第12話 あなたに伝えたい気持ちを剣に乗せ
「それでは、先に攻撃を仕掛けさせてもらおう」
風を裂く音が耳に響く。先に仕掛けたのは陛下だった。
その筋肉質で太い腕から繰り出される低く重い一撃。それはすぐさま私の喉元に迫ろうとする。
「最初から随分と飛ばしますね、陛下?」
「ふっ、小手先の技を使っていてはどうにもならないからな。とはいえ、この程度の技なら軽くいなすというのか、さすがだ」
本当に笑えない。どう見えたら私が技を軽くいなしているように見えるんだ。
――私の言動に余裕があるようにでも見えたのか?
確かに、今陛下の一撃を剣で相殺した。
彼の力強い一撃を何とか跳ね返せたけど、その代償に少しの痺れを感じる。
腕の耐久力が追い付かなかったのだろう。
その痺れは確実に私の集中を削いでいく。
うーん、これはあんまりよくない。長期戦を覚悟していたけど、仕方がない。
「こちらも全力でやらねば無作法ですよ……ね!!」
力で勝てないのなら技を、技でも不十分なら速さを。
余計な情報を排除し、それらに全ての意識を集中させて、彼の急所に叩きこむ。
相手の隙を縫うように、粘着質で嫌味に感じる一撃を。
「これは……ハハッ、面白いではないか」
どうしても、女と男では力の差というものが如実に出てしまう。
特に彼のように鍛錬を積んだ男と、私のような書類仕事ばかりしてろくに動いていない女ならなおさらだ。
でも、そんな前提条件を受け入れるつもりは毛頭ないし、つまらないことだ。
「はぁ、はぁ……そう簡単に行くものでもないですね」
「息が上がっているぞ。もしかして、もうくたばったのか?」
「そうですね。ここまで動くのは久しぶりなもので。でも……」
余裕も意地も何もかもを無くしてからが本番でしょう?戦いというのは。
お互いに息が上がり、体力の限界が明確に見え始める。
今、私たちが思っていることはきっと同じだろう。
自分の限界が来る前に相手を仕留める、と。
剣戟の激しさはさらに大きく、近くにある木々は私たちの戦いの熱に呼応するように揺れている。
「ここまで、接戦になるとはな。――エキャルラットの娘というのも伊達ではないのだな。よく磨き上げられた技術だ」
「ありがとうございます。一武人として光栄ですわ」
風が止み始め、私たちも制止する。
心を整え、渾身の一撃を相手に披露するために。
お互いの目を合わせる。一撃を打つ時機を見定めるために。
「なんと、これほどまでとは……」
そう目を丸くする皇帝陛下の手に剣はなかった。
彼の剣は宙を舞いカランと音を立て、後ろに飛ばされる。
――それが示すは私が彼に勝ったということだ。
「いかがでしたでしょうか? 久しぶりに剣を振るったということもあって、かなり腕が鈍ってしまったのですが、満足いただけたのなら幸いです」
本当に良かった。一か八かでやってみたけど、案外うまくいくもんなんだね。
楽しかった。すごく満たされた時間だった。
もう一戦ぐらいやりたいなとは思うけど。
それにしても、どうしてそんなに落ち込んでいるのですか?皇帝陛下。
無表情で一見何も変わっていないようだが、長年人の顔を伺い続けた私にはわかる。
「あの、陛下。なにか私が不相応なことでもしてしまいましたか?」
「いいや、君がしたわけではない。……すまない。君にかっこいいところを見せようと思ったら、逆に魅せられてしまった事実を噛みしめているだけだ」
時が止まるとはまさにこのことを言うのか。開いた口が塞がらない。
彼のその流暢に紡がれた言葉を理解したときには、顔がリンゴのように真っ赤になる。
顔に熱が集まり、悶えそうになるのを必死に耐える。
だって、そうだろう。
あんなこと、もう口説いているも同然ではないか。
「どうしたんだ、ルイーズ嬢?どこか痛いところでもあるのか?」
「だ、大丈夫ですよ。痛いから蹲ったわけではありませんから」
いきなり蹲った私を彼は心配そうに覗き込む。
『水はいるか?とりあえず、このタオルでもかぶっておくか』と、慌ただしく動く彼は普通の青年のように見える。
なーにが『冷血皇帝』だ。
ただの優しくてちょっと不器用なだけじゃないか。
冷血たる所以はきっとあるだろう。でも、きっとそれは彼の本質ではない。
「陛下、自分が今どんな発言をしたか気づいていらっしゃいますか?」
「なにをそう笑いをこらえているんだ? 特に変なことは言っていないだろう?」
あら、本当に自分で気づいていないの?純粋に思っていたことがポロリと出てしまっただけなのかしら。
自分よりも遥かに背丈の高い男に『可愛い』という感情を抱く日が来るとは思わなかった。
でも、これは仕方がない。だって可愛いのだもの。
「私に『かっこいいところを見せたい』と思うぐらい、私のことが好きなのですか?」
少し揶揄うようにそう言うと、彼の顔も赤くなる。
――ようやく、自分が言ったことに気づいたのだろうか。
恥ずかしそうに私から顔を背けてしまった。
「あぁ、そうだ。本当はもっとちゃんとしたことを言おうと思っていたんだが、なんだか締まらないな」
「でも、私は締まらなくても今の言葉嬉しかったですよ」
彼ははっとしたような顔で私と目を合わせる。
あぁ、今私はどんな表情をしているのだろうか。
それこそ、彼の『締まりのない』と言える表情をしているかもしれない。
でも、今ほど彼に素直な気持ちを伝える好機はない。
「私、陛下にとても感謝しているのです。あなたに助けられたこと。あなたに渇望を思い出させてもらったこと。あなたのおかげで、私は私に戻れたような気がします」
彼があの時声をかけてくれなかったら、どこか私は壊れてしまったのだろう。
渇望を思いだせと言ってもらえなかったら、人生をただ怠惰に消費してしまっていた。
そんなつまらない人生から連れ出してくれた彼に伝えたいのだ。
「だから、叶うのならあなたのそばで人生を歩みたい。あなたのそばで色々なものを目にしたい。ダメでしょうか?」
恐る恐る彼の方を見ると、ボフンと音が出るように顔が茹っていた。そして、深呼吸したかと思えば、私の手の甲にキスを一つ落とす。
「ダメなわけがない。今きっと俺は世界で一番幸せな人間だろう。……本当にありがとう」
私をまっすぐと射抜いた彼は春のような、穏やかな笑顔を浮かべていた。




