2章20魔王ですって?
魔王討伐に年齢なんて関係ない。かつて戊辰戦争で会津藩の50歳以上の藩士たちが立ち上がって戦ったではないか。年齢を気にしたときから老化は始まるらしい。……知らんけど。
やらなきゃいけないのだ。
この国にとてつもない魔物が現れ、国王により莫大な懸賞金が掛けられた。懸賞金の金額よりも魔物の正体が気になって仕方がない。誰もそのような魔物がいたなんて知らなかったということは新種の魔物かも知れない。魔王がいるとは聞いていたが、こいつだろうか。ならば地下深く寝ていればいいのに起きてくるからこれだけ大騒ぎになっているのだ。
大迷惑である。
いや、そんな悠長なことを言ってられない。すでにいくつかのパーティーが全滅している。運よく逃げ延びた人も重傷を負ってしまった。これ程の魔物が現れると誰が予想しただろうか。国王の命令で一般住民は町から避難をし、代わりに多くの兵士がやってきた。ところが、こんなとき真っ先に手柄をとるはずの貴族様がいない。
ええ?貴族様って国を守るために指揮を執るんじゃないの?そう日本の歴史を思い出した私だが、貴族様達は魔物と戦うことを免除してもらうために国へ多額のお金や宝石貴金属を寄付をしたらしい。そうか、それが莫大な懸賞金の財源か。
うわーっ最低!
憤慨する私をアルフォードがなだめる。確かにこう言ったことは何処にでもあるだろう。実際元居た世界でもあったことなのだ。でも国難だというのに、対価を払って働こうとしない貴族様に腹が立つ。
そんなわけで必然的に冒険者と兵士たち(もちろん兵士たちは隊長が指揮を執っている)とで魔物と戦うことになった。
その夜、ひしめきあうかのようにリーダーたちや兵隊の隊長たちが狭いギルドに集まり、対策を考えた。誰だって命が惜しい。回復や蘇生魔法を使うことのできる魔法使いが何人いるか、チート関係なく実力をあげているものはどれくらいいるか(私たち宿屋パーティーはここだ)。
もちろん、チートを失った冒険者たちはレア素材武器で立ち向かう。チートがあるから実力がないわけでないのだ。
指揮官がいない状況で私たちは一丸となって戦わねばならない。ホントに一昔前の冒険小説みたいだ。
とにかく魔物の情報が少なすぎる。森の偵察の為、ある魔法使いが使い魔を森へ派遣した。帰還した使い魔が何を見たか、その映像は魔法使いによって皆に共有される。
そこにはいつもの森のモンスターがいくつかいた。中級レベルのモンスター、そしてそれを狙う上級モンスター。森の弱小モンスターたちはこういったより強いモンスターによって淘汰されたと思われる。私たちはモンスター同士の争いが起きるだろうと考え少し気を緩めていた。
モンスター同士の激しい戦い。物理的に噛むとか叩くとかの話だけでなく、上級モンスターともなると体の動きからして違うのだ。
あたりに響き渡るモンスターの咆哮。ふと思い出したのは子どものころ見たガメラの映画。身を挺して人間を守った正義の亀怪獣だ。
共有された使い魔の映像の中に自分たちはいない。自分たちがもしそこにいたら瞬殺されるのではないか……。誰もが固唾をのんで成り行きを見守った。
戦いは上級モンスターが勝ち、倒れた中級モンスターを踏みつぶしたかと思うと天に向かって再び咆哮をあげた。
「上級モンスターだけでも相当な強さだ。もしかしたらこいつだけか」
アルフォードが呟いたとき、映像に異変が起きた。激しく映像が上下左右に乱れまくる。どうやら使い魔が慌てて距離をとったらしい。より上空へ、対象物から距離をとろうとしていた。
「こいつだ!俺がサラマンドラから見た魔物だ!」
マリスが叫び声をあげる。マリスが魔物だと呼んだそいつの姿は……。
「な、なんだ、この大きさは……」
魔物が目の前にいるわけでないのに何人かの冒険者の腰が引けて座り込む。
巨大な、とてつもなく巨大な魔物だ。戦いに勝ったばかりの上級モンスターは、背後から現れた巨大な魔物に声をあげることなく見上げたまま固まったようだ。恐怖だろう。自分が一番強いと思っていたのに自分をはるかに上回る魔物が現れたのだから。
魔物は煙のような黒い煙幕を出したかと思うと上級モンスターを包んだ。タコやイカは逃げる際に墨を吐くが、この魔物はそれも戦う手段なのだろう。
ふと私の肩に重みを感じた。どうやらアマビエが肩に乗っているようだ。姿を隠しながらも映像を共有していたらしい。さしものアマビエもこんな魔物が現れたら太刀打ちできないのだろう。アマビエは人間に近いと言われる妖怪だから。
煙幕が風に流された後、そこに残されたのは……骨だった。
「魔、魔王だ……きっとあれは魔王だ。そもそも魔王は地下にいると聞いている……地上に出てくるなんて話を聞いたことがないぞ!」
冒険者のひとりが叫ぶと周りの冒険者たちに動揺が広がった。
「魔王……な、なんで魔王なんかが相手になるのよ……しかも煙に喰われるなんて逃げ場がないじゃないの!」
私は思わずうわずった声で言ってしまった。
そういえば息子が読んでいた異世界小説にこんな言葉があったっけ。
『無理ゲー』
そしてその小説の中のキャラクターがこうもつぶやいた。
『この世界のゲームバランスは崩れている』
ゲームじゃないが、それくらいとてつもないものを私たちは相手にしようとしている。
「魔王があれほどの力をもって巨大化し、地上へ出てくることができたのはきっと理由があるはずです。魔王が神を恐れずに出たなら神々も黙っていはいません。きっと手を貸してくださいます。だから諦めないでください」
アマビエが動揺を隠しきれないまま私にささやいた。
そうだよ、頼れるものはみんな頼ったらいい……って何をどう頼るのよ。
共有された映像が終わると今までにないほどの静寂が広がった。厳しい現実を見せつけられた気分だ。
「回復・蘇生魔法ができる魔法使いは何人いいるの?」
私の問いに5名ほどの魔法使いが手を挙げた。多くのパーティーが来ていても攻撃系の魔法使いだと精々回復ぐらいらしい。それほどの専門職ということだろう。私はどうしたものかと考え込んだ。いざ戦闘となれば5名の魔法使いが回復や・蘇生をしてもまにあわないだろう。
「サユリ、あんたに諭されて神格向上をした神がいるだろう?」
やさぐれ連のリーダーであるジムニーが言ってきた。
「タナトス!そうだ、タナトスがいたわ。神格向上をして死だけでなく再生も操るようになった神、タナトス!」
私は小声でアマビエに呼び掛けた。冥界へいるタナトスに私たちの危機を伝えて力を貸してもらうようにアマビエに頼んだ。
死神に頼るなんてどうかしてると思われるかもしれない。でも今は国難レベルの非常事態なのだ。建前とかいってられない。
魔王が巨大化して地上へ出てくることができた理由って何だろう。死神はあくまでも神であり、魔王は神ではない。つまり神からみれば魔王は悪の象徴なのだ。そんな魔王に私たちは挑まなければならない。
声に出して言いたい。
『無理ゲー』
それだけでなく貴族様が賄賂を使って戦いを拒んだため、指揮官不在なのだ。何のための貴族様なのだろう。全くお偉い方々は役に立たたない。でも誰かが指揮をとらないと闇雲に魔王へ挑んでも潰されるだけだ。周りを見てもリーダーの話になると皆目を伏せてしまう。これでは誰が猫に鈴をつけるか状態だ。
負けたら責任をとるだけの話ではない。負けたら皆死ぬということを自分のせいにしたくないのか。
ヤバい……。
せっかくたくさんの冒険者たちが集まってくれたのに、リーダーの話になると他人事だ。これでは各隊長のもとで戦いに参加してくれている兵士たちに申し訳ない。だが、ここで名乗りを上げた者がいた。
「俺がリーダーを引き受ける……。誰かがやらないといけないなら、年長者の俺がやらねばならないだろう」
声をあげたのはアルフォードだ。そう、宿屋パーティーのリーダーのアルフォードだ。
チートに全く無縁で弱小モンスターばかり狩っていた宿屋パーティー。パリンが去ってから心を入れ替えて精進努力をし、レア素材武器も使いこなしている。そう言った意味で、もはや私たちは中堅の冒険者となっており確実に力をつけてきたのは確かだ。
私は彼の気持ちが嬉しかった。目立つような男ではないし、コミュニケーションもうまいとは言えない。でも、誠実な男だ。
アルフォードの手を握り締めると、かすかな震えを感じ取ることができた。それは懸命に隠しているアルフォードの恐怖心だ。
「私はいつまでも、どこまでもあんたと一緒よ」
私の言葉にアルフォードは大きく頷き、冒険者たちの前で抱きしめてくれた。
「みんな、怖いか。俺も怖い。魔王が相手だなんて無謀かもしれない。でも国を救わないといけないんだ。兵士たちもその気で集まってくれている。だからやるしかないんだ」
アルフォードが言うとたちまちギルドにひしめき合っていた者たちから歓声が上がった。
魔王という言葉が独り歩きをし、聞いただけで戦意喪失になりそうな雰囲気だ。命がいくつあっても足りないだろうが、やらねばならない。
みんなで、冒険者と兵士たちのみんなで無理ゲーをクリアしていこう。
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