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野盗襲撃②

 黒髪にサングラスの少女、リーシャの武装は至って単純な短刀1本だった。本来ならばバックラーと合わせて使うような片手剣だが、左手に武装は無い。


 対してアルフレッドの武装は、左手にステッキ。右手にワンドだ。ステッキはそのまま負傷者用の杖にも使えるサイズで、ワンドはその辺りの木の枝でも代用出来そうなほどに細く、短い。


 2人は慎重に足元の草木を観察しながら森を進む。と言っても、先行するのは基本的にリーシャだ。アルフレッドはリーシャを頼りに着いていくだけである。


「因みに、今、何を基準に進んでいるか、聞いても良いか? 勿論、音を立てるなと言うなら、後にするが」


 と、遠慮気味にアルフレッドが問う。その時に微かに見え隠れした不安の表情が、彼が12歳の少年なのだと思い出させる。


 対する11歳の少女、リーシャは、未だに歳不相応に辺りを警戒しながらも、そそくさと先へ進む。


「問題無い。敵は欲張り。沢山の荷物、同時運搬。騒音大きい。足跡も大胆」


 その説明を受けたアルフレッドは、ハッとして後ろを見返す。確かに、草花がそれなりに折れている。


「地面の足跡、偽造の痕跡無し。木の枝や背の高い草、鋭利な何かで切断済み。追跡容易」


 言われてから足元の地面を見ると、確かに足跡がある。背の高い草や、そのまま伸びていれば顔に掛かりそうな高さの枝が、都合よく切られている。これが、人が通った後か、と、アルフレッドは関心した。


「なるほど。はは、流石は元傭兵だな」


 と、アルフレッドは素直に称賛する。そう、リーシャは11歳の少女であると同時に、元傭兵団の一員だったのだ。しかもただの傭兵では無い。ファラン子爵家に懇意にされる傭兵団の団長の娘である。実力も傭兵団団長の薫陶を受けているし、天賦の才もある。


 リーシャは変わらず警戒を続けながら答える。


「正直、期待外れ。多分この敵、楽しめない」


「楽しめないってお前……」


 アルフレッドは苦笑した。


 2人が出会ったのは半年前なので、2人はお互いの事を深く知らない。だが、アルフレッドはその期間の間で、リーシャを信頼に足ると判断している。そのため、彼は大人しく彼女に従う。


「そういえば、殺しは可?」


 ふと、当たり前のようにリーシャが尋ねた。いや、今は野盗を追いかけている最中で、人質の救出も作戦に含まれている。当然だが、普通は死者が出る。だからこそ、彼女の問いこそが当たり前なのだ。


 その当たり前の問いに、アルフレッドは少し考えた。いや、迷った。人殺しへの罪悪感では無い。人を()()()()という事に、躊躇したのだ。


 アルフレッドが生まれたファラン子爵家は武芸に秀でた貴族である。国境線であり魔獣や魔物の出現が多いが資源も豊富な故に争いが絶えない土地を守るために作られたのが、城郭都市パラノメールだ。その経緯が故に、アルフレッドは「いつか人を殺す事」を覚悟していた。だが、今更気付く。齢12歳にしては早すぎる気付きだが、自分が殺す覚悟と、人に殺させる覚悟とでは、全く意味が違うという事に。


 そういうわけで躊躇したアルフレッド。だが、逆にその意を汲んだのはリーシャのほうだった。


「私、元傭兵。殺しに抵抗あるなら、全部私が殺す。アルフレッドは支援。これで良い?」


 その言葉に、アルフレッドは少し考える。いや、狼狽する。リーシャはアルフレッドの変わりに全員殺すと言っている。しかし、アルフレッドも同じ気持ちで居るのだ。すなわち、自分が殺すのは構わないが、嫌なら自分がやるからね、という、優しさだ。


 それを自覚して、アルフレッドは決断する。


「様子見可能な場合は殺すな。アキレス腱や手首を切り、行動不能にのみ陥れる。ただし、戦力的に不利な場合、あるいは、貴族救出に緊急性が判断された場合、迷わず全員殺す」


「了解」


 本心だった。


 だが正直な所、アルフレッドは逡巡していた。未だ自分を押し殺していた。


 思い出すのは幼少の頃。物心がついた頃の事だ。




 ―――――(◇◆◇◆◇)―――――




 母の魔法が好きだった。


 幼い頃のアルフレッドを宥めるのに、母はいつも、木の人形を魔法で操って、それで子供の注意を引くという遊びで宥めていたのだ。


 アルフレッドには5つ歳が離れた弟も居るのだが、その弟も、同じ魔法で泣き止んでいた。


 だからこそ、アルフレッドの根幹には、この印象がある。


 すなわち、魔法とは、愛である。


 という印象が。




 ―――――(◇◆◇◆◇)―――――


 これは、もしかしたら母の意向に背く行為なのではないか、という迷いが、微かにアルフレッドの中に残っていた。彼の母は良くも悪くも極度の博愛主義者で、孤児や未亡人を積極的にメイドとして雇い入れた母の事だ、野盗にも思う所があるかもしれない。そんな懸念だ。


「アルフレッド」


 その逡巡に悩まされるアルフレッドに、リーシャが言った。


「推定。敵は弱い。もっと肩の力を抜いた指示を」


 と。


 殺さず制圧。それが、アルフレッドの理想だ。だが、それはあまりにも、リーシャや自分にとってリスキーだった。だから、アルフレッドは聞いた。


「何故、弱いと言い切れる?」


 その問いへの返しは一瞬だった。


「逃走の偽装、ゼロ。あの馬車残しておいて、追跡者考慮無し。明確に未熟」


 足跡、草木、全てにおいて、野盗は自分達がどこを通ったかを隠す形跡無く、全て残していた。


 襲われた馬車がある以上、いずれ必ず誰かが野盗の襲撃に気付く。なのに拠点へと至るヒントを残すという事は、未熟な野盗という事の可能性がある、と。


 それについては、アルフレッドも思う所があった。


「おそらく、俺達が偶然居合わせたのは、偶然じゃない。野盗は、この時期に来る、魔都への進学者を狙ったんだろう」


「しんがくしゃ? 何故?」


 そこは逆に傭兵のリーシャが気付かなかったようだ。確かにこれは、野盗か貴族しか、すぐには気付けない。


 アルフレッドは説明した。


「この時期にこの森を、上等な馬車で通る。それは、魔法学校へ進学する貴族の子供しか居ない。すなわちその馬車には、貴族の子供が数年以上生活するために用意された物品が乗っているという事だ。野盗にとっては、都合の良い標的だ」


 と。


 対して、リーシャが言った。


「その流れは常識の範疇。貴族側の対策は必須。今回、アルメルが冒険者を雇ったように」


 そう。冒険者2名を護衛に着けていたのは、こういう野盗騒ぎが想定の範囲内だったためだ。


 だがだからこそ、アルフレッドは言う。


「だからこそ、選択肢は絞られる」


 と。


 アルフレッドは質問を投げつけた。


「この時期のこの馬車は、貴族の子息が数年生活するための資金や物品を運搬している。そんな事は誰もが、魔法学が樹立して以降、数百年単位で皆が知っている。だからこそ、野盗はこれを襲いたがるし、騎士を備える等の対策も常識の範疇だ。堅強な護衛を連れた馬車を襲撃する。これは、何があれば説明着く行動なんだと思う」


 という質問を。


 元傭兵のリーシャは容易く答えた。


「貴族の頑強な護衛を打ち破る実力者集団か、敵も対策をする、という事すら知らない素人野盗か」


 このどちらかだ、と。


 そう、貴族側は必ず、守りを固めているのだ。そこを襲撃する上で、準備が出来ているパターンも有れば、貴族側も理解し対抗するという当たり前の事に気付けず、非常識な行動を起こせる阿呆というのも、どこにでも居る。


 解りやすい追跡の痕跡。どう見ても素人。


 その上で、敵が優秀か未熟かの判断は、アルフレッドには出来なかった。何故なら、()()()()()()()()()()()()だ。


 明確な解りやすさ。どう見ても素人。そのあからさま過ぎるレベルの低さが、逆に誘い込むための罠なのではないかという可能性が、未だ残っている。


 その上で


「あそこ」


 洞窟の入り口に不自然なバリケードが設置されている場所を、リーシャが特定した。


 いかにも、野獣や魔獣が好みそうな洞窟。だが、人類が定住するには不自然な洞窟。それでも、一時的に仮住まいにするには、丁度良い洞窟。


 これら全ての条件を加味して、アルフレッドは決断し、指示した。


「生け捕りが可能なら殺すな。あとは自分の命を最優先にしろ。これより、制圧を開始する」

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