入学準備②
冒険者ギルドでのあれこれを終え、仕立屋や屋台で必要な食料を購入し、アルフレッドとリーシャは帰路に着こうとした。しかし、
「ひっぐ、ひっぐ……」
道端に、結構な荷物に囲まれて泣き崩れる少女を見つけ、足を止める。
荷物の量からして引っ越してきたばかりの、魔法学校への新入生あたりだろうと思われる。日も暮れ始めて治安も悪くなる頃合いに、荷解きどころか、家にもありつけていない様子だった。しかし、その様子も気になるが、なにより気になったのは、俯く少女の金髪であった。見覚えがある。
アルフレッドはサーシャと目を合わせた。サーシャがどこか呆れた様子で頷いたので、アルフレッドは迷いを捨てて声を掛けた。
「どうしたんだ?」
その声に反応して顔を上げた少女。予想通り、その泣き顔にすら見覚えがあった。今日見たばかりの新鮮な記憶の中に、である。
「あ、あなたは……ファランさん?」
この街へ来る道中で助けたはずの少女が、今度は街中で泣いている。アルフレッドの良心では、放置するという選択肢は無かった。
「君は確か、エマ・トールセンさんだよね? その……どうしたのかな」
心配半分、不安半分の問いを優しく投げかけるアルフレッドに、エマは泣きじゃくりながら答えた。
「暮らす予定だった家に、どうしてか他の人がもう住んでて、追い出されちゃいましたぁあ」
と。
「……」
苦笑すら出て来ない、純粋な冷や汗をかく。ここへ来る道中では野盗に襲われ、街に着いては家にありつけず、と。住人の管理は、同じ国でも街ごとで大きく異なる。基本的には貴族が管理する事が常識だが、貴族が教会やギルド、珍しい場所では商会に委任する事が多い。細かい場所では村長や町長に委任する事もある。
「転居者がダブった、という事か?」
まさかと思いながら確認するアルフレッド。内心では「流石にそれは無い」と答えて欲しかったのが本音だが、アルフレッドの願いに反して、エマは鼻をすすりながら頷くのだった。
「なんて杜撰な……。ここの貴族は何をやって……ああ、学校運営か……」
アルフレッドは頭を抱えた。国内どころか隣国を調べても他に類が無いほど巨大な学園都市。毎年新入生と卒業生でごった返しているのなら、多少の不手際はあるのかもしれない、という解釈で自身を無理やり納得させて、思考を次に移す。
馬車の中で話した事だが、エマは商人の娘らしい。娘を魔法学校へ通わせられるなら、それなりに稼ぎがある家なのは間違いない。
「路銀はどれくらい貰ってきたんだ? 宿かなんかを取る余裕はあるんじゃないかな」
提案するが、エマが首を横に振る。
「宿の探し方も、見分け方も、手続きの仕方も、解らないですぅ……」
そう言われて、アルフレッドも苦い心地を抱く。探し方ならば道行く人に聞けば良い話だが、宿の手続きというのは、確かに解らない。解らないので、アルフレッドには答えられない。
答えたのはリーシャだった。
「手続き、無い。泊まると伝える。言われた料金を払う。終わり。最後、名前聞かれる。店員が客をどう呼べば良いかの確認だから、偽名・あだ名や二つ名でも可」
淡々と説明するリーシャに、エマは首を傾げた。アルフレッドも慣れがあるから辛うじて理解出来た程度で、リーシャの喋り方には癖がある。必要最低限以上を断固として喋らないため、圧倒的に接続詞が不足しているのである。
アルフレッドはフォローのため、簡単に言い直しながら確認する。
「道行く人に声を掛けても騙される事があるかもしれない。店を構えている人に宿の場所を聞くといい。そこで名乗って、金を渡す。それだけらしいが、出来そうか?」
その問いに、しかし、エマは俯いて、答えない。
説明した内容は簡単な事だ。だが、野盗に襲われ、護衛が殺され、自分も攫われそうになった事件から、半日も経っていない。エマの精神状態はとっくに限界なのだ。その状況でなお、やった事が無いことをやらなければならないストレスは、生半可なものではない。
「……私はただ、魔法を学びに来たかっただけなのに、どうしてこんな目に……」
堪え切れず、と言った様子でエマが漏らした弱音が、アルフレッドの心をざわつかせる。
思い出すのは幼少の頃だ。何年も会えていない母親の顔が、朧げに浮かび上がる。
アルフレッドの母は、子供をあやすのに魔法を使っていた。だから、アルフレッドの頭には、本能レベルで、染みついている思いがあった。すなわち、魔法とは、愛である、と。
勿論、成長して魔法を学び、身に着け、そんな事は無いという現実は理解した。それでも、魔法は良いものだと、信じたいという気持ちは湧いてしまうものだ。
「それなら、いったん今日は」「それはリスク」
アルフレッドが提案をしようとした所で、リーシャが止めた。
少々の動揺を伴ってアルフレッドがリーシャを見るが、リーシャはサングラス越しで目が見えない状態であってなお、真剣な眼差しをしていると伝わるほど、切実に、しかし無感情に伝える。
「野盗襲撃、居住予定地の強奪。これを1日で受ける。異常。狙われていると考えるべき」
「…………」
至極当然の判断だ。常識的に考えてこの連続はあり得ない。狙われていると考えるべきなのは間違いないだろう。
アルフレッドは少し考えてから、答えた。
「なら、保護すべきじゃないか?」
と。
リーシャが首を横に振る。
「私はアルフレッドの護衛。危険から遠ざけるのも仕事。同意しない」
アルフレッドも首を横に振る。
「これが組織的で計画的な犯罪だとしたら、狙われているのがエマではなく、魔法学校への新入生そのものという可能性がある。ならば当然、俺も対象だ。そうなると、向こうが襲ってくるのを待つのでは無く、可能な限りのヒントを持って迎え撃つ、又はこちらから襲撃するほうが、安全じゃないか?」
リーシャは無表情のまま黙った。言葉だけじゃなく行動も最低限のリーシャは、思考する際に思考するポーズを取らない。傍から見ると棒立ちで黙っているだけだが、おそらく考えているのだろう、と、アルフレッドは返事を待った。
「条件」淡々と、リーシャが言う。「アルフレッドに危険発生。即見捨てる。約束」
アルフレッドは一瞬だけ考えた。自分に多少の危険が及ぶ事はアルフレッドとしては問題にならない。乗り越えれば良いためだ。だから多少の苦難は大目に見て欲しい、と言いたいのが本音ではあったものの、ひとまず今は、頷かなければリーシャを説得出来ない、という事も理解出来た。
「わかった、それでいい。今はとにかく、彼女に休息が必要だ」
妥協して合意し、エマのほうを見るアルフレッド。2人のやり取りに唖然として、涙を流す事を忘れている様子だった。
そんなエマに、アルフレッドが言う。
「すまない。悪気は無い。事情があるんだ」最初に説明したのは、リーシャの物言いに対する弁明だった。「冷たい言い方に聞こえたかもしれないが、冷たい人間では無いから、安心して欲しい」
そんな前置きをしっかりと置いてから、アルフレッドはエマに手を差し伸べて言う。
「ひとまずは、俺達の家においで。まだ片付けが済んでいないから、手伝ってくれると助かる」
と。




