野盗襲撃①
アルフレッド・オース・ファランは、揺り籠のように揺れる馬車の中で、静かに寝息を立てていた。
女性が羨む光沢のある金髪と白い肌。高い鼻に長いまつ毛。目を閉じていても解る美青年だ。
齢12歳。現代の倫理観では子供だが、この世界では、14歳で成人と判断される。大人になりかけの子供、という扱いが適切だろう。厳格な子爵家の次男なので教育が行き届いている影響もあってか、その眠り姿は、12歳の少年の色気では無かった。
しかし、馬車の車輪が岩でも踏んだか、荷台が大きく跳ねた事で、アルフレッドは目を覚ます。
「おはよう。アルフレッド」
そう言ったのは、荷台の正面に座る少女、リーシャ・ディーゼルだ。
黒いセミロングのボブヘアーと黒いゴーグル型のサングラスで目を隠し、口元にも笑みは無いため、年齢は見た目では判別出来ない。しかし、その実彼女はアルフレッドより年下の11歳である。
「おはよう、リーシャ。今はどのあたりだい?」
アルフレッドが問うと、リーシャはすぐに答えた。
「ジーベンの森に入った所。多分、さっき車体が揺れたの、そのせい」
淡々としたリーシャの返答に、アルフレッドは納得する。酷い揺れだ。
「貴族向けの柔らかい椅子であってもこの辛だ。安い馬車なら歩いたほうがマシだろうな」
不服、というよりも、分析を楽しむようにして、少し微笑みながらアルフレッドが呟く。それに対し、やはりリーシャは淡々と答えた。
「誰もがそう思う。だから、馬車での舗装が進まない」
「はは、なるほどな」
事実の短絡さに、アルフレッドは笑った。
道とは、誰かが踏み鳴らして固まるなどして道になる。より多くの人が通れば、より強い道になるのだ。
今現在体感している、永遠にゴツゴツと揺れ続ける車体と身体。視界の揺れで目が回りそうだが、アルフレッドにとっては新鮮な体験だったため、また笑う。
その様子を見ていたリーシャが首を傾げた。
「アルフレッド、気分良い?」
その問いに、アルフレッドは簡単に答える。
「勿論さ。なにせ、これから魔法学を学ぶため、魔都での新生活が始まる。お母様と叔父上も通った道に、これから俺も進めるんだ。楽しみに決まっているさ」
と。
前へ進む意思は強く、前向きだ。だが、その出鼻を挫こうとするかのように、ゆっくりと馬車が止まった。
「どうした? 何かあったのか?」
前方で馬を手繰る馬主と、その横に控えているであろう護衛の冒険者にアルフレッドが尋ねると、冒険者の1人が少しだけカーテンを開けた。20歳程度の男で、今回の護衛として雇った冒険者だ。
「前方に、野盗に襲われた馬車がありますので、少し迂回しますか?」
アルフレッドは少し考える。
「野盗に? 近くに残敵は居るかな」
そう聞くと、男は隣に居るもう1人の冒険者に「どうだ?」と尋ねる。カーテンの向こうから「撤去済みね。気配は無いわ」と、女性の声が聞こえて来た。それを伝達するように、冒険者の男はアルフレッドに言う。
「居ないみたいです。もっとも、潜伏している可能性もありますが」
との事だ。
アルフレッドは、自分の前に居るリーシャを見た。リーシャはその視線の意味をすぐに理解し、答える。
「野盗の目的、新入学生。新生活を迎える子供、荷物は多い」
となると、と、アルフレッドは続きを自分で考えた。
「多い荷物を持ったまま、近くに潜伏は難しいだろうな。少なくともその荷物を拠点かどこかへ隠すはずだ。馬主。確認したい事がある。いつでも発進出来るような場所に停め直して、待機しておいてくれるかい?」
「あ、はい、承知しました。では、お先に降りて頂いても?」
「解っている。行こう、リーシャ」
簡単に答えて、アルフレッドは足早に馬車から降りた。
鬱蒼とした森。馬車3台分程度の砂利道。そして前方に、車輪の折れた馬車。
1人の騎士が血溜まりの上で倒れ、もう1人は荷台に寄りかかって座っていた。横腹に傷を負ったらしく、鎧を外して腹部を押さえており、その肩は微かに上下に動いていた。
「リーシャ! 容体を!」
「了解」
すぐさま駆けだすアルフレッドとリーシャ。それを見て、馬主の隣に居た2人の冒険者も「生きてるのかよ!」と慌てて動き出した。
だが、
「――来ない!」
リーシャが大声を出して冒険者達を止めた。
「周囲警戒。わざと生存者を出して救助者も襲う。傭兵の常套手段」
「!? りょ、了解!」
冒険者2人は戦闘体勢に入り、辺りを見回した。1人は剣士。1人は魔法使いの冒険者2人組だ。
男冒険者が女冒険者に「お前は依頼主の馬車を守ってくれ。こっちは俺が警戒する」と指示を出している。それを確認したアルフレッドは怪我人を通り過ぎ、他の生存者を探した。
だが、生存者は居なかった。馬車の前方では馬主の胸元に矢が突き刺さっていた。馬も1頭、複数の矢を受けて息絶えていた。馬2頭で引くタイプの馬車であるはずだが、もう1頭は居ない。無傷だったため盗まれたか、手綱が切れて逃げ出したのかはまだ解らない。他に人影は無い。荷台にも荷物は残っていない。
「リーシャ、そっちはどうだ」
慌ただしく動き回りながらアルフレッドはリーシャのほうを見ないまま聞く。
リーシャは壊れた馬車のカーテンを引き裂いている。馬車の中にはもう荷物は無く、治療に使えそうな物が無かったためだ。止血にカーテンの布を流用するつもりなのである。
「意識朦朧。判定困難」
簡潔にリーシャが言う。
アルフレッドは自分達の馬車から水筒をひとつ取り出し、急いで怪我人の元へ向かう。
「飲め」
蓋を開けながら言うと、騎士の目が水筒に引き寄せられる。本能が水を求める目だ。アルフレッドはゆっくりと彼の顎を持ち上げ、ゆっくりと飲ませた。
その間にリーシャが説明する。
「出血、そんなに多く無い。多分、隣の人の血を浴びてたから、野盗が死んでると勘違いした。でも、場所が悪い。止血困難」
改めて確認するが、騎士が抑えているのは横腹だ。致命傷になる場所では無いが、止血の難易度が高いのである。
例えば手を怪我したなら、傷口と手首を縛る。腕を怪我したなら傷口と肩を縛る。そうして心臓より高い位置に傷口を置けば、出血は減る。縛るのが重要で、ようは傷口へ向かう血の量をそもそも減らす必要があるのだ。
横腹ではそれが出来ない。縛れば止血に有効な箇所が無い。
水分補給はさせた。彼の命を救うためには決断が要る。
「……ぁ……さ……た……」
ふと、騎士が何かを呟いた。水を得て気力が少し回復したのかもしれない。
「どうした。何が欲しい」
片膝を着いて騎士に尋ねるアルフレッド。騎士は腹部の怪我が動くのを恐れて、浅い呼吸しか出来ない状態だ。それゆえに、言葉も弱弱しい。
「た……す……げ……で……」
辛うじて認識する当たり前の要求。
「解っている。安心し――」
言いかけた所で、騎士が身体を動かし、アルフレッドの腕を掴んだ。
「ちが……おれ……ちがう……。おじょう……さま……」
その言葉を聞き取った瞬間に、アルフレッドは自身の未熟を恥じた。
(何故気付かなかった! 貴族を乗せた馬車に、貴族の死体が無いという異常事態に!)
鼓動が跳ね上がる。生存者を助けて終わりでは無い。この場に居ない被害者が別の場所に居る。そう、すなわち、誘拐。
目的はいくらでも想像できる。貴族に直接交渉出来る規模の野盗ならば身代金要求に使うだろう。他にもどうとでも、人の身体は使いようがある。
(どうする……。この人の要望、この人を切り捨てて貴族の救出に移行するか? 何が出来る。何をすべきだ。くそ、それなりに心身を鍛えてきたつもりなのに……。こんなんじゃダメだ。どうする、どうする!)
唇を噛んで狼狽するアルフレッドの袖を、リーシャが掴んだ。
意識がそちへ誘導されて、アルフレッドはリーシャを見る。サングラスに隠れたリーシャの瞳を見る。
その見えない瞳に魅入られるようにして、アルフレッドの心臓が落ち着いていく。
「敵の数」
アルフレッドから騎士へと視線を変え、リーシャが問う。
騎士は絶え絶えの呼吸で答える。
「……5,か、ろく……」
「武装」
「……ないふ、ないふ、やり……まほう……うぐっ……ゆみ……」
「方向」
「…………」
騎士が無言で林を指差す。
指差された方向の地面を観察したリーシャが続けてアルフレッドのほうを見ると、既に冷静さを取り戻したアルフレッドが、木の棒に少しの布を巻いていた。
「聞きたい情報は終わったか?」
と、アルフレッドが冷静に問うと、リーシャは頷いた。
それを見届けたアルフレッドは、騎士に向けて言った。
「その出血ではどのみ魔都まで持たない。すまない、自信は無いが、賭けに付き合ってもらうぞ。リーシャ、この人の口を布で塞いで」
「了解」
リーシャは騎士に布を噛ませる。
そして傷口を押さえている手をどけさせた。
アルフレッドはその間に、木に巻き付けた布に火を着けた。ただ手を翳すだけで、布が燃え始める。そういう魔法だ。
覚悟を決めるため、アルフレッドは一度、浅い息を吐き、言う。
「生き残れるかは、お前の意思次第だ」
そして、アルフレッドは燃える布を騎士の傷口に押し当てた。
騎士が悲鳴を上げる。その声は布に押し殺される。
皮膚が焼ける匂いがした。何かが途切れるように、騎士の声が止まる。気絶したようだ。
何度か止血したか確認した後、水筒に残っていた水を傷口にゆっくりと流した。
「呼吸してる。まだ生存」
リーシャが言いながら、騎士の腹部に布を巻く。
アルフレッドは立ち上がり、もはや任務を忘れて呆然と立ち尽くしていた冒険者と馬主に指示を出した。
「この人をメルヘンラークまで。冒険者達は馬車を護衛して欲しい。そして、出来れば彼の運送後、俺達とすれ違わなかった場合、改めて迎えに来て欲しい。荷物もあるからね」
と。その指示を出しながら、馬車の中から自分用の道具を回収する。それを真似るように、リーシャも武装を整える。
「い、いや、ちょっと待ってください!」
そう前に出たのは冒険者の男だ。
「危険です! 流石にそれはまずいのでは」
普通に考えれば冒険者の判断が正しい。12歳の少年と11歳の少女が野盗に挑む等普通では無い。だが、実際のところ、この2人は普通では無い。
「問題ないさ」
とアルフレッドは爽やかに笑った。
「パラノメールの冒険者なら知っているだろう? 俺が背負う家名の意味を」
その言葉に、冒険者は引き下がった。
そう、引き下がるほどの家名なのだ。
「じゃあ、行こう、リーシャ」
「了解」
そうして、2人は林の中へと姿を消した。




