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8話 聖女降臨

グランテリア国524年、この日は朝から雲一つない晴天であった。


国一番の規模を誇る王都の神殿で働く神官見習いが、春の暖かさを体に感じながら、一人で庭園の掃除をしていた。


冬の間に落ちた葉が、まだ至る所に残っている。


落ち葉を掃き清めることが今日の仕事であったが、ずっと動き続けていると、さすがに暑くなってきて汗が額から滴り落ちた。



ああ、疲れたなと、神官見習いのカイゼル・カルセドニーは、泉の側に座り休憩をした。


聖女の泉と名付けられているこの泉は、こんこんと清水が湧き出ており、澄んだ水は細く浅い小川を作って神殿の外まで流れている。


カイゼルは、銀色の短髪の前髪が汗で額にへばりついていたので右手で摘まみ形を整えた。


深い緑色の瞳は湧き出る泉の水の動きをぼーっと眺めている。


十五歳のカイゼルは、若いという理由で他の神官からこき使われることが多く、今日も朝早くから庭の掃除を頼まれ、ちょっと疲れ気味だった。


ピチョン! 泉の魚が跳ねた。


ピチョン!また別の魚が跳ねた。


跳ねる魚の数がどんどん増えていく。


んん?何事?


それまでぼーっと眺めているだけだったが、今は驚きで目が離せない。


立ち上がって跳ねる魚を訝し気に見た。



泉の大きさは直径二十メートルほどの円形で一番深いところでも、大人の男性の肩ぐらいまでだ。


さほど大きくもない泉で今、異変が起きている。


目を凝らして泉をじーっと見ていると、中心あたりでぼこぼこぼこと、泡が水面に浮かび上がっては消えている。


これだけでも驚くのに十分な事象であったが、さらに泉はカイゼルを驚かせた。


大きな泡、否、透明な球体の一部が見えたのだ。


透明な球体!・・・・えっ、えええええええーーーーーーー!!!


カイゼルはあまりの衝撃に耐えかねて、ドスンと尻もちをついてしまった。


こっ、これは、あっあの伝説の・・・


カイゼルの脳裏に、幼い頃に何度も読み聞かされた伝説の絵本の一ページがよみがえった。

 


グランテリア国がまだ建国されていなかった頃、大陸は戦国時代を迎えており、各地方に点在している有力豪族が覇権を争っていた。


現在のグランテリア国の王都に拠点を置く豪族リキエル・グランテリアもその一人であった。


戦は一進一退を繰り返し、建国にはまだほど遠い状況だった。


ある日、戦の帰りにリキエルはこの泉に立ち寄った。


血で汚れた手足を洗いたかったからだ。


跪き、手を洗っていると、泉の中心から透明な球体が現れた。


中には聖女が横たわり眠っている。


驚いたリキエルは泉の中に入り、球体を岸へと押しあげた。


すると聖女は目を覚まし、同時に球体が消えた。



聖女はリキエルに知恵を授けた。


聖女の知恵とリキエルの勇気が交じり合うと奇跡が起こった。


今まで一進一退だった戦況が、快進撃を繰り返すようになったのだ。


抵抗する豪族たちを打ち破り、敵だった豪族たちの多くがリキエルの傘下に入った。


そして月日が流れ、孫の代には抵抗する者が誰もいなくなり、リキエルの孫イグリー・グランテリアがグランテリア国の始祖となった。


国の基盤を作ったリキエルを皆が褒め称えた。


リキエルは死ぬ前に、泉を聖女の泉と名付け、この地を王都とし、泉を守る神殿を建てるように遺言を残した。


孫のイグリーは尊敬するリキエルの遺言を叶えたのだった。



グランテリア国の国民ならば、誰でも知っている伝説だ。


聖女は球体とともに現れる。


単なる伝説に過ぎないと思っていた。


だが、現実に目の前で、伝説通りのことが起きている。



ほんの少ししか見えていなかった球体は、さらに姿を現し、球体の半分が見えた。


なんと、球体の中は花でいっぱいだ。


しかも、花に埋もれたその中に、誰かが横たわっているように見えた。


自分が見ている球体は、まさしく聖女の球体ではないか。


そして横たわっているのは聖女様・・・。


そう思ったカイゼルは、すぐに知らせに行くべきか迷った。


だが、この世紀の一大イベントを一部始終見ていたい。


ここを動かずに人を呼ぶ方法は・・・


カイゼルは尻もちをついていた体を起こして立ち上がり、腹に力を込めて思いっきり叫んだ。


「せ―い―じょ―こ―り――――――ん!!聖女様が―、降臨しました―――――――!!」



十五歳の若者が、腹の底から絞り上げて叫んだ雄たけびは、神殿一帯に雷音のように響き渡った。


そして誰もが耳にしたとたんに驚いた。


祈りを捧げていた神官、


休憩中でお茶を飲んでいた神官、


廊下で世間話をしていた神官、


神官だけではなく、祈りに来ていた一般市民たちまで、皆驚いたが、聖女降臨など冗談で済ませるような内容ではない。


皆行くべき場所はただ一つ、聖女の泉を目指して駆けだした。


カイゼルの叫び声を聞いた神官や、一般市民がどんどん聖女の泉の回りに集まってきた。


皆が集まった頃には球体全部が水面からでていて、はっきりと中が見えた。


花に囲まれて横たわる聖女はこの世の者とは思えぬほど美しい。


皆、おおーと口々に感嘆の声をあげる。


皆が見守る中、球体はゆっくりと岸まで動き、岸に乗り上げカイゼルのそばまで来ると形を変え、ドーム状になった。


サラと花もそれに合わせてゆっくりと地面に降りた。


パチンと音がして、まるでシャボン玉が割れるように球体は消えた。


泉に集まった人々は、誰もがどうして良いのかわからず動けないまま固唾を飲んでいた。




皆が注目する中で、サラが目を覚ました。


そしてゆっくりと立ち上がった。


ほっそりとした体形と姿勢の良い立ち姿、腰まで届く淡いピンクの髪、輝く水色の瞳、透明感のあるしっとりとした白い肌にバランスの良い目鼻立ち。


その美しさに皆が圧倒されて、呆然と見ているばかりであった。


その中の一人、神官服を着た白髪に茶色の瞳の老人がサラの前に歩み出た。


この神殿の最高位にある大神官ジェネロ・パッシーモだ。


神官の中で一番老齢であるが、威厳に満ちた所作、話し方は、さすが大神官と皆が認める存在であった。


「聖女様、よくぞお越しくださった。」


感動で涙ぐみながら、しわだらけの手でサラの手をとり、頭を垂れた。


そして、顔を上げ、サラを見ながら嬉しい気持ちを露わに優しい口調で言った。


「私が生きている間に、こうしてお会いできるなんて、この上ない喜びです。ここにいる皆も同じ思いでいることでしょう。

きっとお疲れのことと思います。立ち話もなんですから、お部屋にご案内いたしましょう。」


サラは、はい。よろしくお願いしますと頷き、ジェネロに案内されて応接室へと向かうのだった。




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