてやらなきゃならないんだよ。あのガキは奴の前で滅茶苦茶にした上で殺す予定だし、どうせ殺すなら奴の前だろうとその前に餓死しようがどっちでもいいんだよ」


「それ人質の意味ないんじゃないの?」


「それは大丈夫だよ。その例の彼の前にあの女の子の死体を出さない限り、彼にとってあの女の子は生きているんだからね」


 今にも立ち上がらんとするアリーナの肩に手を置いてグレイが宥めるように説明するが、彼女にはその言葉の意味が理解できなかったらしく首を傾げるだけだった。


「こんな話を知っているか?」


 そんな彼女に対して新たに説明を始めたのはアルドレイルだった。彼はアリーナの視線が自分に向けられたのを確認してとあるお話を語り始めた。


「とある男が洞窟の中で宝箱を見つけた。男は宝箱を揺すってみると中から硬い物がぶつかり合う音が聞こえた。宝箱を持ち上げてみればずっしりと重く、男は宝箱の中身は財宝だと期待した。重たい宝箱を担いで洞窟の外に出た男はさっそく宝箱を開けてみた。

 なぁ、お前は中に何が入っていたと思う?」


「お宝じゃないの?」


 人質の生死について話とどう関係があるのかといぶかしむアリーナに、面白そうに彼女を見ていたグレイがまぁ聞きなよ、と宥める。


「ま、それがふつうの回答だよな。その答えは正解であり不正解だ」


「はぁ?」


 訳が分からないというアリーナにそれはそうだよな、とあっさりと頷いてアルドレイルは語りを再開させた。


「この話の続きは二通りあるのさ。お宝が入っていた場合とがらくたが入っていた場合とな。二つの結末がセットで一つの話になっていてな。話の内容を要約すると、結局自身の目で確認するまで結果は分からないってことだ。中身がガラクタだったとしても宝箱を担いでいた男にとって中身はお宝だったんだからな」


「今回の場合も同じだよね。例の男が人質の安否をその目で確認しない限り生きているかどうかは確実にはわからない。なら僕らが彼女がまだ生きているように振る舞えば、相手は勝手に人質は生きているものとして行動する、この場合は手も足も出せないだろうけど」


「だからあのガキの生死なんてどうだっていいんだ。生きていれば奴を苦しめる選択肢が増える。ただそれだけだ」


 空になったボトルを部屋の隅に放り捨てて甲高い音を響かせる。


「………………ひどい話ね」


「そう言いながら何もしないお前も同じ穴の狢だろ」


 人質の下へと行くでもなく再びソファの上に横になったアリーナを見下ろしながら呟くが彼女は気にした様子もなくグレイに甘えるように体を寄せ、それに対してグレイもまんざらでもなさそうな表所でアリーナの髪を撫でている。


「それでさ、どうなぶるつもりなんだい?」


 誰をとは言わずに尋ねられた言葉にアルドレイルは顔に憎悪を溢れさせ、歯を剥き出しにいて笑みを浮かべる。その様は地獄の悪鬼がごとく。強面の顔と相まって気の小さい者ならば怖れをなして逃げ出したかもしれないほどだ。


「決まってる!俺にしたように奴の武器で四肢を滅茶苦茶にして、生きたまま腹をかっさばいて腸を引きずり出した上で、臓物を一つ一つ潰してやる!」


「想像はしてたけど楽に殺す気はないんだね」


「当たり前だ。俺に恥をかかせたこと、心の底から後悔させてやるわ!」


「そいつは無理な相談だな」


 突如かけられた声はこの部屋唯一の扉の向こうだった。アルドレイルは聞き覚えのある憎らしい声に表情を強ばらせ、グレイは聞き覚えの無い声に緊急事態と判断して自身が座るソファに立てかけていた愛剣輝剣フルゴルソードを手に立ち上がる。それと同時扉がものすごい勢いで跳ね開けられ室内にいた3人はコートを羽織った一人の男、コウジの姿を目にする。コウジは開いた扉を潜ることはせず、その手に持っていた物を室内へと向けていた。その手にあるのは大型の筒だった。3人の視線が自分に向くのを感じたコウジが黒く長いその筒のトリガーが引く。

 バシュッ、と何かが燃焼するような音がわずかに響くのと同時に筒の先端から何かが発射された。


(あのときのと違う)


 コウジの手にした武器を目にした瞬間アルドレイルが思ったことだった。目に留まらぬ早さで何かが放たれたことは経験で知っていた。しかしコウジが手にしている物は明らかに以前見た物よりも大きかった。その事実に嫌な予感を覚えたもののそれは明らかに遅かった。


(遅い!)


 コウジの手にした筒から放たれたそれを見たグレイの感想はこうだった。アルドレイルに目にも留まらぬ早さで何かを放つ武器と聞いていたグレイは念のために動体視力を高める護符を使用していた。そのため高速で飛来する4センチほど何かをその目に捉えることが出来ていた。グレイの冒険者としてのランクはA。それももうすぐSランク入りするとさえ言われる超一流の冒険者だった。飛来するそれがアルドレイルに直撃することを見て取った彼は、飛来するそれに負けぬ早さで剣を抜きはなっていた。彼の二つ名【輝剣使い】の由来でもある輝剣フルゴルソードは真っ正面からそれを切り払……………………。







 小さな室内を荒れ狂う爆風が襲った。


 何が起きたのか理解することが出来なかった。グレイが動いたのはわかったが次の瞬間には轟音と共に壁に叩きつけられ、全身をくまなく殴られたかのような痛みが走る。


「グ、レイ………………?」


 すぐ横に倒れる愛し人に気づき名前を呼んだアリーナの表情が歪む。彼の愛剣の折れた刃が深々と胸に突き刺さった姿にアリーナは声にならない悲鳴を上げた。


~・~・~・~・~・~・~・~・~


 時間を少し遡る。

 エンジン音で相手にばれぬよう猟師小屋から少し離れた林の端にバギーを止めたコウジは、武器が所定の位置に納められていることを確認してバギーを降りエヴィエニスとデザフィオ、ファイスカがそれに続く。


「たぶん大丈夫だとは思うけど、見張りはよろしくね」


「任せておけ。そっちこそ気をつけろよ。相手はAランク冒険者の中でも指折りの実力者なんだ、油断一つでこの世からおさらばだ」


 ディムスンの言葉に頷きコウジは助手席に置いてあった武器を手に取り、弾が装填されていることを確認しベルトに予備弾をしまい込む。


「よし、こっちは準備できた」


「僕達の方はいつでも大丈夫だよ」


 いつも通りローブの緑色のローブ姿に杖を持ったデザフィオが変わらぬ微笑を顔に張り付けており、その背後に控えるファイスカはあの自身の身長と変わらぬ長さの大剣ではなく何の変哲もないショートソードを腰に差して彼の言葉を肯定して頷いてみせる。

 二人の姿を確認したコウジがエヴィエニスに視線を向けると、彼女は心得たと血を蹴り音もなく走り始める。イングラムM10を構えたコウジがその後を追って静かに走り始め、デザフィオとファイスカも少し遅れて追従する。猟師小屋が背にする林の中へと身を隠して接近する一同。エヴィエニスの先導に従って小屋のすぐそばまで近づくと、頭部に穴を空けて事切れた見張りが出迎える。物言わぬ骸となったそれを一瞥すると、入り口の横に背を付けて耳を澄まして中の様子を探る。


「……………何か話しているみたいだな」


『ウィーリアの匂い、彼女が捕らわれているのは間違いないようだ。幸いこの話をしている連中のそばに彼女の匂いは無いようだ』


 そっと扉を少し開け、そこに漂う匂いを嗅いだエヴィエニスが念話で告げる。中にいるはずの4人の内、救出対象である少女が敵のそばにいないという事実に安堵する。見張りを付けていないらしいのはどういう了見なのか。ウィーリアが1人で逃げ出せるわけがないと考えているのは事実だろうが、連中の言葉を無視して奪還を試みるとは考えても見なかったのだろうか?一応外に見張りを置いていたことを見るになんとも中途半端な対応である。が、そこに付け入る隙があるのでありがたいといえばありがたかった。


 わずかに開けた扉から再度中を確認し物音をたてずにエヴィエニスが進入する。続いてイングラムを前方へと構えたコウジが続き、デザフィオ、ファイスカの順で小屋へと入る。

 小屋に入るとまずあるのは廊下だった。廊下を挟んで左右と奥に計4つの扉がある。おそらく左側の二つの扉が小部屋の物だろう。耳を澄ますことなく聞こえてくる話し声は右手の大部屋からだ。見上げてくるエヴィエニスに頷くと、彼女は床に鼻先を付けるようにして匂いをかぎながら静かに小屋の奥へと進んでゆく。

 小部屋の前で立ち止まり少しばかり入念に匂いを嗅ぐが、すぐに顔を上げると背後のコウジに首を横に振ってみせる。おそらくこの部屋にはいないと言うことなのだろう。続く部屋も同様で、こちらは先の部屋よりも早く首を振るう。そうなれば残るは地下室のみとなる。コウジは一度大部屋の方へと注意を向けて気づかれていないことを確認すると一同は足早に廊下の奥へと進んでいった。

 扉の前でもう一度大部屋の方を伺って問題がないことを確認して地下への扉を開く。扉を開いた先にあるのは当然地下へと降りる階段だ。扉を開けたコウジがそのまま先頭になって階段を静かに、しかし駆け足で降りてゆく。実はこの猟師小屋に入る少し前からデザフィオが気配と音を隠蔽する魔法を使っているため、よっぽど大きな音を立てたりさえしなければ多少の物音で気づかれる心配は無いのだが、それでもこそこそとするのは忍び込むという行為を行う者の心境故なのだろうか。

 階段を下りたそこには木製のしかし頑丈そうな上にこれまた頑丈そうな錠前がかけてあり、どう見ても簡単には開けられないようになっていた。


『この中だ。ウィーリアの匂いはこの中からする』


 エヴィエニスの念話を受けてデザフィオに視線を送る。すると彼は胸元に両手で複雑な印を刻み始める、すると周囲に無秩序に散らばっていた魔力が一斉に規則正しく流れ始めた。


「地下と地上の音を切り離した。地下でどれだけ音を立てても上には気づかれないよ」


「了解」


 懐から取り出したH&KHK45の銃口を錠前へと向けコウジは引き金を引き銃声が響く。地下という閉鎖した空間であることを差し引いても何十にも木霊したような音が引くのと同時に錠前が床に落ちる。それを見届けることなく扉の取っ手に手を伸ばしたコウジは地下室へと文字通り駆け込んだ。


「ちっ、灯りは無いか………………!」


 コウジが腰に差していた懐中電灯を手に取るよりも早く、背後から白い光の弾が天井付近へと放たれ地下室を明るく映し出す。防音の結界を維持するデザフィオではなく、コウジ続いて室内に入ったファイスカの唱えた【光球】の呪文だった。肩越しに彼女に礼を言ったコウジは改めて地下室を見回した。地下室はちょうど大部屋の真下に作られているらしく広さもそこそこ、かつては狩りの獲物を保管していたのだろう棚の間を確認しながら進むコウジは、奥の壁に鎖が打ち付けられていることに気づく。まさかと思って駆け足で棚の間を通り過ぎると、壁から垂れ下がった鎖につながった首輪を填められたウィーリアが、以前オリンピアが選んだものだろう服だったぼろ切れを纏っただけの格好で虚ろな視線を宙へとさまよわせていた。


「ウィーリア!」


 彼女のトラウマも忘れて駆け寄ったコウジは、ウィーリアのそばに膝を突くと割れ物を扱うかのように恐る恐る彼女の体を抱き抱える。口元に手を翳せばわずかに空気が動くのを感じることができ、彼女がまだ生きていることを教えてくれる。しかし生きてはいれども乱暴された形跡こそ無いものの意識はあるのか無いのかすらもわからず、手足は無造作に投げ出されていていてピクリとも動かない。


「酷い、相当衰弱しています。早く治療しなければ………………」


 コウジの横に並んだファイスカが腕の中のウィーリアをのぞき込みその眉間に皺を寄せる。


「俺は、こういう時どうすればいいかわからない、頼めるか?」


 その言葉にファイスカは静かに頷き、ウィーリアの軽いからだをコウジから受け取って立ち上がる。そして来た道を戻る途中大部屋から聞き覚えのある男の声が聞こえて、コウジはその内容に手の平に爪が食い込み血がにじむほど強く握りしめていた。


「先にバギーへ戻ってくれ………………」


 抱き抱えていたウィーリアを渡されたファイスカに一体なにをするのかと目で問いかけられ、コウジは背負っていた得物を手にとってそれに答える。コウジがなにをするつもりなのかを理解したファイスカは視線をデザフィオに向けると、彼もそれに頷いて杖を構えた


「行って、彼の援護は僕がするから」


 ファイスカは一瞬逡巡したものの、すぐに頷きデザフィオの言葉に従ってエヴィエニスとともに猟師小屋から駆け去ってゆく。それを相手に気取られぬよう結界を維持していたデザフィオがコウジにいつでもいいと手振りで合図を出す。コウジもまたその場で待機しててくれと手振りで指示を出し扉の前へと移動して大部屋の内部へと耳を傾ける。


『………………に恥をかかせたこと、心の底から後悔させてやるわ!』


「そいつは無理な相談だな!」


 中から聞こえてきた言葉に怒鳴り返しながら力任せに蹴りを放ち、扉を蹴破るとそのまま手にしていた武器M79グレネードランチャーの銃口を部屋の中へと向けてトリガーを引き、バシュと短い燃焼音とともに40×46mm擲弾が放たれる。ろくに狙いを付けずに放った擲弾がどこに向かうかを確認することなくコウジは身を翻し壁の影にその身を隠す。部屋の中で擲弾が爆発して衝撃が彼が身を隠す壁を激しく揺さぶり、開け放たれた扉から逃げ場を求めた爆風がジェット噴射のごとく吹き荒れコートの裾をはためかせる。


「これは、凄いな。詠唱も無しにこれだけの威力を発揮するなんて………………」


 轟音に耳を押さえたデザフィオの呟きに一瞬自慢げに笑みを浮かべるがすぐに気を引き締めて中折れ式の銃身を開いて薬莢を排出し、ベルトから予備弾を引き抜き装填する。新しい擲弾を装填したグレネードランチャーを左手で腰だめに構えたまま右手でHK45を引き抜いて扉の影から大部屋をのぞき込む。大きく動く影がないことを確認して扉をくぐり改めて大部屋の惨状を視界に納めると、そこはグレネードの爆風で滅茶苦茶に吹き飛ばされていた。

 ソファは軒並み部屋の奥へと吹き飛ばされ、爆心地の床板は穴が空いておりウィーリアが閉じこめられていた地下室が覗けるようになってしまっていた。元は床だっただろう木屑とともに木製のジョッキや酒瓶などが壁際に吹き飛ばされており、部屋の中にいた3人もそれらと同様の末路を辿っていた。


「グレイ、グレイ!」


 女の声に視線を向ければアヴェントゥラでアルドレイルからのメッセージを運んできた男の証言と一致する赤毛の男が倒れていた。男、おそらくはグレイ・フォルスターと呼ばれたAランクの冒険者は炎を閉じこめた水晶を仕立て上げたかのような力強さを感じさせる鎧を身に纏っていたが、その鎧は全体的に罅が走っていてさらには胸部には折れた刀身が深々と突き刺さっていた。

 鎧全体に走るひびについては理解できる。おそらくは至近距離で擲弾の爆発を浴びたのだろう。しかしなぜ折れた刀身が鎧を貫き胸に突き刺さっているのか、それがわからずコウジは首を傾げた。理由は放たれた擲弾を切り払おうとしたがその爆発に耐えられず折れてしまったのだが、グレイが動く様を見ていなかったコウジにその理由を推察することは出来なかった。もしもそのことを知ればコウジは一体どんな表情をしていたのだろうか、銃弾よりは遅いとはいえそれでも普通なら目にも留まらぬ早さで飛来する擲弾を切り払うなど考えられないことだ。が、その事実を知らぬコウジはそれ以上それについて考えることを止めて構えていたグレネードランチャーを背負いなおした。


「いくらファンタジーでもこうしておけば実は生きてました、なんて事はないだろ」


 呟きとともに銃声が二つ。すでに事切れているだろうグレイの眉間と胸元に銃弾が打ち込まれる。頭蓋を打ち抜き鎧を砕いて心臓を穿った二つの銃弾に、女、アリーナが鬼のような形相でコウジを睨みつける。


「お、前が……………!よくもグレイを……………!お前なんかにグレイを殺す資格が………………!」


 怒りに身を震わせたアリーナが武器を手に立ち上がろうとする。爆発の直撃は受けなかったのだろうがそれでも爆風に吹き飛ばされたダメージはあるらしくその動きは緩慢で、コウジにそれを黙ってみていてやる義理もあるわけ無く、言葉を最後まで聞くことなどせずHK45を4連射。額と胸元にそれぞれ2発の銃弾を打ち込むコロラド撃ちで無惨な朱い華を咲かせ、壁際でようやく体を起こそうとしているアルドレイルを見つけてそばまで近寄ってゆく。


「これは、僕が援護に残る必要は無かったかな?」


「いや、今回は運良く一番厄介だと思われてたのがくたばってくれたからな。何かが少し違ってれば必要になってたかもしれないから、必要なかったなんて事は無いよ」


 大部屋の惨状にひきつった苦笑を浮かべるデザフィオに、同じく苦笑を返したコウジはアルドレイルを見下ろす形で立ち止まった。


「く、そが………………」


 アルドレイルは震える腕に力を込めて立ち上がろうとするが、コウジはそれを鼻で笑うとHK45の銃口をアルドレイルへと向けて発砲。支えとなっていた右腕を打ち抜き、アルドレイルはそのままうつ伏せに倒れ伏せ醜い悲鳴を上げる。コウジはそのままアルドレイルの両足に一発ずつ45ACP弾を打ち込み、うつ伏せで呻く彼の体を蹴り転がして体を仰向けにさせてからマガジンに残った最後の一発で左腕を打ち抜いた。


「ぐぅっ、く、んの………………、不意打ち、か。この、臆病、者が………………!」


 顔中に脂汗を浮かべながら呟くように紡がれたのはそんな言葉だった。痛みにひきつった笑みを浮かべているのは挑発のつもりの言葉だったからか、しかしコウジはそんなアルドレイルの言葉を無視して予備のマガジンをHK45へと叩き込み初弾を装填してから視線を向け、見下ろしながら口を開いた。


「一つだけ礼を言っておくよ」


 能面のような無表情で告げられた、予想を斜め上に外れた言葉にアルドレイルは困惑の表情を浮かべる。それも仕方のないことだろう。普通ならばここで向けられるような言葉は憎しみや怒りを込めた恨み言であるべきはずだ。ところが向けられたのは感謝の言葉。困惑しない方がおかしいだろう。


「仏の顔も三度まで、って言うけどこの世界じゃ三つじゃ多すぎることがよくわかったよ。次からはもうこんなことが起こらないよう後腐れが残らないようにきっちりと片を付けるようにするよ。お前のおかげでそれを学べた。それについてだけ礼を言っておいてやる」


 言葉の終わりとともに新しく装填したマガジンを空にする勢いででトリガーを引くコウジ。連続して放たれた弾はアルドレイルの手足に新しい穴を開けてゆき、き汚い悲鳴が猟師小屋に響いた。


「ウィーリアを苦しめた分、しっかりと受け取っておけ」


 痛みに呻くことしかできないアルドレイルのそばに中身の入った一升瓶を置いて扉まで戻ると、そこで待っていたデザフィオに目で先に行くように告げてHK45を部屋の中へと向ける。狙いはたった今置いた一升瓶。その中身は燃料を必要としなくなったバギーから抜き取った石油燃料、ガソリン。


「good die………………」


 引き金が引かれた回数は二回。一発目は最初の狙い通り一升瓶を打ち抜いて周囲にガソリンをばらまき、続く2射目が天井からつるされていたランプの鎖を撃ち落とした。コウジが壁の影に隠れるのと同時にランプの火がガソリンに引火、出口へと廊下を歩いていたコウジの背後の大部屋の扉から爆炎が吹き荒れる。


 H&KHK45のマガジンを再度交換して初弾を装填し、安全装置をかけて懐にしまって猟師小屋を出る。最近は雨が降っていなかったからか、大部屋で起きた爆炎はコウジが小屋から少し離れた頃には猟師小屋を炎で包み込んでいた。手足を打ち抜いたことも含めてアルドレイルに逃げることは出来なかっただろう。コウジは猟師小屋を振り返り適当に十字を切るとそれ以上振り返ることもなくバギーへと歩き始めた。






「て、これそのままにするつもりかい!?」


 それに待ったをかけるのはデザフィオの慌てた声だった。さっさとバギーに戻ろうとするコウジと燃えさかる猟師小屋へ交互に顔を向けた彼は小屋の背後に広がる林を見て顔を青ざめさせた。このまま放置すれば林全体を巻き込む大火事になるのは考えるまでもない事実であった。救出したウィーリアの姿を見ただけに焼け死んだだろうアルドレイルに同情するつもりは毛頭無いが、その背後の林については別問題だった。

 デザフィオの言葉に立ち止まったコウジも猟師小屋の背後にある林を見てそのことに気がついたのか表情をひきつらせながらデザフィオへと顔を向けて呟いた。


「…………………………どうしよう」


「あぁ、もう、考えなしにやりすぎだから!」


 手に持った杖を地面に突き立て、デザフィオは呪文の詠唱を開始する。大気中のマナが大きな流れを作りながら突き立てられた杖へと集まってゆくのを感じながら、デザフィオの詠唱は歌うように旋律を作り上げてゆく。

 杖の周囲に渦巻いていたマナが杖へと収束し吸い込まれると同時に杖を起点に地面に光り輝く魔法陣が現れる。


「【スプラッシュピラー】!」


 詠唱の最後に叫ばれる発動句が発せられるとコウジは足下から重い振動が伝わってくるのを感じ、それが何か考えるよりも早くその正体が姿を現した。それは猟師小屋をまるまると飲み込んでしまうほどに大きな水の柱だった。地表を突き破り地下から吹き出た水の柱は猟師小屋を包んでいた炎を消し去り、その勢いでもって猟師小屋を粉々に粉砕して空へとばらまいた。


「うぉ、すご………………」


 林の中へと降り注ぐ破片を見上げ、コウジは呆然と呟いていた。


~・~・~・~・~・~・~・~・~


「前にここを通ったのはもう半月も前か………………」


 言いながらも『もう』と言うべきか『まだ』とつけるべきか迷いながら目の前の焼けた家屋を眺めた。視界いっぱいに広がる焼け落ちた家屋達。遺体こそ転がっていないもののそこでかつて大量の命が失われたことを簡単に想像することの出来る戦痕。

 足下に転がっていたあのときに使用した45ACP弾の空薬莢を拾い上げ小さく頭を振った。あの日もっと早く出立していれば村も無事だったのではないかと思わずにいられないが、あのときの自分がこのことを知る術はなくいまさらたらればの話をしたところでどうこうなるわけでもない。コウジは自身の住んでいた家のあった場所に亡くなった家族を思って花を添えるウィーリアを静かに見守っていた。


 さてなぜ彼女が一緒にこの場所にいるかというと。あの日救出したウィーリアはほとんど飲まず食わずの状態で監禁されていたらしく、酷く衰弱しきっていた。バギーの収納スペースにしまわれていた緊急バッグの中にあった栄養ドリンクを何とか飲ませ後気を失った彼女を連れてアヴェントゥラに戻ったのだが、彼女が目を覚ましたのは救出してから2日後の事だった。その後事情説明も兼ねてギルド神殿に向かったのだが、そこで再びウィーリアがしがみついて離れなくなってしまったのだ。今度はコウジに。

 盗賊に村が襲われて以来男を怖がるようになったのではと思いきや、いや確かにそれは事実であったのだがコウジに対しては助けられたこと、裸を見られたことなど恥ずかしさで顔も合わせられなかったのだとか。おまけに今回誘拐されたときもコウジとオリンピアを求めて神殿を抜け出していたなどという笑えない話を聞かされることとなった。かわいらしい理由ではあるがそんな彼女は再びコウジに助けられたことも影響してか誰がなんと言おうと、梃子でもコウジから離れなくなってしまったのだ。

 前回と同じようにジョロナ様に出てきて貰っても結果は同じ、いっこうに進展しない事態にしびれを切らしたディムスンがウィーリアを引き取ってしまえと言いだし、いろいろと反論等があれども結果的にはそこに落ち着いてしまったというわけだ。オリンピアと一緒だったときはどちらも一人旅(コウジはエヴィエニス達と一緒だったが)で子連れでの旅は難しかったが、現在コウジはデザフィオを初めとした4人の冒険者とパーティを組んでいる。これだけ手が合れば子供の一人くらいは守りながら動くことも出来ようと言うのがディムスンの弁。何よりコウジ達を求めて神殿を抜け出すような子だ、そのうち街すらも跳びだしていってしまうのではないかという言葉に自然と納得してしまった一同だった。結果これが決めてとなり、勝手に危ないところに飛び出されるくらいなら目の届く場所にとコウジが引き取ることになったのだ。なぜか養子として。

 何でも神殿の保護施設にいる子が施設を出る方法は一人で生きているだけ大きくなるか、親類や里親に引き取られるかの2択しかなくそれを定めたのがギルド神殿で祀られている神であるリュウスクェ・サイトその人らしく、なんでも『子供は親の元で育てられるのが一番』『子供に必要以上の労働を強いるなど論外』と言いながら時のギルド神殿司教にお告げを告げたらしく、以来ギルド神殿ではこの決まりを固く守っているらしい。なんでもあまり有名ではないものの、幼子の守護神などという神格持っているのだとか。

 そんな理由で突如として子連れとなってしまったコウジは、当初の予定通りに弾薬補給やその他諸々の用事のためトリオンの森へと戻ることにし、その途中彼女の故郷を訪れることになったのだ。


(ウィーリアの親父さん、お袋さん。ほとんど成り行きではあったけど、引き取ったからにはしっかりと面倒見る。こんな物騒な世の中だ、絶対に守りきるなんて言葉は言えないが俺の出来る限りのことはするつもりだ。だから、どうかあの世からこの娘のことを見守っていてほしい)


 両膝を突き胸の前で手を組んで頭を垂れるウィーリアの後ろで、コウジもアヴェントゥラで購入したカウボーイハットに似た帽子を胸に抱いて黙祷を捧げた。

 それからしばらくして先に瞼を開いて帽子を被りなおしていたコウジは、彼女が立ち上がるのを見てそっと歩み寄った。


「もういいのか?」


「………………うん。それにここにはいつでも来れるんでしょ、えと、お、おと………………」


「別に無理してお父さんなんて呼ばなくていいよ。ウィーリアの呼びやすい呼び方でかまわないさ」


 言いよどむ彼女の仕草に苦笑して頭を撫でると、ウィーリアは、はぅ、と顔を赤くして身を縮ませて撫でられた頭を押さえるように手を挙げ、コウジはその手をとって「行こうか」と声をかける。ウィーリアが小さく頷くのを確認して歩き始め、ウィーリアも後ろ髪を引かれるように一度背後を振り返るがしっかりとした足取りで歩き始める。


(しかしどうしたものかな。トリオンの森の自宅を拠点にするつもりとはいえ、いろんなところを旅してみたくもある。となるとウィーリアも自分の身を守る方法が必要になってくるよな。剣なんかは俺じゃ教えられないし、魔法も同じ。デザフィオやファイスカに頼むって手もあるけど、あぁ言った手前いきなり人に丸投げするのもなぁ。

 俺に教えられることと言えばやっぱ銃しかないけど、ウィーリアに扱える銃、か。

 子供で女の子が使うとなると、9パラや45は却下だな反動が強すぎる。というか銃で戦うことを考える必要はないんだよな。銃が必要になるような場所なら誰か最低でも一人は一緒にいるだろうし、そいつがカバーに入るだけの時間を稼げればいい。となると2,3発も撃てれば十分か?この条件なら銃が必要になる間合いなんてのもかなり狭いだろうし命中精度もあまり考えなくていい。暗器として使うことを考えるべきか。敵から隠しつつ使える銃。

 ん~、デリンジャーかなぁ。前に口径が小さいのを作った覚えがあるし、とりあえず戻ったら探してみるか。ん、そういえばあの件、二人に他の無の忘れてたな)


 ウィーリアに銃の扱い方を教えることを心に決めながら、遠くの地平線に沈もうとする夕日を眺めつつほかの皆が野営の準備をする村外れへとたどり着いた。


「お帰りなさい」


 二人が戻ってきたことに気づいたファイスカが出迎える。


「ただいま、変わりはない?」


 ファイスカの言葉にそう返しながら、特に問題もなかったという返事に分かり切った答えと知りながらも笑みを浮かべる。


「もうすぐ用意も終わりますから、あちらでお待ちください」


 近くの川で釣ってきたらしい魚を串に刺しながら指された方向を向けばちょうど良くデザフィオとディムスンがたき火のを囲んで鍋の番をしていた。


「ありがと」


 軽く礼を言ってたき火に近づく途中でバギーからキャンプ用の小さなイスを取り出しそれを組み立てる。組み立てたイスにウィーリアを座らせて自分は少し大きめの石をその変わりにする。


「戻ってきたか」


「ちょっとした挨拶をするだけだったからな。

 ちょっと二人頼みたいことがあるんだけどいいか?」


「頼みたいこと?」


 首を傾げるデザフィオに一つ頷き、ポケットから先ほど拾った空薬莢を取り出して二人に見せる。


「俺に錬成陣と錬金術を教えてほしいんだ」


「錬成陣と錬金術、ね。理由は君が手に持ってるそれだよね」


 コウジは無言で頷くとH&KHK45の予備マガジンから45ACP弾を取り出して先の薬莢と並べて見せた。


「俺の使う銃って武器は筒の中で爆発を起こすことでその爆発の威力の逃げる先を限定し、その勢いで弾を飛ばす代物ってことは前にも説明したよな」


「うむ、確かにそう聞いたな」


「でだ、筒って言うのが銃の本体、その中でも銃身と呼ばれる部品で爆発を起こすのはこの銃弾の中に詰め込まれた火薬なんだ。薬莢の中の火薬を爆発させて銃身内で弾頭を加速させて射出する。当然爆発すれば火薬は消えてなくなるし弾頭の回収も不可能。薬莢も使い回すのは安全面的にあまりよろしくない」


「再利用不可能、か。弓矢よりも不便そうだな、そういうところは」


「その通りなだよね。でここからが問題なんだけど、この世界に銃というものが今まで存在しなかった以上、この弾薬は俺の手元と自宅にある分で全部ってことなんだ」


「この世界で使われている矢と違って新たな弾薬の補充は不可能か」


 コウジの言わんとしていること理解したデザフィオが未使用の銃弾をつまみ上げてマジマジと眺めて呟いた。ディムスンもまた空薬莢を手に取り四方から真剣な表情で観察した後コウジにそれを返す。


「つまりこの弾薬を作るために協力してほしい、てことであってるな」


 ディムスンの言葉に頷きデザフィオから受け取った銃弾をマガジンに戻したコウジは二人の顔を見回して口を開いた。


「薬莢や弾頭、雷管は完全な使い捨てだけど、大量に必要な上にサイズやなんかに差異があるととたんに戦力に影響に出ちゃうから、魔力と材料さえあれば同じものをいくつでも作れる魔法陣の技術はどうしても欲しいんだ。火薬もそう。元の世界と全く同じとは言わないけど同量で同規模の威力のある火薬が必要だ。二人にはそこのところで協力して欲しいんだ」


「火薬、かぁ。西方の島国にある花火ってものが火薬を使用してるって話を以前聞いたことがあるけど、大陸じゃ火薬なんて知ってる人も少ない代物なんだよね」


「駄目か?」


「いや、駄目じゃないんだけどね。僕は錬金術もかじってはいるけど専門じゃない。それに火薬についてはなんの知識もないからちょっと難しいかなって思ってね。

 でも知り合いに腕の立つ錬金術師がいるから彼を紹介するくらいならできると思うよ」


「本当か、それだけでも十分ありがたい!」


「彼は真新しいものに目がないから結構期待しても良いんじゃないかな?」


(上手くいけばオリジナルの弾丸とかも作れそうじゃないか!そうすれば俺オリジナルの銃を作るときもその幅が十分に広がる!」


「錬成陣による大量生産か………………、一職人としてはあまり面白い話じゃないな」


 なにやら考えていたディムスンがため息とともに発した言葉は、これから先のことを思って歓喜していたコウジにとって冷や水のような物だった。


「………………駄目、かな?」


「……………………この世界にある弓矢にしても弓には弓の、矢には矢の職人て者がいる。弓職人は弓の一つ一つに丹精を込めて、矢職人は矢の一本一本にそのすべてを込めて完成させる。だから弓と矢によっては制作者が違うだけで全く違う結果を出すなんてことは良くあることだ。が、それは弓と矢だからこそ組み合わせを変えてより自分に合った物を探し作り出すことが出来るが、銃の弾には規格って物があるんだろ。その規格を違えちまったらそもそも銃は使えなくなる」


「まぁ、ね。同じ9パラでもリボルバー用とオートマチック用じゃ微妙に規格が違って使えないし」


 それを使えるようにする裏技もないではないが、今言うことでもないだろうと言葉を切る。ディムスンはもう一度ため息をついてポケットから空薬莢を取り出した。以前使用したドラグノフ狙撃銃の7.62mmNATO弾の空薬莢で、ディムスンに頼まれて譲ったものだ。


「それにこいつはそんじょそこらの職人じゃ作れるような代物じゃない。俺でも一つ作るのにどんだけ神経を使うことか。

 教えてやるよ、錬成陣の使い方。それでこいつの材質は何なんだ?」


「……………………真鍮だよ。薬莢も雷管も真鍮製だ。弾頭は鉛の場合が多い」


 どこか悔しげに笑う姿に言葉を詰まらせるも、すぐに頭を振って質問に答える。


「貧者の黄金か、それならギルドでも集められるだろ。とりあえずお前の家とやらについてから魔法陣を試作しよう」


「ありがとう」


「は、俺たちは仲間だ。助け合うのは当然だ。その代わりと言っちゃぁなんだが、家に着いたらたっぷりと銃について教えてもらうから覚悟しておけよ」


「ははは、は、お手柔らかに………………」


 表情を一変させて不適な笑みを浮かべるのを見てなにやら背筋に寒気が走り、思わず表情がひきつってしまうコウジ。そこにタイミングを見計らっていたかのように夕飯の下拵えを終えたオクタヴィア達がやってきて、一同は笑い会いながら食事を始めるのだった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~


 がくん、とバギーが前後に揺れた直後、左右に飛ばされた水しぶきが川の水面を叩く音が響く。


「地の上を駆けるだけでなく水の上を行くこともできるとは、まったくたいしたからくりじゃわい」


 ディムスンの関心に満ちた声を背後に聞きながら、コウジはバギーを水上用状態に移行させて川を遡り始める。


「まぁ、本当は森を切り開いてちゃんとした道を造りたいんだけどね。今はアームズコングの問題もあるし、俺自身にそういった土木作業のノウハウが無いから始められるのは当分先で、造り始めても完成には時間がかかるだろうね」


「へぇ、コウちゃんそんなこと考えてるんだ。

 ねぇねぇディムちゃん、ディムちゃんもコウちゃんが道を造るの手伝って上げたら?

 あ、それなら私たちもこの森に住むのもいいかも。ここ緑豊かで精霊達もたくさんいるみたいだし………………」


「………………確かに俺も大陸を見て回って多くのことを学んできた。そろそろどこかに腰を落ち着けることを考えてもいいとは思うが…………………。

 ここは月系神族の聖地なんだぞ。家ごと墜ちて来ちまったコウジはともかく信者でもなんでもない俺たちが勝手に住み始めて良いような場所じゃないじゃろ」


「ぅ、たしかに…………………」


 ディムスンの答えにしゅん、となるが、オクタヴィアはすぐに表情を元に戻すとディムスンの太い腕に腕を絡めて抱え込み、分厚い胸板に甘えるように体を預ける。


「で、も………………、ディムちゃんやっと腰を落ち着ける気が出てきたんだ。嬉しいなぁ~、そうしたらやっと子供を作ることも出来るようになるんだ」


 子供は何人がいい?と聞いてる方が恥ずかしそうになる空気を醸し出すオクタヴィアにデザフィオとファイスカは苦笑をこぼし、ウィーリアは意味が分からずヘジンと顔を見合わせて首を傾げている。


「家族計画を設計するのは構わないけど、そういうのは二人だけの時にしてくれ」


 子供の居る前でする話じゃないだろう、とコウジの呆れ声にディムスンがため息とともに謝罪するが、当のオクタヴィアはそもそも彼の言葉が聞こえていなかったのか、ぺらぺらぺらぺらとこれから将来のことに関して言葉を続けている。


「駄目だこりゃ……………………」


 そんなオクタヴィアの様子にド○フの用に諦めの言葉を呟いてヘジンを抱えたウィーリアを助手席に移動させ、荷台のオクタヴィアのことは努めて考えないようにして運転に集中することにした。







 パソコンに表示される地図を頼りに川から岸へと上がったバギーに森の中を進ませている中、コウジは眉を顰めて周囲を見回した。特に何かが見つかるわけでもなく首を傾げて前を向いた彼に、ウィーリアが首を傾げる。


「コウジさんどうしたの?」


「ん、いや、なんか、街に行く前と違う気がしてな。道を間違えたわけでもなさそうだし………………」


 目を凝らさなくては分からないがバギーの進む先にはかつて通ったときのタイヤの跡が残っており、道が合っていることを教えてくれる。しかし何かがコウジの【第六感】を刺激し違和感を感じさせている。


「なんだ、この違和感。なんか足りない気がする………………」


『…………………………森の動物達の気配が少ない』


 いったい自分の感じている違和感は何なのか?その思考に没頭しそうになる彼に答えを与えたのは、座席の間から顔を出したエヴィエニスだった。彼女は少々鼻を鳴らして臭いを嗅ぐ仕草を見せて首を左右に振ると、その双眸を顰めて体を緊張させた。


「森を出て2週間が過ぎている。だというのに森に目に見える被害がない。それ喜ばしいことではあるがアームズコングに支配されたにしてはこれはおかしい。

 対して動物達の気配。前はあった数々の動物達が発する気配が感じられない。猿共に刈り尽くされたという可能性も否定できんが、2週間という短い時間で刈り尽くされるほど森の動物達は少なくない。それに奴らが食うことがほとんど無い鳥達の気配が無いのもおかしい」


「なる。俺が感じてた違和感は動物達の気配か。

 たしかに、意識してみると以前感じられた物を今は感じないな」


 エヴィエニスの言葉に納得したと首肯したコウジは唇を舐めて湿らせると、ハンドルを片手で握って銃のマガジンにしっかりと弾が納められているかを確認し始める。


「敵かい?」


「さぁな、ただこの先何があるかわからねぇからちょっと警戒しておいた方がいい」


 その言葉に荷台に乗っていた一同も己の獲物を一撫でして頷き、周囲に気を配り始める。


「本当に気配が無いな。リスやネズミみたいな小動物の気配すらぜんぜんしやがらねぇ」


『おかしい猿共の臭いと気配がない。いったい森に何が起きている……………?』


「近場にいないだけじゃないのか?」


『そう言う問題ではない。我らは月神様の眷属、この聖地の守護獣だ。我らの鼻の届かぬ場所など存在せん』


「………………奇襲を受けたのに?」


『意識しているときとしていないときでは貴様らも気づけぬ物もあるだろう』


 そのとおりか、と肩をすくめたコウジは、一度大きく深呼吸をしてハンドルを握り直した。


「………………どういうことなんだろうね、これって」


『わからぬ。我には何とも言えぬ』


「飼い主が出てきたってんなら話は楽でいいんだけどな」


「そうだね。そうすれば僕も住ぐに月神殿に行けるんだけど………………」


 そんなデザフィオの呟きを背で聞きながら道を進めること数分。一行が警戒する中何事もなく家のある広場へと到着した。

 出発した時同様に結界に包まれた我が家の無事な姿にコウジはほっと一安心、とばかりに安堵のため息をつく。そのままバギーを進めて結界の前に停めると、家に入るまでは完全には安心できぬと武器を手にバギーを降りる。


「一度結界を切ってくる」


 コウジがウルラから教わった結界は非常に堅く優秀な結界なのだが、結界を張ったまま術者が自由自在に中と外とを行き来できるような物ではない。不便な物ではあるが車庫入れの際に車庫のシャッターを開けるために車を降りるのと同じ物と割り切り、コウジは結界の基点となっいる石杭の一つに近づいていった。


「ん?」


 石杭に向けて印を切ろうとしたコウジの視界の端に何かが映った。それが何かと視線を向けると、それは僅かに焦げた草だった。


(焦げている………………………………………………………………!?)


 その瞬間コウジの感が警鐘を鳴らした。振り返りバギーへと駆けながら下げていたM79グレードランチャーを感が告げるままに茂みへと向けて引き金を引いていた。そして即座に銃身を割開き、腕の振りだけで空になった薬莢を後ろへ飛ばしベルトから引き抜いた40mm擲弾を装填し別の茂みへとそれを放つ。


(俺は広場の物が焦げるようなことは一切していない!なのに草に焦げ目、考えられる可能性は元々そうだったか、誰かが草が焦げるようなことをしたか!

 恐らくは後者!結界に炎系の魔法を放って散った火花で焦げた可能性が高い!)


 その思考は完全に感によって生み出された物だった。その可能性も確かにあるだろう、しかし一方的なこじつけにも近い考えをコウジは間違いない事実として感じていた。

 そしてそれを証明するかのように放った2発の40mmが爆発した直後、森が咆哮を上げた。

 いや、正確には森に潜んでいた存在がだ。突如周囲に無数の気配が生じ、森の中からいくつもの影が飛び出してくる。急ぎバギーのそばへと駆け戻ったコウジと同じようにバギーから飛び出した彼らを囲んだのは4つの腕に粗末ながらも明らかに人の手により加工された木製のメイスを手にしたアームズコングの群だった。そしてさらにコウジ達を囲むアームズコング達の背後にそろいの鎧で身を固めた10人ほどの一団が姿を現した。


「詠唱も無しに爆発を起こす武器とは、面白い」


 そして彼らに遅れて森の中から姿を現したのは、赤銀色の鎧でその身を飾った陶磁の様に白い肌をした赤金の髪の女性だった。アームズコングの向こうから明らかにこちらを見下した視線を向け、傲慢さのにじみ出る笑みを浮かべたまま膝裏まで届く髪を手櫛で整えながらコウジを見据え、次いでディムスン達に侮蔑の視線を向ける。


「土人にトカゲか………………。ふん、下等種と共にいるとは所詮は劣等民か。不愉快だな………………」


 腰に下げた翼を模した精緻な細工を施された剣の柄に手を置きながら吐かれた言葉は、どのように贔屓したところで友好とはかけ離れた物だった。

 コウジは知らなかったが【土人】も【トカゲ】もどちらもドワーフと竜人に対する蔑称であり、彼らに面と向かってそんな呼び方をすれば刃傷沙汰になってもおかしくないものだ。完全にコウジ達のことを見下したその言葉に、コウジは目尻がひきつるのを止めることは出来なかった。


「は、俺が劣等民なら、人の家に魔法をぶっ放したり初対面の人間に向かってそんな言葉を吐く貴様はさしずめ礼儀知らずのちんぴらだな」


 語呂に乏しいな、と思いながら相手の言葉を鼻で笑って言い返してやるとアームズコングの背後に立つ鎧達から殺気を向けられるが、コウジはそんなことを気にした様子もなく鎧の女と周囲のアームズコングへと意識を集中させていた。


「貴様、姫様に向かって……………………!!」


 鎧の女のそばに立っていた一人がコウジの言葉に反応し、すさまじい怒気と殺気を同時に放ちながら前に出ようとするが、それは自らが姫と呼んだ女に止められた。


「ふむ、人の家に魔法を、な。身に覚えがない話だな」


「結界付近の草が焦げてたぞ。それも丸焦げじゃなくて散った火の粉が付着でもしたかのような感じでな。俺は家のそばで焚き火もしてないし、ここらの魔物が火花を散らしながら歩き回ってるなんてのもあるわけ無いだろ。そうなると今のところ考えられる原因はお前らだけなんだよ」


「………………ふん、大した洞察力だな。それに肝も据わっているようだ。

 貴様、名は何という」


「礼儀しらずのチンピラに教えてやれるような名前は持ち合わせてないんだ。

 知りたかったらそっちから名乗ったらどうだ?」


 コウジのセリフに再度殺気が沸き立つが、それもまた再度鎧の女の上げる手に止められる。


「肝も据わり威勢もいいか。よく吠えてくれる。

 いいだろう、貴様のその無礼に目を瞑り私の名を教えてやろう。

 サントペルフェクト帝国第3魔導騎士団団長クーラニア・ツァイ・サントペルフェクト」


 不適にして傲慢さがにじみ出た嘲笑を浮かべ、柄から手を離し腕を組んだ彼女の言葉にディムスン達が息を呑んだ。


「帝国騎士団………………、いや、【獣殺姫】がなぜこんなところにいる!?」


 ディムスンの驚愕に満ちた声が森の広場に響いた。驚愕しているのは彼だけではなく、オクタヴィア、デザフィオ、ファイスカもまた手にした武器を握る手に力が籠もり緊張した気配が漂ってくるのをコウジは感じていた。


「……………………有名人なのか?何となく帝国の王族血筋だって想像は付くんだけどよ」


 緊張を露わにするディムスン達と違いその名の意味するところを知らないコウジはまるで「何それおいしいの」と言わんばかりの表情で相手を指さし、隣に立つデザフィオに問いかけた。


「……………………帝国の第二皇女だよ。帝国の皇位継承権第三位であり今彼女が言ったとおり第三魔導騎士団団長。帝国でも屈指の獣人嫌いで有名でね、自ら軍を率いて参戦した戦いにおいては獣人の捕虜は一切とらずに殺し尽くしたことで獣殺姫の二つ名で知られる殺戮の姫将軍さ。そして彼女が腰に差してる剣、伝聞でだけど聞いた装飾と一致する。おそらく本人だろうね語りじゃなくて」


 線引きが難しいが竜人であるデザフィオもまた獣人と近しい存在である。そんな彼等にとって目の前にいる皇女殿は死神にも等しい存在なのだろう。普段と変わらぬ微笑を浮かべながらも頬を流れる一筋の汗がそれを示しているようだった。


「いろいろとまずい奴だってことはよくわかったよ」


 デザフィオの様子に気を引き締めながら、コウジは改めて視線だけで自分たちを囲むアームズコングの群を見回した。

 アームズコング達が武器を手に等間隔に並ぶ姿は正に統制のとれた軍の如きであり、目の前に並ぶ魔物たちが何かしらの影響下にあることは容易に想像することが出来た。そして何の影響下にあるのかも。


(バギーで強行突破、てな訳には行かなそうだな)


 バギーが通ることの出来る道は今通ってきた道以外になく、その道の前には特に多くのアームズコングが武器を構えているためこの敵がひしめく広場で十分な加速がとれたとしても敵を蹴散らし離脱することは難しいだろう。


「どうした、私は名乗ったぞ?今度は貴様が名乗るの番ではないのか?」


「………………………誰もそっちが名乗れば俺も名乗るなんて言ってないんだけどな。まぁいいか。

 コウジ・ムラマサ、この森に住む普通の冒険者さ」


 「どこが普通だ?」「現人でしょ?」「普通の冒険者はこんな森に家を持たない」などなどといった視線が周囲から突き刺さるが、当然コウジはそんなことを気にする様子もなく相手を見据えている。


「………………神の聖地に人が住む?あまり笑えぬ冗談だな。

 まぁ、そんなことはどうでもいい。どうだ、貴様の持つのその武器を我らサントペルフェクト帝国に献上しろ。恐らくはその貴様の家とやらにもあるそれらもだ。さすれば貴様を栄えある我らがサントペルフェクト帝国の下級市民の一人として迎え入れてやるぞ?」


「別に冗談じゃないんだけどな。

 というかなんだよそれ。寝言は寝てるときに言ってくれ。そんな戯れ言聞くわけがない。というか、どうせ断れば猿共をけしかけて俺たちを皆殺しにするつもりなんだろ?んな馬鹿な話聞いてられるかよ」


「……………交渉は決裂。と言うことでいいんだな?」


 完全に上から目線のクーラニアの提案と言う名の脅しを蹴り飛ばし、コウジは馬鹿馬鹿しいと相手にしない。おそらく断られることは予想の範疇だったのだろう皇女は、コウジの言葉を肯定も訂正もせずに笑みを深めた。


「………………とりあえず【交渉】って言葉を辞書で調べ直してこい。

 まぁそれはそれとして、一つ聞きたいことがあるんだけどさ。

 あんたが【猿魔の宝珠】を持ってるってことであってるのかな?」


 その言葉にいままで余裕の笑みが絶えることの無かったクーラニアの表情があり得ないことを聞いたかのように歪んだ。そしてその視線が険しくなりコウジ達を威圧するように気配が強くなった。


「あら正解?いや、少なくとも宝珠について知っていることは間違いないみたいだな」


 クーラニアの反応を図星と見たコウジはにやりと笑みを浮かべて不適な笑みを浮かべる。浮かべてはいても現状を切り抜ける方法は見つかっておらず、どうするべきかと必死に頭を働かせていた。


「貴様、いったいどこでそれを知った」


 先ほどまでとは打って変わって険しい視線を向けられ、戦闘は避けられないだろうと察するコウジ。白を切ってくれればそこから時間を稼いで現状を打破する手段を考えることが出来たのに、と思惑が外れたことを悟らせぬよう先ほどまで相手が浮かべていた不適な笑みを向けながら背後の家を指さした。


「ここは月の神の聖地で俺の家はそこにある。これが理由にはならないかな?」


「神託を受けたということか………………」


 今度はコウジの思惑通りに誤解してくれたことに感謝しつつ、その言葉に肯定も否定も返さないで次の言葉を探す。


「それに宝珠のことを知っているのが俺だけだと思ってるのか?残念、知り合い経由で宝珠の存在やそれが帝国にある可能性についても王国に伝達済みだ。もちろん、そいつの力を何か白に利用して帝国が王国に仕掛けてくる可能性もな」


(だからここで俺達を消したところで無意味なんだからさっさと引き上げてくれないかな)


 実際のところまだ情報は娼館止まりだろうし伝わっても帝国にたいして厳重に警戒をするかどうかは分からないが、クーラニアから向けられる殺気を受けて相手がこちらを殺す気まんまんなことに、何とか意味がないよと言外に伝えようとするコウジだが………………。


「…………………………………猿共の動きから推察されたか。あからさまだったとはいえそこまで気付くとはな。よけいこの場で逃せぬ理由が出来たな」


 クーラニアが腕を振るうと同時にアームズコング達が手にしたメイスを構えるのを見て、コウジの表情がひきつった。


(やば、逆効果だった)


「気にするな、どう転んだにせよ戦闘は避けられん。人間至上主義者であり獣人亜人を嫌うあの獣殺姫が俺たちを見逃すなどありえんからな」


 鎧に身を固めたディムスンがハルベルトを構えると、同じように他のメンバーがそれぞれの獲物を構えていた。

 竜の角から削りだしたという【竜角の杖】をデザフィオが構え、ファイスカが同じく火竜の角から削り出された刃渡り2mの大剣【火竜の炎角】を引き抜く。そしてなによりも目を引くのが3mという馬鹿げた長さに、それぞれが500Kgという途方もない重量の二振りの金砕棒【雷鳴の金砕棒】と【竜巻の金砕棒】をどこからともなく引き抜いたオクタヴィアだろう。

 その二本の視覚的な重圧は相当な物らしく、アームズコングの背後の騎士達はともかく魔物である、いや魔物であるからこそアームズコング達が感じた危険に慌てざわめく。ちなみに普段この二振りの金砕棒は空間拡張された鞘に納められており、見た目は和太鼓の撥程度の長さしかないためその分引き抜いたときとのギャップは相当な物だったのだろう。10歳の少女と見違うばかりのオクタヴィアがそれを握るとなれば尚更だ。


「ふん、抵抗するか。奴の武器に関しては後でじっくりと調べさせるとしよう。

 殺せ」


 クーラニアの腕が振りきられると同時にアームズコングが武器を振り上げ駆けだした」


~・~・~・~・~・~・~・~・~


 コウジがまずとった行動は背に背負っていたショットガン、ベネリM4スーペルを構えて発砲することだった。禄に狙いを付けずに放たれた散弾は先頭を駆けだしたアームズコングを襲い、全身に穴を空けながらその後ろを駆けていた別のアームズコングへと吹き飛ばされ後続共々盛大に地面を転げ回った。


「ほう、他にも変わった武器を持っているな。詠唱もなく距離の離れた敵を打ち倒す武器。我が帝国軍がそれを手にした暁にはこの大陸の勢力図も大きく様変わりしているだろうな」


「捕らぬ狸の皮算用だ。おまえ等にこれをくれてやるわけにはいかないな!!」


 クーラニアの言葉に怒鳴り返しながらベネリに次弾を装填させ、別方向のアームズコングへと発砲。三方どこを見回せどそこにいるのは敵の群。撃てば当たると放つショットガンが2体の頭を粉砕する。


「コウジ、正面は俺が抑える!」


 コウジと背を預け合う形となったディムスンがハルベルトを振り下ろし起きあがろうとしている仲間を踏み越えようとしたアームズコングを、二匹同時に両断する。さらにその向こう、もっとも敵が多くいる左側ではオクタヴィアがその小さな体格に見合わぬ怪力を発揮して二本の金砕棒を振り回して敵を瞬く間にミンチへと変えていた。マンガやゲームにあるような精霊術師のイメージ真っ向から喧嘩を売るようなその姿は、道中何度か見ていても慣れそうにない光景だった。


「『プロテクションドーム』」


 全員の後方に立つデザフィオが魔法を発動する。バギー周辺を覆うように発生した魔力のドームに何かが激突し爆発。周囲に爆音を響かせるが爆炎も爆風もドームに遮られ中にいたコウジ達には一切影響を及ぼさなかった。


「ち、弾切れ…………………!」


 魔力のドームは魔法やや爆風などの実体を持たない物に対して高い効果を示す魔法だが、生き物や武器など確固たる実体を持つ物を阻む力はない。アームズコングの後方にいる騎士達の魔法攻撃と思われるファイアボールを軽々と防いで見せたデザフィオのプロテクションドームであったが、その影響を受けないアームズコング達は文字通りドームを素通りして迫っておりコウジはそれを散弾で迎え撃っていたのだが、もとより中という武器は装弾数以上の敵を倒す力はない。装弾数の少ないショットガンは瞬く間に弾を消費して残弾を使い切ってしまう。


「下がってください!」


 コウジの背後からファイスカが飛び出してその大剣を薙払い、弾切れの隙を突いて近寄ってきたアームズコングを退けさせる。それを見ながら後退したコウジはショットガンとグレネードランチャーをバギーに放り込みコートの内側からイングラムM10を取り出し、前衛三人の間をすり抜けて接近しようとする敵へと銃弾をばらまく。


「くそ、数が多い………………」


 前衛がアームズコングを切り捨てるも、森の中から次々とアームズコングが姿を現し津波のごとく押し寄せてくる。コウジが弾をばらまき脚を止め、そこにエヴィエニスが喉に食らいつき噛み千切り止めを刺す。


「ふん、この数を相手にどこまで戦えるか………………、見物だな」


 広範囲を攻撃する手段を持つデザフィオは矢継ぎ早に放たれる魔法攻撃を防ぐのに手一杯。オクタヴィアがその広い攻撃範囲を生かして金砕棒を振り回しているものの、さすがに学習能力があるらしいアームズコングは金砕棒の届くギリギリの距離から中へと踏み込もうとせず、中々攻撃が当たらない。


「オク!前に出すぎるなよ!」


 攻撃を当てるため前に出ようとする彼女にディムスンの叱咤が飛ぶ。前に出なければ攻撃は当たらないが、前に出れば他の仲間との間が開くことになり敵をバギーへと近づけることとなる。オクタヴィアは地面に金砕棒を叩きつけて風と電気をまき散らすと精霊語で言葉を放った。


『怒りの精霊イラ!私の前に立つ者を怒りに染めよ!その思考を怒りに染め上げよ!』


 オクタヴィアの言葉に応じ、彼女の中から半透明の怒り狂った女性の姿をした精霊、怒りを司る上位精霊イラが姿を現し赤い髪を振り乱して目の前のアームズコングへと抱きついた。

 イラの姿はすぐに消えてしまうもその効果覿面で、抱きつかれたアームズコングは咆哮を上げてオクタヴィアへと跳びかかり、それを待っていた彼女の金砕棒によって吹き飛ばされてその先にいた騎士諸共背後の木へと叩きつけられる。


「ちっ、高位精霊使いか!耐精神魔法!」


 クーラニアが舌打ち混じりに発した命令を聞いた騎士が素早く呪文を詠唱するとアームズコングを光の粒子が包み込み、オクタヴィアが再度放った魔法は効果を現すことなく抵抗されてしまった。


「グギャーッ!」


 アームズコングが雄叫びとともに前衛の間をすり抜けコウジへと襲いかかるが、バギーのそばまで下がった彼の下までは距離がある。コウジは冷静にイングラムの銃口を向けて引き金を引き、アームズコングへと無数の弾丸をばらまいた。しかし……………………。


 アームズコングの4本の腕の内2本が動いた。そばに転がっていた仲間の、コウジが撃ち殺したアームズコングの遺体を持ち上げ、それを盾のように翳したのだ。イングラムから放たれた弾丸は雨の如くその遺体に穴を空け、アームズコングは勢いを緩めることなく地を駆けた。


「な、くそったれ!」


 悪態をついたコウジの脳裏にはこの世界に来て初めてアームズコングと戦ったときのことを思い出した。確かにあの時も同じ方法で攻撃を防ごうとした個体が居たのだ。つまりアームズコングにはその程度の知恵はあるということであり、クーラニアに持たされたのであろうが武器を操る程度のことは出来ると言うことだ。ならばこの程度のことは予想してしかるべきだったはず。だというのに彼の手にあるマシンガン【イングラムM10】は貫通力よりもマンストッピングパワーを優先した45ACP弾。あのときの5.7ミリ弾のような貫通力を持たない銃弾では遺体越し攻撃を届かせることが出来ないのだ。


 狙いをずらそうにも敵はもう目の前にまで迫っている。コウジは舌打ちをしながら体を投げ出し地面を転がってアームズコングの体当たりを避ける。転がった勢いで膝立ちになるとそのまま上半身を捻って背後で踏鞴踏むアームズコングへとイングラムの銃口を向けて発砲。放たれる弾丸がアームズコングの背後より襲いかかり今度ばかりは防ぐことも出来ずに蜂の巣になる。

 なんとか接近したアームズコングを倒すことが出来たもののそれでイングラムのマガジンから弾が尽きる。新しいマガジンを即座に叩き込むが…………………………、遅かった。


 「そこだ、ねじ込め!」


 クーラニアの指揮に従ったアームズコングがファイスカとディムスンの間に殺到する。二人もそれを阻止しようとするが彼らの周囲にいるアームズコングがそうはさせじと襲いかかり、それを迎撃するために足を止めることを余儀なくされる。


 そこから先はあっという間だった。完全に戦線を崩され内部へと侵攻され、再び弾切れになったイングラムを投げ捨てH&KHK45で応戦するが多勢に無勢。背後に迫ったアームズコングへの対処が間に合わず引きずり倒されてしまう。


「コウジ!」


 それに気付いた仲間の悲鳴じみた絶叫が広場に響く。


「仲間が心配ならそれ以上抵抗しないことだ」


 いつの間にか移動していたクーラニアがバギーの荷台で青い顔をしているウィーリアへ剣を突きつけていた。


「ウィーリア!」


「うるさい、だまれ…………!」


「……………コウジさん!」


 うつ伏せで押さえつけられたコウジがその光景に声を荒げるが、クーラニアと同じように近寄ってきた騎士に顔を蹴られる。


「くっ、卑怯者が………………」


「トカゲが吠えるな」


 ファイスカが怒気に声を震わせながら睨みつける。そしてデザフィオが悔しげに杖を地面に置いたのを皮切りに他の仲間も武器をその場に放り投げる。


「グルルルルルルルッ!」


 ウィーリアの腕に抱かれたヘジンがクーラニアに唸りを上げるて小さな牙をむき出しにするが、しっかりと抱きしめられた腕の中から抜け出すことは出来ず、その様を見たクーラニアは鼻で笑って騎士達によって取り押さえられ膝を突くコウジ達を見回した。


 ガラン、と大きな音がしてそちらを見ればディムスンが被っていた兜をはぎ取られたところだった。


「………………なかなかいい防具のようだな」


 足下まで転がってきた兜を足蹴にしたクーラニアが呟くように言うと、侮蔑の視線をディムスンへと向けて顎をさすった。


「貴様の作か?」


「…………………………」


 兜を拾い上げたクーラニアがディムスンに近づきながら問いかけるが、それに対する返答はなく無言で睨み返すだけだった。しかしそれだけでも彼女にとっては十分だったのか、鼻で笑うと手の上で弄んでいた兜を彼の側に放り捨てた。


「本当なら土人の首など今すぐはねてやりたいところだが、貴様等の鍛冶の腕は腹立たしいことに我らの上をゆく。これからのためにも優秀な鍛冶師は必要か………………」


「…………………………貴様等のためになんぞ、たとえなまくらだろうが一振りとて造るつもりは無いわ!」


「貴様、姫様にむかって!」


 彼女たちの側にいた騎士の一人が語気を荒げるが、クーラニアはそれを片手で制して跪かされたディムスンを見下ろし嗜虐的な笑みを浮かべる。


「自分の立場が分かっていないらしいな」


 そう言ってふるわれた手の甲が強かにディムスンの頬に叩きつけられた。頑丈なドワーフがその程度で傷ついたりすることはないがそれでも痛いものは痛いのだ。痛みに顔をしかめつつ、しかしニヤリと不適な笑みを浮かべて睨み返した。


「やっちまったな。どうなっても知らんぞ」


 そんなことを言われてもクーラニアは何のことなのかまるで分からなかった。怪訝そうに眉をしかめ、次いで苛ただし気に先とは逆の頬を張る。


「言え、いったい何を言「…………のに」ん?」


 問いつめようとするクーラニアの言葉を遮るように小さく、しかし確かに響いた言葉に彼女は振り返った。振り返った先にいたのは武器を捨て騎士に拘束されたもう一人のドワーフ族、オクタヴィア。彼女は両手を背中で交差するように取り押さえられながら顔を俯かせていた。

 重力に引っ張られて垂れた前髪が目元を隠れてしまっている彼女から発せられる気配は、短いとは言え寝食を共にしてきたコウジには感じたことのないものだった。


「………………………………ムくんは、私の…………………。

 ディム君は私のなのにーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!


 絶叫とも悲鳴ともとれるような心の底から吐き出された言葉。天へと叫ぶ彼女の周囲に半透明の人影が舞う。

 それは彼女がその身に宿す4体の上位精霊だった。

 一つは先ほどもアームズコングを怒りで支配した赤く透き通った怒りを司る上位精霊イラ。もう一つは全身から陰気をまき散らし全身に絡みつくような髪をした青黒く透き通った精霊。それは嫉妬を司る上位精霊であるナイト。同じく青黒くすきとおり、しかし憎しみに満ちた瞳をあやしくぎらつかせて周囲に怖気の走る気配を放つ憎しみの上位精霊ズロバ。最後は薄青く透き通った手で悲しげに顔を覆い、嘆きの声を響かせる嘆きの上位精霊マエロル。

 感情を司る4体の上位精霊はオクタヴィアを守るように体を重ねその中へととけ込んで消えゆく。

 コウジや周囲の騎士やアームズコング達にはそれがいったい何を意味するのかは分からなかったが、クーラニアはそれが何であるか正しく理解して表情を青ざめさせる。


「………………いかん、そいつから離れろぉぉっぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!」


 焦りに焦り悲鳴じみた指示を聞いた騎士達は、しかしそれを実行する時間を与えられることはなかった。突如目から怪光線を発し始めたオクタヴィアが無造作に腕を振るうと、彼女を拘束していた騎士が宙へと放り出され空中で激突して、『潰れた』。


『『『『『ああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!』』』』』


 オクタヴィアから発せられる5つの声が重なり合いまるで人ならざる者のごとき声となって盛りそのものを震撼させる。


「な、なんなんだ、あれ」


『あれは凶化だ』


 オクタヴィアの発する異様な気配に晒され拘束が弛んでいることにも気付けなかったコウジの小さな呟きにエヴィエニスが答える。


『上位精霊の気配を確かに感じてはいたが、まさか4体も宿しているとは。

 あれは体に宿した精霊を感情の爆発と共に暴走させておるのだ。今の彼女は敵味方の区別もないバーサーカーと化しておる』


 バーサーカー。それは痛みを忘れ自身が死んだことにも気付くことなく戦い続ける狂戦士。痛みを忘れているが故に肉体のリミッターは働かず、たとえ首を落とされようとも気付くことなく、戦いそのものが終わるまで戦い続ける。やがて戦いが終われば忘れていた痛みを思いだして痛みにのたうち回り、死んでいることに気づきようやく死を迎える。狂戦士本人にすら制御することの出来ない暴走機関。

 このバーサーカーの発生方法は2つ。一つは魔法を使用した人為的な方法。魔法の中でも上位の存在を用いた人工的なバーサーカー。

 そしてもう1つ、感情の暴走することで自然発生するもの。感情が暴走し、一つの感情に心が支配されたときその者はそれ以外の事象を認識できなくなると言う。痛みという事象も死という事象も。それゆえに感情の暴走のままに暴れ回り周囲に何者もいなくなり暴走が終わってやっと全てを思い出すという。

 オクタヴィアの場合はこの後者の方だった。それも普通のものとは違い感情の爆発に宿した精霊が呼応して増幅させることで、複数の感情が暴走するというほかに類を見ない特殊な凶化現象。感情が一つに纏まっていないが故に多少の思考能力が残るものの、それらは精霊魔法を使用することに回されるため通常のバーサーカーよりもやっかいな存在になってしまうという。


 ちなみにオクタヴィアが今回凶化した理由はただ一つ。ディムスンが他の女性に触れたこと。たとえそれが殴られたが故の肌同士の接触であろうと触れたことは事実。それが彼女の凶化の原因であった。わかりやすく言ってしまえば彼女は【ヤンデレ】なのだ。それも重度の。

 じつはこんな話もある。オクタヴィアとディムスンは夫婦なのだが、この結婚はオクタヴィアから迫った末のことで最初ディムスンは彼女のことを憎からず思っていたがそれ以上に鍛冶修行に専念したかったために一度は振っているのだ。しかもそのあと師である女性のドワーフと仲良さげに会話しながら鍛冶仕事を開始し、時折肌が触れ合うのを見てオクタヴィアは暴走、バーサーカーとかして周囲に精霊魔法をばらまく存在と化してしまったという。結局このときは結婚すること了承することでようやく収まったのだが、そのごどんな理由であれディムスンが女性と触れあう場を目にしようものなら凶化する存在となってしまったとか。


 閑話休題。


「それって、まずいんじゃ………………?」


『だが同時にチャンスでもある。奴らの注意がオクタヴィアに向いているぞ!』


 エヴィエニスの言葉を聞いてようやくコウジは拘束が弛んでいることに気付く。全身に力を込めて体を揺さぶって片腕の拘束を解くと、引きずり倒されたときにHK45を手放してしまったため手元に残った最後の武器となってしまった銃、S&WM500をコートの下から無理矢理引き抜き、うつ伏せのまま肘から先だけを後ろに向ける後方へと向けるなどと言う人体の構造上ぎりぎりな無茶な体勢で発砲する。


「ぐ、がぁぁぁぁぁっ!」


 轟音とともにアームズコングが吹き飛び、コウジの右腕があってはならない方向へと曲がる。その音に視線を集めることになるがコウジはかまうことなく激痛以外の感触を失った右腕を無視して立ち上がる。それと同時にディムスン達もオクタヴィアの豹変に怯んでいた騎士達の拘束から逃れ、それぞれの得物を拾い上げる。


「何をしている!そいつらを、殺せ!」


 拘束する余裕はないと判断したクーラニアの指示を聞き、騎士とアームズコング達が再び攻撃を仕掛けようとするが、それは再度上がったオクタヴィアの咆哮を浴びて動きが鈍る。


『逃げるぞ!』


 その隙にエヴィエニスが震えて動くことの出来ないウィーリアの襟を咥えて森の中へと駆け込んでゆく。


(そっちは頼んだぞ……………………!)


 痛みを堪えながらウィーリアと彼女が抱えたヘジンを広場から離脱させたエヴィエニスに心の中で叫びながら、コウジはS&WM500を急ぎ拾い上げる。銃を拾い顔を上げると視線の先には2本の金砕棒を手に暴れるオクタヴィアの姿。敵はコウジ達へも攻撃を仕掛けるそぶりを見せてはいるが、バーサーカーと化したオクタヴィアに気を取られその動きは精細さを欠いていた。


 「『フレアランス』!」


 デザフィオが放つ炎の槍がコウジの周囲にいたアームズコングを焼き貫く。それによって周囲に一時的に敵が居なくなり、コウジは彼に例を言いながら銃を構えた。利き腕が折れてしまったために左手で、しかも片手という状態だが、それでもぴたりと重たい拳銃を構えて狙いをつける。


「ふんっ!」


「ちっ、土人風情がぁっ!!」


 視線の先にはハルバートを取り戻したディムスンの攻撃をバックステップでその攻撃範囲から離脱するクーラニアの姿があった。


 着地した彼女が周囲を見回すがオクタヴィアが暴れることによりアームズコングは恐慌をきたし、かといって彼女指示がないためこの場を逃げることが出来ず半ば木偶の坊と化していた。しかもそんなアームズコングが邪魔となって騎士達の動きも鈍い。歯軋りをしてしまいそうな自分にさらに怒りがわき上がり、その怒りにまかせて腰の剣【ヴァルキリーブレード・ドラゴンキラー】を引き抜いた。


「南無三………………」


 呟くと同時に引き絞った引き金。その呟きが聞こえたわけではないだろうがクーラニアが振り返った。


 再び轟音が響く。


「つぅっ!」


 発砲した際に生じた衝撃が折れた右腕に響く。痛みに怯んだためか、それとも片手で、しかも利き腕とは違う左手で銃を保持していたためか、S&WM500の強力な反動をコウジは完全に押さえきることが出来なかった。急所を狙った弾丸はしかし僅かにそれてクーラニアの右腕を吹き飛ばした。


~・~・~・~・~・~・~・~・~


「なんとか、助かったな」


 場所はコウジの自宅の居間。デザフィオの回復魔法で折れた右腕を治療してもらいながら、コウジは盛大にため息を吐いた。


「そうだね、あの場にオクタヴィアがいてくれて本当に助かったよ」


 苦笑しながら二人が視線を向けた先ではディムスンに膝枕をさせたオクタヴィアがすやすやと実に気持ちよさそうな寝息を立てていた。


「あの暴走がなければ逆転できなかっただろうな」


 コウジの放った銃弾がクーラニアの腕を吹き飛ばした後、ただでさえ崩れていた敵の一団は完全に瓦解した。アームズコングを殿において蜘蛛の子を散らすように引き上げていった騎士達を見てデザフィオはある仮説を立てていた。それはクーラニアはなにかしら部隊、または軍隊を率いる際に効果を発するスキルを持っていたのではないかと。その手のスキルは絶大な効果を発揮する代わりにスキル保持者が負傷したり死んだりすると一気に瓦解してしまうというペナルティがあるらしい。

 恐らくコウジの攻撃で重傷を負ったことでそのペナルティが発動したのだろうと。

 その後ディムスンが決死の覚悟でオクタヴィアに抱きつき唇を重ねることでようやく彼女の凶化が解けて、今回の戦いは集結することになった。


「これからどうするんだい?」


「とにかく疲れたからな。今日明日は体を休めて、それからアヴェントゥラに行こう。トリオンの森に帝国軍が進入してたことを伝えなきゃいけないしな」


「たしかにそれがいいだろうね。彼女たちがまだこの森にいるかどうか調べる必要もあるし、何人かはここに残った方が良さそうだけど」


 デザフィオの言葉に同意しながら、コウジはあの乱戦で壊れたHK45とイングラムを見てため息をつく。アームズコングに何度も激しく踏まれたらしく中の機構が完全におしゃかになっていた。


「もう少し使う銃弾を考えた方が良さそうだな……………………」


 思い出されるのは中間の死骸を盾に突進してきたアームズコングの姿。もう少し貫通力のある銃弾を使用していればあのようなことにはならなかったのではないだろうか?と内心で呟く。


「一応設計図はあるし、アサルトライフルを造ることも考えた方がいいかもな」


 金属製の鎧を身につけることが多く、剣などの近接武器で戦う場合の方が多いこの世界において貫通力の低い銃弾や、リロードに時間のかかるショットガンでは不利になり安いことに気付いたコウジは盛大にため息を吐く。国境付近で戦っていたときはほとんど遠距離からのヘッドショットで決まっており、近づかれたとしても1、2体で対した驚異にはならなかった。しかし今後今回のようなことがないとは限らないことを考えると速急に改善するべきだろう。


「ディムスンに協力してもらうか………………」


 コウジの部屋でウィーリアを寝かしつけたデザフィオが居間に入ってくる姿を見つけ、礼を言って思考を再開する。


 帝国がこの場所で何をしていたかなど、考えることは山ほどあるなとため息をつくのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ