そっち系あっち系こっち系
天候は曇り。夜が明けて午前7時も半分が過ぎた頃、今後の行く末を決める大切な会議が始まった。
詰め所には昨晩のメンバーにトオルだけじゃなくて、東側から住民代表を標榜する数名の男女まで加わっている。
彼等は情報の開示を求めて校門前でデモ紛いの事をしていた連中の代表であることを付け加えておく。
議長の役割を担う団長さんがトオルを紹介すると、速やかに聴取に移った。
昨晩から用意していたのであろう質問を団長さんが尋ねる。
「気を悪くしないで欲しいのだが、まずは君の身分について聞いておきたい」
「あ、気にしないでいいっすよ。気になるっすよね。おれは地形とか規模とかの情報収集に先行した調査隊のメンバーっす」
「なるほど。と言うことは他にも何名か既にこの辺りを嗅ぎまわっている者が居るわけか……」
「そっすね。おれを合わせてジャスト10名っす」
トオルは厭にあっさりと深部に関わるであろう話を開示する。
「そんなに居るのに、一人くらい感知できなかったのか」
自警団の見回りに落ち度はない。相当数での団体行動でもなければ見つけるのは難しい。
だというのに、東側の住民代表から野次が飛び出す。
「ひとえに我々の不徳の致すところだ。すまない」
団長さんが折り目正しく謝罪すると、そいつはバツが悪そうにブツブツと何かを口にして黙った。
「次は神託会の構成について教えて欲しい」
「神託会は一人の男が王様――や、王様と言うよりも神って表現の方がしっくりくるっすね。頂点に神が君臨するある種の宗教国家って奴。その下には5名の幹部が居て、神様の要望通りに300余名の手足を動かすって感じっすかね」
「独裁……? 程度にもよるだろうが、その集団に属している者から不満は出ないのだろうか」
「おれぐらいなもんっすね。おれらのリーダーは神なんで? カミナリと書いて神也と名乗ってるくらいっすから。事実は逆で、むしろ大抵のメンバーが神也さんを信仰してるくらいっす」
本当に宗教だ。救いに飢えていた人間にとって、神也とやらの存在は甘い蜜なのだろう。どんなタネがあるのかは知らないけど。
「襲撃予定時刻と詳細については?」
「明日の6時ぐらいを予定してるっす。今日の昼頃にあっちを出て、付近で野営する予定っすね」
「ちょ、ちょっと待て。襲撃ってなんだ!? 西を襲った奴等がこっちにも来るって事か!? しかも明日!? 俺達はそんなの聞いていないぞ!」
色々と言いたい事はあるけど、とりあえず『!?』を使い過ぎだ。
デモ隊代表は堰を切ったように好き放題に捲し立てる。
「やっぱり、西の奴等を追ってくるのよ! 私達があれほど受け入れに反対したのに、自警団が下らない正義感を振りかざすから、あっという間に最悪の展開になってんじゃん! どうすんの!?」
ここで西の代表が反論しようものなら、火に油を注ぐようなもの。自警団も似たようなもので、そうなるとこれを嗜めるのは俺の役割になりそうだ。
一呼吸を挟んで口を挟もうとした時だった。
「あのぉ、おれもあんまり長居はできない身空なんで、そういうの後にしてくんないっすかね? わかんないっすかね、そこらへんの機微っていうの?」
「そ、そうだ。神託会に西の奴等を引き渡して恭順を示せば、東は無事で済むかも知れない!」
「無駄っすよ。つーか、どうして西に侵攻した理由も聞かないで、そんなおめでたい思考ができるんすかねー? ちょっとあんた等はお口をミッフィーにしてもらっててもいいっすか? さっきも言ったっすけど、時間がないんで」
聞くに堪えない癇癪をトオルがバッサリと切り裂く。二人はトオルを睨んでから、苦虫を噛み潰したような表情で口を噤んだ。
そもそも。仮に西の住人と敵対するとして、規模が殆ど同じ相手と争って無傷で済むと思っているのだろうか。
「あっ、侵攻の動機のコトも話した方がいいっすか?」
「それについては我々も聞こうと思っていた。頼む」
「ま、そんな複雑な理由はないんすけどね。その前に、おれからここのみなさんに質問していいっすか?」
怪訝に思いながらも、三者三様に肯定の意を示す。
「『リベリオン』って聞いたことがある人は居ないっすか?」
言葉としてならある。でも、トオルが聞いているのはそういう意味じゃない。他のメンバーも似たような反応だった。
「ま、居ないっすよね。日本都市に根付いている組織らしいんすけど、その居場所が皆目見当もつかなくなったもんで、そいつらを炙り出す為に神也さんは住民を害する事にしたんす」
つかなくなった。知っていたのに解らなくなった。非道な手段を選んだのは敵対の意志なのか、あるいは――挙手をして質問権を得る。
「そのリベリオンとやらが神託会に何かをしたのか? 例えば、手を出したとか」
「ぴんぽーんっす。実は相手方から神託会に合併? の打診があって、それを断った報復として幹部とその部下がやられたっす」
それなら、降伏は無駄だって言うのも頷ける。
仮に、リベリオンの正体や居場所や正体を掴んで、神託会側に取引を持ち掛けようとしたら、今度はそっちが牙を向いて来る。
神託会に合併を提案するような組織だ。一筋縄ではいかないに決まってる。リベリオンの実態を掴めたのなら、協調する方がまだ勝算が出てくる。
質問権が再び団長さんに戻った。
「率直に聞きたい。我々と神託会が正面からぶつかった場合、勝算はあるだろうか」
「良い質問っすね。控えめに言っても、ないっすね」
回答までノータイムだ。それだけの自信を支える根拠があるのだろう。
「兵隊の練度だとか数的利だとか地の利だとか、そういう要素はこの際関係ないっす。神也さんが信仰を集められる最たる理由が幹部達の存在っす」
トオルはそこで、うーんと唸る。言い辛いというよりも、どう切り出すべきか悩んでいるような所作だった。
「神託会において、幹部は『神子』って呼ばれていて、そうっすね。解り易く説明するなら、神子はあれっす。常軌を逸してるんす。あー、とてつもなく動くのが速いとか、えーっと、他人の潜在能力を引き出すのが上手いとか、とんでもなく重い物を指一本で飛ばせるとか!」
「すまない。イマイチ要領を得ない」
「まぁ、そうっすよね。じゃあ、胡散臭いの承知で極め付けを言うっす」
――そう前置きして。
「青い光を扱う神子が居るんす。あ、青い光って言うのは、その光に包まれた対象を消滅<ロスト>させる性質があって……」
「なんだよそれ、俺達をからかってんのか?」
あまりにも突拍子もない話に、デモ隊代表の口からバツ印が取れた。
「って、やっぱりこんな話、信じられないっすよね」
「大消失の光? それでは、もしかすると、あの夜にセントラルの方で起こった光は、その者の仕業なのだろうか?」
「こっちはやけに素直に信じてくれるんすね」
自警団は似たような事例と最近対峙したばかりだし、頭ごなしに否定する事はできない。
「話に聞いただけで直接見たワケじゃないんすけど、そのセントラルって所で発生した光の規模はこれまで見た事がないっすね。ある程度まで大きさに自由は利くらしいっすけど、おれが見た事がある最大級はこの建物を覆うくらいが精々っす」
「なんにせよ、滅茶苦茶だ。この分だと、他の神子もそういう事になるのだろう?」
「察しがいいっすね。もしかして、そっち系に会った事があるんすか?」
団長さんは答えなかった。