第6話 当店は楽しく飲む分には歓迎します
「うぉおおおおおおお!!酒だぁああああああ!!」
扉が開いた瞬間、店内に野太い声が響いた。
入ってきたのは、十人ほどの男たちだった。
全員、見事に海賊だった。
開いた胸元。
腰の曲刀。
肩に乗った妙に賢そうな鳥。
片目に眼帯。
むしろ、ここまで海賊だと少し感心する。
「ここは酒場かぁ!?」
先頭の大柄な男が言った。
たぶん船長だ。
理由は、帽子が一番大きいからである。
「はい。バーです」
「ばー?」
「酒場です」
「酒場か!なら問題ねぇな!」
海賊を受け入れることを想定はしていないが、問題はないと思う。
「ご注文はいかがいたしますか」
「強い酒!」
「ラムでよろしいですか?」
「ラム!いい響きだ!」
「乾杯だ!」
「新しい酒場に!」
まあ、楽しく飲む分には歓迎する。
「うめぇ!」
「なんだこれ、喉が焼ける!」
「焼ける酒はいい酒だ!」
陽気だった。
かなり陽気だった。
正直、うるさい。
だが、少し賑やかなくらいで文句は言わない。
この店のマスターは、今さら海賊が十人来たくらいで驚いていては務まらない。
「海の男というのは、どこの世界でも豪快でござるな」
侍さんが日本酒を飲みながら言った。
「侍さんの世界にも海賊いるんですか?」
カルーアくんが聞く。
「おる。拙者の国では水軍と呼ぶこともある」
「水軍」
「海に強き者どもでござる」
「おー、なんかかっこいい」
「ただ、酒が入ると大体あのようになる」
「ああ……」
カルーアくんが海賊さんたちを見た。
「俺の世界にも海賊っぽいのいましたけど、大体イベントボスでしたね」
「いべんとぼす」
「海に出ると襲ってきて、勝つと船がもらえるんです」
「船を奪うのは海賊なのでは?」
「あ」
チート転生者も、立場が変われば海賊なのかもしれない。
「おい、そこの兄ちゃん!」
海賊の一人が、カルーアくんに声をかけた。
「その白い酒は何だ!」
「カルーアミルクです」
「マスター!それ十杯!」
「全員分ですか?」
「全員分だ!」
異世界海賊団が全員でカルーアミルクを飲む光景。
たぶん、世界でこの店だけだと思う。
「甘っ!」
「うめぇ!」
「この世界、酒に関してやべぇぞ!」
海賊たちは楽しそうだった。
楽しく飲む分には何も問題ない。
多少声が大きくても、客同士で盛り上がっても、それは別に構わない。
しかし。
「しかしよぉ、マスター」
船長がカウンター越しに身を乗り出した。
「この店、いいな!」
「ありがとうございます。ですが、カウンターの中に入るのはご遠慮ください」
「はっはっは!ちょっとくらいいいだろ!」
「ご遠慮ください」
「マスター、つれねぇな!」
そのまま船長が、カウンターを越えようとしてきた。
たぶん、彼らの世界では、酒場で肩を叩くくらいの距離感なのだろう。
酔って、笑って、勢いのまま私の肩へ手を伸ばした。
たぶん、悪意はなかった。
――だが、その瞬間。
一番奥の席から低い声がした。
「そこまで」
一瞬だった。
船長の身体が、顔以外凍り付いた。
「な、なんだこりゃああああああああああ!!」
「お頭ぁぁぁ!?」
「何しやがったぁ!?」
「やんのかぁ!?」
海賊たちが船長が凍り付いたのを見て、立ち上がる。
それに対して、侍さんが腰を浮かせ、カルーアくんが小さく何かをつぶやいた。
そう見えた時には、もう終わっていた。
カンカンカン、と乾いた音が連続する。
海賊たちの曲刀が全員分床に落ちた。
「え?」
船長が呟いた。
海賊たちも呆然としている。
「マスター殿、出過ぎた真似をしたでござる」
侍さんが、割り箸を持ったまま頭を下げる。
「いえ、大変助かりました」
「抜刀はしておらぬ」
「はい」
「割り箸でござる」
「ありがとうございます」
割り箸で十人分の武器を叩き落とす人を、私は初めて見た。
いや、見たと言っていいのか怪しいけど。
そして、床も壁もグラスも棚も無事に見える。
「ふぅ、保護魔法が間に合ったようですね」
カルーアくんが何か魔法をかけてくれたらしい。
完璧すぎた。
つっよ。
常連の皆さん、つっよ。
なお、私の戦闘力はゼロである。
今の一瞬で何が起きたのか、何も理解できていない。
「マスター、怪我は?」
カルーアくんが聞いてくる。
「ありません」
「よかったです」
「ありがとうございます」
「テーブルとグラスも無事です」
「本当にありがとうございます」
とても大事だ。
「魔法使いさん」
「なーにー?」
「床は大丈夫ですか」
「大丈夫よ。氷は床に触れてないわ」
なんでもありですね。
「そんなことできるんですか」
「私を誰だと思ってるの」
奥の席に、魔法使いさんが姿を現した。
脚を組み、グラスを持っている。
非常に偉そうだった。
「マスターが怪我したら、誰がお酒作るのよ」
理由がそれなのか。
侍さんが頷いた。
「マスター殿に何かあれば、ここで飲めなくなる」
あなたもですか。
カルーアくんも言った。
「この店のお酒、異世界だと再現難しいので」
この人たち、優しいのか、酒に執着しているだけなのか、たまにわからなくなる。
たぶん、両方だ。
「お客様」
私は、できるだけ落ち着いた声で言った。
「当店では、カウンター内への侵入は禁止です」
「い、いや、俺は別に殴ろうとしたわけじゃ……」
「存じております」
私は頷く。
「ですが、危険と判断されました」
「判断早すぎねぇか!?」
「当店の常連判断です」
「常連判断!?」
この店では、常連判断が法律より早い。
勝手に発動する。
非常に助かっている。
「ま、待て!悪かった!俺たちは楽しく飲んでただけなんだ!」
「それはわかっています」
私は言った。
「楽しく飲んでいる間は、こちらも歓迎いたします」
海賊たちが静かになる。
「ですが、他のお客様や店員に危険が及ぶ行為は困ります」
「……」
「それに、グラスが割れる可能性がありました」
「そこ!?」
カルーアくんが小さく突っ込んだ。
そこも大事なのだ。
「申し訳ありませんが、本日はここまでとさせていただきます」
「出禁か!?」
海賊たちがざわめいた。
「出禁なのか!?」
「せっかく酒の美味い店見つけたのに!」
「カルーアミルクは!?」
酒を褒めてくれるのは嬉しい。
「反省していただければ次回以降のご来店は歓迎いたします」
「本当か!」
船長の顔が明るくなった。
「魔法使いさん、氷を解いていただけますか」
「えー」
「えー、ではなく」
「まあ、いいわ」
魔法使いさんが指を鳴らした。
氷が音もなく消える。
水滴すら残らなかった。
本当にすごい。
「お会計をお願いします」
「おう!詫びだ!」
船長が懐から袋を取り出した。
中には金貨のようなものが入っている。
「これを受け取ってくれ!」
「申し訳ありません。当店では基本的にカードか電子決済で」
「カードならある!」
「あるんですか」
船長は得意げに、黒っぽいカードを取り出した。
本当にどうなっているのだろう。
船長が、少しだけ気まずそうに帽子を取った。
「マスター」
「はい」
「悪かったな。ちょっと調子に乗った」
「次回から気をつけていただければ」
「次も来ていいんだな?」
「ルールを守っていただけるなら」
「守る!」
船長が大きく頷いた。
他の海賊たちも頷いた。
「では、またのご来店をお待ちしております」
「おう!野郎ども、帰るぞ!」
「おお!」
扉が開く。
潮の匂いが、店内に少しだけ流れ込んだ。
「じゃあな、マスター!」
「カルーアの兄ちゃんもまたな!」
「僕は別にカルーアじゃないです!」
「侍の旦那、次は飲み比べだ!」
「承知したでござる」
「魔女の姉ちゃん、氷はもう勘弁な!」
「態度次第ね」
「こえぇ!」
海賊たちは笑いながら帰っていった。
扉の向こうには、月明かりに照らされた海と、大きな帆船が見えた。
バタンと扉が閉まる。
店内に静けさが戻る。
私は深く息を吐いた。
「……皆さん、ありがとうございました」
魔法使いさんは笑って、グラスを傾けた。
「でも、よかったじゃない。怪我がなくて」
「はい」
それは本当にそうだった。
誰も怪我をしていない。
店のものも壊れていない。
海賊さんたちは少しだけ店のルールを覚えた。
良い夜である。
なお、床に落ちた曲刀の跡は一つもなかった。
カルーアくん、本当に有能である。




