入学準備③
家に着き、布団等の準備をリーシャに頼んで、アルフレッドはリビングの清掃を始める。そして、約束通り、エマは部屋の掃除を手伝う。
既に日は暮れているので、最初に魔法灯を程よい場所に置く。そうして明るくした後に、部屋の掃除に取り掛かる。
「あ、そういえば、私も魔法灯、持ってます」
そう言って、エマも自分の荷物を漁る。普通の人間であれば一度に運びきるのは無理がある荷物ではあったが、アルフレッドの土魔法で持ち上げて軽くし、リーシャの身体能力で運搬したため、見た目ほどの大変さは無い。しっかりと全ての荷物を運び込めてた。
「それは自分の部屋に置くといい」
と、アルフレッドは言う。遠慮や配慮ではなく、単に、遠からず出ていく仮住まいの人間の私物を行動スペースに採用し、出ていく際に困る事を忌避したためだ。だが、この辺りはアルフレッドの甘いマスクと、常にどこか笑みを含むような柔らかい喋り方の都合で、相手が勝手に気遣いだと判断してしまう。この辺りの勘違いは、アルフレッド自身も自覚している。
だが、
「あ、はい……ありがとうございます」
年頃の娘が、極限状態から2度も助けられた上でその笑みを向けられ、頬を赤らめるのは自然な事だろう。
対してアルフレッドはというと、その反応に気付いていながらも、その意味に気付かない。子爵家にしてはメイドの多い家に産まれ、貴族次男としてチヤホヤされる機会が多かったアルフレッドにとって、好意的な視線というのは、前提なのだ。その環境で傲慢になっていないのは、偏に、親の薫陶と兄弟の才能だろう。
「ところで、先ほどの女性は……?」
2人きりという状況が落ち着かないのか、エマはリーシャがどうしているのかとアルフレッドに尋ねた。アルフレッドは当たり前のように微笑み、答える。
「寝室のほうも片付けが出来ていないから、そちらの片付けをお願いしている。君の部屋も掃除してくれているから、中々戻ってこないだろう」
その発言は事実であり、嘘でもある。リーシャがサングラス等を外さない事に違和感を覚えさせないためには、部屋を分けるしか無かった。
「そうですか……残念です、アルメルグラスを使いこなしてるみたいだったから、お話を聞いてみたかったのに……」
そう言って回りを見回し、リーシャがこちらへ来る事に期待をするエマ。しかし、アルフレッドが釘を刺す。
「一応、あの子は俺の護衛でありメイドなんだ。任務中でもあるから、職務妨害になるような絡み方は遠慮してくれると助かるかな」
角は立たないように、より柔らかい口調を心掛けたアルフレッドではあるが、実際はまだ12歳だ。完璧なポーカーフェイスは未だ難しく、滲み出た威圧感がエマの肩をすくませる。
「あ、ご、ごめんなさい」
謝罪するエマ。
アルフレッドの内心では「そんなに畏まる必要は無い」と場を和ませる選択肢もあったが、エマよりはリーシャのほうが優先度が高い。今は少しばかり、委縮していてもらおうと判断し、弁解はしなかった。
そして、リビングの清掃をある程度終えた所で、アルフレッドはエマに、椅子に座るよう促す。
「手前の部屋を使ってもらって構わない。俺は少し外に出るから、その間に自分の荷物はそちらへ運んでおいて欲しい」
「え、外に出るんですか?」
「ああ。狙われているのが君だとしても、まさか同じ新入生の別宅に初日から匿われているとは誰も思わないだろう。狙われているのが君だけではなく新入生全員、ないしランダムな新入生なのだとしたら、見回るに越した事は無い」
淡々と語るアルフレッドの言葉に、エマは青ざめる。
「そんな……自分から危険な場所に行く必要なんて、無いですよ! ましては、私達はまだ子供です。そういうのは、大人に……」
言いながら、その言葉は言葉を追うごとに力を失い、すぼんでいく。一見正論だが、今目の前に居る少年が、エマを襲った野盗を制圧した張本人である事を思い出せば、これ以上の言葉は無粋だと気付いたためだ。
「俺達の帰りを待つ必要は無い。部屋で休んでいてくれ。調理場も井戸も好きに使って良い。だが、あまり外で姿を晒さないように。次に攫われたら、流石に助けに行けないからな」
口早に伝えながら、アルフレッドは玄関へ向かう。いつの間にかこちらへ戻ってきていたリーシャのその後ろに着く。とはいえ、黒い外套を羽織っているため、一見すると背後霊だ。実際に洞窟内での戦闘で彼女の動きを見ていなかったら、エマは腰を抜かしていただろう。
当たり前のように、堂々とした足取りで外へ向かう2人に、エマが言う。
「あ、あの! 私も行きます! 少しくらいなら、魔法でお手伝い出来ますから!」
その言葉にアルフレッドとリーシャは振り返り、エマを見た後に2人で顔を合わせる。
そして、何を問答するでもなく、リーシャが言った。
「足手まとい」
と、たった一言。
その辛辣な単語に、同情を抱いたアルフレッドが、苦笑しながら言う。
「留守を頼むよ。盗まれたら困るものも、それなりにあるだろう?」
取りつく島もない態度に、エマは下唇を噛みながらも、引き下がった。
その様子を見届けて、2人は改めて、外に出る。
「さて」アルフレッドは歩きながら、辺りを見回す。「夜にしては人が多いな」
故郷であるパラノメールでは、夜歩きする文化はあまり広がっていなかった。しかし、メルヘンラークではそれなりの人が出歩いている。
街灯の類は無いので、各々が光源になるランプを持ち歩いていた。燭台、灯油ランプ、それと、魔法灯を担いでいる人まで居た。
おかげで、そういった光源を持っていないアルフレッド達でも、問題無く視界を確保出来た。
とはいえ、流石にサングラスを着けたままでは視界が悪かったらしい。リーシャはサングラスを外すと同時に、外套のフードの下に隠していたバンダナで目を隠す。外套とバンダナ。傭兵や野盗の装いなので、単体では警戒される格好だ。しかし、見るからに貴族であるアルフレッドの後ろに控える事で、護衛の体を保てる。
2人は歩きながら、観察を始める。
「怪しい動きをしている者は居るか?」
アルフレッドが尋ねると、リーシャは簡単そうに答えた。
「アルフ。目下一番怪しい」
「えっ」
「傭兵連れて回りを見回す貴族の子供。不自然。観察は私がする。アルフ、前だけ見る」
「なるほど……」
アルフレッドは苦笑してから、気を引き締めて前を見る。しかし、異常を察知するには通常を知っていなければならない。顔は前を向けるが、意識は視界の端にまで行き届かせた。
そして、大通りを中心にしばらく歩き、途中で石油ランプを売っている店があったため、早速購入する。その際に、店主の老人から指摘を受けた。
「この時間帯に光源も持たずに出歩くって事は、新入生じゃろう? どこから来たか知らんが、メルヘンラークの治安は子供に優しくない。人通りの少ない所へは、行くんじゃないぞ」
との事。屋台で魔法石の偽物が売られていたり、街のすぐ近くに野盗が陣を張っていたり、薄々勘づいてはいたものの、住人に言われると実感する。
「ありがとう、気をつけるよ」
アルフレッドは石油ランプの使い方をリーシャと確認しながら、そう微笑んだ。
そこでふと、アルフレッドが気付く。
「やっぱりだ…………。土魔法が使えないな」
足元の地面から土を操り、それに石油ランプを持たせようと考えたのだが、その土が持ち上がらない。
エマの荷物を運んでいる時もそうだった。操れる土が中々見当たらず、少しだけ苦労した。だが今回は全く見当たらない。土は無限にあるのに、操れる土がどこにも無い。
すると、その様を見た店主が大声で笑う。
「がっはっはっは! そりゃそうじゃろう! 無数の魔法使いが跋扈するこの街で、おかしな魔法使いから自分の家を守る必要があるからのう! この街の土は、一通り誰かの魔力で固められておるよ」
なるほど、と、アルフレッドは感動する。自分自身が野盗に対して行った対策と同じだ。自分は、魔都に来る前の段階で、魔都と同じ事をやっていたのかと思うと、僅かながらの自信につながった。
目を輝かせるアルフレッドを見た店主は、楽しそうに「少し待っておれ」と奥に引っ込み、そしてすぐに、木箱を持って戻ってくる。一見重たそうだが、土魔法で軽減しているのだろう。
「新入生で石油ランプを魔法に持たせようなんて奴は毎年それなりに居るが、それなりに出世するからのう。お前さんにも期待を込めて、こいつも売ってやろう」
その木箱の中身は――土だった。
「この街じゃ、誰にも制圧されとらん土は、それだけで売りもんになるんじゃよ。覚えとくといい」
その言葉に、アルフレッドは苦笑する。
「まったく……良い商売をしているな」
そうしてアルフレッドは、まさかの『土』を購入するのだった。




