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パーティと娼館と鍛冶

~INウルラ・ルーナ

 初めまして、と言うべきだろうか?月の属神、現神の一柱、【月の魔導神ウルラ・ルーナ】です。今では神様になんてものになってはいるけれどもともと僕もコウジ君と同じ現人だったから、個人的には彼にも現神になってくれないかと思うんだよね。

 さて、何について話そうか考えたんだけど僕の過去話なんてしても面白くはないだろうね。だからこの世界について少しだけ説明をしようと思う。

 この世界には南北に二つの大陸が存在する。北のノルドア大陸と南のメリディエス大陸だ。コウジ君が墜ちてきたのは南のメリディエス大陸の方。大陸南部に広がる巨大な砂漠フレイナラムに一部を面した内陸の国カラディラ王国だ。僕の属する月の神族の頂点である【月女神フリーディア様】の静養地であり、全ての月の属神の聖地であるトリオンの森とアキート山があるのがこのカラディラ王国だね。カラディラ王国は初代国王がフリーディア様の加護を得ていたことから国旗には八つの月相が描かれていて、アキート山には月神殿があることから限られた人以外立ち入ることを禁止されているんだ。コウジ君の家がもう一キロも南に墜ちてたらいろいろやっかいなことになってただろうなぁ、この国の法律的に。まぁその場合は僕が現在の国王の夢枕にでもたって言い含めればいいことだけど、それでも多分国教でもある月神殿へのお布施と言う名の罰則金の催促くらいはされたんじゃないかな?

 で、このアキート山を越えた南に広がるのが大砂漠フレイナラム。この砂漠も僕ら月の属神の領域で、僕が神になるさいに契りを結んだ女神でありフリーディア様に次ぐ八大月神の一柱【新月の女神アルティナ】の神殿や、関連する遺跡なんかがいくつか眠っているんだ。最近その遺跡の一つからちょっとやっかいな物が盗まれて眷属民にそれの捜索を命じてたけど大事にならなければいいんだけど。

 さてと話を戻してカラディラ王国なんだけど、この国はメリディエス大陸の中でも国土はそんなに大きな国ではないけれど、それでも大陸でも五指に入る強国なんだ。その理由の一つが冒険者ギルドを発足させた現神の【ギルド神リュウスクェ・サイト】こと斎藤龍佑君の神殿があるギルドの街【アヴェントゥラ】。この街には彼が発足させた冒険者ギルドの他にも商業ギルドや職人ギルド、魔導師ギルド、傭兵ギルド。果ては盗賊ギルドや殺し屋ギルドなんていう裏のギルドまでその本拠を置いている。ここまで言えば想像がつくと思うけど、これだけ多くのギルドが本拠を構えていればその分街に集まる富も人材も馬鹿に出来ない物がある。そうなればアヴェントゥラが属する国家であるカラディラ王国にもたらされる富も比例して大きくなり、その富を用いて国力の増強を行っているのがこの国歴代の王様達だ。

 で、理由の二つ目が【月女神フリーディア様】と【ギルド神リュウスクェ・サイト】、【大地母神エザイフォス】。神界でも有数の力を持つ神々であり、南北の大陸に多くの信徒を持つ神々の本神殿が三つもあるのはこのカラディラ王国ぐらいなんだ。そんな国に攻撃を仕掛けるのは下手をするとそれぞれの神殿に攻撃するのと同意ととられ兼ねない行為なんだ。そんなことになれば自国に存在する多くの信徒の怒りを買いかねない、だから迂闊にカラディラ王国に攻撃することが出来ず、カラディラ王国の他国に対する発言力を高めているんだ。


 と長々と説明してしまったかな。とまぁこれが現在コウジ君の周囲についての大雑把な説明だよ。

 それじゃ、また会う機会があることを。またね。


~・~・~・~・~・~・~・~・~


 コウジは目の前で行われている行為を口をぽかんと開き唖然とした表情で眺めていた。とはいえそれも仕方のないことだろう。なにせ身の丈1mほどの小さな少女がどれほどの重さがあるかは分からないが、横転したバギーを片手で軽々と持ち上げて元に戻しているのだ驚かない方が無理と言うものだ。その証拠にすぐそばでそれを見ていたエヴィエニスもあきれた顔をしている。


「初めてあれを見たら当然そうなるよね」


 苦笑しながらそういうのは、コウジを襲撃した盗賊を撃退した四人の一人で最初に魔法の雷を防いだ青年だった。碧髪と碧眼をした2mはあるひょろりとした痩せ型の長身をした一の良さそうな笑みを今は苦笑に変えた青年で、頭部には後方に向けて一対の緑色をした角が生えている。複雑な模様を織り込んだ緑色のローブを身に纏い硬質な素材から削り出されたらしき杖を手に持っている。


「あ、いや。助けられたうえに治療までして貰ってるって言うのに礼も言わずにすまない」


「気にしなくてもいいよ、言ったとおり誰だって彼女のあれを見たら最初はそうなるから」


 バギーを元に戻した後、兜を外した全身鎧の男に抱きつく少女を見て肩を竦める青年を見て、あれがこの世界の常識ではないことにほっと安堵のため息を吐く。


「コウジ・ムラマサ、一応冒険者だ。で連れのエヴィエニスとヘジンだ」


「よろしく。僕は魔導師のデザフィオ・オノール。見ての通り緑竜の係累の竜人だよ」


 よろしく、と差し出された手を握り返し同じくよろしくと返すとデザフィオは一瞬驚いた表情をするもすぐに笑顔に戻す。


「君は僕が魔導師だと聞いても驚かないんだね」


「何をだ?」


 言っている意味がよく分からず首を傾げるていると、そばに寄ってきたエヴィエニスが念話を飛ばす。


『コウジ、竜人という種は人種の中では特に身体能力が高い種族だ。魔力も同じように高いのだがどうしても幼い頃より発揮される身体能力に傾向しがちで成長すると戦士を目指す者が大半らしい。彼はそんな中で魔術師を志した変わり者なのだろう』


「変わり者、てそう言う言い方は………………」


「いやいや彼女の言うとおりなんだよ。僕は腕力至上のきらいのある中で魔術師を目指した変わり者なのさ。そのおかげで父からは勘当を言い渡されてるくらいだ」


 心の狭い父親だろうと朗らかに笑うデザフィオにこれ以上自分がエヴィエニスに何か言うのは彼に失礼かと口を噤み、しかし彼女には一睨みをくれてやる。


「けど珍しいね、竜人の戦士【ドラゴンウォリア】は小さな子でも知っているくらいに有名な話だと思っていたんだけど」


『すまぬな、コウジは他なる世界より墜ちてきた現人なのだ。この世界の常識には些か疎い』


「ちょ、エヴィ!?」


 不思議そうにしているデザフィオへエヴィエニスが何でもないように爆弾を放り投げた。慌てるコウジだが彼女が投げたのは形を持たない言葉の爆弾。当然すでに投げられてしまったそれをどうにかできるはずがなく、デザフィオだけではなく近くでバギーからまき散らされてしまった物を回収してくれていた他の面々も含めて驚きの表情を顔に張り付けてコウジに視線を集中させていた。

 全員の目が自分に向けられているのを確認したコウジは盛大なため息とともに空を仰ぐ。ウルラからこの世界の話を聞いたさい、かつての現人達が成した偉業や起こしてしまった事件を聞きコウジは自分が現人であることはできる限り隠すつもりでいた。現人であることが周囲に知れ渡ればそれが良かろうが悪かろうが自身の周囲に騒動がついてまわるだろうことが容易に想像できたからだ。現在のコウジの目的はトリオンの森にある自宅の安全確保だ。目的に至るための問題が大きくなりすぎているように感じられるが、そこは必要経費と割り切ろうとしているところにエヴィエニスの爆弾発言。確かに口止めはしていなかったけれど、ここでそれをばらすか、と暗澹たる気分であった。


「現人、てあの現人か?ウェランド・スミスやミツタダと同じあの現人!!」


「ディムちゃんはなんでそこで世間じゃマイナーなそれも鍛冶師の現人の名前を出すのかなぁ?」


 全身鎧の男がこれでもかというぐらいに食いついてくる。顔の半分を三つ編みにした髭で覆った小柄ながらがっしりとした身体の男は目を爛々と輝かせて肩を掴み詰め寄ってくる。上げられる聞き覚えの無い名前になんと答えたものかと目をさまよわせる彼の耳に、目の前に詰め寄る男に抱きついていた桃色の髪をした少女が苦笑するのが聞こえた。


「鍛冶師として当然のことだ!」


 少女の言葉に怒鳴り帰した男はほとんど睨みつける勢いでコウジに向きなおると、肩を掴む手に徐々に力がこもってゆく。


「ちょ、肩、痛いから力緩めて!

あんたの上げた名前が誰の物かは知らないけど、確かに俺は現人だ!答えたんだから肩から手はなして!」


「ん、あ、あぁすまん」


 ようやく解放された肩をさすっていると、一度離れた男がバギーに夏休み前の小学生のような視線を向けていることに気づく。なんとなく視線を逸らそうとする前に男が再び振り返り視線が合う。


「よし、お前さんにゃ聞きたいことが沢山あるが、まずはこの見事な代物について洗いざらい教えてくれ!」


「いやディムスン、その前に聞かなきゃいけないこあるからね。そういう興味の話はまた後でね」


「む、ぬぅ、くぅ……………………」


 さながら苦渋の決断とばかりに引き下がる男だが、デザフィオ含め少女や大剣を振るっていた角の生えた女性三人は互いに顔を見合わせ苦笑している。


「彼、ディムスン・オクトバーっていって一応鍛冶師何だけど、木工や練金、カラクリまで創作に類することには何でも手を出しててね、新しい技術なんかには目がないんだ」


 そう言って示すのは少女が元に戻してくれたコウジのバギーだ。現人が持つ見たこともない物、ディムスンはこのバギーをコウジが造った物と思っているらしいと説明される。実際バギーは友人主導で制作されたものだが、確かにコウジもそこに関わっているためディムスンの思いこみもあながち間違ってはいない。


「それについては後でどうにかして貰うとして、まず聞かなきゃいけないことがある」


 デザフィオが背後の女性に目配せすると、彼女もそれに対して頷きそばに置かれていた死体を包んでいた布を引き剥がした。


「なんでこんな物を君が持っているのか、話して貰うよ」


 友好的だった視線に嘘は許さないと強い意志を込めて睨みつけられ、コウジは背筋に悪寒を感じた。もしこの場で戦いになった場合手元の武器はH&KHK45とXM109ペイロードの二つ。勝てないことはないと思われるが同時に自分も無事には済まないという予感が脳裏を過ぎる。

 とはいえそれは彼等と敵対した場合の話だ。現状彼等に自分がどのように見られているのか簡単に想像することができる。すなわち現人を名乗る死体を持ち歩く怪しい男、だ。死体を持ち歩くという部分がいただけないだろう。どう考えても怪しすぎる。コウジにしてみれば誤解もいいところだが誤解されても仕方がない状況であることも事実ではないか。


「その死体をよく見て貰えば分かると思うけど、殺したのは俺じゃない。彼等はロバーズコングの群に襲われたんだよ。助けにはいるのが遅くて彼等は殺されてしまったけど、持ち物からアヴェントゥラを本拠にしてる商人みたいだから親戚なりが街にいると思って運んでたんだ。遺体を野晒しにするよりは知人に埋葬される方がどちらにとって良いだろうと思ってな」


「………………たしかに、彼等の身体に付いてる傷は打撲や爪によるものですね。先ほどの盗賊を倒した武器ではこうはなりません」


 デザフィオの目配せを受けた女性が遺体(シルバーバックに捕まれていた女性の死体だった)を調べて首肯する。それを見ながら敵対の意志はないとばかりに両手を頭の後ろで組みながらデザフィオを見上げる。


「そっか。たしかに先ほどの武器の威力を考えれば遺体が綺麗すぎるね。爪の跡もエヴィエニスさんの物にしては大きすぎる」


『当然だ。我らは人間を返り討ちにしたことはあれど進んで襲ったことなど一度もない』


 デザフィオの言葉に心外だとばかりに念話を飛ばすエヴィに苦笑しながらコウジが口を開く。


「信用してくれると嬉しいんだけどな」


「そうだね」


 デザフィオが元の通り微笑を浮かべると周囲から何かが消え去る気配を感じ、コウジは首を傾げた。


「嘘はついてませんし信用するよ。

 コウジさんはアヴェントゥラへ戻るところだったようですし、僕たちも同行させて貰ってもいいですか?」


「構わないよ、助けて貰った礼だよ」


 その頼みを快諾して手を差しだし二人が改めて握手をすると、女性が遺体を布で包み直しバギーの側へと並べ直した。


「それではよろしく。

 改めて自己紹介させてもらうよ。

 緑竜族、デザフィオ・オノール。魔導を司る神々の神域を巡る巡礼の旅をしているんだ」


「じゃこっちも。コウジ・ムラマサ、こう言っても分からないかもしれないけどアメリカ人だ。今は家の周辺の安全確保を目的に冒険者をしてる」


「???」


 コウジの自己紹介に笑顔のまま困惑するという器用なことをするデザフィオに笑いながら、道すがら説明すると肩をすくめる。


「ディムスン・オクトバー、ドワーフだ。デザフィオが言っていたとおり鍛冶師だが他にもいろいろと手を出している。あの自走するのやお前さんの武器のことも含めて根ほり葉ほり洗いざらい聞きたいところだが…………」


「ディムちゃん?」


 鎧姿のディムスンが髭の三つ編みをいじりながら一瞬目を輝かせるが、その背後で少女が見る物に寒気を覚えさせる良い笑顔をすると身体を震わせて言いよどむ。


「それについても街に行きすがら話すさ。どうせ着くまで時間はたっぷりあるからな」


「すまん」


 苦笑しながら出された助け船にディムスンは瞼を伏せて頭を下げる。


「じゃあ次は私だね。オクタヴィア・オクトバー、精霊術師です」


 先程とは打って変わって朗らかな笑みを浮かべて頭を下げるオクタヴィア。ツインテールに纏められたピンクブロンドの髪が頭の動きに合わせて元気に揺れる。その幼い容姿といい転身万欄な様子といい襲撃者を馬ごと中へと舞い上がらせ、あまつさえ文字通り叩き潰して見せた少女と同一人物とはにわかに信じられないかった。


「オクトバーってことはディムスンのお孫さん?」


 そのわりにはディムちゃんと祖父と孫の関係にしてはおかしな呼び方をしていたようなと首を傾げるコウジに、デザフィオたちは揃って苦笑いを浮かべる。


「そう見えますよね」


「タヴィアさんって幼く見えるドワーフの女性にしてもことさら幼く見えうるからね」


 デザフィオと同じように頭部に角を持つ女性が顔を見合わせて首を振る。


「うふふ、祖父と孫だって~。ねぇディムちゃんお爺ちゃんって呼んであげよっか?」


「止めてくれ、お前にじいちゃん呼ばわりされたら一気に老け込んじまいそうだ。

 コウジ、勘違いする前に言っておくがオクは俺よりも20は年うぶぇっ!!」


 心底嫌そうにオクタヴィアの言葉に否を叩きつけたディムスンは、彼女を指さしながら間違いを正そうとするが、その言葉は最後まで言い切ることはできずに額に青筋を浮かべたオクタヴィアに阻止されてしまう。襲撃者を叩き潰した巨大な鉄棍を頭部に叩きつけられて。


「もう、女の子の年の話をするなんてマナー違反だよ。めっ!

 でコウジ君の勘違いなだけど、私は【ガイストドワーフ】っていうドワーフ族の中でもとくに特殊な種族で容姿が幼いのもそのせいで実際にはちゃんと成人もしてて、ディムちゃんとの関係は神様の前で誓い合った夫婦なのです」


「……………………ほ、ほとんど、…………………脅迫、だったが、な」


 鉄棍を受けて地面に伏したディムスンが息も絶え絶えにこぼした言葉は、オクタヴィアの凶行に腰を抜かしたコウジに届くことはなく、かわりに聞こえてはならない人物の耳にしっかりと届いてさらに鉄棍で小突かれることとなった。


「さ、左様ですか。ふうふ、夫婦ね………………」


(見た目幼女と爺さんってほとんど犯罪のような夫婦だな。しかも旦那尻に敷かれてる上に嫁さんちょうヴァイオレンスで別の意味で犯罪のような夫婦だし)


「最後は私ですね。

 私は紺竜族のファイスカ・マジア。今は訳あって旅の身空ではありますが竜人12士族マジア家の長女です」


 身の丈よりもなお大きな大剣を背負い紺髪紺眼に一対の紺角を頭部にもった女性は、どうやら名家の令嬢らしく、たしかに他の三人には無い品の良さを感じさせる仕草で会釈をする。出るところはでる体型ながら一見華奢な容姿をしているものの、自身の身長を優に越える武器を手にしていることから先ほどエヴィエニスが言ったとおり竜人の身体能力の高さを見せてくれるファイスカは、最後によろしくおねがいします。と優しく笑みを浮かべてデザフィオの斜め後ろへと下がり、その姿は元の世界におけるコウジの祖先の郷である日本の大和撫子を彷彿とさせた。


『トリオンの森の守護を月女神様より承りしアスルヴォルフの長アフティピトスが娘エヴィエニス。こっちは我が息子のヘジンだ』


「へ、エヴィって群長の娘だったの?」


『ん?言ってなかったか?』


「聞いてない」


 知ったところで何が変わるわけでも無いが、どことなく不満顔でエヴィエニスを見やれば彼女は首を傾げる。


「トリオンの森の、アスルヴォルフ………………、しかも月女神から守人の役を承った………………?」


 ふるえた声で紡がれたその呟きに振り返ると、そこには先ほどのディムスンによく似た表情をしたデザフィオが感極まったとばかりに身体を震わせていた。


「えと、デザフィオ?」


「まさか、まさかこんなところで月神様の聖域との繋がりに出会えるなんて……………………!」


 コウジの呼びかけは耳に届かなかったようで、デザフィオはその場に片膝をついてこんな時間から上っている月へとなにやら祈り始めてしまった。


「ごめんさい、デザフィオは月の魔導神様の熱心な信徒なんです。この旅の目的も月の魔導神様が祀られている神殿への巡礼で、その終着点がアキート山にある月神殿なんですが………………。アキート山の月神殿を巡礼するには月の属神様の許可、または許可を得た者の案内がなければ入ることが許されないんです」


「ようするにエヴィに案内して貰いたいわけか」


「はい」


 感動のあまり涙を流すデザフィオに引きながら彼の代わりに説明してくれたファイスカに相槌を打つ。もう一度身体全体で感動を表しているデザフィオに視線を向け、次いでエヴィエニスと顔を見合わせる。


「できるのか?案内」


『できると思うのか?』


 現状のトリオンの森のことを考えればそんなことをしている場合じゃないというのが本音だった。とはいえもう一度デザフィオを見やれば未だに月の魔導神ことウルラへと熱心に祈りを捧げているのだ、とても本当のことを言える雰囲気ではなかった。


(とはいえ言わないわけにもいかないんだよなぁ)


 デザフィオがいったいどのような反応をするのか、助けて貰っておいて伝える現状に申し訳なさを覚えるコウジだった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~


「ぜひとも協力させてほしい!」


 胸の前で拳を握り鼻息も荒く言い切ったデザフィオに引き気味になりながら、整備されていない地面にハンドルが取られることのないよう手に力を込める。

 遺体を収納スペースへとしまい出発の準備を終えた一同は、少し狭いが誰一人漏れることなくバギーに乗り込み一路アヴェントゥラへとクルマを走らせていた。その道中コウジが墜ちてきたからのことを話しながらエヴィエニスが彼を案内することはできないと謝罪すると、それに返ってきたのがこの言葉であった。


「月の聖地たるトリオンの森とアキート山にそんな振る舞い、到底見逃すことなどできない!」


なにやらスイッチが入ったようで助手席に座りながら何かを決意した表情を浮かべて握り拳をつくった彼が視線を荷台に乗る残りのメンバーに向けると、一同は苦笑しながら頷いた。


「私はデザフィオの判断に従うだけですから」


 ヘジンを膝の上に乗せたファイスカは静かに微笑みながら賛成の言葉をあげる。


「俺は、まぁ付き合ってやっても構わん。元々特にコレと言った目的のある旅じゃなかったからな。それにコウジからはこの、ばぎーだっけか?コレのことやじゅうのことやら聞きたいことが沢山ある」


「ディムちゃんがいいなら私は構わないわよ」


 オクタヴィアに腕にしがみつかれながらディムスンがそういえば、二の腕に顔を擦り寄せながらオクタヴィアも同意し、あっという間にトリオンの森を守るメンバーが増えてしまった。それ自体は悪いことではない、というよりも歓迎するところだ。彼らの実力についても襲撃者をあっという間に倒してしまったところを見ているため不安もない。ただしかしこうも簡単に集まるならばアヴェントゥラでいろんな冒険者を当たってみるべきだったのではないかと思うわけだ。


「それは難しいと思いますよ」


 思ったことそのまま口にするが、それはファイスカによって否定される。


「デザフィオとコウジさんの目的は一致とは言わずとも違うと言うものではありません。ディムスンに関してはコウジさん自身が目的と言うこともできる。私たちは互いの目的のために協力し合うことができますが、アヴェントゥラの冒険者はどうでしょうか?月神殿へいきたがる冒険者などそういるものではありませんし、アキート山には冒険者の探索するような遺跡もなくそれはトリオンの森も同様です。場所が都市から比較的近いトリオンの森というのは些か問題ですが、アームズコングは移動中でもなければたとえ敵でも縄張りに入ってくるもの以外に危害を加えることはありません。ならばギルドや国が積極的に討伐を行うような驚異足り得ず、冒険者にしてみてもランクBモンスターとしては素材のやすいアームズコングの討伐、いえ殲滅なんて言う手間ばかりがかかるクエストを受けたがる者はそういません。たとえ報酬を用意できたとしてもどれだけ冒険者が集まったものか…………………」


 結果論としてアヴェントゥラを出てきたのは正解でしたね、と苦笑されコウジは青い空を仰いだ。


「しかしコウジたちだけよりはマシとは言え、まだわしらだけでは数が足りんぞ?」


「アームズコングが操られているのだとしたらどれだけいても数が足りないさ。どれだけ倒したところで増援を送り込まれるのが落ちだと思うよ」


「元をたたなくちゃ、か………………」


「そうだね。帝国の人間が持っている可能性、閻魔の宝珠について教えてくれた冒険者にはもう伝えたのかい?」


「一応ギルドのほうで手紙を届けてもらえることになってるから、おそらくもう」


「アヴェントゥラで会えればいいんだけど。そうしたら今後について相談することもできる。問題は宝珠を盗んだ相手の目的がなんなのか………………」


 顎に手を当てて思考するデザフィオにコウジは自身の見解を告げるが、それはデザフィオ含め新しい仲間全員が揃って首を振って否定した。その理由は簡単で帝国と王国そしてその周囲の国家間の政治的なものだ。デザフィオは王国にある三つの本神殿のこと、それを有するデザフィオの国際的立場について説明する。


「まぁそう言うわけでサントペルフェクト帝国がカラディラ王国に戦争を仕掛けてくる可能性は限りなく低い。

 けど戦争への利用か、たしかにそうならやっかいだな。カラディラ王国が狙われる可能性が無くとも他の国はそうはいかないからな。

 ギルドが国の政治に口出しすることはない、となるとこれを理由にギルドの手を借りるわけにもいかないか」


「けどこの国に攻め込むんじゃないのなら、連中は猿共にこの国で何をさせたがってるんだ?」


 デザフィオの説明に一応の納得をえたコウジが新たな疑問を口にする。それに答えたのはデザフィオではなくディムスンだった。


「おそらくは他国へ援軍を出させないようにするための足止めだろう。こうも被害が大きくなれば討伐のために軍を動かさざるをえなくなる。王国が魔物の討伐のために軍を動かすのに同期して他の国に仕掛けるつもりなのではなかろうか?」


「それが一番有力ですね」


 ディムスンの予想にファイスカも頷いた。

 王国の軍に魔物の討伐をさせる。そこまではコウジも予想していものと同じだ。だが違うのはその後のこと。コウジは魔物との戦いで疲弊した軍へと帝国軍が仕掛けるのではないかと考えていたのだが、国際情勢を知った今ではディムスンの予想が一番あり得そうに思える。しかし…………………………。


「デザフィオ達って冒険者のランクは幾つなんだ?」


「ん、みんなAランクだよ」


 自分よりは高いのは間違いないだろうと思っていたが、数少ないSランクに次ぐ一流の冒険者だという事実についつい4人の顔を見回してしまうが、すぐに顔を前に戻してハンドルを握り直す。


「そ、そっか、そうかそいつは好都合だな」


 しきりに頷くのを見てデザフィオは訝しむが、コウジはそれに気づくことなく言葉を続ける。


「ならさ、デザフィオ達の名前でサントペルフェクト帝国が王国に攻め込む可能性があることだけでもギルドに伝えてほしいんだ」


「…………………………コウジ君、人の話聞いてた?」


「聞いた上での言葉だよ。

 何かありそうなときは常に最悪の事態を想定して動くことにしてるんだよ。この場合俺にとっての最悪はカラディラ王国がサントペルフェクト帝国との戦争に突入することだ。この国に思い入れなんて無いけど森には俺の家がある。森にアームズコングなんて帝国の先兵らしき魔物がいる限り、戦争になれば森が巻き込まれるのは必然だろ?

 だからそうならないようにする、または戦争が始まってもできる限り森が巻き込まれないようにする。といっても俺にそんなことができる力なんて無いからな、そこはこの国の軍隊にどうにかしてもらうしかないわけだ」


「ふむ、たしかに常に最悪の事態を想定してしかるべきだとは思うけど、この話をギルド経由でカラディラ王国に伝えたところで動いてはくれないと思うよ」


「そんなことは俺だってわかってる。軍隊ってのは国の平和を守るための存在だろ。ならそんな存在が帝国の侵攻を一切考慮してないことは無いとは思うけど、それでも可能性が低いんだから警戒はしてないだろうし頭の隅に常にそのことがあるとは思えない。けど外からそう言う情報を得ていれば、深くは考えて無くとも頭の隅には残るはずだ。もしも実際に帝国が侵攻してきたときどれだけ早く対応できるかが勝負だろ?人間想像だにもしてないことに遭遇すると動きが悪くなる物だけど、多少でも頭の隅に残ってれば、多少は早く動けるもんだ。ギルド経由で伝えることで俺が求めているのはそういうものだよ。それと、同じ内容でもランクEの新米冒険者の言葉じゃ無理でも、ランクAの冒険者の言葉なら信じてもらえる可能性も高くなるかもしれない」


「…………………まぁどれだけ効果があるかわからんが、その程度ならたいした手間でもない。最悪の事態を考えて行動するならばたしかにコウジのそれも考慮する価値はあるか」


「戦争が始まってトリオンの森が巻き込まれればそれだけ神殿への巡礼は遅くなるぞ」


「よし、できる限りのことはしよう!!」


 ぽつりと付け足された言葉にでデザフィオが即答するのを聞いてコウジは苦笑する。背後でも誰かが苦笑する気配を感じ、おそらくはファイスカだろうと予想しながらバギーのアクセルを踏み込みスピードを上げる。

 できることならば戦争になんてならなければいいのだが、首の辺りを走る不快な感覚に眉をしかめた。


~・~・~・~・~・~・~・~・~


(た、高い……………………)


 アヴェントゥラの花街にある娼館【ルルディ】のロビーでコウジは提示された金額に表情がひきつりそうになるのを堪えながら財布をとりだした。


(………………あのときはアウロラから声を掛けてきたから安くなったんだよな、たしか。でもいったいどれだけ割り引きされてたんだよ、ほとんど9割カットじゃねぇか)


 前回この娼館でアウロラを抱いたときの10倍も値段が高くなっている事実に、彼女と別れる直前に言われた『料金はサービスしておくわ』という言葉を思いだし心の内で乾いた笑い声をあげる。1週間に及ぶ調査の間に狩った魔物の数は新人としてどころか、一流の冒険者が一度に持ち込む素材と比べてもその量も合計額も破格な量だったため、前回の10倍の料金だろうと払えるだけの余裕はあるが調子に乗って通い詰めるようならあっという間に素寒貧になるのが目に見えていた。


(ん~、前回料金上乗せするとか言ったの、どう考えても身の程知らずな提案だったみたいだな。結局タダで教えて貰ったとはいえ。

 トリオンの森にどれだけアームズコングがいるかわからないけど、これからは売った素材の代金は均等に分けることに決まったし、俺個人の収入はあまり増えないだろうなぁ。となるとあまり頻繁に来ることはできなくなるか?)


 代金を払ってアウロラとは違うまだ幼い夢魔族の少女に案内されて娼館の中を進んでゆく。この世界に墜ちてきて鋭くなった聴覚が情事の音を勝手に拾い上げ、元の世界でみた盗撮動画を思いだしため息をつきそうになる。


(元の世界のことを思い出す理由がそれって情けないにも程があるだろ)


 階段を二つ三つと上っていってようやく以前はアウロラに案内された部屋へとたどり着き、コウジは少女にチップ代わりに金貨を一枚握らせる。こう言うときの相場がわからないため、今日払った代金を参考にしたのだがどうやら多すぎたらしく手渡された金貨を目を丸くして見つめながら固まる少女の頭を軽く撫でて部屋へとはいる。


「約2週間ぶりね」


 あのときと変わらぬ笑顔を向けて頭を下げるアウロラ。着ている服も前回と同じ浴衣に似たもので、前回聞いた話では大陸の西にある島国の衣服なのだという。


「アウロラに聞いた情報が早速役に立ってね。アヴェントゥラを離れてたんだ」


「そうなの、お役に立てたようでうれしいわ」


 あのときと同じようにコートを脱がされ、コート掛けに掛けられるのを見ながら椅子に腰をかける。


「ふふふ、私の目に狂いはなかったようね」


「ん?」


 アウロラの言葉の意味がよくわからず、肘掛けに腰掛けて身体を預けてくる彼女を抱き留めて首を傾げるとアウロラは水差しのワインを口に含み、口移しで飲ませてくる。


「正規の値段で私を買って驚いたんじゃない?」


「そりゃぁね。サービスするって言われたけどまさか9割カットだなんてふつう思わないって」


「当然よ。普通なら3割が精々だもの。

 私ね、お店の前で貴方を見たとき『絶対に逃がしてはいけない』ってそう思ったのよ。なんでそう思ったのかあの夜の勝負事で夢魔としての感なんだと思ってたんだけど、どうやら違うみたいなの。

 多くの冒険者達を見てきた女としての感が貴方を逃すなって言ってたの。このお店はね、アヴェントゥラでも五指に入る高級娼館なのよ。その中でもこの最上階に部屋を持つ娼婦は華姫と呼ばれる最高級娼婦なの。そんな娼婦を買えるだけの額を、普通なりたての新米冒険者に用意できると思う?」


「………………………無理だろ、どう考えても」


「そう、普通なら無理な相談よ。でも貴方は用意して見せた。それもたったの2週間ほどで。

 貴方はきっと今にその名の知れる冒険者になるわ。そんな貴方とこうやって身体を重ね合わせている。これからも私のことに会いに来てくれるかしら?」


「もとよりそのつもりさ」


 知らず知らずの内に試されていたと知って思わず苦笑しそうになるが、コウジは小さく呟き返してアウロラの唇を奪う。アウロラもそれに応えしばらく室内に粘液を混ぜ合う音が響いた。


「…………ヌチュァ、ん、そうだ聞きたいことがあるんだけど」


「……………何かしら?」


「今の帝国のこと。あっちが今どんな状態なのかとかわかるか?」


「色気のない話ね」


 コウジの胸に頬を付けながら苦笑すると、膝の上に座り直して彼の手を自身の胸元へと導きながら口を開く。


「そうね今の帝国は、きな臭いわ。あの国の領土的野心の大きさはこの大陸でも随一よ。この200年でもっとも多くの戦争を起こした国はどこかと聞かれれば誰もがサントペルフェクト帝国と答えるくらいよ。3年前も帝国の北にある獣人の国【ボーデンシルト】に難癖付けて戦争を仕掛けたばかりだというのにもう次の戦争の準備をしてるという噂よ。

 ………………帝国に行くつもりなの?」


「いや、そのつもりはないよ。ただなぁ……………………」


 アウロラの髪に顔を埋めて程良い甘みのある香りを胸一杯に吸い込み、今回行ってきた調査について話すかどうかを考える。といえど結論がでるまでにかかった時間はごくわずか。元は彼女の情報から行った調査なのだし、教えたところで害があるわけでもなし。アウロラの身体を抱き直し宿に戻って彼女から貰った情報を纏めたところから街に戻ってくるまでのことを話して聞かせることにした。


~・~・~・~・~・~・~・~・~


「……………………確かに絶対に無いとは言い切れないわね」


 ところ変わってベッドの中、軽くシーツを羽織っただけのアウロラがコウジに身体を預けながら思案するように顔を俯かせる。


「他の国にはあってあの国にはない物があるんだけど、何かわかる?」


「え、いや俺は他国のことさっぱりわからないし」


 この国についてもさっぱりではあるが、他国について何も知らないことも事実であるため嘘はついていない。


「ギルドよ。冒険者ギルド、商業ギルド、職人ギルド、傭兵ギルドに盗賊ギルドや殺し屋のギルドのような裏の物も含めて。いえ、一応あるにはあるけど、帝国にあるギルドは他国のギルドとの繋がりを持てない閉鎖されたギルド。ギルド神殿の加護もなく認可も受けていないギルドとは名ばかりの物しかないの。とくに冒険者ギルドなんてそう言う物すらないわ」


「なんで帝国だけ?」


「ギルド神様がまだ現人だったころ、帝国と諍いがあったらしくてそれを今でも引きずっているらしいわ。神様そのものが帝国内に自身の加護を持つギルドを置くことを嫌っていて、各ギルドもそれに従っているって言う話しよ。だからこの大陸では帝国だけがギルドという存在がもたらす富を得ることができないの。帝国の民は皇帝にギルド神様への謝罪と、そして加護を受けたギルドの設置を求めているらしいけれど今のところはその動きはない。

 けどもしも帝国がこの大陸の統一を狙っているのならギルドの有無は大きな差になる。それだけギルドの持たらす富は大きいのよ。大陸統一を目指せばおそらく大陸中の国家による連合ができ、大陸中のギルドが敵に回ることになる。そうならないようにするためにもギルド神殿と各ギルドの拠点のあるアヴェントゥラは何を敵に回してでも手に入れたいはずよ。ギルドの本拠はともかく本神殿なんて余所に動かすことなんてできないから、アヴェントゥラが帝国の手に落ちればたとえリュウスクェ・サイト様でもその威光の影響を与えないようにはできないから」


「神様なんだから意志の一つでどうこうできるもんじゃないのか?」


「神様も万能というわけじゃないのよ?ギルド神様はアヴェントゥラに本神殿を求めた。この地に本神殿がある限り、アヴェントゥラの本神殿から加護の力が世界に巡る。天界と地上、ギルド神様とこの地上を繋ぐ地が他にない以上それはできないのよ。それでも帝国に威光を与えないようにするなら、ギルド神様がこの地上そのものに力を与えることを止めるしかない」


「つまりだ、帝国はギルドの存在を早めにどうにかしたい。自分のところにも影響を与えさせるか、それとも他も自分と同じようにその加護を受けれないような状態にしたいと」


「おそらく、ね。たしかにコウジのお仲間さんの意見は正しい。けどそれと同時にコウジの危惧も正しいものなの。

 カラディラ王国には私からもアプローチをかけてみるわ」


「おいおい、軍か何かにパイプ持ってるのか?」


 身体を離しコウジの上に馬乗りになったアウロラを見上げ驚きの声をあげると、彼女は怪しく微笑んで彼の頬を優しく撫でる。


「言ったでしょ?このお店はアヴェントゥラでも五指に入る娼館で私は華姫の一人なの。常連の中にはそう言う人も何人かいるのよ。時期的にもうすぐ来るころだから、そのときにでも話してみるわ」


「は、はは、助かるよ。仲間の名前でギルド経由で伝えて貰ったはずだけど、どこまで相手にされるか心配だったんだ」


「お礼なんて良いのよ。私にとっても他人事じゃないのよ帝国の話は。

 帝国は私たち亜人や獣人を認めない人間至上主義国家よ。もしもこのアヴェントゥラが帝国の手に落ちたら私たちがどんな目に遭わされるか、考えたくもない」


 そういいつつ何かを想像したのかぶるりと震える身体を庇うように抱きしめると、コウジの身体の上に倒れ込み一転して甘えるように身体を擦り付け始める。


「難しい話はそろそろお終いにしましょう?ここから先は………………」


 胸を擦り付けながら目線を合わせ、コウジは苦笑してアウロラの身体を抱きしめる。


「そうだな、せっかくお金だって払ってるのにそんなもったいない話しはないな」


「それ以上に貴方を待ってる女に対して失礼よ」


 そう言って唇を塞ぐ彼女を受け入れ濃厚なキスを交わし、ベッドのスプリングにギシギシと音を立てさせながら二人は雄と雌の行為に没頭していった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~


「買い物に行くぞ、ついてこい!」


 アウロラとの情事の後、昇ったお日様が街を照らす中宿に戻ったコウジを出迎えたのはディムスンの言葉だった。


「へ、いや買い物はそれぞれで必要な物を買いに行くんじゃなかったの?」


 昨日宿をでる前に交わされた話し合いとは違う言葉に驚くコウジをジロリと観察するように見るディムスン。迷彩柄の上下に黒いコートを羽織ったコウジのことを文字通り頭の上から爪先の端まで見回した後、ディムスンは盛大にため息を吐いた。


「お前さんの武器は他に類を見ない破壊力を持った一級品だ。だってのにその防具は何だ!そんなんじゃ鈍くらのナイフすら防げないだろうが!」


「ういっ!いや、そんなこと言われても………………」


 コウジが今着ている物は、サバゲー用のコスチュームに安物の黒いコートだ。そんなものを求める方が間違っている。


「防具ってのはな、いざというときに自分の命を守る最後の砦だ。それをなんだこんな防具のぼの字にもならないような装備、死にたいのか?」


「………………家にこれしかなかったんだよ」


 普段なら置いてあった防弾チョッキも運悪く売れて次の入荷を待っているところだった。まぁ防弾チョッキという物は弾は防いでも刃物は通してしまうので、例えあったとしても剣だ槍だと刃物がメインウェポンのこの世界でどれだけ役にたったかは疑問が残るが。


「持ってなかったからと言ってこれからも揃えない理由にはならんだろうが。金はたんまりあるんだろ?そいつで最低限の防具を揃えに行くぞ!」


 襟首をがっしりと掴まれ、文字通り部屋の外へと引きずり出されるコウジの視界の中でにこにこと笑顔で手を振るオクタヴィアに手を振り返し、観念してため息一つを吐きながらディムスンに従うのだった。


「あれ、出かけるのかい?」


「こいつの防具を揃えに行くんだよ」


「あぁ、なるほど」


 部屋を出たところでデザフィオはち合わせた。ディムスンが引きずっていたコウジをまるで猫を摘むかのように(身長の関係上足は引きずっているが)前に付きだし、デザフィオは苦笑しながら納得したと頷いた。


「それじゃ僕も一緒してもいいかな?」


「俺は良いけど?」


「別に構わんぞ」


 二人が同時に了承すると、デザフィオはロビーで待っててくれと荷物を取りに部屋へと戻っていった。


「いくぞ」


「いや、自分で歩けるから手離してくれ」


 それを見送り再び歩き出そうとするディムスンに慌てて訴えるのだった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~


「それで最初はどこに行くんだい?」


「適当な防具やでこいつにあった防具を調べる」


 宿を出た3人はディムスンを先頭に街を歩いていた。事前に防具屋の場所を調べていたらしく迷うことなく道を行く彼の後を追いながらコウジは周囲を見回した。


「そういえば、この世界って識字率はそんなに高くないのか?」


 周囲の店に文字を書いた看板が少ないことに気づいた。


「うん、あまり高くないよ。確実に字の読み書きができるのは貴族や魔導師ぐらいじゃないかな?次いで商人かな。貴族は嗜みとして子供の内から教育を受けるから自然とね。魔導師も魔導書を紐解くためにも覚えてなければ話にならない。商人は絶対とは言わないけど文字が読み書きできなければやっていけないからね。後は冒険者。契約を結ぶときに字が読めなければどんな不利な条件をが書かれてても気づけないから自然と読める冒険者が増えてきたんだ」


 そう言った冒険者のために代読という商売もあったらしいが、依頼主とグルになる代読者が現れ始めたことから冒険者内の識字率の増加は加速してゆき、今では読み書きのできない冒険者の方が珍しいとのこと。


「庶民向けの学校とか作ったりしないのか?」


「一応そう言うのもあるけど、それでも比較的裕福な庶民しか通えないね。お金の問題もあるけど下層の家にとって子供も立派な労働源だから学校に行かせる時間がもったいないと考えてる親も少なくないから」


 それ故に一般市民の識字率は上がらないのだという。


「そう言うもんか」


 服の絵を描いた看板は服屋のものだろう。他にもナイフとフォークは定食屋、ジョッキの描かれた酒屋。瓶と釜が描かれているのは薬屋だろうか?どの店も自分の扱っているものが何なのかがよくわかる看板が掲げられている。

 コウジ達が泊まっている宿は魔物使いという冒険者の多い職業御用達なだけのことはあって、入り口の上には『魔物使いの塒』という宿の名前がでかでかと描かれた看板が掲げられている。なんでもこの宿はチェーン店らしく、カラディラ王国やその周辺の国(帝国を除く)の各主要都市にも支店があるらしく、アヴェントゥラの宿はカラディラ王国の首都の本店に次ぐ第二号店だとか。


「ここだ」


 そんな中で鎧の絵が描かれた看板を掲げた店にディムスンが入りコウジ達も後に続く。店員のいらっしゃいませという愛想のいい挨拶を聞き流してディムスンはヅカヅカと店の奥へと進んでゆく。


「でだ、お前の戦い方はよくわからんのだが、会ったときのように一所に止まって敵を狙撃するというのが主なやり方であってるか?


「ん、いや場合によりけりだな。あの時はアンチマテリアルライフルだったからなぁ。対物や狙撃銃なら確かにその通りなんだけど、俺はショットガンや拳銃、マシンガン何でも使えるからどちらかというと動きやすい方がいいんだけど?」


「…………………………すまんがそれぞれがどんな武器なのか教えてくれ」


 ディムスンの質問に腕を組んで答えるが、そもそもこの街に帰ってくるまでにディムスンにした説明は【銃】という武器の基本的な仕組みとその成り立ちぐらいであり、その種類については離していないため、狙撃銃だ拳銃だと言っても意味が分かるはずも無かった。


「拳銃ってのはこれだ」


 懐から取り出したH&KHK45をディムソンに見せる。


「小さいな」


「小さくても人を殺すには十分だよ。こんなところで撃ってみせるわけにはいかないからあれだけどね。俺はこいつを常に2丁懐にしまってる。一応こいつより少し大きいサイズのイングラムが近距離で戦うときの装備だね。HK45なら有効射程距離は一応50メートルぐらいだと考えておけばいいんじゃないかな?動き回りながら相手を近づかせないようにするわけ。イングラムもだいたい似たような目的だけど、こっちは対多数用の装備だね。ショットガンの有効殺傷距離は拳銃の大体2倍ぐらいを見積もってもらえれば」


「………………………………………とりあえず近づかれないように動き回ることを前提に最低限の防御力を備えさせればいいんだな?」


 コウジが銃を使用して戦う際の間合いに絶句しながら、それでも停止しそうになる頭を働かせて絞り出すようにそう尋ねる。その言葉に頷くとディムスンは「50メートルで近距離とか有り得んだろ、それはもう弓の間合いだぞ」などとぶつぶつと呟きながら防具を選び始める。その様子に首を傾げるが、ディムスンと同じように表情をひきつらせたデザフィオが目頭を押さえているのを見てさらに首を傾げるのだった。


「あ、できれば銃を懐にしまえるようにコートみたいな装備も欲しいんだけど」


「わかった。わかったからまずはとりあえずこいつを今着てる服の上から着けてくれ」


 要望を告げたコウジに渡されたのはベストのような装備だった。袖はなく何かの革を仕立てたものらしく、革と革の間に鉄の板を仕込むことで防御力を上げつつその柔軟性を損なわせないよう工夫をされているらしい。


「ん、あまり違和感はないかな?」


「革鎧という手もあるがそれよりも圭甲の方が防御力高い。動きやすさにあまり差がないなら少しでも防御力を上げた方がいいからな」


 同じように革の間に鉄芯を仕込んだ小手や脚甲を渡されて身に着けるが、特に重さを感じることも動きを阻害することもなく、コウジは面白そうにそれらを着けた状態で銃を振り回して見せた。


「次は一応革鎧も試しておけ。少しでも体にあった装備を身に着けることが生き残るための最低条件だと思っておけ」


 渡された革鎧に着替えて同じように体を動かすが、たいした違いを感じることはなかった。この世界に墜ちてきて得たスキル【基礎能力強化】のおかげで力も上がっているため、多少の重さの違いなど何の問題にもならないのだろう。


「ん~革鎧の方が少し堅い感じかな?」


「そうか、やはり圭甲の方が良さそうだな」


「そう、だな。といってもたいして違わない気もするんだけど」


「それでも違いは感じたんだろ?その感覚をあまり無碍にしないことだ」


 革鎧を脱いだコウジの体をいつの間にか取り出していた紐を使って詳しく採寸し、それを手にした羊皮紙に書き込むディムスン。革鎧も圭甲も元の場所にしまうとさっさと店を出ていこうとする。


「え、ちょっと防具買いに来たんじゃないの?」


「違う。ここにはお前さんにどんな防具が合ってるか試着しに来ただけだ。俺が一緒に行動するのに2級品の防具なんぞ買わせるわけがないだろうが」


 店の品を2級品呼ばわりされた店員が表情を強ばらせるのを横目に見ながら、コウジもまた顔をひきつらせる。苦笑するデザフィオとともに青筋を浮かべながらも笑顔を浮かべる店員に謝罪をしながらコウジもその後を追いかける。


「ったく、2級品って、そんなこと言うなら最初から目当ての場所に行けば良かったじゃない」


「職人ギルドじゃじゃ防具の売買は行ってないからな」


「は?」


 追いつき疲れたような言葉に対するディムスンの言葉に、コウジは思わず足を止めてしまった。そんな彼に気づいているのかい無いのか、構わず先を進む背中に慌てて追いかける。


「いや、ちょっと?防具を買いに来たんだよな?」


「あ?誰も防具を買いに行くと入っとらんぞ。わしは『揃えにいく』といったんだ」


「いや、それどう違うのさ」


「まぁまぁ、騙されたと思ってディムスンに任せておきなよ。悪いようにはならないからさ」


 デザフィオがドウドウとまるで馬にそうするように頭を抱えるコウジを宥め、3人は職人ギルドへと向かった。


 職人ギルドはアヴェントゥラの南西部の一区画の敷地をまるまる使用しており、その大きさは冒険者ギルドとは比べものにならないほど広かった。コウジ達はその広い区画に幾つも建っている建物の中でももっとも大きな建物へと入り、ディムスンはカウンターへとまっすぐに向かっていった。


「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件でしょうか?」


 対応したのは人としての歴史を感じさせる年輪を顔に刻んだ痩身の男性だった。すでに色が抜けて白くなった髪をオールバックにし執事服とつなぎを掛け合わせたような独特な服装の男性は、軽く会釈をすると真っ正面からディムスンの目と合わせた。


「工場を貸して欲しい。炉と裁断台がいる」


 用件だけを口にして首からかけている鎖を手に取ると、懐からドッグタグのような小さな銀板を取り出してカウンターに置き、それを見た受付の男性は目を見開いて驚くと元から綺麗だった姿勢をさらに正して頭を下げた。


「マスタースミスオクトバー…………………、まさか工匠の方とは知らず失礼いたしました」


「………………なぁ、マスタースミスとか工匠ってなんだ?」


 受け付けの男の態度がさらに改まるのに対しディムスンがどことなくめんどくさそうにしているのを後ろから眺めながら小声でデザフィオに問いかける。するとデザフィオもまた肩をすくめて小声で教えてくれた。


「マスタースミスっていうのは鍛冶師という職の最上位職のことさ。マスタースミスといえば地上においてアーティファクトと呼ばれる神威級魔法具の作成を行える唯一の職のこと。そして工匠っていうのは冒険者ギルドでいうところのSランクに相当する位だよ。確か職人ギルドでは下から順に見習い、弟子、職夫、工師、工匠と位分けされてるらしいんだ。冒険者ギルドは依頼をこなしてテストを受ければランクを上げることができるけど、職人ギルドで職夫になるまでは工師以上の職人に指示して一定期間修行しなくちゃいけないんだけど、工師以上になるには審査やら業績やらを見るらしくて、その規定も厳しく、工匠ともなれば現在大陸にも十数人しかいないくて、ギルドでは尊敬の的なんだ。そしてディムスンはそのなかでも5人しかいないマスタースミスの一人。彼の対応は当然といえば当然のものだよね。

 ディムスンはそう言うのがあまり好きじゃないようなんだけどね」


「ディムスンって凄いんだな。ただの恐妻家だと思ってた」


「恐妻家であることは間違いないんだけどね」


 コウジとデザフィオがこそこそと話していると、聞こえているぞとばかりにディムスンに睨まれ二人は揃ってなんでもないよと首を左右に振りいっそう鋭く睨みつけられた。


「素材庫もご使用になられますか?」


「そうさせて貰う。冒険者の街アヴェントゥラの職人ギルドだ、期待させて貰うぞ」


「はい、どうぞご自由にお使いください。私どももマスタースミスである貴方様に工場をお貸しできて光栄でございます」


 そっとカウンターの上に出された二つの鍵を受け取り、ディムスンは二人を引き連れギルドの奥へと進んでゆく。その背後ではやはりコウジがデザフィオに小声で質問をしていた。


「もうなんとなく予想はついてるんだけどよ、これってディムスンが俺の防具を作ってくれるって流れか?」


「そうだよ。ほら、僕が今着てるローブやファイスカの鎧なんかもディムスンが作製したものなんだ」


「やっぱりか。でもよ、そんな凄い職人の品ってなったらどんくらいするんだよ。いくら何でもそんな人に物頼めるような金持ってないぞ」


 懐から取り出した財布の中をのぞき込み、例え昨晩娼館にて行ってなかったとしても到底足りないだろう額を想像してコウジの顔が心なし青ざめる。


「そんな心配はいらないよ。今の僕らはパーティを組んだ仲間だ。その仲間から金を取ろうなんてディムスンも思ってないさ。まぁその代わりにあのバギーについてやじゅうについては根ほり葉ほり聞かれることになるだろうけどね」


「それくらいですむといいんだけど」


 そんなことを話している内にたどり着いたのは、素材庫と呼ばれる職人ギルドが冒険者ギルドから買い取った素材を保管しておく場所だった。ふとコウジが周りを見回してみると、そこかしこで職人と思われる人たちが巨大な牙やら骨、鉱石と武具などの作製に使われるのだろう材料を手に忙しそうに行き来していた。


「なにしてんだ、さっさと来い」


 そんな様子を感心したようにぼけっと眺めているコウジを見咎めたディムスンに呼ばれ、コウジは慌ててディムスンの元へと走る。ディムスンはコウジが来るのを確認してから受付で受け取った鍵の一つを鍵穴に差し込んだ。するとそれだけでカチリと鍵の開く音が聞こえ自動で左右に開いていく。

 素材庫の中は幾つもの部屋に分かれているようで、彼らが入った入り口からは正面と左右、3方向へと廊下が延びており、ディムスンは迷わず正面の廊下を進み始めた。


「よく道がわかるな。前に来たことがあるのか?」


「いや、アヴェントゥラに来たのは今回が初めてだ。だが素材庫の造りってのは大きさの違いはあれどどの街も違いは無いんだ」


 それならば始めてきた場所の素材庫でも迷わず歩けるかと感心して手を叩く。廊下の左右に設けられた扉の上には、革、牙、石などと保管されている素材の種類が記されており、コウジは中を覗いてみたい衝動に駆られつつもどんどん先に進むディムスンに置いて行かれまいと足を速める。


「ここだな」


 そしてディムスンが入っていったのは精錬されたインゴットの保管されている部屋だった。銅や鉄、鋼に青銅など元の世界にもあるものから、海鳴鋼、炎雀鋼、ジュエルライト等聞いたこともないような金属が保管されており、コウジは興味津々といった様子でそれを手にとった


「すごいな、これ自由に使っても良いのか?」


「んあ訳あるか。素材庫に入るには受付で鍵を受け取りギルド証を身に着けた奴と一緒じゃないといけないんだ。ここから素材を持ち出せばギルド証の方に何を持ち出したかが記録されて、後で料金を払う仕組みになってんだ。

 さすがアヴェントゥラの職人ギルドだ、質のいい奴が揃ってやがる」


 一つ一つ手にとって質を調べていたディムスンが笑みを浮かべると、手にしていたインゴットを元に戻してコウジに向き直った。


「よし、制作費に関しては考慮しなくてもいいが材料に関して別だ。それくらいは自分で出して貰うぞ」


「そりゃな。これで材料費なんて出して貰ったらさすがに悪すぎる」


「いい心がけだ。というわけでお前の予算を出して見ろ」


 ほれよこせ、と差し出された手に財布を渡し、受け取ったディムスンは財布の重さに首を傾げて中を覗きこみ、次いでコウジの顔と財布の中身を見比べる。


「おい、ちょっと待て。昨日魔物の素材をギルドで売ったときもっと無かったか?」


「ん、あぁそれね。昨日の夜娼館行ってきたから」


 帝国の情報とコウジの調べた情報。金はかかったがそれだけの価値は間違いなくあったと一人頷いていると、頬をひきつらせたディムスンが近づき、飛び上がってコウジの頭に拳骨を落とした。


「あほかぁ!女につぎ込むにしても限度があるだろうが!」


「ったぁ!別にいいだろ!それだけの価値はあるんだよ!」


「お前はまだ駆け出し冒険者だろうが、豪遊するには10年早いわ!」


「うぐぅっ!」


 コウジがなんと言おうとも娼館通いであることには変わりなく、ディムスンの言葉に理があるのは誰の目からも明らかだろう。それを理解しているコウジは言葉に詰まって髪をかきむしった。


「はぁ、まぁお前さんが稼いだ金だ。どう使おうがお前さんの自由だがな、もうちょい金の使い方を考えろ。

 ったく、最初に考えてたよりグレードを落とさにゃならんか」


「う、なんかすいません」


 と、なんとなく謝るコウジだったがそれでも余裕があればアウロラの下へ通うのを止める気は無いのであった。


「場合によっては動き回るってことはなるべく軽い方がいいな」


「そうだな、狙撃の場合でも狙撃地点を素早く変えながらってやり方もあるし、軽いにこしたことはないかな」


「ふむ。

ん、ミスティルがあるな」


 ディムスンが棚から取り出したのは薄緑色のインゴットだった。薄緑色であること以外に見た目に特徴のない金属であった。


「ミスティル?ミスリルじゃなくて?」


「アホか。ミスリルなんぞお前の手持ちじゃ圭甲に仕込む鉄板一枚分も確保できんわ」


 くだらんこと抜かすなとばかりに切り捨て、棚からミスティルのインゴットを数本手に取り質を確かめる。


「ミスティルにはちと特殊な効果があってな、こいつは霞渓谷ってところでしか採れない霞石って鉱石を精錬した物でな、他の金属を掛け合わせて合金を作るとそいつが非常に軽くなるんだ。ただ衝撃に対する強度が幾分か下がるんだが、まぁ剣や槍なんかを防げりゃ大丈夫だろ。お前さんの武器の間合いは広いからな、強度が下がるといっても全く受け止めることができなくなるわけでもなし、少しでも相手に隙を作れれば十分だろ」


「確かに十分っちゃ十分だけど、そんな特定の産地でしか採れないもの使って大丈夫なのか?主に俺の予算的に」


「問題ない。霞渓谷はアヴェントゥラから比較的近い位置にあるし、渓谷にいけばそれこそ道ばたの石を拾うくらいの感覚で手に入る代物だ、特定の場所でしか採れない代物だが希少性は低いし、さっき言った通り衝撃に対する強度が落ちるからそこまで需要も高くない。こいつを好んで使うのは鎧弓兵アーチャーや盗賊のような一部の職ぐらいだ」


 ミスティルはもう十分に確保したのか、棚を覗きながら次々にインゴットを手にとっては元に戻しを繰り返し、ディムスンは部屋の奥へと進んでゆく。


「色々とあるが、ふむ。鋼と合わせるのがいいか。それなら後から付与もしやすくなるしな」


 奥まで行っても結局元の位置まで戻ってきて鋼のインゴットを手に部屋を出て行くディムスンを追ってコウジ達も部屋を出る。

 次に訪れたのは鞣し革が保管された部屋だった。一枚一枚丁寧になめされたそれらの革はコウジには元がなんの皮なのかはわからなかったが、おそらく彼が狩ったアームズコングなどの皮もなめされてここか別の皮用の保管庫にしまわれているのだろうとディムスンを真似て一枚を手に取ってみる。


「そいつは止めておけ。グランドベアの皮は堅い上に手入れも手間がかかる。そいつは防具よりも馬車の幌とかそういった類の物に使う代物だ」


「……………………こんな状態でよく元の魔物の名前がわかるな」


「俺は鑑定のスキル持ちだからな。それくらいは造作もない」


 この程度なんでもないと次々に革を確認してゆくディムスン。そして10分ほど経っただろうか?100枚近い革の確認を行っていたがようやくいい物が見つかったらしく革を1度に100枚程とってコウジに押しつけると、ディムスンは「行くぞ」と一言だけ告げて部屋を出ていった。


「デザフィオ達の防具を作るときもこんな感じだったのか?」


「概ねこんな感じだったよ」


 苦笑するデザフィオとディムスンを追って保管庫を出る。次に向かうのは最初に入ったギルドの建物のすぐ裏手にある建物だった。素材庫で使用したのとは別の鍵を使って扉を開くと肌がちりつくような熱気を伴った空気が溢れ出てきた。


「うぁ、なんだこれ………………」


 暑さに顔をしかめながらも工場内を見回すと、そこには赤も青も通り越しすでに純白となった炎を宿す炉が奥に設置されており、その炉に空気を送り込むための鞴が横にに置かれすぐそばには作業台が、そしてそのちょうど反対側にも似たような、しかし曲面を描いた天板を持つ作業台が用意されていた。さらに工場の中央には井戸が置かれ天井の滑車から垂らされた綱がその中へと垂らされていた。しかし室内にあるのはそれだけで作業に必要な工具などは一切置かれていなかった。


「炉の熱気だ。俺がさっき工場の貸し出しをお願いしたからな、先に火を入れて置いてくれたんだろ」


 暑さを感じていないかのように涼しい顔のまま中に入るディムスンに続いてコウジ扉を潜るが、室内の温度はいったいどれくらいになっているのか全身から一斉に汗が溢れ出し、喉が一瞬で乾き切ってしまったかのような錯覚を覚えた。いや、錯覚でもなんでもなく少なくとも完全にのどが渇いてしまっている。


「はい、これを飲んでおけば少しは楽になるよ」


 そんな彼のデザフィオが差しだした小さな小瓶。小瓶の中には薄青色の液体が一口分入っており、コウジは受け取るなり蓋を開けて一気に飲み干した。次いで渡された革の水筒の生臭い水を喉に流し込みそこでようやく喉の渇きがいやされる。


「あぁ、ありがとう。凄い熱だけど、なんでディムスンとデザフィオは平気な顔してられるのかな?それこれっていったい何?これ飲んだだけでだいぶ楽になったんだけど」


「ん、あぁそうか。コウジは現人っても体は人間と変わらんかったか。すまん、失念してた」


 中身を飲み干した小瓶を不思議そうに眺めながら尋ねると、不思議そうな顔をしていたディムスンがしまったとばかりに頭を下げた。


「ディムスンは【炎と大地の神フランマテッサ】信徒でその加護も得てる上の元から火に強いドワーフ族だからこの熱気でも大丈夫なんだ。ディムスンの故郷なんて川の代わりに溶岩流が流れてるような場所だからね」


「いや、溶岩流って………………」


「ドワーフなんてのは鍛冶と戦士の種族だからな、アダマンタイトやオリハルコンを初めとした一部の金属なんかは溶岩の火力を術式でさらに上げたものでもないと加工できないんだよ」


 だからってそんなところに住むことはないと思う、と思いながらもそれを口に出すことはなく、コウジは呆れた表情で背負った袋から愛用のだろう工具を取り出し作業の準備をしているディムスンに視線を向けていた。


「で、僕は特に熱に強い赤竜族程じゃないけど竜人の端くれとしてね。これくらいの熱気ならちょっと暑いかな?て感じだね」


「ぬぃ、種族の差って物を初めて実感したよ」


「で、今飲んで貰ったのは耐熱薬っていって一時的に外気の熱気から体を保護する魔法薬だよ。僕は錬金術の心得もあるからある程度なら薬を自作できるんだ」


「錬金、術?」


 デザフィオが何気ない様子で発した名称にコウジの脳裏にどこぞの宇宙世紀の新型な人たちのごとく何かが閃いた。ピキーン、と。そうピキーン、と。


「さて始めるぞ」


 コウジがデザフィオに何かを尋ねようとする前にディムスンの声がかかる。尋ねることはいつでもできるか、と視線をディムスンへと向けると、彼は裁断台の上になにやら魔法陣の描かれた布を広げ、その上にミスティルと鋼のインゴットを置いて手をかざしているところだった。

 ディムスンの手から僅かな魔力が溢れ出し、それに呼応して魔法陣が輝き始める。すると二つのインゴットを魔力が包み込み、まるで粘土細工か何かのように形を変えて混ざり合っていく。


「な、なんだこれ?」


 そう言いながらも彼の脳裏にはある答えが浮かんでいた。それは魔具作製に関する本を読んでいたと時に見つけた【錬成陣】と呼ばれる物で、陣の上に置かれた物を陣に組み込まれた効果通りに姿形を変える技術だ。


「錬成陣だよ。知らないかい?」


「………………魔具作製について調べてるときに触りだけ」


 コウジが答えている間に一つ目の合成が終わり、ディムスンは二つ目の合成に取りかかっていた。


「これって、どんな形にもできるって本当?」


「自由度は結構高いよ。陣そのものに作り出す形の式を埋め込めばそれ専用になっちゃうけど、材料さえあればいくらでも同じ物を作ることもできる」


 そしてコウジの脳裏を再度宇宙世紀の新型のごとき閃きが走る。ピキーン、と。そうピキーン、と。何かを決めた表情で腕を組んだコウジの目の前で、ディムスンは次々とミスティルと鋼の合金を作ってゆく。そして最後の一つを合成させると、できた合金をやっとこで挟み純白の炎を宿す炉の中へとくべていった。


「あれ?合金にした後に鍛えるの?」


「合成陣を使用したのは時間短縮のためだ。こうやって直に火を当てて鍛えてやれば剛性も柔性も高くなるのがミスティルを使用した合金の特性の一つだ。それに合成陣で作った合金なんぞ結局金属同士が混ざり合っただけにすぎん。ちゃんと鍛えんと良質の合金にはならん。だってのに最近の若い連中は鍛える行程めんどくさがりやがる」


 嘆かわしいとばかりに愚痴りながら赤熱化した合金を取り出し金床の上へ置いて深紅のハンマーを振り下ろす。ガキン、という音と共に火花が飛び散り、飛び散った火花がディムスンへと降りかかるが、彼はそんなことはお構いなしに再度ハンマーを振り下ろす。

 鎚を振るうディムスンの表情は愚痴を言う態度とは正反対に真剣そのもので、如何なる違和感も見逃さないとばかりに金床の上の合金へと注がれている。そのまま3度、4度と鎚を振るい再び炉の中へと合金を戻し、次の合金を炉から金床の上へと置き鎚を振るう。後はその繰り返し。その姿はどこか神聖な物のように見えて声をかけるのを戸惑わせる雰囲気を纏っていた。


「ディムスンと旅するようになって何度か鍛冶仕事を見学させて貰ったけど、何度見ても凄いと思うよ。なにより彼の鍛冶に向き合う真摯な態度は尊敬すらしているんだ」


 コウジの横に立つデザフィオが言ったとおりの念のこもった視線をディムスンへと向け、コウジもそれに同意するように頷いた。


 しばらくの間コウジ達は真剣な表情で鎚を振るうディムスンを見ていたが、気づいたときには鎚を振るわれる合金の大きさは最初の半分程になっており、それを満足そうに眺めたディムスンは水を入れた桶の中に合金を突っ込んだ。水の蒸発する音がするのと同時に大量の水蒸気がディムスンの姿を隠す。次々と鍛え終えた合金が水の中へと入れられ、そのたびに発生する水蒸気はディムスンの周囲だけではなくコウジ達の周囲をも白く覆うほど。その水蒸気が晴れ桶の中の合金をよく見てみると、鍛えている間に形も整えていたらしく板状の物の他に棒状に延ばされ物、半円状になったものなどがあった。

 鍛冶仕事はこれで終わったのか、横に設置されたレバーを引くことで炉に蓋が落ち中の炎が消えたのかちりつくような熱気が心無し楽になったように思われた。


 ディムスンが大きく深呼吸をして多少乱れていた呼吸を整え額にうっすらと浮かんでいた汗を拭うと、休む間もなく作業台へと向かい作業を再開する。作業台の上に鞣し革を広げると万年筆のような物を取り出しフリーハンドで型を書き込んでゆく。一枚書き終えたらすぐさま次の一枚に型を書き込んでと瞬く間に終えてしまうと、何か特殊なインクでも使用しているのかすでに乾いたらしいそれらを重ねて裁断台へと移動して子供くらいなら腕ですら切り落とせそうな大きく物騒な鋏で裁断を始める。

 炉の炎が消えたからかディムスンが裁断を始める頃には工場内の空気も冷めたらしく、外と変わらない室温へと変わっていった。先ほどまでは一歩進むごとに熱さの増した程だった工場内をディムスンの背後へと移動してその手元を覗き込む。一寸の停滞もない文字通り流れるようなスピードと丁寧さで求める形に裁断される鞣し革。その形はベスト状の物から扇状の物や、マンガに出てくる食べ終えたリンゴの芯のような形状の物まで種類も多く、同じ形状のパーツを何枚も切り抜いてゆく。


 やがて裁断を終えた鞣し革を作業台へと戻し、取り出したのは人の体を容易に貫通できそうな長さと太さを兼ね揃えた白銀色の針達。さらに金属質な光沢を放つ糸を取り出すと、針の一本の末端にあいた穴にそれを通す。


「そのなっがいの縫い針かよ」


 思わず呟いてしまった言葉は幸運にもディムスンに届くことはなかった。彼はベスト状の鞣し革をまとめて他の針で押さえて糸を通した針で縫い始めた。

 その姿になぜか脳裏に見たこともないお袋さんが夜なべで裁縫をしている姿が浮かんだが、頭をふってその光景を脇に追いやった。ちまちまとしかしまるで手品のように長い針を操り形を整えると今度は桶の中に沈めていた合金の一つを取り出した。どうやら革は横に複数の細長いポケットのようなものが並ぶように縫いつけられているようで、布で水気を拭き取り形を整えた鉄板状の合金をそのポケットに差し込んでゆく。


「よし、一度身に着けて見ろ」


 渡された圭甲は本当に鉄の板を仕込んであるのか疑問に感じるほど軽かった。どこか防弾チョッキを彷彿とさせる圭甲を身に纏い、ディムスンがサイズの微調整を行ってゆく。


「どうだ、なんか違和感あるか?」


「いや、本当に鉄の入ったものを着てるのか疑いたくなりそうなくらい違和感がない」


 その言葉に満足したらしく、ディムスンは小さく頷くとコウジから圭甲をはぎ取り最後の仕上げを行ってゆく。

 そんな流れで次々と作られてゆく各種防具達。中に合金製の芯が数本仕込まれた手甲に足甲。さらに圭甲には銃を入れるための着脱式のホルスターまで用意されていた。


「うあ、これ、マジかよ。なんか格好いい……………」


 圭甲の形状はベストそのもので、脇の紐を弛めることで脱ぎ着することができるようになっていた。


「よし、次はコートだな」


「へ?いやでも、もう革もないでしょ?」


 防具各種を作るのに革は使い切ったというのに何で作るのかと思った矢先、ディムスンは先ほど工具を出したのとは違う袋から美しい烏羽色の生地をとりだした。


「問題ない。こいつを使うからな」


「へぇ、それってこの前作ってたやつかい?」


 それがなんなのか知っているらしいデザフィオが、面白そうにディムスンに尋ねると彼は小さく頷いて生地を広げた。


「コウジ、これは鉄布っていってね、金属を1ミリよりなお細い糸にして織った特殊な布なんだ。この前山を越えるときに【黒金】の鉱床を見つけて大量に採掘して織った物だよ。あ、別に黒金って言うのは金じゃないよ。耐魔性能の高い特殊な金属だ」


「なんか聞けば聞くだけ高そうだな、値段」


「こいつの原料はタダも同然だったんだ、こいつの代金については気にするな」


 そう告げると今度は一切の型を書き込むことなくいきなり鋏を入れ、シャー、と布を裁断する音が工場内に響いた。てきぱきと仕立て上げられてゆくのは先に宣言したとおり烏羽色のコートで、その形状は現在コウジが着ている物に非常に似通っていた。


「ほれ」


 そしてあっという間に出来上がったコートを投げ渡し、ディムスンは工具の片づけをしはじめる。


「調整するから着て見ろ」


 言われたとおりに渡されたコートを羽織ってみると着心地は今まで着ていた物よりも良いぐらいで、ポケットなどの収納スペースも多く設けられ、表には両腰、両胸、両袖と計6カ所。裏には同数のポケットの他にも弾や警棒のような物を納めるのにちょうど良さそうな物まで付けられており昨日は完全に上である。


「とくに、問題はないな」


「あぁ、本当にいいのか、こんな物貰って」


 コートを着た自分の体を見下ろして呟きながら裏表とめくってみる。ボタンは付いていないものの、銃のホルスターが内側にあることを考えればあってもしめることはないだろうから問題はない。丈も膝辺りまでとちょうど良かった。


「かまわん。当分同じパーティを組むんだ。遠慮なんかするな。

それに俺は金が欲しくて鍛冶師をしてるんじゃないんだからな。金が欲しけりゃちょいと鎚を振るうだけでいくらでも手に入る」


 まるでその事実が面倒でもあるかのように話すディムスンに礼を言って、早速圭甲を付けてその上からコートを羽織る。コートの袖は手甲を着けた上で着ることを前提としているらしく、完全装備ちょうど良かった。


「よし、それじゃ素材の代金を払って引き上げるとするか」


 入ってきたときと同様にディムスンを先頭に工場を出ると、すでに日は沈んでおり夜空には星達が煌めいていた。


「あぁ、いつの間にか日が暮れてら」


「鍛冶なんてのは普通二日三日と日にちをかけて行うもんだ。これでも合成陣を使ったから早い方だ」


「大変なんだなぁ」


 あんなサウナも真っ青な空間で炎に炙られながら行う作業。今日のそれとて常人では耐えられそうにないというのにそれも日数をかけて行う。刀鍛冶だったという自分の祖先もこのような拷問の如き作業を行っていたのかと思うと、自分ガンスミスをめざして良かったと思うのだった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~


 職人ギルドからの帰り道。日も暮れて間もないこの時間は飯屋や酒場と入った店から漏れる明かりが街道の光源となり、その光源の下まだ多くの人々が通りを行き交い当然コウジ達もそんな人々の中に含まれていた。


「あぁ、そういや朝食ってなかったし昼も食うの忘れてたからさすがにそろそろ限界かも」


「おいおい、お前さん飯食ってなかったのかよ」


 腹の虫のなるお腹をさするコウジにディムスンの呆れた声がかけられる。腹の虫の音は存外大きかったようで、ちょうどすれ違った戦士姿の女性が笑いを堪えるのを見たデザフィオはコウジが朝早くに帰ってきてそのまま連れ出されたことを思い出す。


「あの宿のめしって美味しいからあそこで食うつもりだったんだよ。ただ今晩はさすがに持ちそうに無いけど」


「しゃぁね。今日は俺らは外で食っていくか」


「そうだね、僕も昼抜いたかたちになっちゃったからさすがにすいてきたし」


 ディムスンの提案にまずデザフィオが同意しコウジもまたうなづいたため、3人はちょうど前を通りかかった酒場の扉を潜った。


 酒場は街に戻ってきたばかりらしい冒険者達でごった返していた。いたるところから笑い声や怒鳴り声が聞こえ、そんな冒険者達の間を給仕の女の子たちがお盆を片手に右へ左へと忙しそうにしている。

 運良く空いていた席につき適当なものを頼んで一息。最初に運ばれてきたグラスを手にした3人はそれを同時に口に運んだ。


「んくっ、ぷはぁぁっ!」


 コウジが飲んだのは果汁水だった。下の世界のオレンジやレモンと言った柑橘系の甘酸っぱい水を喉に通し、うまそうに口元についた滴を拭った。


「ん、お前さん酒は飲まんのか?」


 エールが注がれていた木製のジョッキをテーブルを叩くように置いたディムスンが、1人酒の臭いがしないコウジ眉をしかめる。その横では果実酒の入ったグラスを傾けていたデザフィオもディムスンの言葉を聞いて不思議そうにコウジを見ていた。


「空きっ腹に酒を入れるのはあまり体に良くないからな」


 飲むならある程度腹に入れた後だと肩を竦めると、ディムスンは片目をつぶってコウジをまるで睨むようにして口を開いた。


「何を言うか。酒は百薬の長という言葉を知らんのか?」


「いやいや、薬も過ぎれば毒になるってね。まぁこの場合は飲み過ぎじゃあなくてその逆だけど」


 どちらにしても微妙に意味の違うたとえを出して笑うと、ディムスンはどこか不機嫌そうに次の酒を大声で頼む。


「ドワーフ族にとってお酒は命みたいなものだからねぇ」


 機嫌を損ねたらしいディムスンの態度に困り顔をするコウジにデザフィオが苦笑して解説する。なんでもドワーフ族の前ではお酒のことを悪く言うのは禁句なのだとか。


「僕たち竜人なんかはそこまでは言わなくとも、お酒好きが多いんだよね。僕もそうだし。ファイスカなんかはあの姿からは想像もできないけどそうとうな蟒蛇でね、周りが酔いつぶれても平気な顔で飲み続けてたりするんだよ」


 その光景を思い出したのかくつくつと笑いながらグラスを呷り、「そう不機嫌にならないで」とディムスンの肩を叩いた。

 そんな感じで互いのことを話している内にようやく料理がやってくる。テーブルに並べられたのは魔物の肉だという串焼きや豆を煎って塩をかけた物など酒のつまみによく合いそうな料理ばかりだった。香ばしい匂いを放つ複数種の豆を煎った物を口に入れればかけられた塩味と豆それぞれの風味が混ざり合い、コウジも酒が欲しくなると感じるものだった。


「む、これは俺も酒を頼めば良かったか?」


「あぁ、空きっ腹にゃ毒なんじゃなかったのか?」


 コウジの呟きを聞いたディムスンが意地悪い表情で顔を突き出してくるが、そこまで言ってない、と親指の上に乗せた豆を弾いてディムスンの口の中へと放り込む。


「んむっ、てめ、飯で遊ぶな!」


 そんな感じで楽しく進んだ食事時間。しかし楽しい時間にも終わりは付き物。例えそれが外よりもたらされる物であってもだ。


「おい、てめぇがコウジなんちゃらって冒険者か?」


 突然声をかけてきたのはどこかネズミを連想させる小柄な男だった。かけられた声に友好的な雰囲気は存在せず、向けられる表情には嘲笑すら浮かんでいる。


「………………確かに俺がコウジだけど?」


「まったく、やっとみつけたぜ。手間かけさせやがって」


 馬鹿にしたようにヤレヤレと肩を竦める仕草に、楽しそうだった空気が急激に冷めてゆく。


「なんの用なんだ、さっさと用件を言ってくれないか?」


「あれ、そんな態度とってもいいのかな?」


 不機嫌さを表すようにテーブルをコツコツと叩き始めると、男はまるで自分の方が立場は上だと言わんばかりに嘲りの笑みを浮かべ、懐から丸めた羊皮紙を取り出して見せびらかすように目の前で振った後にそれをコウジへと投げ渡してくる。男を睨みつけながら羊皮紙を開きそこに描かれている内容を読んでゆく内にコウジの表情が徐々に薄れてゆき、最後まで読み終えた頃にはまるで能面のような表情で羊皮紙を握りつぶした。


「てめぇも馬鹿だよなぁ、喧嘩を売るなら相手をよく見て売れっての。兄貴は蛇みたいに執念深いからよ、一度かかされたはぶぁ………………!」


「すまない、急用ができたここの支払い任せて良いか?」


 ニヤニヤと馬鹿にした笑みを浮かべながら耳障りな言葉を吐いていた男の口を鷲掴みにして黙らせ、コウジは二人の顔を見ずに淡々と尋ねる。男の言葉と、なによりコウジの様子からただ事ではないと感じた二人は静かに頷き、視界の端でそれを確認して席を立った。


「………………僕も着いていくよ。ディムスン」


「わかってる」


 口元を押さえられた男がむーむーとうなりながらコウジの手を外そうと腕を掴むが、コウジはそれを意に返すこともなくむしろ外すどころか掴む手に力を込め男を引きずるようにして店の外へ出る。デザフィオがその後を追い、ディムスンは残りの料理を包んで貰いなが勘定を済ませ急ぎ宿へと戻っていった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~


 通りから離れた薄暗い路地は、 スキルによって感覚が強化されているコウジにとっては対して問題となることはなく、明るい時間に歩いているかのように男を引きずり歩いていた。やがて先ほどまでいた店からだいぶ離れたと判断したコウジは男を近くの壁に叩きつけた。


「あぐぅっ!てめ、あれを読んだんだろうが!俺にこんなことして良いと思ってやがるのか!」


 今まで押さえられていた口が解放され、背を壁に叩きつけられた痛みに呻きながらも怒気を露わに食ってかかってくる。コウジは表情のない能面のような顔でそんな男の言葉を受け止めると、H&KHK45をホルスターか引き抜き何も言わずに男の足を打ち抜いた。


「…………………っ!!」


 声のない悲鳴を上げてうずくまる男から鉄の匂いが漂う。


「3度目は無いって言ったはずなんだけどな」


 男の顔を蹴り飛ばし転がったところを踏みつけ再び発砲。今度は肩の付け根を打ち抜き、しゃがみ込んで眉間にまだ熱の籠もった銃口を押しつける。


「……………………『ガキは預かった、ガキの命が惜しければ一人で来い。場所はこれを運ぶ奴が案内する』か。これに覚えはあるの?」


 ここに来る途中でコウジから手紙を受け取ったデザフィオが、手紙に付いていた赤い髪を手に尋ねるとコウジは静かに頷いた。


「俺の周りの連中に手は出すなって言ったはずだったんだけどな。なぁ、お前こそタダで済むと思ってるんじゃねぇだろうな?」


「ひぃっ!」


 銃口をさらに強く押しつけると男は情けない悲鳴をあげて震えだした。足と肩を撃ち抜かれたことで自分に押しつけられている見たこともない物が危険なものであると認識したようだ。


「お前には洗いざらいしゃべって貰うぜ。このあるなんたらがどこにいるのか。何人揃えているのかまで全てな。俺の質問に正直に答えたら………………、楽にしてやるよ」


 肩の傷口を押さえた男は、涙を浮かべ壊れた人形のように首を振っていた。


~・~・~・~・~・~・~・~・~


 血の臭いが漂う路地裏に怯えを含んだ男の声が響いていた。コウジが問う度に10倍20倍の量で返ってくる答えを整理しながらその言葉に矛盾はないかと頭を働かせる。

 男は助かりたくて必死なのだろう。今のところ男の言葉に矛盾はなく、違和感もない。彼の感もまた嘘を付いていない感じている。


「こ、これで全部だ!俺の知っていることは全部話した!」


「うん、嘘は言ってないね。あ、僕の使える魔法の中に嘘を見極める物があるんだ。だから彼が嘘を付いてないかどうかは正確にわかるよ」


「助かる」


「は、ははは………………助かった?」


 終始無表情で質問を繰り返していたコウジがデザフィオに礼を言うと、男安堵したのかどこか壊れたような笑い声を上げ始めた。そしてほっと息を吐いた男は眉間に再び銃口を押しつけられ、その表情が瞬時に固まる。


「な、なんで………………、全部話した、ぞ」


「誰も命を助けるなんて言ってないぞ」


「楽にして、くれる、って………………」


「あぁ、死んで楽になれるよ。

 すぐにあの男にも後を追わせてやるから寂しくもないさ。あいつはもう三度目だからな」


「三度、目?」


「以前二回ほど俺や俺の知り合いにちょっかいかけてきてるんだよ、あれなんとかは。仏の顔は三度までってな。取り返しの付かない事態になりにでもしなければ2度目までは見逃してやることにしてるんだよ。けど3度目はない。あいつはこれで3度目だ」


「お、俺は今回が………………」


 感情の隠らない声というものがどれほど恐ろしいものなのか、男は怯え震えながら少しでも距離を取ろうと這いずるように後退ろうとするがコウジがそれを許すはずもなく、連続で発砲。両足、両手を打ち抜き男の悲鳴が路地裏に響く。


「あれの3度目に付き合ってる時点で同罪だ。それに、人質?取り返しなんて付くわけがねぇだろ。さっきお前言ってたよな、喧嘩売るんなら相手を選べってよ。そっくりそのまま返してやるよ。

 恨むんなら自分自身を恨むんだな」


 乾いた銃声が2度響き、男は眉間と胸部に穴を空け二度と動かぬ骸と化した。


「どうするんだい?」


 排出された薬莢を拾い始めるとデザフィオが静かな声で尋ねてきた。コウジは銃を売った回数と拾った薬莢の数が合っているかを確認してからデザフィオに向き直った。


「当然だ、巻き込んじまったんだ。知らんぷりなんて出来るわけがない。すまないが宿で待っててくれ、トリオンの森に行くのは後回しになる」


「はい、ストップ」


 それだけ告げてどこかへと向かおうとするコウジの肩をデザフィオが掴む。その表情は呆れており、髪をかき乱しながら大きくため息をついた。


「森に行くのが後回しになるのはかまわないけど、行くのは少し待って。すぐにディムスン達が来るからさ」


 言外に自分たちも行くと言う彼に、コウジは一瞬何を言われたのかわからなかった。しかしそれを理解すると同時困惑した表情を浮かべていた。


「付いてくるつもりか?これは俺の問題だぞ」


「そうだね、でも僕たちはパーティなんだ。たとえ君の問題でも助けるのが仲間と言うものだよ」


 そう言ってウィンクする彼の姿はやけに様になっているように、場違いながらコウジには思えた。


~・~・~・~・~・~・~・~・~


 コウジが男を始末していたころ、サントペルフェクト帝国とカラディラ王国との国境沿いにあるある砦の城壁の上で一人の兵士があくびを噛み殺しながら見張りの任についていた。この砦に配備されてすでに五年が経ちその間騒ぎと呼べるようなものが起こることなく、当然のように出世というものが無い現状に兵士は辟易とした様子で闇に落ちた砦の外を眺めていた。


「あ~あ、暇だ。この先もずっとこんな暇な日が続くのかねぇ」


 いやだいやだと首を振り、何か面白いことでも起こらないかと考えた矢先、視界の端に何かが動くのを見たような気がした。最初は気のせいだと思ったものの、このまま見張りをしていても暇なだけだと何かが見えた気がした場所へと足を向けた。そこは敵の襲撃があった場合城壁の上から射かけるための矢がしまわれている場所で、年に数回ある点検の時以外開けることのない物置のようなものが置かれた場所だった。何かを見た気がしたのはそれの物陰だった。兵士はなんの警戒心もなく物陰に近づき、ひょいと首を突き出して中を覗き込んだ。


「はい、異常なし。やっぱ気のせいか」


 物陰にはネズミ一匹居らず兵士はあぁ暇だと持ち場に戻ろうとする。しかし事態が動いたのはその直後だった。突如口元を押さえられて声を封じられ、男は突然の事態に思考が停止していた。そして次の瞬間首元に鋭い痛みを感じ、胸元に熱い何かが刺し込まれる。全身から力が抜けその場に崩れ落ち、頬にふれる城壁の冷たさを感じるのと同時に血の臭いが周囲を漂った。


 いったい何が起きているのか。徐々に暗くなっていく視界の中、兵士は何もわからぬままに永遠に醒めぬ闇の中へと沈んでいった。


「……………」


 兵士が事切れた後、その場に立っていたのは黒ずくめの存在だった。暗闇に浮かぶシルエットを見る物は頭上に浮かぶ月のみであり、襲撃者は無言で静かにその場を駆けだした。砦を囲む城壁の内側へと身を投げ出し、5階建ての建物に匹敵する城壁から静かに敷地内に降り立つと、襲撃者は影に隠れながら砦へと移動してゆく。


 壁に背を付けて周囲を確認し近くに誰もいないと確信を持った襲撃者は、そこがまるでふつうの地面であるかのように一陣の風となって建物の壁を駆け上り始めた。垂直に壁を登り終え、襲撃者は建物の縁に手をかけて体を保持すると再び周囲を確認してから体を持ち上げて建物の屋上へと降りたった。


 屋上の床に設けられた小さな扉を持ち上げ、中に誰もいないことを確認して中へとはいる。そこは有事の際には司令室として機能する場所のようで、周辺の地図や報告書と思わしき書類がまとめられた机が置かれており、襲撃者はその机の引き出しを開いて中に入れられていた書類に目を通し始める。


「猿型の魔物による被害が無くなっている。それに王国に対する警戒の強化命令。コウジの手紙にあった通りの事態になりかけてるな………………」


 口元を布で隠しているらしくくぐもった呟きが誰の耳に届くこともなく闇に消えてゆく。


「ならば、あれが帝国にある可能性、高くなったな」


 翌日、見張りの兵士の一人が死んでいるのが発見される。喉と胸に残る傷跡から殺されたという事は間違いなく取り調べが行われることとなった、砦は突如起きた事件に騒然としたが、捜査の甲斐もなく犯人の目星がつくことはなかった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~


現在のステータス&プロフィール


【コウジ・ムラマサ】日系アメリカ人:24歳

種族:現人

性別:男

身長:174センチ

ジョブ:銃使い(ガンナー)

サブジョブ:銃鍛冶師ガンスミス

スキル

【第六感】感が鋭くなる

【言語理解】言葉、文字を理解できるようになる(言葉の場合相手に一定の知性がなければ理解することは出来ない)

【基礎能力強化】腕力、体力、敏捷性などの基礎能力が強化される

【感覚強化】五感が鋭くなる:例)夜目が利くようになる

【魔具作成】魔具を作成する際に補正がかかる

【銃火器熟練補正】銃火器を使用する際、熟練に補正がかかり成長率が上がる

【銃火器作成】銃火器を作成する際に補正がかかる

【魔力コントロール】自信の魔力のコントロールが用意になる

【性豪】精力が非常に高くなる

【閨の帝王】閨における技術に非常に高い補正がかかる

・高位世界にある地球の国アメリカに住む日系アメリカ人の青年。実家は銃火器店で趣味はサバゲーに狩猟、銃の手入れ、改造など銃に絡むことであり、将来は自分のオリジナル銃の作製をしたいと思って勉強中。突如下位世界に家ごと落ちてきた。

 使用武器は元の世界から一緒に落ちてきた各種銃器であり、ハンドガンから重火器まで使いこなす。自分のオリジナル銃の作成をあきらめてはおらず、この世界の金属を使えば前の世界では強度不足などの理由で作られなかったような銃も作れるのではないかと少し楽しみにしている。また内心ではガンマンいやランボーも捨てがたいか?など意味不明なことを考えていたりもする。


~・~・~・~・~・~・~・~・~


【エヴィエニス】アスルヴォルフ:12歳

種族:魔物、アスルヴォルフ

性別:雌

スキル

【月下の脈動】月が出ているとき基礎能力が大幅に上昇する。上昇値は月の満ち欠けに比例する

【月女神の加護】月の女神フリーディアの加護。怪我の治りが早くなり、病気にもかかりづらくなる

【気高き牙】正々堂々と戦う場合、基礎能力が大幅に上昇する

・アキード山からトリオンの森を縄張りとしていたアスルヴォルフの群長の娘。気高き牙と呼ばれ、群の中でも五指に入る実力を持つ戦士でもあった。アームズコングの襲撃の際息子ヘジンを連れて命辛々逃げ出しトリオンの森にて落ちてきたばかりのコウジに助けられ行動を共にするようになる。


~・~・~・~・~・~・~・~・~


【ヘジン】アスルヴォルフ:0歳

種族:魔物、アスルヴォルフ

性別:雄

スキル

【月下の脈動】月が出ているとき基礎能力が大幅に上昇する。上昇値は月の満ち欠けに比例する

【月女神の加護】月の女神フリーディアの加護。怪我の治りが早くなり、病気にもかかりづらくなる

・エヴィエニスの息子。名付け親はコウジであり、名前の由来は地球は北欧神話の主神にして神々の王オーディンに従う狼の姿をした戦士ウルフヘジン。



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