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2章2理不尽なお触書き

SNSに慣れ切った世代にはお触書なんて昔々の遺物。そういえば昔々……駅には伝言板ってあってね。そこに待ち合わせやらなにやら書いていた。携帯電話のない時代だから待ち合わせに使うことがよくあった。回覧板も今はあまり聞かないな。電波がなくなったらSNSで周知なんてできなくなると思う。アナログ伝達手段、残されていいと思う。

 パリンがいなくなって月日が流れ、私は初めての冬を迎えた。エアコンやファンヒーター、こたつなぞないこの世界は暖炉だけが頼りだ。鍛え上げているアルフォードとマリスのおかげで薪の準備ができていたが、それでも寒いものは寒い。ああ、フリースの服ほしい。こたつほしい。使い捨てカイロほしい。転生者何とかしなさいよ……って自分のことだわね。

 朝なんか顔を洗おうとしたら洗面器の水が凍っていた。冗談か、と思ったけどこんなのって初めて経験した。外はうっすら雪化粧。洗濯物の敵だ。

「さて、それでもやらねばならぬ」

 パリンとケントの置き土産である簡易洗濯機を使って洗濯と脱水をする。電気式じゃないから行程が変わると人の手がいる。これは仕方ない。でも大きく労働は改善された。


 で、嬉しいことに私の体型が若き頃に戻りつつあるのだ。労働が元居た世界以上だからね。ふふっ。若がえりに失敗したけどダイエットはその後の努力でできる。若かりし私の体型に戻れば見た目おばさんも若く見えるだろう。花粉症神、今度会ったらぶん殴ってやるから覚悟しろ!

 あれからアルフォードたちが宿屋3階に屋内洗濯干し場を作ってくれた。もちろんパリンの魔法ではなく、人力による建築だ。おかげで天気を気にせず洗濯ができるようになった。こういったことは元居た世界、異世界関係ないんだね。


 平和だ……。そう思って客迎えの準備の為フロントへ行ったところ、居酒屋の常連客が情報提供にやってきた。

「サユリ、ギルドに貼られたお触れを見たか?戦争になるかもしれないぞ」

 さしもの常連客もこの日ばかりはしらふだ。というより酒を飲んでいる気分じゃないということか。

「戦争ですって?なんでまた……」

 戦争という言葉に異世界生活のほのぼのイメージが吹き飛ぶ。いや、何が起きているってのよ。

 私はフロント業務を若い子に任せて彼とともにギルドへ向かった。ギルドはどちらかというとハローワークみたいな役目があるが、なんでまたギルドにお触れがあるの貼ってだろう。

 「見なよ、これがその御触れさ」

 ギルドのいつもの案内板に人だかりができている。皆不安そうな顔をしており、他の討伐案件の掲示を読む者はいない。


「東側のエウルス国が戦争を企てている。それに備えて資金が必要なため税金をあげるって?しかも有事になれば冒険者たちも兵士として徴兵されるの。それだけでなく国境封鎖?ということはエウルス国から人が来なくなるということ……」

 私はしばらく言葉がでなかった。平和だった異世界生活なのにいきなり現実に戻された気分だ。エウルス国といえば例の流行り病が奇跡的に侵入せず、難を逃れた国だ。国民は皆、神のお守りだと思っているらしい。

「冒険者は戦いに慣れていると思っているだろうが、俺たちの相手は人間じゃなくモンスターだ。国王はいったいどうしちまったんだ?」

 そう言って現れたのはアルフォードだ。冒険者仲間の間でも年長者であるアルフォードはレベルのことはさておき、長いキャリアを持っていることから一目置かれている。彼を馬鹿にするのはやさぐれた若い冒険者だ。

「本当にエウルス国は戦争を企てているのか?」

 アルフォードの言葉に顔を見合わせる人々。

 何かすっきりしない。このままでは冒険者は皆兵士となってしまう。よくみると対象は男性とある。というよりこの国(もしくはこの世界?)の兵士は皆男ばかりなのだ。

 

 その晩、アルフォードの声掛けにより居酒屋で冒険者たちの話し合いがもたれた。ギルドのお姉さん方も一緒だ。もし戦争となって冒険者が兵士として駆り出されたらギルドは閉鎖されてしまう。モンスター討伐を後回しにするということだ。

「探りを入れようぜ……。戦争を企てているなんて何を根拠に言っているのかさっぱりわからねえ。国境を封鎖したら人や物の行き来ができなくなる。エウルス国から冒険者だってきていたんだぜ。戦争なんてまっぴらごめんだ」

 口々に冒険者たちがいう。この世界はまだ言論の自由があるようだ。それは救いだ。

「どこに探りを入れるんだよ。まさか城へ忍び込むってか?」

 アルフォードの言葉に一瞬顔を見合わせる冒険者たち。そうなのだ。探りを入れると言っても手段を考えねばならない。私はリンリン、ランラン、カンカンたちとともに酒を提供しながら聞き耳を立てた。例え自国の人間であっても忍び込む行為は犯罪者扱いだ。それは至極当たり前の話である。

「城というよりエウルス国の様子を見に行く。戦争を仕掛けているのが本当なら何かしら動きもあるはずだ。こっちのように兵士を集める行為だけでなく国境警備を増やすだろうし」

 アルフォードの話ではエウルス国へ行ってみるという。

「今この国を出たら帰ってこれなくなるわよ。国境が封鎖されてしまうと人と物の往来がなくなるってことでしょ」

 私は心配でならない。ネットなんてない社会だ。離れると様子もわからない。異世界小説に時々出てくる念話とやらがあれば便利なのだが、私がそういったテレパシーみたいな話し方を使えるのはアマビエ相手に限られている。

「心配すんなって。陸路水路が封鎖されても俺たちには空がある。サラマンドラに運んでもらうつもりだ」

 アルフォードがそう言うとマリスの肩に乗っているサラマンドラがふたつの首をうねらせた。

「アルフォード、拡大魔法はどうするの?人を運ぶには拡大魔法で巨大化しないといけないわよ」

 そうなのだ。忘れていた。サラマンドラはパリンが魔法をかけて拡大することにより戦力をあげていた。火焔攻撃はあるものの今のままではペット扱いである。しかしこうした心配もすぐに消えることとなる。なぜなら今ここには多くの冒険者が集っている。つまりそこには魔法使いもいるということだ。

「拡大魔法なら私もできます。……だってあれは初級の……」

 と三角帽子をかぶった若い女の子が言いかけたところで私は睨みを利かせてやった。

「初級がどうしたの……」

 ああ、なんておばさんは陰湿なんだろう。パリン可愛さのあまり、目のまえの助っ人の言葉に反応してしまう。

 私に睨まれた魔法使いは言葉を引っ込めて帽子を目深にかぶる。

「よせよ、サユリ。せっかくの申し出なんだ。ケチをつけるんじゃないぞ」

 アルフォードに注意された私。素直じゃないので酒のおかわりを用意すべくその場を離れた。


 わかっている。アルフォードのいう通りだ。だけどパリンの聖域を汚されるようでなかなか受け入れられない。

 いわばパリンが正義ってところかなあ。おばさんという生き物は固執しやすいのよ。


 その後アルフォードにしっかり諭された私はこの魔法使いを受け入れることとなった。パリンもきっとアルフォードと同じことを言うだろうし。

 助っ人を申し出た若い女の子の魔法使いの名はミラ。パーティーを離れて里帰りをしていたところへこの騒動になってしまったのだ。ミラもそういう意味で国境封鎖の被害者だ。それでも魔法で何とかしようという気はないらしい。魔法を使う機会をちゃんと選んでいるということか。

「飛ぶんなら夜でしょうね。昼間は目立ってしまうから。じゃあ、偵察はアルフォードとマリス、ミラでいいのね」

 そうなのだ。いくら拡大魔法をするからって大人4人も乗ってしまうとサラマンドラが可哀そうだ。

「その点は心配されなくていいですよ。重みを感じないようにしておきますから」

 ミラはそう言ってごく普通に笑みを見せた。それは魔法を使うから心配するな、ということだろうが、なんだろう。重みを感じないようにってすごく引っかかるんだけど。……やっぱり、この娘かっわいっくなーい。パリンの方が可愛いもん。

 とまあ心の中で叫んだものの、大人としてちゃんとすべきか。

「俺たち宿屋パーティーとミラで行くんだ。お前も大事な戦力だと思っているからな。俺についてきてくれ」

 アルフォードの言葉にまたまた胸ドぎゅーん!その言葉って昭和世代には響くのよ。

「わ、わかったわよ。あんたについていくから」

 ああもう、顔がほてってきた。バレないようにと厨房からつまみをもっていく。料理長が気を利かせて余っていた食材から唐揚げや茹で豆など作ってくれていた。材料を余らせても客が入らないと腐ってしまうしね。

 たちまち腹ペコの冒険者たちは料理に群がる。先に酒を飲んでしまったから酔いが早いようだ。


 国境が封鎖されれば宿屋は開店休業だ。全く、人の商売の邪魔をするんじゃないわよ。ぶつぶつ言っていると何やら気配が……。

「話を聞いていたの?」

「なんだか私も心配です。居酒屋も休業になるのですか。そうなったら私、さびしい」

 アマビエだ。お供え物のお酒を飲みに来ていたんだろう。

「お供えのお酒はちゃんと用意しておくから気にしなくていいのよ。それより戦争になったら寂しいどころの話じゃなくなるわよ。戦争なんてまっぴらごめん」

 庭へ出るとアマビエが姿をあらわした。大きな瞳をウルウルさせて抱っこをねだっている。

「寂しいのは嫌い。人が死ぬのも嫌い。新型コロナが流行したときは賑やかなお店やレジャーランドもみんなお休みになった。たくさんの人が死んでしまったし、家族に会えないままのお年寄りもいた。寂しいのは嫌い。私がもっとあっちの世界で強ければよかったのに私は気休めにしかならなかった……」

 とアマビエはさめざめと泣きだした。アマビエもアマビエなりに苦しんでいたということだ。妖怪であるアマビエは人々から注目され、なんとか成果をあげたいと思っていたが、神様ではないので何も成果をあげられなかった。この世界にやってきて少しずつ役立っているのは、神として崇められているからだろう。


 切ないね……。私はギュッとアマビエを抱き締めた。

 正直、アマビエのこの言葉が自分を代弁してくれている様で嬉しかった。

 わかったよ、アマビエ。あんたに寂しい思いをさせないようにするから。そのために私たちは理不尽なお触書の真相を確認して皆の不安を取り除きたい。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。ご意見ご感想突っ込みお待ちしております。

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