03:悪夢の始まり
そして、ゆーくんが高二の時。あの忌まわしいVR事件が起こった。
そう、VR体験をしていたゆーくんが、体験中の事故で夢の中から目覚めなくなってしまった。
あれは多分、私の人生の中で一番、心が揺さぶられた瞬間だったと思う。
最初はパニックで、頭が真っ白になって、ものすごく取り乱してしまった。
でも、電話口で私以上に動揺して、声にならない悲鳴を上げていた叔母さまの声を聞いた瞬間、逆にはっとさせられた。私がしっかりしなきゃ、って。
どうすればゆーくんは目を覚ますの?
お医者さんたちも、まったく見当がつかないって顔で首を振るばかり。
そんな絶望的な状況の中で、本当に小さな、でも確かな希望の光が見えた。それが、EIOでゆーくんの相棒だったエリオットくん。
⋯⋯いや、本当はエリスちゃんっていう、お人形さんみたいに可愛らしい、でも芯の強そうな女の子だった。
彼女、実は世界でも指折りの天才だって言われていて、まだ16歳なのに大学に飛び級で入って、脳科学の権威っていうマクミラン教授の一番弟子なんですって。
私はその場にはいなかったけど、エリちゃんがお医者さんたちと専門的な言葉で渡り合って、マクミラン教授まで動かして、ゆーくんの夢の中に直接入って、中から覚醒を促すって言うじゃない?
信じられないような話だったけど、もうそれに賭けるしかなかった。
他人の夢の中に入るっていう技術自体、現実離れしてるけど、それ以上に気になったのは、聞くところによると夢に潜り込む人=ダイバーにも相当な危険が伴うらしいってこと。
成功する保証なんてどこにもなくて、最悪の場合、ダイバーも一緒に夢に囚われるかもしれないって⋯⋯。
マクミラン教授が二人の状況をモニターしていて、緊迫した情報がお医者さんを通じて断片的に伝わってきた。
特に、二人の思考の中から「EIO」っていうキーワードが何度も何度も繰り返されてるって聞いた時、教授は何のことか分からなかったみたいだけど、私にはすぐにピンときた。
あの二人が、ゆーくんとエリちゃんが「EIO」って言葉を無意識に探してるなら、それはもう「エターナル・イマジン・オンライン」しかない。
私たちが夢中になった、あの世界のことに違いない!
そう確信した瞬間、もう居ても立ってもいられなかった。
私は半ば強引にマクミラン教授を説き伏せて、日本で唯一旧式のドリームキャッチャーを持ってるっていう大学の⋯⋯篠上教授に頭を下げて、なんとかそれを借り出した。
私自身も、ゆーくんを助けるために、そしてエリちゃんを一人にさせないために、夢の中にダイブすることを決めた。
マクミラン教授にはさらに無理を言って、『ルールブレイク』っていう悪夢の世界の制約を受けずに、自分の望む力を持った状態で夢の中で活動できる特別な力も使えるようにしてもらった。
もちろん、ゆーくんの神聖騎士のデータも、彼の部屋のパソコンからしっかり入手してね。
⋯⋯ふふ、パスワード、すごく分かりやすかったんだから♪あの子らしいって、ちょっとだけ緊張が緩んだっけ。
覚悟を決めて飛び込んだゆーくんの夢は、現実とファンタジーがごちゃ混ぜになった、悪夢そのものの世界だった。
見慣れたはずの街並みがめちゃくちゃに壊されていて、それをやっているのが、なんだか機械っぽい、巨大なサイクロプスだった。その光景は、本当に世界の終わりみたいで、背筋が凍った。
案の定、戦う力なんて持ってない普段着姿のゆーくんと、『ルールブレイク』の力はあっても、慣れない治癒術士の力しか使えないエリスちゃんは、サイクロプスの圧倒的な力の前に苦戦していた。
エリスちゃんが必死に張った防御の壁が、まるで薄いガラスみたいに砕け散るのを見た時は、心臓が止まるかと思った。
「ゆーくん!エリスちゃん!」
私は叫びながら、持ってきた神聖騎士の力をゆーくんに転送した。光と共にゆーくんがいつもの騎士の姿になったのを見た時は、本当にホッとした。
「間に合いましたね、私の騎士さま♪」
自然と、そんな言葉が口から出ていた。
こうして3人で、ゆーくんの悪夢の核になっていたサイクロプスを倒して、ゆーくんを目覚めさせることができた。
私が夢の世界に入っていたのは、現実の時間だと1時間もなかったと思う。アドレナリンが出てたのか、そんなに疲れは感じなかった。
でも、3日間も眠り続けていたゆーくんと、彼を助けるためにずっと夢の中で頑張っていたエリちゃんは、見ているこっちが辛くなるくらい衰弱していた。
だから、作戦が終わってすぐに私は目を覚ませたけど、二人が穏やかに目を開けるまでには、もう少し時間がかかったみたい。
その後、病院で、ようやく目覚めたゆーくんと、まだ少し顔色が悪いけど、安堵の表情を浮かべたエリちゃんと再会した。
そして、そこで私ははっきりと理解したんだ。
これが、昔、先輩が言っていた「ゆーくんの巣立ち」なんだろうなって。
エリちゃんが、自分の危険も何もかも放り出して、ただひたすらゆーくんを助けようとしたこと。
それから、まあ、これはちょっとした偶然だけど、エリちゃんの姿が、ゆーくんがこっそり部屋にポスターを貼ってるアイドルの子に、なんだかすごく似てるってこと。
でも何より、エリちゃんが、本当に真っ直ぐに、一途にゆーくんのことが好きなんだっていう気持ちが、痛いほど伝わってきたから。
ゆーくん、昔からああいう風にストレートに来られると、弱いんだよね。
だから、直感した。
ああ、この二人は、きっといつか結婚までするんだろうなって。
「桜華さん、なんて他人行儀じゃなくて、おねえちゃん、って呼んでいいのよ?」
なんて、柄にもないことを言ってみた。
エリちゃんは本当に可愛いし、妹が欲しいって思ったこともあったから、いつか絶対に「おねえちゃん」って呼ばせてやるって思った。
それは本当の気持ち。
⋯⋯でも。どこか、胸の奥が少しだけチクッとして、さびしいなって感じてしまったのも、正直な気持ちだった。
数年ぶりに、あの人の声が頭の中に響いた。
『いつかソイツはお前から巣立っていくよ?その時、お前はどうするの?』
⋯⋯どうしたら、いいんだろう。
この、ぽっかり空いたような気持ちを、私はどうしたらいいんだろうな⋯⋯。
――ユークンハ、ワタシガ、マモル
――ワルイムシハ、オソウジシチャエバ、イイ
えっ⋯⋯?




