末路と、ついでに謝罪
ああ、そう言うことだったのか。
木から落ちたジャックは、足を引きずりながら歩いていた。
なるほど、そういうことか。
自分は彼らのテリトリーに入った時点から、ずっと監視されていたのだ。
そして、自分の道具の機能を知ろうが知るまいが、怪しいものだと判断して回収したのだ。
「くそ……くそ……!」
正にバカ丸出しだろう。
自分はすっかり、あの杖の万能性に酔いしれて、そのままこんな無茶をした。
今にして思えば阿呆の極みだ。先日まで持っていた道具は、人間がいたからこそ万能で無敵だったのだ。
態々人間のいないところに出向いてどうするのだ。自分から積極的に、自分の優位を活かせない土地に踏み込んでしまった。
いや、もっと言えば自分は最初から何も変わっていない。
あの杖を得る前、あるいは得て以降も何も成長していない。
ただその場の思い付きと、少々の用心深さ、そして幸運によって成功しているように見えただけなのだ。
自分は賢くなどない。自分は優れてなどいない。自分は強くなどない。
あの道具を作った誰かがとびぬけて優秀だったというだけで、自分は彼に乗っかって調子に乗っていただけだったのだ。
「ああ、あんな杖を手に入れたばっかりに」
そんな呪いの言葉も口から洩れる。
仮に、この森を脱出出来て、それでどうなるというのだろうか。
この手に杖は無く、所持している通貨も知れている。
もし奇跡でも起きて、人里に帰れたとしよう。
しかし、その後どうすればいいのだろうか。
こんな何の役にも立たない人間が、怪我をして飢え死に寸前。
この状況で、果たして今までのような生活が、或いは家を出る前の様な生活ができるだろうか。
物乞いの様に生きて、最後には今までの悪行を裁かれる。
ネガティブな感情に陥った彼は、奇跡が起きたとして、その先の未来を嘆いていた。
自分はどこで誤ったのか。つまりは、あの杖が悪いのだと嘆くしかない。
あの杖を作れるほどの者だ、左図凄まじい力を持っているに違いない。きっと自分が何をしていたのか、あの盗人どもと同じように自分を監視しているのだろう。
自分が悪事をなして、その結果転落していく様を眺めて悦に浸っていたに違いないのだ。
「なんて悪趣味なんだ……!」
涙が止まらない。
喉が渇き、空腹は苦痛の域に達し、足が棒の様だった。
自分は余りにも阿呆だった。
嘆いて嘆いて、それでも何とか歩いていく。
夜も昼もなく、眠ることもできずに、ただ歩いていく。
匂いがした。とても食欲をそそられる、焼けた肉の匂いがした。
なんということだろうか。幻覚だろうか。
いいや、空腹で頭が回らず、回ったとしても余裕のない今の彼は、その匂いの方向に歩いていくしかない。
それこそ、もはや何の希望もないのだから。
「肉、肉……肉!」
例えそれなりに満腹でも、食欲をそそられる脂の香。
それが極限の空腹時であれば、尚の事求めてしまっていた。
ここが何処で、そこで生活している彼らが何者で、そして何よりも自分には一切武器も道具もないということを。
「食べ物、食べ物……!」
ただ欲していた、ただ飢えていた、ただ求めていた。
満たしたい、食べたい、嚙みしめたい。
とにかく、食事がしたくして仕方ない。
よだれが垂れてくる。
唾を呑み込んでしまう。
警戒する余裕もなく、彼は夜の森をわずかに照らす火の明かりを求めて、足を引きずりながら進んでいく。
「おい、なんか聞こえねえか?」
そんな声が聞こえた。
それでも前に進む。
「ほんとだな、なんかこっちに来てるぞ」
そんな声も聞こえた。
それでも足が止まらない。
「めし……めし……!」
彼は、物乞いだった。
とにかく、何かを食べたくして仕方ない。
「なにか、食べさせてくれ……!」
彼は力を振り絞って、そんな情けない声を出していた。
無償の善意意外に、彼は縋るものを持たない。
「なんだ、どっかの村の奴か?」
そして……。
「どっかいけ!」
飛んできたのは、焼けた肉ではなく雑な棍棒だった。
声のする方向へ、なんとなく投げられた棍棒。
それが、見事にジャックにぶつかっていた。
「あ……!」
頭部から血が流れて、前のめりに倒れるジャック。
善意を求めて、与えられたのは暴力。
それは当然だろう、施しは求めるものではなく与えるもの。
自らの力で得た糧をどう使うかは、得た者が決めるべきである。
自分が苦労して得たものを、誰かにやることなどできない。
嫌だからだ。
それは、彼自身理解できることだった。
「神様……俺は今までの悪事を謝ります……」
だからこそ、彼は泣きながら悔いていた。
もはや、彼に気骨など残っていない。
立ち上がることもできず、ただ口を動かして、両手を合わせていた。
「家での仕事をさぼってすみませんでした、家での部下をこき使ってすみませんでした、家の金を盗んですみませんでした……」
嗚咽しながら、嘆いていく。
もうどうにもならないからと、神に縋る。
「女を操って好きにしてすみませんでした、男を操って罪を犯させてすみませんでした……」
もう死んでしまうだろう。
なんとなく彼は確信していた。
頭部からの血は、あふれて止まらない。
「肉は要りません、パンは要りません……せめて、この罪人に……喉を癒す水をください……」
赤く染まっていく、彼の視界。
その前に、焚火の明かりを遮る人影が現れた。
「おい、どうだった?」
「コイツ人間だ!」
身長二メートルほど。
巨人族の中では子供である少年が、焼けた肉を食べながらジャックを見下ろしていた。
「ああ? 人間? 一人か?」
「うん、一人」
彼は祈っているジャックを見下ろしていた。
そして、彼の近くにあった棍棒を拾い上げる。
「死んでるか?」
「なんか言ってる」
「そうか、じゃあぶっ殺して、村の遠くに捨ててこい」
「うん、わかった」
彼が最後に見た物は、この森の食物連鎖の頂点に立つ、十の氏族の中で最大の生物、ダイ族の振りかぶった棍棒の一撃だった。