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人材

 傭兵は戦場で死線を潜る事なんざ日常茶飯事だ。

 格上と殺しあう事も、多勢に無勢で擦り減らされる事も、成す術無く刈られる事も経験した。


 だからこそ思う。弟はこんなに図太かったのだろうかと。

 そして、自分にだけ用意した紅茶の香りを楽しむ目の前の貴族はそれ以上なのだろう。


「お忙しい所御時間を頂きありがとうございます。こちらがヤムの後継者でございます」

「初めてお目に掛ります、私はヤム商会の後継者でございます。後ろに立っておりますのが私の姉で、護衛兼商会の従業員でございます」


 弟にに紹介された私は無言で首を垂れる。

 ナクニ南方の大貴族、ライン卿。

 傭兵の間では魔法使いとしての顔が有名だ。

 戦場で出会ったのなら対処は二択。奇襲か逃亡。


 今は飛び掛かれば喉に食らい付ける距離だけど、殺せる気がしない。

 振り返って数歩で部屋から逃げ出せる立ち位置だけど、逃げられる気がしない。

 部屋に入る前から冷や汗が止まらない。水場に飛び込みたい。

 あの時のヤグラに比べたら圧は低いが、アレと違ってライン卿は逃がしてくれないだろう。


 部屋にはライン卿と、その護衛と思しき他の気配が一つ。

 後は私と弟と、商業ギルドマスターが空気と同化している。

 ……商業ギルドマスターの癖して暗殺者並みに気配が薄い。


「私も忙しいのでな、単刀直入に伺おう。貴様等は何を差し出し、何を望む?」


 穏やかな口調で優雅に紅茶の香りを楽しみながら、ライン卿が問い掛ける。

 まあ、元傭兵と言う時点で信頼は皆無だろう。

 拘束もされずに面会して貰えるだけましな部類だ。返答次第によっては首が三つ並ぶのだろうが。


「簡潔に述べるのであれば、情報と僅かな金銭、そして庇護でございます。前提となる状況の説明は、まずは我が姉から」


 事前の打ち合わせ通り、弟が私に話を振る。商業ギルドマスターはソファーと一体化している。

 ライン卿の視線が私を撫でる。その裏から護衛らしき者の圧が私の首を押さえつける様に襲って来る。

 流石お貴族様の護衛。圧が戦場の比じゃねぇ。

 こいつ等を前線に投入すればナクニは幾つかの戦線を押し込めるんじゃねぇか?


「あー、ええと、私が見たモノをそのままお話致します――」


 話す内容は事前に弟から指示を受けていた。

 ヤムとの関係やヤム商会としての活動の説明は不要で、ただヤグラに降りた神がヤムを殺した事だけを説明すれば良いと言われていたので、見た事をそのまま話す。


 私は弟から今回の面会で何を目的としているのかを聞いていない。

 だから本当に見たままを話す。


 いつもの様にヤグラが店にやってきてヤムと下らない会話を始めた事。

 急にヤグラの様子がおかしくなって、おっかない気配を垂れ流し始めた事。

 護衛としての仕事をしようとすると、ヤムが今のヤグラはサガリかオロシだと言った事。

 どうにもならないので逃げた事。

 おっかない気配がいなくなるまで待ってから戻ったらヤムが死んでいた事。


 話す事が少なくて助かった。我ながら即座に逃げたのは良い判断であったと思う。


「肝心な事は見ておらんではないか?」


 単身逃げたくだりで若干呆れた気配を見せていたライン卿が、若干不機嫌そうに感想を投げて来た。

 言われた通りの話をしたのだが、大丈夫なのか弟よ?

 ライン卿の視線を誘導しようとに弟に視線を流すと、弟は落ち着いた微笑みで私に視線を流し返して来た。

 こっち見んな。


 隣でこっそり震えている商業ギルドマスターに比べてやたら余裕じゃないか、我が弟よ。


「続き、と言いますか、背後関係に関しては私の方から説明致します。若干の推測も混じる話なのですが――」


 弟がゆったりとした語り口で私の話を引き継ぐ。

 弟の話はヤムの経歴から始まった。


 ヤムが前線付近の集落の出身だとか、ナクニの不死兵団に妻子を殺されたとか、ルファのポーション事業に破壊工作をするためにナクニに入り込んだとか、良く分からない活動を幾つも行っていたとか、どれも私の知らない話ばかりだ。


「――まあ、その信用を得る為にやった事の一部は本当にルファに利益を齎していた訳です。少なくとも行商人としての伝手は確かでしたし、恐らく一番の貢献はポーション残渣を用いた携行食糧の発明でしょうか?」

「何?」


 私の知らないヤム商会の話を聞いていると、不意にライン卿が反応を示した。

 タイミング的には携行食糧の話に反応した様に見えたが……あれがそんなに重要な物なのだろうか?


「ええ、そうです。先代の恐ろしい所は手段が目的を忘れているとしか思えない瞬間があると言う事ですかね? どう考えても便利な駒として身寄りの無い傭兵崩れを引き入れたのに、表向きの行商人の正式な後継者として本当に育て上げて、正式に後継者として指名してしまう程です」


 そう言いながら、どこからか斑羊の羊皮紙に書かれた契約書を取り出してライン卿へ差し出した。

 斑羊の羊皮紙を用いた契約書はその信頼性が最上位となる高級品だ。

 個体によって違う首の模様を独自の製法で鮮明に残す事によって、対になる羊皮紙が確実に判別出来るとかなんとか。

 大きさにもよるけど、一枚で三十ギルはする筈だ。

 いつの間にそんな金の掛かる契約をしていたんだろうか?


 ライン卿は眉に深い皺を寄せて、契約書を手にするとその内容にゆっくりと目を通し始めた。

 その様子を見た弟は口を閉じると、穏やかな笑みをその顔に張り付けて私と商業ギルドマスターに視線を流した。

 私を振り返った商業ギルドマスターの顔が唖然としている事から、この契約書の存在は知らなかったんじゃないかな?


「カタノ様。この契約書は王都で正規の手順を踏んで発行した物で、姉も知らないものですよ。ああ、姉さんはルファの道具通りに店舗を構える権利とヤム商会の携行食糧を製造する権利を受け取れる内容になっているよ」


 本当に何と言うか、これは本物の弟なのだろうか?

 いや、血の繋がりは無いから厳密には弟ではないのだけれども。


 私も商業ギルドマスターも言葉を出せずにいると、契約書を読み終えたライン卿がそれを弟に放る様にして返した。

 弟は危なげ無くそれを受け取ると、丁寧にまとめて懐に仕舞い込んだ。


「金銭に関しましては、携行食糧の利権の半分でいかがでしょうか?」

「貴様が有用な事は分かった。が、私の手の物よりも有益な情報を収集出来る保証は?」

「私が提供する情報は先代の目的不明な行動の数々です。例えば義足に非常食として仮死状態のニミフドを入れて行商をして、ルファに戻ると携行食糧に入れ替える事ですとか、無謀と度胸を履き違えている商人志望の若者に商品の食糧を格安で譲ってはルファに売りに行くように助言していた事ですとか、後から価値の分かる情報でございます」


 ライン卿から底冷えするような殺気が一瞬漏れて、それは直ぐに忌々し気な苦笑いに変わった。

 雰囲気から察するに、弟は首が飛ばない領域に踏み込む事に成功した様だ。

 商業ギルドマスターの震えも止まっている。


「それ程回りくどいからこそ、今まで気付かれなかったと言う事か」

「当の本人は死んでいしまいましたからね。結果を確認する前に逃亡する辺り先代らいし中途半端さですね」

「良いだろう。カタノ、この男を正式なギルド員として登録せよ」

「はっ」


 ライン卿の言葉に商業ギルドマスターは恭しく首を垂れた。


「して、お主等姉弟の名は?」

「私は名を戦場に置いて参りましたので、今後はヤムを名乗ろうと思います。姉はテイル=スノウと申しますが、こちらもまた過去の名でございます」


 弟が凄い勝手で適当な事言ってる。別に私は団長の血族じゃないし。

 まあ、名前なんて覚えてないからそれでいいかな?

 流石に二つ斧は名前として使えなさそうだし。今は斧使ってないし。


「ほう。……良いだろう。だが、テイル=スノウは許可出来ない。名乗るならどっちかにしろ」

「姉さん、どっちにします?」

「スノウで」


 そっちの方が覚えやすそうだし。


「……貴様の姉は度胸があるのか馬鹿なのかどっちだ?」

「読み書き計算が出来る馬鹿ですね」


 ライン卿と弟が物凄く呆れた顔で私を見ながらそう言った。

 ライン卿は殴れないから後で弟を殴っておこう。


 大分穏当な雰囲気になったので、ようやく気が抜ける。

 早く話しが終わらないかと商業ギルドマスターに視線を向ける。


 ……存在感消したまま寝ている? 器用な爺さんだ。

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