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騒乱の芽

 ポーションの製法はナクニ王国の独占技術であり生命線だ。

 その全容を知るのは王族と軍部の一部とルファの薬師ギルドマスターに限られ、高位貴族の当主であっても断片的な情報しか知らない。

 ナクニ王国の王族が絶対的な実権を有するのは全てポーションあってこそだ。


「どうじゃ? この小さな害獣がどれだけ危険か、実感できたかの?」

「カクラ様……御勘弁いただけないでしょうか?」


 ポーションの作成方法はその一部であったとしても、他ギルドの構成員かつ貴族の手先である俺に開示して良い内容じゃない。


「必要な事と判断したまでよ。で、お主はどう見る?」


 ポーションの作成方法についてまとめられた書類を机に置く。

 そこには薬草の処理方法が事細かに記されている。

 薬草の根を塩水で洗浄し、湿潤状態でペースト化、そこに濃縮したアケの果汁を加えて練り込み、一度乾燥させてから花の粉末を加えてよく混ぜ、水で戻した物が二次元料と呼ばれる。

 二次元料にはポーションとは若干異なる効能と僅かな毒性がある。


「ニミフドの消化器内容物が二次元料に酷似した性質を持っている、ですか」

「上手くいけばポーションの作成工程を大幅に短縮、或いは低コスト化出来る可能性を秘めておる。が、その一方でポーション作成方法が他国で発見される危険性を孕んでおる訳じゃな」


 ナクニ王国内も荒れるじゃろうなと、他人事の様にカクラ様が笑う。

 荒れる原因の一部に漏れるルートにその情報を開示しておきながら、愉快じゃの等と言いながら笑う。


「何がどう愉快なのですか?」

「八方手詰まりじゃからな」


 どうしてそれが愉快だと思えるのかは理解出来ないが、どうしようもない状況であるのは確かなのだ。

 ニミフドは北方に広く頒布する魔獣だ。故にニミフド自体をどうこうする事は不可能。

 その一方でニミフドは前線を飛び越えてルファで定着しつつある。

 ルファの冒険者ギルドがニミフド退治に躍起になっている事は遅かれ早かれ方々に漏れるだろう。

 そうなればニミフドとポーションを関連付ける者も出て来る。

 目の前にある書類が流出すれば、国外の者達はニミフドをナクニ王国に送り込もうと画策するだろうし、国内の商人や貴族はニミフドからポーションを作ろうとするだろう。


 ナクニ王国内外の関係性はポーションの存在がを根幹に成り立っている。

 ポーションの作成方法が流出すれば最悪全てが崩壊し、味方は敵になり敵は増長する。


「それで、こんな情報を開示してまで我々に何を要求されるのでしょうか?」


 国内外の問題もさることながら、カクラ様の動向もまた無視できない。

 王族とすら渡り合うルファの薬師ギルドマスターだ。

 リリと泥の件だって、リリが薬師ギルドに所属していなければもっと簡潔な対処法が採られた筈なのだ。


 正面からカクラ様の目を見据える。編み込まれたカラフルな頭髪が視界で煩い。

 カクラ様の目尻の皺が深くなり、大した事は要求しないよと前置きが成された。




 双魔報で齎された御老体の要望が少々慎重に扱う必要があったため、久し振りにヒューズを魔術師ギルドに直接呼び付けた。

 目聡い者達はヒューズと魔法使いギルドとの関係はある程度把握しているだろうが、この動きによって新たに勘付く輩もいるだろう。

 まあ、ポーション絡みの騒動に比べれば些細な事ではあるが。


「結論、金か」

「僭越ながら、表向きの発言を信じられるのか、と言った問題もあるかと……」


 ヒューズが遠慮がちにそう言った。それはその通りであるが、今更だ。


「考慮する必要はある。が、必要以上に警戒するのは無駄だ」

「では、ニミフドの研究費用を融通すると?」

「先日武神からの要望があってな、冒険者ギルドにニミフド討伐報酬の資金を提供する取り決めを交わした」

「成程、追加の持ち出しは最小限で済むという事ですか」


 疑うのであれば武神と御老体が共謀している可能性もあるが、実際は武神の要望を嗅ぎ付けた御老体が利を掠め取りに来たと言った所だろう。

 ひょっとすると既に二次元料に絡む規制緩和を王族に打診しているやも知れん。


「冒険者ギルドにはニミフドは内臓を抜かずに納品する様に通達しろ。理由は未消化物若しくは内臓に毒性が疑われる為、としておけ。正式な書類を私が……いや、それは薬師ギルドに書かせるか」


 机に置かれた紙を一枚手に取り、インク壺からペンを引き抜く。

 正式な書類ではないので、ラフに薬師ギルドに対する要求を記す。

 書き記すのはニミフドの買い取りを薬師ギルド主導で行う様に促す内容で良いだろう。

 表向き無関係な魔法使いギルドが出張り過ぎると邪推する輩が増える恐れがある。

 そうでなくとも薬師ギルドにも負担を分配するべきだろう。

 そして……可能な限り、必要な警戒はしておくべきか。


「だが、それはそれとして薬師ギルドに対する情報収集を怠るな。この案件自体は誠実な話だったとしても他に何か隠している可能性がある」

「かしこまりました」


 むしろそっちの可能性の方が高いのか?

 武神と違いあの御老体は中央寄りの思想が強い。

 隠しているとしたら何かしらの失態絡みだが、下手に突くと王族と事を構えかねないのが厄介な所か。

 となると、ヒューズばかりに負担を寄せるのも危険か。


 書き上げた薬師ギルドに対する非公式要望書の内容を確認し、二度畳む。

 魔法で軽く封をしようとして、止める。

 そこまでする内容ではない上に、封をした事自体が情報になりかねない。

 それに、どうせならこれも活用するか。


 ただ畳んだだけの紙をヒューズに渡す。


「直接的な表現はしていない故にそのまま渡す。ニミフド買い取りの詳細条件の件はお前から直接薬師ギルドマスターに伝えよ。盗られても問題は無いが、内容を知りたがった人間は別途報告せよ」


 ヒューズを魔法使いギルドに呼んだついでだ。

 ルファの不穏分子の炙り出しに使おう。

 釣れれば良し。釣れなければそれはそれで良し。


「かしこまりました。早速伝えて参ります」


 ヒューズは一礼すると二度畳んだ紙を懐にしまい、応接室を出て行った。


 その気配が遠ざかるまでたっぷりと待って、左手の親指を眉間に押し当てて溜息を吐いた。

 次から次へと、私に面会を望む者達は厄介事ばかり持ち込んで来る。

 武神、御老体、そしてこの後には商業ギルドか。


 この後に来る商業ギルドが実は一番厄介だ。

 ルファの冒険者ギルドと薬師ギルドは下位貴族相当の権力と実務能力を持っているが、商業ギルドは相対的に立場が弱い事もあり権力も実務能力もそこそこでしかない。

 ここ数十年で目立った功績と言えば携行食糧の件くらいか。

 ポーション残渣の有効活用と新たな特産品の開発と言う点であれは素晴らしい発明であった。

 花は輸出が難しい。生のままではすぐ腐敗し、乾燥させれば脆くなる。


 その功績すら、私が仲介しなければ薬師ギルドに奪われていただろう。

 商業ギルドは少なくない利益を私に献上して、なんとか専売権を死守した。

 これが薬師ギルドの発明であれば開発者は名を遺す事になったのだろうが、開発者の商人は匿名のままである事を選択した。それは賢明であったと言わざるを得ない。


 詰まり、商業ギルドが面会を求める時は必ず何かしら泣きついて来る時なのだ。

 私としては目先胆力のある人材を確保して欲しい所ではあるが、ルファの商業ギルドマスターの席に座るのは精々二流の商人程度だ。

 前線まで出向く一部の行商人は私の求める条件を満たすが、その様な者達は田舎の商業ギルドマスターでは満足しないし、前線から退く程成功した者達は程度の差はあれど劣化する。


 ごりごりと眉間の凝りを解しながら、どうしたものかと二度目の溜息を吐いた。

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