4-26 NAROとなったヒカリへの不信感
ヒカリは目の前にちっぱいロリが凶悪なテロリストの荒木希典だと微塵も気付く事もなく、もひもひとサーターアンダギーを食べる彼を幸せそうに眺めていた。
「ねぇねぇ、それじゃあ寿限無寿限無五劫のすりきれ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝るところに住むところやぶらこうじのぶらこうじパイポパイポのパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助ちゃんがお風呂に入って最初に洗う場所を教えてくれるかな?」
「出会ってすぐの相手に聞く質問かねぇ。あとさっきのは冗談だからその呼び方をしなくていいよぉ」
「どうして? 寿限無寿限無五劫のすりきれ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝るところに住むところやぶらこうじのぶらこうじパイポパイポのパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助って縁起が良くて素敵な名前だと思うけど」
「声優さんが死ぬからだよ」
「そっかー、確かに寿限無寿限無五劫のすりきれ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝るところに住むところやぶらこうじのぶらこうじパイポパイポのパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助って長い名前だから呼びにくいよね。それじゃあ寿限無寿限無五劫のすりきれ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝るところに住むところやぶらこうじのぶらこうじパイポパイポのパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助ちゃんって呼び方は止めて、智樹と同じでまれっちにするよ!」
「よく言えたねぇ。折角だからアニメ化した時に成功までの回数をテロップで表示しておくよぉ」
「何の話だ?」
希典先生は相変わらず訳の分からないボケをしていたが、いつもの事なのでスルーをして本題に入る。
「うん、その時は私達がアニメを作るね! 異世界で落語って新しいかも!」
「いやどういう作品なのさ。確かに古典落語を題材にしたアニメは割とあるけど。あと異世界で落語はもうあるから」
だが更にヒカリもよくわからないボケを挟んだので鳳仙は呆れながらツッコんだ。元々おバカキャラだったけどしばらく見ない間にレベルアップしてやがる。
「そうそう、実は私はNAROの仕事の傍らアニメを作ってるんだよ」
「は? すまん、全く意味が理解出来ないんだが」
けれどヒカリはそんな奇妙な事を言い、椅子から立って胸を張って語り始める。
「よく聞いてくれたね! NAROの隊長の堂島ジョセフ平八郎は仮の姿。私の正体は作りたいアニメを作って密かに配信するサブカルテロリストの仲村渠ヒカリなのさ!」
「ああそう。ヒカリから言い出した気もするけど。え、なに、お前アニメ作ってんの?」
サブカルテロリストとは初めて聞く単語だが、彼女は内心自慢したかったのか声高に名乗りを上げた。どうやらこいつは自己主張が激しいタイプのテロリストらしい。
「そうだよ! 元々NAROに入ったのも、銀狼会の総統を助けてアニメーターを確保するためにスパイとして潜入したのが切っ掛けだったんだよね。今は葉瀬帆の地下にある六天街ってスラムでお留守番してるからいないけど」
「すまん、情報量が多すぎてどこからツッコめばいいのかわからん」
ヒカリは短い文章の中に大量の爆弾発言を仕込んで放り投げる。銀狼会にスパイに六天街って、反社なワードしかないけどこいつはどこに向かおうとしているのだろうか。
俺は取りあえずエマとヨンアに視線を向けるが、彼女達は苦笑いをするだけだった。
「私もニライカナイに来てから教えてもらったから正直まだちょっと受け入れられていないけどね。ヨンアがそういう事をしていたのはなんとなく知ってたけど」
「あはは、まあ大目に見てほしいかな。そこまで悪い事をしてるわけじゃないから」
「収容所からマフィアのボスの脱獄を手引きするのはまあまあ悪い事な気もするけどなあ」
真面目なエマは幹部に蔓延る汚職に頭を抱えてしまい、複雑な胸中を吐露してしまう。
現役の幹部隊員が中国人マフィアの幹部の脱獄の手引きをしただなんて、幹部の首が軒並み飛んでしまう前代未聞の一大スキャンダルに違いない。
「確かに銀狼会は必要悪として機能しているし、なんだかんだで皆摘発した人をこっそり助けてるし、ミトラさんが黙認しているから何も言わないけど……」
「ミトラ……NAROの長官か。鬼の荒木美虎って噂は聞くけど意外とおおらかな人なんだな」
NAROは表現を過剰なまでに規制し、ディストピアを作り上げた諸悪の根源であり、そのトップでもある荒木美虎は政府の忠実な犬だ。
俺はずっとそう考えていたけど実際はそうではないのかもしれない。あくまでもヒカリの視点から見た話ではあるから判断は時期尚早だろうけど。
「うん、ミトラさんは皆のお母さんなんだよ! あとぱふぱふしてるね!」
「お前はそれしかないのか」
屈託のない笑顔で彼女の事を語るヒカリは随分とミトラの事を慕っている様だが、それは言い換えれば心酔しているという意味でもある。
その笑みは育児ロボットに洗脳されて兵士になりたいと願う子供のそれと酷似していたが、俺はその考えを口に出す事はしなかった。
もしかしたらミトラという権威のある人物に認められた事でヒカリもまたガチ勢になったのかもしれない。
目の前にいる少女は果たして俺の知っている仲村渠ヒカリと同一人物なのか、俺は途端に彼女の事が恐ろしくなってしまった。
それにミトラが密かに摘発対象者を助けていたとしても、その行為が何を意味するかまではわからなかった。
個人の裁量で善悪を決め助ける人間を選ぶというのは一見素晴らしい事のように思えるが実の所かなり危険な思想だ。
善を定義付ける事は同時に悪を定義付け、罰を与える人間を独自に選択する事でもある。けれどヒカリはその意味をまだ理解していないのだろう。
共感出来ればどんな手段を使ってでも救済し、そうでなければ悪とみなし徹底的に排除する。正義こそが歪なポリコレや多様性を生み出し、あるいは戦争すらも引き起こした諸悪の根源だというのに。




