第二章 『愛の力VS甲子園』 2
失った俺の青春を取り戻すためには、イメージアップを図るしかない。
ということで……。
「俺の名前は伊丹勇雄。勇ましい男という意味で勇雄と名付けられたんだぜ!」
ざわざわ……あれが、例のオカマ……ざわざわ。
「……ん。趣味は筋力トレーニングをすることで、好きな筋肉は上腕二頭筋だ!」
ざわざわ……マジかっ! 俺の上腕二頭筋が狙われてる! やっぱり変態……ざわざわ。
「……いや狙ってねえよ。ご、ゴホン、えっと……気を取り直して続けます。中学の頃のニックネームは『THE 漢』でした。みんな、仲良くしてくれよな!」
ざわざわ……ニックネームひどくね? やっぱり趣味がアレだからいじめられてたのかな。それなら、せめて私たちだけは優しく接してあげようね! だって、なんだかかわいそうだもんね。うんうん……ざわざわざわざわ!
これが俺のクラス(一年二組)で行われた自己紹介の始まりだった。
涙のホームルーム(恥ずかしの自己紹介付き)が終わり、みんなが新しい友達との会話を楽しもうかとしている頃。
「……人の~優しさがぁ~目に~し~み~るぅ~、ウッホイ!」
俺は一人椅子に座って歌(作詞作曲――俺)を歌っていた。
出席番号順に席が決められているので、一番の俺の席は一番左前の席だった。確認しなくても周囲から優しい視線を浴びているのがわかる。だけど、誰も俺に話しかけてはくれないのさ。
「ウ~タタタタン、ハイッ。俺はロンリネスっ。俺はロンリネスっ。アハッ、一人ぼっちの学園ロンリネ――」
「あんた、うるさいんだけど」
おう?
真後ろから冷たい言葉が飛んできた。
よく通る女の声。
せっかくテンションが上がりかけていたというのに、おまえのせいで止まっちまったじゃねえか。いったい誰だよ。
俺はぐりんと首を回して後ろを振り返る。と、
「……メスザルじゃねえか!」
後ろの席にはむすっとした顔で俺を睨んでいる悪魔がいた。ずっと、人の視線を気にして小さくなっていたせいで気が付かなかった。コイツも同じクラスだったのか。
「だ、誰がメスザルよ! あたしの名前は稲美春乃だって言ってるでしょ。カマオのくせに、一回で覚えなさいよね」
「俺の名前は、い、さ、お。勇雄だ。覚えてねえのはおまえも同じだろうが」
「うっさい、カマオ。あたしに近寄らないで、オカマが移る」
「移らねえよ! 人を病原菌みたいに言うんじゃねえ! 触るぞコラァ!」
「……気持ち悪い」
ふん、と顔をそむけて不機嫌そうにぶつぶつ呟いていた。春乃にわかりやすく嫌われてしまった。俺は嫌われるようなことなんてこれっぽっちもしていないはずなのに、どうしてここまで言われなければならないんだろう。
……この女は大嫌いだ。
もともとは春乃のことが嫌いじゃなかったのに。ビンタされても、気が動転していたのだから仕方がないと思うようにしていたのに。
――なぜこんなに嫌いになったのか、それは数時間前にさかのぼる。
入学式が始まる前に春乃と会ったとき、俺たちは全力で口喧嘩を始めた。
「てめえ、公衆の面前でなんてこと叫びやがったんだ!」
「うるさいわね、驚いただけで悪気はなかったのよ!」
「嘘つけ! 完全に俺のバラ色人生をぶっ潰したじゃねえか! どうしてくれんだよ!」
「し、知らないわよ。あんたにはそんなもの最初からないんじゃないの?」
「黙れ、このメスザルがぁぁぁぁ!」
「うっさい、このカマオぉぉぉぉ!」
キャーキャー、シャーシャー、と不毛な争いは入学式が始まるまで続いた。
噂話というものは、知らない人に声をかけるいい口実になるものである。それに、新入生の中にオカマがいる、なんていうような面白い噂(俺はまったく笑えねえ)があれば、それを使って友達を作ろうとする人間が大勢生まれるわけで。
つまり、『勇雄=オカマ説』が学年中に広まりつつあるわけで。
俺の青春が終わりましたとさ、ちゃんちゃん。
――俺はどこで選択を間違えてしまったんだろう。……ああ、あのゴリラの弟として生まれたことが間違いだったんだっけ。
いつもはポジティブな俺も、今だけは悲観的になってしまう。
これで、この学年の女子との恋愛は終わった。始まる前から終わってしまった。
ラヴもない、ドキドキもない、ワクワクも、トキメキも、すべてなくなっちまったんだ。
明日からは泥沼学園生活の幕開けだ。
それも全部、俺の目の前にいるメスザルが悪いんだ。
コイツに『オカマ』というレッテルを貼られてしまったせいで、俺の人生は狂っちまった。
稲美だかなんだか知らねえが、俺と似たような名前しやがって。なんで、おまえが出席番号二番なんだよ。どうして俺の後ろの席にいるんだよ。……もう、わけわかんねえよ。
はぁ~と大げさな溜息をつく。俺の体から重たい二酸化炭素が吐き出された。
この女と一緒にいたくない。せっかくかわいいのに、性格が最悪だ。
「……サルノは帰らねえのか?」
「春乃だって言ってるでしょ! 本当にバカなんだから……」
そう言って、またぶつくさと文句を言っていた。
終礼が終わって、さっきまで教室にいた人間が帰り始めていた。それなのに、この女は帰ろうとする素振りも見せず、俺に不満をぶつけている。
――なぜだろう?
そこまでして俺に文句を言いたいのだろうか。ストレスが溜まっているのかなぁ。綺麗な髪をしてるのに、禿げるぞ?
いずれは見れなくなるかもしれない少女の髪をしっかりと目に焼き付ける。
「で、おまえは帰らねえの?」
「……か、帰るわよ! ちょっと考えごとしてただけなんだから、ほっといてよね!」
プイ、と怒り、鞄を乱暴に掴んで春乃は帰って行った。
――さっぱりわからん。メスザルだとか、メスゴリラだとかの考えていることが俺にはまったく理解できん。もう少し人間らしい行動をしてくれないだろうか。
疲れて机にぐったりと突っ伏した。頬にひんやりとした木が当たって気持ちいい。
しばらくこのままでいよう。なんか、もうグロッキーだ。期待していた高校生活は案外楽しいものではないのかもしれない。
「だけど、これでいいのか、俺」
自分自身に問いかけた。答えはもちろん――よくないぞ! 俺は高校で彼女を作って楽しい生活を送るって決めてんだ。同級生に引かれてしまったのなら先輩を狙えばいい。そうだ、先輩とのちょっぴり進んだ大人の恋も悪くないかもしれない。
この世知辛い世の中、甘酸っぱい思い出の一つや二つを作らないでどうするんだよ!
だんだん俺にいつものポジティブさが戻ってきた。
――俺はくよくよするような人間じゃないはずだ。
「い~さりん」
どこで俺を呼ぶ声がした。
机にもたれ掛かったまま、ぐっと首だけを上げて前を見る。
すると、机の下からにょきにょきと頭が生えてきて、目の数ミリ先に顔が現れた。
「ば、化け物ぉ!」
思わず飛び上がって、「アウチッ!」机にゴンと足をぶつけてしまった。……自分のしたことだがなんとも情けない。ふう、誰もいなくてよかったぜ。
俺を驚かした化け物はいつも通りニヤニヤと笑っている。――って誰かいたよっ!
「宗次朗! おまえどこから湧いて出やがった」
「ひどいねぇ~いさりんは。せっかく人が慰めてあげようと思ったのに」
相変わらずのにやけ顔。だが、女子たちが『今の人すっごく爽やかだよね~』『うんうん、すっごくかっこよかったぁ』『でも、オカマと話してたよね~』『まさか~、そっち系?』と話しているのを聞いてしまった。……ふうむ、女子というのはわからないものだな。コイツのどこがかっこいいんだ? もしかして、コイツを研究すれば俺も女の子からモテモテになれるかもしれないな。
「どうしたの? 僕の顔になにか付いてる?」
「い、いや、なんでもない」
慌ててジロジロ見るのをやめる。……こんなところを見られたら、余計にオカマ疑惑が広まってしまう。そう思って、宗次朗から少し距離をとった。決して、身長を気にしたわけではないぞ。決してな!
「そういえば、おまえに言われた通りに自己紹介したはずなのに、全然効果なかったぞ」
「……え~、そうだったかな~」
曖昧に返事をされた。なにを隠そう、あの自己紹介はすべて宗次朗が考えた完璧なシナリオだったのだ。筋肉アピールで男気を見せ付けて、みんなの誤解を解こうという作戦を宗次朗から持ちかけられて使ってみたのだが、逆効果だったような気がする。
もしかして、嵌められた……なんてことはないよな。だって、宗次朗は親友だもんな。
「そうだったかな~って、おまえも見てたのか?」
「うん。だって、僕もこのクラスだし」
「そうなのか! じゃあ、なんでホームルーム終わってすぐに話しかけてくれなかったんだよ。おかげで『一人ぼっちのベイビー』( 作詞作曲――俺)を歌っちまったじゃねえか」
「だって、君があまりにも面白かったから~」
あれ?
おかしいな。
……俺たち、親友……だ、よな?
「それはそうと、」
この強い友情に生まれた亀裂はほっとくんだ、と微妙な心境でいる俺を無視して宗次朗は楽しそうに聞いてきた。
「あの子が昨日のビンタの人だよね?」
「ああそうだ。ちなみに名前はメスザル=サルノさんだ」
「稲美春乃ちゃんだよね」
俺のボケには完全スルー。さっきからひどくない?
「あの子も面白かったなぁ、どうしてあんなにいさりんに突っかかるのかなぁ?」
笑ったままの顔で小さく首を傾げている。なにも考えていなさそうに考えている。言っちゃ悪いが宗次朗は不気味な奴である。
「そんなの俺が知りてえよ」
窓の外を眺めながら乱暴に答えた。
ふ~ん、となにかを考えている様子の宗次朗は、やがて、ポンと手を打って、
「もしかして、あの子、君に気があるんじゃないかな?」
なんてことを言い出した。
気がある? それは春乃が俺のことを好きということだよな……。えっ?
そんなことがあるわけないだろぉ~、とは思いつつ、
「マジか!?」
口から出てきた言葉は違った。夢を信じる心は大切だよな。
一気にテンションが上がる。
「だってそうじゃん。君にだけ冷たくするのも、好きだからこそ思ってることと反対のことをしてしまうっという複雑な乙女心なんじゃないかな?」
「……そ、そうだったのか!」
まったく気づかなかった。どうやら、俺は大きな勘違いをしていたらしい。
てっきり、春乃は本気で俺のことを嫌っているんだとばかり思っていたが……そうだよな。自分を助けてくれた人間を嫌うはずなんてないよな。
乙女心ってのは難しいもんなんだな。――おう、素敵だぜ!
そして、俺は完全復活を遂げた。
「ふっはっはっは! やはりな。実は俺もそうじゃないかと思ってたんだ」
「だよね~、君は頭がいいからね~」
「そうか~、宗次朗は本当に俺のことをわかってくれているな~」
「いや~、それほどでも~」
持つべきものは友、ということか。
――ふっ、実にいい親友を持ったものだな。……ありがたいぜ。
友情がしみじみと心に染み渡る。
俺は友の肩を組みながら豪快に高笑いをして教室を出た。身長の問題で肩に手を置くだけでも一苦労だったが、この際そんなことはどうでもいい。
この喜びを分かち合いたかったのだ。
――今から明日が楽しみだぜ。
ガハハハハハ、と一年の廊下に大きな笑い声が響いた。
翌日、朝のホームルームが始まる前の教室で。
「春乃! 俺の彼女になりたくないか!」
――ズバッ、と言ってやった。俺も甘くなっちまったぜ、ったくよ~。
「はぁ? 意味わからないんだけど。ほんっとに気持ち悪い、あたしに近寄らないでよね」
無意味にHPが削られていく。
ぐふっ……。これも乙女心……なんだよね?
「自分に素直になるんだ。俺のことが好きなら好きとはっきりと言ってくれよ!」
「……誰が? なんであたしがあんたみたいなカマオを好きにならないといけないのよ。あんたバカじゃないの? いやバカよね? キモイのよ、変態!」
――オカマ!
「……うはっ」
鋭い刃物のような罵詈雑言を浴びせられた。
――破壊力が強すぎる! もう、耐えられねえ!
俺の心はノックダウン、乙女心は難しかった。




