白昼夢
「妖怪令嬢ルルシア・グラシュー! 婚約者を奪われまいと焦るあまり、エリス・ルクゼ侯爵令嬢を突き落としたな? 厳罰に処する!」
どこか現実感のない真っ白な空間で、声高らかに私を断罪する人物の顔には靄が掛かっている。だというのに、握り締めた手の平の感覚だけはやけにリアルで、じっとりと汗が滲む。
なんで、誰も助けてくれないの。
なんで、私は言い返せないの。
周りの野次馬が嘲笑っている。なんと滑稽な演し物か、と。
まるで、妖怪令嬢と呼ばれるようになったあの日のよう。
──妖怪令嬢。
それは、私、ルルシア・グラシューの蔑称だった。
六歳の頃、自分の掘った落し穴に落っこちて、前世の記憶を思い出した。『自分』であったはずの個人の記憶は随分と朧げだったけれど、鮮烈な思い出がひとつ。
日本で生まれて、日本で育った私は、ゲームが好きだった。それも、アイドル育成ゲームが。
けれど、私が第二の生を受けたのは異世界。こちらで出来た友人が言うには、何かの乙女ゲームの世界らしい。
ほんの少しだけ魔法のようなものは見たけれど、基本的には不思議な力は存在しない。ゲームだって、アイドルだってない。芸能と言えばせいぜいオペラや演劇が良いところ。
ならば、自分で作るしかない。
そんな思いで自ら立った舞台は、見事に失敗。晴れて私は『妖怪令嬢』の名を手にした。
曰く、見たこともない歌と踊りは悪魔降臨の儀かはたまた妖怪大行進にしか見えなかった、とのことだ。
大好きだったコンテンツの素晴らしい楽曲の魅力を伝えきれなかったのは、偏に私の実力と自分自身を魅せることへの情熱不足のせいだった。
そんな黒歴史を経て、十年。妖怪令嬢とよばれた私の部屋のソファで優雅に紅茶を啜る男の子が一人。
「ルル、考え事は良いが。俺の相手もしてほしい」
物思いに耽る私を現実に引き戻すこの甘えん坊は、エール公爵家の跡取りのクレイスくんだ。銀交じりの金髪に、紅い瞳がなんとも美しい。
私の、黒歴史を塗り替えてくれた人。
「あっ、ごめんなさい白昼夢を見ていました」
なんで、こんな悪役令嬢あるあるみたいな白昼夢を見てしまったのかわからない。寝不足なわけではないのだけれど。
「いや、構わないが。体調には気を付けろよ。事故も病気もいつ訪れるか分からないからな」
クレイスくんの生みのご両親は、物の怪パーティと評された例のステージが開催される少し前に事故で亡くなってしまっていたらしい。塞ぎ込んでいたそんな時期に、私の歌と踊りを観て元気づけられたと言ってくれた。それから、十年間ずっと私のことが好きだったと。
私は当時クレイスくんのことを認識していなかったので、学園に入ってからの付き合いになる。悪役令嬢扱いされていたクレイスくんのお姉様を助けるために、彼女をアイドルにしてほしいと声を掛けられて、友人になってからの。まあ、呼び止められた第一声が『妖怪令嬢』だったり、奇行も多いので、最初はなんだコイツと思ったものだが、クレイスくん的に妖怪というのは褒め言葉らしい。人知が及ばないほど可愛い私を人間とは表現出来ないとかなんとか。
そんなふうにちょっぴり変なクレイスくんだけれど、紆余曲折あって今は恋人同士。貴族同士の交際で公にしている場合は、自動的に婚約者のような扱いにもなる。実際に将来の話も少しはしているし。何よりもお互い心の深い部分を救われているので、他の人など考えられなかった。
そして、彼から受けた依頼もまた、私の心の闇を晴らしてくれた。クレイスくんが引き取られた先で彼のお義姉様となったユリーシア様──、彼女を悪役令嬢扱いしてくる不届き者の小僧どもをぎゃふんと言わせるために始めたアイドル計画だったが、先日学園で開催したライブでは素晴らしいパフォーマンスで観客を魅力して、それぞれの心に『アイドル』を届けてくれた。それは、あの日私が出来なかったことだった。
心の奥にそっとしまい込んでいた、妖怪令嬢と呼ばれるようになってしまったあの日の失敗。それらをすべてひっくり返すような素晴らしい時間を届けてくれたのだ。




