第二章 『愛の力VS甲子園』 3
男が人生の勝ち組(彼女持ち)になるためにはそれなりの努力が求められる。
例えば、人に優しく接するようにしたり、かっこよく見せようとしたり、髪の毛をいじったりする。
それももちろん重要だ。
でも、一番重要なことではないと俺は考えている。
じゃあ、なんだというのか?
――それは自分にぴったりの相手を見つけることだ。
そんなわけで、俺は常日頃から運命の出会いを見逃さないように目をギラギラと光らせて周囲の状況をよく見るようにしている。
……そして、運命の出会いというのは突然やってくるものである。
それが今日来るのか、明日に来るのか、はたまた何十年後に来るのかは本人には知るすべがない。その上、それが来たとしてもそのことに気づかないで一生を終えてしまうケースも少なくはない。
そう、俺たち人間にはそれが運命の出会いかどうかを知るすべはないのだ。
だがしかし、俺は確信している。
『間違いない!』
そう、断言できる。
なぜかって? ――それは俺の心臓がこんなにも高鳴っているからだ!
初めてその声を聞いた瞬間から惚れていた。
『超かわいい』
思わず、弁当を食べようとしていた手を止めて、箸を床に落としてしまった。
衝撃。
電撃。
ウホッ。
耳がとろけそうになった。
――ぽっ。
恋に落ちる音がした。ちなみに、ぽっ、というのがそれだ。なんともかわいらしい音だぜ。
野生の本能が俺に告げている。
『彼女だ! 彼女こそがおまえの運命の相手だ! 本物の男なら彼女のために全力で尽くすのだ! ――わかったな、オカマ野郎!』
わかっ……ってあれ? どうしたんだ野生の本能さん、俺はオカマじゃないんだぜ……。
『アァン? オカマの分際で俺様に文句あんのか?』
……ううむ。どうやら野生の本能さんは反抗期らしい。まるで不良みたいだ。
『……わかったよな?』
お、おう、もちろんだぜ!
――俺は決めたんだ。彼女を俺の彼女にすると! ……なんか、ややこしいな。もう一度言い直そう。俺はあの子と結婚す――
「お~い、い~さり~ん。現実に帰っておいで~。もうみんな行っちゃったよ~」
「はっ!」
親友こと、三木宗次朗(やっぱり、実はドSなのか?)の気の抜けた声によって現実世界に引き戻された。
見ると、誰もいない教室で二人っきり。
これが女とであればかなりいいシチュエーションだな。まあ、残念ながら隣にいるのは男だ。
「俺ら、なんで二人でラブラブしてんの?」
「さあ、どうしてだろうね」
ラブラブしていることに関しては否定しないんだな。……コイツ、もしかしてそっち系か?
「他の奴らは?」
「先生の話を聞いてなかったの? 次の時間は体育館で部活動紹介があるから各自で行きなさいって言ってたじゃん」
「おう、そうだったぜ! こうしちゃいられねえ。急ぐぞ、宗次朗!」
俺は宗次朗の手を強引に掴んで体育館まで引っ張って行った。
「あ、うん。なんだかやる気満々だね」
「当然だ。これから部活動紹介が行われるというのにやる気がでないわけがないだろう」
「あれ? いさりんって、そんなに部活好きだったっけ?」
「ふっふっふ、おまえにはこの気持ちがわからないだろうな。気にしなくていいさ」
不思議そうな面してニヤニヤ笑う宗次朗に向かって俺はニヤリと笑みを見せた。
体育館に行くだけなのに気持ちが舞い上がって、胸がドキドキと高鳴っている。
今の俺は本気モードだ。
――なにせ、あの体育館には俺の嫁(未定)が待っているんだからな!
恋のパワーを全身に感じつつ、俺は全力で駆け抜けた。
目指すは体育館。
そしてそして、俺たちはわかれて自分の場所に座った。椅子なんかは並べられておらず、地べたに直接座る。前から出席番号順で座るので俺は一番前の特等席だ。これで嫁の顔がよく見えるぜ。強いて不満を上げるなら、後ろに不機嫌っ面の春乃がいるということだけだな。
(遅い、カマオ。あんたなにしてたのよ)
俺のふさふさの後頭部に向かって春乃が小声で話しかけてきた。
(うっせ~な、教室でラブラブしてたんだよ)
(はぁ?)
意味わかんない、それどういうことよ、としつこく追求してきたが、無視だ無視。なぜならすでに部活動紹介が始まっているからな。
がんばって自分の部活をアピールする先輩方を紳士的な態度でしっかりと見た。
しっかり。
じっくりと舐め回すように見ている……。
……カクン……カクン、うぉっと危ない、あまりのつまらなさに眠るところだったぜ。
ギュッと背中がつままれる。なんとか声を抑えて小さく言う。
(痛っ! なにすんだよ!)
(あんたが寝そうになってたから起こしてあげただけでしょ? 感謝してよね)
(……このメスザルがぁ……後で覚えてろよ)
(ふん。もう忘れちゃったわ~)
(てめぇ……)
どうやら、本気で痛い目に合わせてやらないとメスザルにはわからないらしい。……コイツは俺に恨みでもあるのだろうか。
メラメラと怒りの炎を燃やしながら鋭い眼球を舞台の上に集中させる。
今は科学研究部の人たちが怪しげな実験器具を披露していた。「……こ、これは、光を……放つんだな」「……人に……向けたら……失明するんだな」どうでもいいが、どうしてこういう部活に入る奴らは眼鏡率が高いのだろうか。眼鏡と化学にどういう関係が……ほんと、どうでもいいな。
ふぁぁぁ~、と大きくあくびをする。そして、また背中をつねられる。
――おまえは俺の母親か!
……それにしても面白くないな。野球部やサッカー部の奴らは部員を集めるために必死にネタをやっているが、正直まったく笑えない。かなり痛々しくスベっていた。逆に柔道部や剣道部なんかは真面目すぎて面白くない。「我々は、日本の伝統を……オスッ!」のようなことをぐだぐだと述べている。もう少し茶目っ気が欲しいものだな。
それからも退屈な部活紹介がしばらく続き、楽しい夢の世界を旅行し始めていた頃、
『次は、放送部です』
スピーカーから生徒会らしき人物の単調な声が聞こえてきた。
「なにっ!」
瞬時に俺は覚醒した。
――遂に来た! まったく、待ちくたびれたぜ。
眠気が一気に吹き飛び、緊張感が高まり、慌てて正座に座りなおした。
――嫁の一世一代の大舞台だ! しっかりと見届けてやろうではないか!
ふっふっふと小さく笑い声を上げて舞台の脇にじっとりとした目を向けた。近くにいた人間が俺から少し離れた気がしたが、おそらく気のせいだろう。それよりも、今は嫁が最優先だ。まだ、姿を見たこともない嫁ではあるが、彼女をとことん応援し、その姿をしっかりと目に焼き付けよう。
どんな素敵な容姿をしているのだろう、かわいいのだろうか、と期待に胸を膨らませながら、嫁が舞台に現れるのを今か今かと待ち構えていた。
ここまで言えばわかると思うが、俺はまだ愛する彼女の姿を見たことがない。名前すら知らない。知っているのはお昼の放送で流れてきた彼女の声だけなのだ。
しかし! 俺にとってはそんな小さなことは問題にはならない。
――愛に見た目は関係ない!
はっきりと断言できる。
心の目で見ろ! 俺は心の耳で聞いたんだ!
重要なのは、彼女を嫁にすると決めたこと。ただ、それだけだ。
運命の相手、赤い糸で結ばれた相手である彼女を一生幸せにしていくという決意が、すでに俺の胸の中で生まれている。
それぐらい、彼女の声は俺の心を響かせ、燃え盛るような真っ赤な炎をともしたのだ。
愛――ラブ――有だ!
俺の心には愛もラブも有るんだ。
そのほかになにが必要だろうか、いや、なにも必要ではないだろう。
――さあ、おまえの声をもう一度聞かせてくれ!
「みなさ~ん、こんにちは! 放送部ですっ!」
きゃー。
卒倒しそうになるのを必死でこらえ、その小さな先輩をまじまじと見つめた。
息が止まりそうになる。
これはヤバイ、想像していた通り、いや、それ以上か――――惚れ直したぜ!
「放送部はあまり厳しい部活ではなくて、のんびりまったりと活動しています! 活動内容は発声レンシュウヤ、オヒルノホウソウ、ラジオドラマノセイサクナド……」
もう、声の響きが心地良過ぎて、言葉の意味が頭の中に入ってこなかった。中学生、いや、小学生のような幼い声をしている。いわゆる、アニメ声というものだろうか。あまりのかわいさに胸がキュンキュンしてしまうぜ。
あぁ、耳が妊娠しそうだ。
そのかわいらしい容姿を見て、目まで妊娠しそうになってくる。
もう、お婿に行けないよ!
――ぽっ。
再び俺は恋に落ちた。
その先輩は俺の好きなタイプそのものだったのだ。
前髪はまっすぐに切りそろえられ、肩口にかかるほどの短めの髪は童顔の顔をよりいっそう幼く印象付ける。元気に腕を振り回しながら説明する姿はまさに小学生のようで、なんといってもその身長がすごくいい! それはもう完璧な高さだった。――いや、低さと言うべきだろうか。
興奮しすぎて思わずニヤニヤしてしまう。
――俺よりも低いのだ! 一五〇センチあるかどうかも怪しいほど背が低い。
それが意味すること。
つまり、俺にぴったりの女性ということだ。
つまり、俺の嫁になるべくして生まれた女性ということだ。
野生の本能は間違ってなかった。
彼女に俺の人生をささげよう。あの彼女こそ、俺の人生そのものなんだ。
これぞ、運命の出会いというやつなのか。
……くっ、なかなか衝撃的で、刺激的じゃねえか。いいもんだな、恋ってえのはよ。
『本物の男なら彼女のために――』
うっせぇっ! 野生の本能のせいで、彼女のかわいらしい声が聞こえねえじゃねえか。
俺は耳を澄まして幼い声に集中した。
「……ということです。悲しいことに、現在、放送部には部員がわたし一人しかいません」
なるほど、そういうことか。彼女がなにを願っているか、俺はわかっちまったぜ。
――よし、放送部に入ろう!
はっきり言って、放送部がなにをする部活なのかはまったく知らない。でも、彼女がやっている部活なんだ。彼女が楽しいと思う部活なのに俺が楽しくないと思うはずがない。
だって、俺たちは神様に決められた夫婦なのだから。
「みなさん、放送部をよろしくお願いしますっ!」
――おうっ、任せとけ!
熱いまなざしで彼女が舞台袖に隠れるのを見送った。
――よし、放送部にすぐに入ろう!
「な~はっはっはっ! 待ってろよ~っ!」
「うっさい!」
後ろから頭を叩かれる。……てめえ、俺の頭も禿げるじゃねえか。
それからというもの、他のどうでもいい部活の説明を聞くのがもどかしくてもどかしくて、早く入部届を出したくてうずうずしていた。
本日、何度目かの春がやってきた模様。




