05:サクラの捜索
桜華失踪の報せを受けたあと、エリスは悠斗に連絡を取ってEIOにログインした。
共有ハウスのリビングは穏やかな空気に包まれているが、二人の心は鉛のように重かった。
「⋯⋯やっぱり、オフラインのまま、か」
ログインして真っ先に、ユートはシステムメニューからメンバーリストを確認する。
「サクラ」の名前の横には、昨夜と同じく『Offline』の表示。
「うん⋯⋯最終ログインも、昨日の夕方⋯⋯オーカさんがテスト施設に入る直前くらいで止まってる⋯⋯」
エリスも隣で確認し、落胆の声を漏らす。
「メールにも、掲示板にも、オーカさんからの新しい痕跡は何も⋯⋯」
考えうる限りの記録をチェックしたが、結果は同じだった。
「やっぱり、EIOに直接何かあったわけじゃないのかもな⋯⋯。現実世界で、あのテスト中に⋯⋯」
ユートが言いかける。だとしたら、ここで自分たちにできることは本当に何もないのだろうか。
「⋯⋯他のメンバーに、何か聞いてみない? 昨日のクラン訓練も中止になったし、みんな心配してるはずよ」
エリスが気を取り直して提案する。
「そうだな。行ってみるか。⋯クランハウスに行けば、誰かいるだろう」
二人は頷き合い、『カーマインスピリット』の本拠地『魔法学園都市ルーンヴァルト』に居を構えるクランハウス『紅蓮の獅子亭』へと移動した。
クランハウスには、数名のメンバーが不安げな表情で集まっていた。
「あ、ユートさん、エリスさん!」
快活そうな双剣士のカイが駆け寄ってくる。
「サクラさんから、何か連絡あったんすか? 昨日、訓練に来なかったから、みんな本当に心配してて⋯⋯」
「いや、それが⋯⋯俺たちも連絡が取れないんだ。現実の方でも、実は⋯⋯」
ユートは言葉を選びながら、状況を慎重に伝えた。
「今朝、エリスに会社から連絡があって⋯⋯桜華姉が、昨日のテストの後から行方が分からなくなってるらしい。会社の方でも連絡がつかなくて、警察に相談したそうだ」
その場の空気が凍りつく。メンバーたちの顔から血の気が引く。
「え⋯⋯?サクラさんが、行方不明⋯⋯?」
「警察って⋯⋯ただ事じゃないじゃないですか⋯⋯!」
事態の深刻さに思わず動揺した声が漏れる。
「それで⋯⋯何か、こっち(EIO)で変わったことはなかったか? サク姉に関する、どんな些細なことでもいいんだけど」
ユートが尋ねると、
「いや、特に何も⋯⋯」
「サクラさんのアカウントはずっとオフラインのままだし⋯⋯」
などとメンバーたちは答える。
有力な情報はないと諦めかけたその時、物静かな弓使いのアカリが手を挙げた。
「あの⋯⋯直接サクラさんのことじゃないかもですけど⋯⋯昨日から、ちょっと変な噂が流れてて⋯⋯」
「変な噂?」
「はい⋯⋯。なんでも、サクラさんにそっくりなアバターを見たっていう人が何人かいるらしくて⋯⋯。でも、そのアバター、いつもサクラさんが着てるピンクのローブじゃなくて、真っ黒なローブを着てたらしいんです」
アカリの言葉に、ユートとエリスは息を呑んだ。
「ああ、オイラも聞いたっす!しかも、目撃された場所が、『嘆きの墓地』とか、『忘れられた礼拝堂』とか、そういう気味の悪い場所ばっかりだって⋯⋯」
カイも付け加える。
「雰囲気もサクラさんと全然違って、氷みたいに冷たい感じだったって」
可愛らしいローブを着た召喚術師のモモが不安そうに言う。
「あたしのお友達が声かけたんだけど、完全に無視されたって⋯」
「それだけじゃないんだよ」
情報通の精霊術師ケビンが割って入る。
「僕のフレンドがさ、昨日その黒いローブの女にじーっと見つめられた後、急に『スパイス』から体調異常のアラートが出て、強制ログアウトさせられたんだって! その後リアルで原因不明の高熱が出たとかで、寝込んでるらしい⋯⋯」
「え?! ゲーム内のデバフとかじゃなくて、リアルで?!」
ユートが驚愕する。
「分かんないけど⋯⋯本人は『呪いかと思った』って怯えてたよ。あれは何かヤバいものなんじゃないかって⋯⋯」
黒いローブのサクラ⋯⋯。不気味な場所での目撃⋯⋯。
プレイヤーに原因不明の体調不良⋯。
まるで悪霊のような存在。本来のサクラとは真逆のイメージ。
ユートは背筋に冷たいものを感じた。エリスも隣で青ざめている。
「その黒いサクラ⋯⋯今もどこかにいるかもしれないのか?」
ユートが尋ねるが、確かな情報はなかった。
二人は他のメンバーに礼を言い、重い足取りでクランハウスを出た。
黒いサクラの噂は、桜華の失踪と無関係とは思えない。だが、それが直接的な手がかりになるかは分からない。
「⋯⋯ユート、まさか、噂の場所に行くつもりじゃない⋯⋯よね?」
転移ゲートの前で、エリスが震える声でユートに問いかけた。その顔は恐怖で引きつっている。
「⋯⋯手がかりがあるかもしれないなら、行くしかないだろ。『嘆きの墓地』と『忘れられた礼拝堂』。近い方から確認してみる」
ユートは決意を固めていた。
「絶対イヤ! 墓地なんて!アンデッドがいっぱいいるんでしょ?! 無理無理無理! ボク、ホラーが本当にダメなの知ってるでしょ?! あんな場所、絶対行けない!」
エリスは顔を真っ青にして、涙目でぶんぶんと首を横に振る。
「でも桜華姉のためなんだ。無理なら俺一人で行くよ」
ユートは、ただそれだけを、静かに、しかし強い意志を込めて言った。
ユートの言葉とその真剣な眼差し。そして、脳裏に蘇る二年前の記憶――崩壊した都庁で、恐怖に竦む自分を置いて、一人で危険なアンドロイドに立ち向かっていったユートの背中。
「⋯⋯っ!」
エリスは唇を噛みしめた。怖い。何もかもが怖い。でも⋯。
「⋯⋯わ、わかってる⋯⋯わかってるけど⋯⋯!」
エリスは俯き、声を震わせる。
恐怖心と、オーカへの心配、そしてユートを一人にさせたくない気持ちが、彼女の中で激しくせめぎ合っていた。
ユートはそんなエリスの葛藤を察し、何も言わずに、ただ静かに彼女の隣に立っていた。
「⋯⋯わかった。オーカさんのためだもんネ⋯⋯。それに、ユートを一人にはさせられない、から⋯⋯」
エリスは震える声で、しかしはっきりと頷いた。
恐怖よりも大切な人を想う気持ちが、わずかに勝った瞬間だった。
「ありがとう、エリス」
ユートは力強く頷き、震える彼女の体をそっと抱きしめた。
大丈夫だ、と伝えるように。
二人は転移ゲートをくぐり、『嘆きの墓地』へと足を踏み入れた。
空気が淀み、枯れた木々が不気味な影を落とす広大な墓地。苔むした墓石が立ち並び、地面からは腐敗したゾンビやスケルトンが呻き声を上げながら這い出してくる。
「ひっ⋯⋯!」
エリスはユートの腕に強くしがみつき、顔を彼の背中にうずめ、絶対に前を見ようとしない。全身が小刻みに震えている。
「大丈夫だエリス。俺がちゃんと見てるから」
ユートはエリスを守りながら、襲い来るアンデッドを聖剣で薙ぎ払い、二人は墓地の一角を探索する。
しかし、何も見つけることはできなかった。他のプレイヤーの姿もなく、静寂が不気味さを増していた。
ユートはエリスに異常なしと伝え、次の場所へ向かうことにした。
次に訪れた『忘れられた礼拝堂』の廃墟も同様だった。崩れた壁、砕けたステンドグラス、冒涜的な文様の描かれた祭壇。そしてゴーストが浮遊する空間は、エリスの恐怖をさらに煽る。
「ユ、ユート、ここも、イヤな感じする⋯⋯早く出よう?」
「もう少しだけ⋯⋯祭壇の周りだけ確認させてくれ」
ユートはエリスを背後に庇いながら、祭壇周辺を慎重に調べる。
しかし、ここでも黒いサクラの痕跡は見つからず、風の音だけが虚しく響いていた。
結局、噂のあった不気味なエリアをいくつか回ってみたが、黒いサクラの姿はおろか、それらしい痕跡すら見つけることはできなかった。
エリスは終始ユートにしがみつき、精神的にかなり消耗している様子だ。
焦りと無力感だけが、探索による疲労と共に二人の心に重くのしかかっていく。
「だめだ。これ以上探しても、何も出てきそうにない⋯⋯。ただの噂だったのかもしれないな⋯⋯」
ユートは探索を諦め、力なく呟きながら色づき始めた空を仰いだ。
「うん⋯⋯こんな怖い思いしても、オーカさんに繋がらなかったしね⋯⋯。もう一度、リアルで情報を待つしか⋯⋯」
エリスも疲労と恐怖、そして徒労感から、諦めの言葉を口にしかけていた。その時だった。
――ピロン♪
突如、クランチャットではあるが、僅かに歪んだような表示のウィンドウがポップアップした。
サブリーダー権限を持つ者からの通知を示す装飾は付いているが、その表示が一瞬グリッチのように乱れた気がした。
『緊急レイドイベント告知』
『――明日21:00より『マスカレネウス討伐戦』を開催します。参加希望者はレイドゾーン入口へ。詳細は追って連絡。指揮:サクラ――』
「「?!」」
ユートとエリスは、同時に息を呑んだ。
発信者名は、確かに「サクラ」。だが、彼女はオフラインのはずだ。
今、この瞬間もメンバーリストの彼女の名前の横には『Offline』と表示されている。
「どういうことだ⋯⋯?桜華姉はログインしてない!なのに、なんで告知が⋯⋯?!」
ユートは混乱し、メンバーリストと告知ウィンドウを交互に見比べる。
「アカウントが乗っ取られてる⋯⋯? それとも、システムエラー⋯⋯?」
このタイミングで、オフラインのはずの桜華の名前を使ったレイド告知。偶然とは思えない。何か明確な意図を感じる。
「この告知⋯⋯他のメンバーも見てるよね?」
エリスが告知ウィンドウの文字を不安げに見つめる。
「ああ。罠かもしれない。でも⋯⋯」
悠斗はエリスの目を見て続けた。
「でも、この告知のせいで、何も知らないメンバーが集まって危険な目に遭うかもしれないし、もしかすると噂の黒いローブの女が現れるかもしれない。」
「⋯⋯確かめに行くしかない、ってこと⋯⋯?」
「ああ。放っておくわけにはいかないだろ。俺たちが経験してきたことを考えれば」
悠斗の決意に、エリスも頷く。
「⋯⋯うん。わかった」
不安はある。恐怖もある。
しかし、それ以上に、この不気味な状況の真相を確かめなければならない。
桜華の行方の手がかりが、そこにあるかもしれないのだから。




