第2話 黙ったままでは終われない。
「ああ、うるさいうるさいぞルイーズ。貴様は俺を怒らせるようなことしか言わない。おい、誰かこいつをつまみ出せ!こんなやつ国外追放にしてやる!」
ついに本格的に癇癪を起こしたヴィクトルは越えてはならない一線を越えてしまった。
国外追放、それは王国の中にある刑罰の中でも最も重い罰。それを一人の癇癪ごときで下そうとしているのだ。
会場はさらに緊張が高まり、ピリついた空気が広がる。みなが息をひそめる中、ルイーズは変わらず堂々と前に出た。
「ヴィクトル殿下、ご自分がどんな発言をしているのかよく分かっているのですか?」
眉間にしわを寄せながらその笑みは崩さないルイーズ。しかし、彼女の問う声は低く、そこには確かに怒りが込められている。
「なぜ俺がそのようなことを考える必要がある。全く、本当に姉弟揃って口うるさいところはそっくりだな。あぁ、弟も追放するか。あいつも目障りだからな。」
その時、確かにルイーズの中で何かが切れる音がした。
会場のざわめきはさらに高まりをみせる。ヴィクトルの横暴さに眉を潜めるものがほとんどだが、一部だけ顔を青くする。
一部は気づいているのだ。ルイーズの様子が明確に変化していることに。
ミシミシとルイーズの持つ扇子が音を立てて今にも割れそうになっている。
それに気づかぬ者は表立って感情の変化を見せないルイーズを冷酷だと思い、近くにいる者とひそやかに非難する。
「本当にあなたはいつまでもおんぶにだっこで子供みたいなお方ですこと。」
兵士たちの手がルイーズの身柄を拘束しようと伸ばされる。しかし、その腕はついぞ届くことはない。
「これはいったいどう言うことだ、ヴィクトル。」
威厳のある低い声でそう問いかけるのはこの国の国王である。
さすがのヴィクトルも国王を前にして横柄に言葉を発することはない。
「そ、それはルイーズが……。」
「ほう、この騒ぎルイーズ嬢も関係しているのか。お前に聞くよりも彼女に聞く方がよさそうだ。」
先程の態度はどこに言ったのか小動物のように縮こまるヴィクトルはうまく言葉を紡げない。
物言えぬ息子を無視してルイーズに振り替える。国王はルイーズの様子に一つため息をつく。ルイーズは笑みは浮かべているものの内側に宿る怒りを隠しきれていないのだ。
「ルイーズ嬢、主でよければ私にこの騒ぎの全容を報告せよ。」
「御意にございます。このルイーズ・エキャルラット、今から報告する内容を一切の嘘偽りなく報告することを国王陛下に誓います。」
そのよく通る声で宣言された内容に参加者たちは面を食らう。しかし、依然としてルイーズのみが堂々としていた。
狼狽するヴィクトルや小動物のように見つめるミラをちらりと見たルイーズは続ける。
「この騒ぎの起因となったのはヴィクトル殿下の一方的な婚約破棄宣言にあります。そして、騒ぎがさらに大きくなったのは殿下が私たち姉弟を国外追放すると宣言したからです。」
簡略に、されど不足しているわけではない。国王が状況を理解するには十分な量の情報を彼女は伝える。
彼女の視界にはヴィクトルのそばで小刻みに震えるミラの様子が目に入る。
「ほう、婚約破棄とな。」
「殿下曰く、私が彼のそばで侍っているミラ・マルタン令嬢をいじめたことが原因らしいのです。私がマルタン男爵令嬢と対面したのは今日が初めてですが。」
ルイーズは口元を扇子で隠しながらもう一度二人を見やる。先ほどよりも鋭利で切れ味のあるナイフのように、視線を細めて。
「ルイーズ嬢の言葉のみで判断することは正直難しい。だが、私が学園を訪問をした時に見たのはマルタン男爵令嬢の腰を抱くヴィクトル、お前だ。ヴィクトル、これに異論はあるか。」
ルイーズが発した一言に反論をしようとしたヴィクトルは、口をあんぐりと開いたまま、石膏のように固まった。
「ど、どうしてそれを父上が……。」
「それでどうなんだ、ヴィクトル。いいか、今恥をかいているのはお前じゃない。お前の茶番劇に付き合わされたルイーズ嬢の方だ。」
実の父親に醜いものでも見るような目で見られたヴィクトルは顔を歪め、ルイーズの方に向き直る。
周囲の者たちは彼がルイーズに謝罪をするかと考えた。
どれだけ嫌悪感を抱いているとはいえ、父親の前で、国王の前で常識外れの行動はしない。そう誰もが考えていた。
「ルイーズ、全部お前のせいだ。お前のせいで何もかもうまくいかない。お前の、せいで」
なんと、ヴィクトルはルイーズに向かって拳を握って突進してきたのだ。
いくら非常識なところがあろうとも、女性ましてや婚約者を殴るほど愚かではない。そう考えていた者たちにとって、彼の行動は狂っているとしか思えなかった。
ギャラリーにいる令嬢は甲高い声で悲鳴を上げ、令息たちはその鬼気迫る勢いに腰を抜かす。
いよいよ、ルイーゼが殴られる。殴られたらただでは済まないだろう。
ギャラリーの意思が一つになった、その瞬間だった。
「僭越ながら国王陛下、一つ許可をいただけませんか?私、腸が煮えくり返って仕方がないのです。」
凛とした声がギャラリーに響く。声の持ち主はヴィクトルの拳を難なく受け止めたまま離さない。それどころか、ヴィクトルは彼女の手から離れることができないようだ。
そこに立っていたのは、片手でヴィクトルの拳を受け止めるルイーズだった。
疲労困憊になりかけたヴィクトルとは対照的に、汗一粒も流さず笑みを浮かべるルイーズ。
「はぁ、嫡子ではないからと甘やかして育てた私がばかだった。思う存分やってみよ。《《鮮紅令嬢》》」
国王陛下が手を振り兵を生徒たちの近くに配置する。生徒たちの壁になるように配置される兵士たち。
それを見たルイーズは眼鏡をはずす。その瞬間、彼女の纏う空気が一変する。
今まで纏っていた気配は何だったのかと言いたくなるほど強大で濃密なオーラ。
「御意にございます、国王陛下。……それでは、殿下。」
「な、なんだ。この手を、離せ。」
ルイーズは輝くような晴れやかな笑顔を浮かべ、ヴィクトルに向き直る。
彼女の変貌を受け入れられないヴィクトルはその場から逃げ出したくてたまらなかった。
しかし、そのようなことは許されない。
「私がいじめていたとおっしゃっていましたが、実際に受けてみます?私の拳一発を。」
ヴィクトルは火事場の馬鹿力でルイーズから距離を取る。さすがの察しの悪さでも理解できるのだ。自分が踏んではならない爆弾のスイッチを押したことに。
しかし、今更そんなことに気づいたところで、ルイーズは止まらない。
「ウガァッ!……った、あ、あれ鼻血が止まらない。」
鈍い音が響くのと同時にヴィクトルが吹っ飛ばされる。
軽く宙を舞い、地面に叩きつけられたときにはその端正な顔立ちは台無しになっていた。
鼻血をたらたらと流し、両頬が大きく腫れ上がり、立ち上がることは出来ないようだ。
「あら、ごめんなさい。拳をふるうだなんてあなたの婚約前以来だから、ついやりすぎてしまいました。でも、骨が折れないようには気を付けましたから安心なさって?」
「き、貴様……!」
そう笑う彼女はこの会場の誰よりも堂々としていた。ギャラリーにいる者たちは彼女が一輪の赤薔薇のように華やかで強烈に見えていた。
ルイーズ•エキャルラット。
人呼んで『鮮紅令嬢』は、武闘派揃いのエキャルラット家の英才教育を受けた戦闘の天才である。
ヴィクトルと婚約してからは王家に入ることを踏まえ、あくまでも自衛のための鍛錬しかしてこなかった。本当は実践的な技術を学びたいという思いを閉じ込めながら。
彼女はヴィクトルのために頑張る中で、本当はこう思っていた。
『もっと私の力が生かせればいいのに。もっと力を行かせるところに行きたい』
*
「ほう、彼女は折れていなかったのか。――あの時と変わっていなくて何よりだ」
血が手を染めながらも優雅な立ち振舞いをするルイーズに1人の男がほくそ笑んだ。
その男の名はイヴァン・キリーロヴィッチ・ヴォルコフ。リュミエール王国の隣の大国であるフリーギドゥム帝国を治める若き皇帝。
イヴァンはある思惑を持って、パーティー会場の中心へ足を進める。




