極限状態における友情の確認
俺は見抜いていた。その笑顔の裏に隠された肉食獣の如き荒ぶりを。
「話は是非聞かせて貰いたいんだけど、その情報とかの前に私から質問させてもらってもいいかな? いいよね」
端的に言うならば、雨音さんは怒っていた。凄く、怒っていた。
雨音さんだけじゃなくて、なんだかぼでーがーどっぽい屈強なアマゾネスが数人がかりで俺達を囲んで檻を形成している。
「さっきね、シャワーを浴びていたんだけど、外の方から物音がするなーって思って、勇気を出して窓からそーっと外を覗きこんだの。そうしたらね、暗くて良く解らなかったんだけど4人くらいかな? 人影が立ち去っていく姿が見えたんだ」
雨音さんが花も恥じらう可憐な笑みを浮かべる。その面のような笑顔を貼り付けたまま俺達を順番に見回した。
いーち、にー、さーん、よん。うふふ。
俺は膝を抱いて震えている事しか出来ない。
「誰か、知らない?」
俺はぶんぶんと首を横に振りたかった。けど、雨音さんのこの態度は既に確信がある上で、俺達を掌の上で踊らせているようにしか思えない。
この上、拙い嘘など吐こうものなら罪科はより重くなるのではないかと瞬時に判断した俺は、一度だけ首を縦に振った。
脇の辺りを小突かれた。その方向にはトトが居る。
「ミッツマン、お前ってやつは、こうと決めたら潔いよな」
それが最適解だと思ったからな。安心しろ、トトだけを売るつもりはない。あの場に居合わせてしまった時点で、俺も同罪。
どう弁解したところで相手の気持ちを逆撫でするだけだ。
「俺達4人が犯人です。出来心でした」
不名誉で甚だ遺憾極まりないけど、女凶戦士達が満足するまで謹んで誹りを受けてやる。暴力もちょっとは許そう。
覚悟を決めて顔を上げた俺の横で、トトが雨音さんを凝視していた。
「ミッツマンが認めた通りだぜ」
「トト、お前……」
「でも聞いてくれ。全部ミッツマンの指示だったんだ。俺はこいつに弱みを握られていて逆らえないから、それで泣く泣く同行する羽目になっちまったんだ。覗きををしようだなんて、最低だよな!」
「何を平然と俺を売っているんだ、お前は」
「は? 俺は真実を語っているだけだぜ。自主的に見回りをしていたらそこの男を見つけて」
トオルを指さすトト。
「不審者っぽかったから尋問したら、九葉ちゃんに情報を持ってきたって事が解ったから、それを大義名分にしてシャワー室に突撃しようとまでしてた。それは流石に俺たち3人で止めたぜ」
ぴくり、と。俺を除く2名の男がその言葉に反応する。まさか、と思った。
「そうなんすよ。ほんと。おれも要注意人物として拘束されているような状態だったんで、何も聞かされないままあんな所まで連れていかれたんすけど、乙女達を守るために身体を張って止めたっす」
「そうなんだな。事態に気付いたオレも、彼の拘束を解いて全員一丸となってミッツを止めようとしたんだな。物音は多分、そのいざこざの時に立ったんだな」
一瞬で協調したんだけど、なにそのチームワーク。俺も仲間に入れてほしい。誰が貴様らなんぞの仲間になるかバカ!
第二種人類どもの視線が俺に集まった。9割が虫けらを見るような目をしている。潰すの? 漆黒の光沢を纏いし潜伏者みたいに、俺はスリッパで潰されちゃうの?
濃密な殺気にあてられ、委縮してしまい反論すら出てこない。ここが俺の墓場になるのかとさえ思った。
「本当なの、光火くん?」
雨音さんの声がして、反射的にそっちを向く。雨音さんの表情には嫌悪感が滲んでいたけど、他の連中よりは柔らかく見える。
「初めて会ったときに、異性が苦手って言ってたよね。あっ、それとこれとは別ってこと……?」
起死回生のチャンスと見た俺は一生懸命に口を動かす。
「お な じ」
と も だ ち みたいになった。
喋り方を一から思い出すような気持ちで俺は尚も頑張って肺から空気を絞り出す。
「へ ど が で る」
「へ、へど……?」
それから、俺は拙い言葉遣いで俺の胸中を語りました。
お前らが今、俺にゴキブリを見るような目を向けているが、俺も普段からお前らをそんな風にしか見ていない事。
同じ空気を吸っているだけでも胸糞悪い気分だと言うこと。
一端に被害者ぶってるけど、俺の方が被害者で、自惚れるな、自意識過剰なんじゃないの? って言う最もな指摘もした。
全てを語り終えて満足すると、周りが見れるようになる。そして、俺は気づいた。
「今ので、うん。光火くんに疚しい気持ちは無かったって事は解ったよ。だから、この場合は他の三人が立案者だよね」
「俺の意図を汲んでくれたのは嬉しいんだけども、だったらその般若のお面は外して貰えないでしょうか」
「素顔だよ! もうっ、全員速やかに正座してッッッ!」
この後、俺達は当初の予定通りに説教されました。でも俺は悪くない。
最初から結論は出ていた。発奮させてやるのが一番だと。
結局、こいつらは皆やり場のない激情の行き先を探していただけなんだ。
「光火くん。どうして余所見をしてほくそ笑んでるのかなぁ?」
「それはね、貴方の顔が怖いから。とりあえず、俺は笑っておいてバランスを取ろうと思ったんだ。でもな、恐怖のあまりちゃんと笑えなくて……」
「叩くよ、精神的に。さしあたり、光火くんを中心に円を作ろうかな」
なにその鋼の檻。
第二種人類の怖ろしさを再確認した一時だった。