第29話 迷いも悔いも、炎にくべて
「騎士団長様……。入るならノックしてから入ってきてください」
彼がわざとらしい大きな足音を出していたから気付けたけど、ちょっとびっくりするからやめてほしい。
事実、ルナシーとユーリアさんがびっくりしているでしょう?
前決闘したときから思っていたけど、この人どこか子供らしいところがあるのよね。
「あら、ごめんねェ? やっぱり気付くのね、さすがだわぁ」
「ノックはしていなかったようですけど、足音がしたのですぐにわかりましたよ」
「あれはね、わざと☆」と悪戯っぽく言う彼に、少し腹が立つ。
まぁ、気配を完全に消さなかっただけまだましだと思うか。
それよりも気になることがある。
「それで、誰も言っていないとはどういうことなのですか?」
「お貴族様の多くが、あの姫君たちが婚約者になるぐらいならあなたがなることを望んでいたのよ。実際、陛下に対して直談判を行った者もいるわぁ。」
「まぁ、そのバカは陛下にド叱られたけど。」と冷ややかに続ける騎士団長。
一体、その男は何をやったんだ?
彼は軽いノリで言っているけど、顔つきは険しいものだ。
イヴァン様に叱られるほどのことか……。
かなり過激な手段を提案してそうだな。
時期にもよるけど、もしヴィクトルとの婚約時の時だったらぞっとする。
いや、十中八九そうか。
「ここに長い間いる姫君とは違う国のご令嬢も調べているのよ。陛下は余りにも女っ気がなかったし、彼女たちじゃ役目を果たせないと判断したからね」
言われてみれば、確かに。
大抵、どこかの国の王妃とかになる人ってみんな口がうまいのよね。
私が武力を持って武装しているのであれば、あの方たちは弁論で武装していると言える。
言葉の裏の裏まで予測して話さなきゃいけないから、姫君たちとは別の意味で疲れる。
まぁ、将来国を背負うという自覚が強すぎて、ピリピリしていたのでしょうけど。
「それで、第一候補に躍り出たのがあなただったのよ。リュミエールに留学した子女様たちから、すっごく評判がよかったの」
「特に熱意があったのはその子たちの親御さんだったわ」と、おまけみたいに言うけど、直談判した人その中にいるんじゃ……。
そういえば、フリーギドゥムから留学してきた人たちってみんな礼儀正しかったのよね。
なぜか、ヴィクトルよりも私に対して礼儀正しく接していたのはとても不思議な気分になったことを思いだす。
あの人たち、元気でやっているのかしら。やっていると思おう。
「なぜ、彼らはそこまで私に好印象を抱いているのですか? 『鮮紅令嬢』もそうですけど、そもそもエキャルラット自体評判がよろしくないのに」
「あなたがいろいろな意味で炎みたいな子だからだと思う。ここは極寒の帝国。炎にすがりたくなるのは何もおかしなことではないの」
それで、良いのか?
満面の笑みで浮かべる彼にそう問うように視線を向けるが、何も言わない。
私が炎みたいってどういう意味なのかしら?
ちょっと、言っていることが抽象的過ぎて分からない。
紅い瞳とか、得意魔法が炎魔法だから炎みたいと言うのは分かる。
でも、彼が言いたいことはそうじゃないと、なんとなく思う。
もしかして、もっと内面のこと?
私、熱血系ではないと思うのだけど。
「アタシから、一つ聞いてもいい?」
「……なんでしょうか」
「どうして、陛下の求婚を受諾してくれたの? あなたは『エキャルラットの評判がよくない』と言ったけど、陛下の評判も良くないのは知っているでしょ」
言外に「後悔していないの?」と問いかけるように騎士団長は憂いを帯びた視線を私に向ける。
婚約破棄をされて、私の心にはどこか空洞が開いてしまった。
ヴィクトルを殴ってしまったあと、爽快感と共に埋めきれない虚無感に支配されたことを覚えている。
不安ばかりが、私の頭の中で渦巻いて見えるものを見えなくさせた。
その時に差し込んだ光がイヴァン様の手だった。
「彼の隣なら、色々な景色を楽しめると思ったからです。景色を楽しむのに見る人の評判なんか関係ない。少なくともそう信じています」
彼は『冷血皇帝』と呼ばれているけど、それは彼を形容するにふさわしいとは思わない。
だって、あの時ハンカチを出した手は決して冷たくはない人の手だったのだから。
虚無感に支配されていた私に『人生を楽しみたい』という感情を思い出させたのは彼の不器用な言葉だった。
だから、評判だけがその人を形作っているとは思わない。
「やっぱり、あなたはまっすぐね。『社畜令嬢』と揶揄されても折れなかった人なだけあるわぁ」
「ちょ、ちょっとその名前で呼ぶのはやめてください。恥ずかしいので」
この人、本当に人の黒歴史を的確に抉ってくる。
私をからかうことを楽しんでいないか?
嫌な思い出しかないけど、『社畜令嬢』はある一種の努力の勲章だと思うことにしよう。
きっと、そう呼ばれるまでの過程がなかったら、私はここにいないと思うから。
「あなたはあなたのやりたいようにやりなさい。大丈夫、よほど倫理にかけることじゃなければ、アタシたちは敵にならないわ」
先ほどまでの揶揄うような口調は鳴りを潜め、大人らしい落ち着いた口調で彼は言う。
彼は、この一言を伝えるためだけにここに来たのか。
あくまで私の想像だけど、そうであってほしい。
「それじゃ、またね~」
正午を知らせる鐘が鳴ると同時に彼はつむじ風のように勢いよく駆け足で部屋を去った。
あまりにも駆け足で行くものだから、少しおかしくて笑ってしまう。
「相変わらず、嵐のような人だったわね。騎士団長様はいつもあんな感じなの?」
「うーん、掴みどころがないとはよく聞きますね。そんなところに救われている人も多いのですよ」
ルナシーがのんびりとそう言うように、間違いないと思う。
実際、私の胸につかえていた葛藤が全てとは言わないけど、かなり小さくなった。
私は、私らしく生きていい、か。
それでいいのであれば、そうさせてもらおう。
「ルイーズ様、先ほど騎士団長様がおっしゃられていたように基本的に私たちはあなた様の味方です。なので、何なりとお申し付けください」
「そうです。あ、でも、人の道を外れそうになってしまわれたら全力で止めますよー!」
ユーリアさんとルナシーが胸を張って、そう宣言する。
そうだ。私はもう、リュミエールにいたときのように一人ぼっちじゃない。
一人ですべてを抱え込む必要などもうないのだ。
「ありがとう、二人とも。とても心強いわ」
窓の外の空を見上げると、雲一つなく青く澄んでいる。
相変わらず、外からは姫君たちの金切り声が聞こえるけど、全く気にならない。
それよりも、笑いながら仕事に励む人たちの声が心地いいからだ。
「それじゃ、二人とも早速頼らせてもらってもいいかな?」
心ゆくまで、人生を謳歌するために本格的に動き出そう。




