仲間とそれ以外
「ところで、この世界には貴族や王様はいないのか?」
キリは宿をとって、ようやく落ち着いた時、スズに尋ねた。
「ん?いないし、いても面倒じゃない。」
スズは首を傾げて、即答する。貴族や王様がいる世界は上下関係が、とても、面倒だ。
「それはそうだが・・・。」
キリはその反応に頷きながらも、どこか、腑に落ちていない。
「きぞくってなんっすか?」
ラゴットは聞き慣れない言葉に問うた。
「あー。貴族って言うのは・・・、偉そう?かな。」
キリはうーんと唸りながら答える。それにスズがクスクス笑った。
「そうなんっすか?」
「ふふ。貴族って言うのは、身分のこと。私の故郷にたくさんいたの。」
スズは窓を見つめた。遠く故郷にいる妹と彼女を囲う人々。彼らがスズを追い出してからどうなったか。
「身分・・・。ふーん?」
ラゴットには想像できないものだったようだ。
「キリ。さっき、二人が話していた『効果持続薬』って、結局どれぐらい続くの?」
スズは、ラゴットがいつまでも悩まないよう、話を切り替えた。
「んー。三日ぐらい。」
キリは少し考えて答えた。三日もあの顔であれば、うろうろしないだろう。
「・・・。ふふ。少しやり過ぎたかしら?」
スズは小さく笑った。
効果持続薬をいたずらみたいに使う冒険者はいないだろう。あの薬は、基本的に魔物を退治する際に使う。文字通り効果を持続させる薬だ。使い方を変えれば、もちろん、自身の能力を上げる効果を持続させたり、治療にも使える。
だが、さきほども言ったが、いたずらに使う馬鹿はいない。効果持続薬そのものが、貴重だからだ。つまり、相手を追い払うために、魔導を交えた効果持続薬を使う、なんてことをする冒険者はいない。キリやスズのようにその薬をストックできてしまうような、化け物だからこそ、だ。
残念なことに、そんな化け物たちと共にいるラゴットは、もうそこで、ツッコミを入れるような野暮なことはしない。ツッコミをするという思考はもうどこかにいってしまった。
「キリがすすまみれの顔にするとは思わなかったっす。」
ラゴットはなんとなく、そう思った。キリは女性に対して、わりと礼儀正しいからだ。
「ははっ。俺も何を持続させようか、考えたけど、やっぱあれかなーっと。」
キリが真面目な顔から一転、小刻みに身体を震わせ、そう答えた。
「そうっすか・・・。なんだかかわいそうな冒険者たちっす。」
ラゴットはただ哀れだと呟いた。
「すすまみれ以外の魔導はちょっとやばいから、適切だったわ。」
「え・・・?」
スズの言葉に、ラゴットは驚いてキリを見た。
「ははっ。そうだな。あとは流血沙汰になるから。」
「ほかになにがあるっすか・・・?」
ラゴットは好奇心もあいまって、尋ねる。
「首だけ浮かす、とか・・・?」
キリが本当に物騒なことを言ったので、ラゴットは顔を青ざめた。実際にそれぐらいのことができるので、やらなくて正解だ。
「・・・すすまみれで良かったっす。」
さすがに、ラゴットも首を浮かせる魔導なんて、みたくない。すすまみれが妥当だということが分かった。
ラゴットもキリもスズも、冒険者達が何を目的で、スズ達を呼び止めたのか、あまり気にしていなかった。
レベルが極端に高い二人は、誰かが声をかけるだろうし、仲間になりたがるだろう。ラゴットはあの二人が仲間になろうと呼び止めていたのだと理解していた。
スズは違う視点で考えていた。あの二人はただの冒険者ではない。あの二人はラゴットと話をしたがっていた。ラゴットはハーフのドワーフだ。両親のどちらかがドワーフ。本人に尋ねるつもりはない。いずれ話してくれるだろうと、考えている。
「・・・それにしても、あの二人、ラゴットに用事があったよな?」
キリがスズに尋ねる。ラゴットは夜になると早々に寝入ってしまう。夜間はキリもスズ起きているが、ラゴットを起こさないように、静かに会話をしている。
二人の夜は、いつも静かで、特に何かを会話することはなかった。
「そうね。私のラゴットを奪うなら許さないわ。」
スズはいつもより不機嫌だった。スズが、あの二人に悪戯をしかけたのは、無論、許せなかったのだ。ラゴットはスズが仲間だと言ったのだ。他人が今更、自分の大切なものに声をかけるなど、許せるはずもない。
「・・・。調べてこようか?」
キリも同様の感情を抱いている。なんなら、流血沙汰になっても良かったとすら考えている。
「・・・えぇ。お願いするわ。私も元巫女ですから、能力を行使しましょう。」
キリはスズの返事と同時に闇に消えていった。元々、裏を歩くことに慣れているキリが、闇に紛れて色々と動くことは容易い。
そして、キリと違うが同じように特殊な力を持っているスズも、自らの能力を行使して、いくつかの召喚を行った。精霊ではないが、呼び出せる生き物は他にもいる。その中に、精霊よりも下位の存在である悪魔がいる。悪魔は種族名なので、悪意あることをする生き物ではない。ただし、悪意をお願いされれば、無論、悪意を行う。
「できればお願いしたいことがあるの。」
スズは、召喚した悪魔にとあることを頼んだ。
『行いますが、その代わりに貴方の夫を名乗り出ても?』
悪魔は意地悪そうに笑った。
「・・・私を手にしたい精霊を黙らせられるの?」
スズはクスクス笑う。
『貴方は・・・。良いでしょう。願いは叶えます。』
悪魔は頭をふって、頷いた。相手が悪いと諦めた。
「数日後には結果を教えてくれるかしら?」
『数日?そんなに必要ないですよ。』
悪魔ははっきりと言った。不敵に笑い、消え失せる。
翌日、キリは不満そうにスズを見つめる。スズはキリの隣に立つ男性を見ながら、面白そうにしていた。
「スズ。悪魔を召喚したのは別に良いが・・・。なんで俺にべっったりくっつかせる?」
「ん?私が頼んだわけないじゃない。ねぇ?」
スズがにっこりと笑った。悪魔がびくびくしているのがよく分かった。キリも分かるぐらいに怒っていた。
「何したんだ、お前。」
くっついて離れない悪魔を引き剥がして、問うた。
『俺は何もしていない!お願いされた、ラゴットの両親の話をしただけ!』
悪魔は本当に怯えている。
「ラゴットの・・・。」
キリはそこでようやく、理解した。ハーフの両親を聞かされる。それは、本人がもっとも辛い部分。
「そんなもん、聞いたって・・・。」
キリがうなだれた。そもそも、キリだって聞かせたくない話だ。ただ、確かに冒険者の二人が関わっていることでもある。
「私が怒っているのは、別にその悪魔に対してではないわ。ラゴットの真実を聞くのがもっとあとでも良かったのに・・・。」
スズは悲しそうに呟いた。スズにも、他者に過去を話したくないことがある。話す必要があれば、自ら話す。ただ、今回だけはどうしてもその話を聞く必要があった。
例の二人の冒険者は、ラゴットの親族から依頼を受けていた。ラゴットを連れ去って帰らせて欲しいとのことだ。無論、スズもキリもそんな勝手を許すはずないが、ラゴットの意思が帰ることであるならば、仕方なく許すしかなかった。しかし、それが誘拐に等しいことならば許すつもりはない。二人にとって、すでに仲間であるラゴットが自分の意思関係なく出て行くことは我慢できないし、我慢するつもりもなかった。
キリが収集した情報はすぐにスズにも共有された。なんでも、ラゴットの親族が、ラゴットの才能を評価し、結婚の話を計画している。それをラゴットが望むような話ではないことは、すぐに理解できた。彼に決められた婚約者は、彼を蔑んでいるし、例え結婚しても、ラゴットを家族のようには扱わないだろう。
キリが最も嫌いな存在だ。相手を陥れるならば、何をしても良いと考えている。
「ラゴットにも聞く必要はあるわね・・・。」
スズが心を痛める内容を、本当は話したくなかった。聞きたくもない。だが、仲間であり、家族のように思う相手に、真実を話し、聞く必要があった。
「そうだな。ラゴットが俺たちから離れるなんて、許さないけど。」
キリは、自身のこともあるから、一番よく理解していた。婚約者の話なんて、ごろごろされた。それらを全部はねのけて家を出た。
ラゴットはあまりのことで、しばし、黙った。キリとスズが話してくれたのは、ラゴットの結婚の話。それを理由にあの二人の冒険者が動いていたこと。そして、キリとスズは勝手に話を探ったことを謝罪してくれた。二人は仲間であり、友であり、家族だから、ラゴットに謝罪してくれた。その上で、今後の話しをしてくれた。
「ラゴットのためにしたことだが、俺は、お前が抜けることは許さないから。」
キリはずばりと言ってのけた。そもそもラゴットは抜けるつもりはない。
「そ、そんなことしません!俺だって今の話を聞いて、びっくりしてますし。結婚の話なんて何回もされて、迷惑だったから、家出しましたし・・・。」
「だよな!」
キリは嬉しそうに笑った。ラゴットも頷いた。二人はラゴットを守ることになんの躊躇もしないと決めた瞬間だった。




