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やっと一息


 クレイスくんは複雑そうな顔をしながらも、痴漢小僧を追いかけるのをやめてくれたので安堵する。


 やがて、小僧の姿も見えなくなって。



「……ルル、守れなくてすまなかった。シュシュ嬢にも嫌な思いをさせた」


 深く深く頭を下げられ、私もシュシュちゃんも困惑してしまう。


「痴漢するやつが悪いんだよ。私も油断してたし」


「ううん、ルルちゃんを一人にした私が悪いの。言われたことだって……、私は自業自得だもん。だから、ごめんなさ、」

「おっと」


 シュシュちゃんまで頭を下げようとするので、傾きかけた額を掌で受け止める。この場の誰も悪くないのに謝罪合戦を始めるなんて不毛にも程がある。


「痴漢については、シュシュちゃんは悪くないよ。小僧どもとの関係は……、どこまで口を出して良いのかわかんないけど」


 シュシュちゃんの魅了能力によって一番の被害を受けたのはユリーシア様だが、そのユリーシア様がシュシュちゃんのことを許して大事なお友達だと認識している。悪意を持って迷惑行為を続けているようなやつと一緒の括りにされる謂れはないのだ。


「ルルちゃん、……ありがと」


「クレイスくんも頭上げてっ。イケメンに頭を下げられるなんて趣味ないです。とっても複雑な気持ちになるのでやめてください。せっかく綺麗な金髪なのに、白髪になっちゃいますよっ」

「……ルルが、嫌なら」


 謝罪合戦の開始は阻止できたようなので、とりあえずは良しとしよう。疲れからか、三人各々の口から大きな溜め息が漏れる。


「と……、」


 息を吐き終えたクレイスくんが、口を開こうとして途中でやめた。

 と? 当然だ? 突然のことで傷ついていないか? それとも、当分の間は大人しくしていろ? 

 最後ではないと思うが、クレイスくんは突然コミュ障を発揮して意思疎通が難解になることがあるのでよく分からない。待っていたけれど、続く言葉は無かった。


「……何をすれば、ルルの心の傷を癒せるだろうか。シュシュ嬢も、してほしいことがあれば言ってくれ」


 帰ろ、と言おうとしていたところに、しょんぼりクレイスくんから謎の提案だ。痴漢被害はきみのせいじゃないってば。それに、腸は煮えくり返っているが傷ついているとか落ち込んでいるとか、そういった感情はない。


「全く何もダメージ受けてません、って言ったら嘘だけど……、多分、クレイスくんが思うよりは私は元気ですよ。この後の予定もあるし。気持ちを切り替えるくらいはすぐ出来ます。……うん。もう元気! 嫌なことは楽しいことで上書きしないとねっ。シュシュちゃんもこの後一緒に劇場へ行くでしょ?」


 元から誘うつもりではいたが、こんな状態のシュシュちゃんをますます一人にするわけにはいかなくなった。


「……皆さんの邪魔にならないなら、一緒に行きたいです」

「そうか。なら、公爵家の馬車で向かおう。手配してくるから、職員室の前で待っていてくれ」

「そうだね。そこなら痴漢も出没しないでしょうし」

「だが、ルル。本当に大丈夫か? この後の予定は無理をしなくても」

「むかつくけど、痴漢を見るのは初めてじゃないというか」



 見たことがあるから大丈夫、なんてことはないし、痴漢も痴漢冤罪も絶対に許されることではないけれど、日本ではよく聞いた話だ。立ち直れないほど衝撃を受けているわけではない。けれど、クレイスくんの顔色が更に悪くなっていく。


 ああ、しまった。これはどんな辛い人生を送ってきたのかと心を痛めてくれている。



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