表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/168

末路と、ついでに謝罪

 ああ、そう言うことだったのか。

 木から落ちたジャックは、足を引きずりながら歩いていた。

 なるほど、そういうことか。

 自分は彼らのテリトリーに入った時点から、ずっと監視されていたのだ。

 そして、自分の道具の機能を知ろうが知るまいが、怪しいものだと判断して回収したのだ。


「くそ……くそ……!」


 正にバカ丸出しだろう。

 自分はすっかり、あの杖の万能性に酔いしれて、そのままこんな無茶をした。

 今にして思えば阿呆の極みだ。先日まで持っていた道具は、人間がいたからこそ万能で無敵だったのだ。

 態々人間のいないところに出向いてどうするのだ。自分から積極的に、自分の優位を活かせない土地に踏み込んでしまった。

 いや、もっと言えば自分は最初から何も変わっていない。

 あの杖を得る前、あるいは得て以降も何も成長していない。

 ただその場の思い付きと、少々の用心深さ、そして幸運によって成功しているように見えただけなのだ。

 自分は賢くなどない。自分は優れてなどいない。自分は強くなどない。

 あの道具を作った誰かがとびぬけて優秀だったというだけで、自分は彼に乗っかって調子に乗っていただけだったのだ。


「ああ、あんな杖を手に入れたばっかりに」


 そんな呪いの言葉も口から洩れる。

 仮に、この森を脱出出来て、それでどうなるというのだろうか。

 この手に杖は無く、所持している通貨も知れている。

 もし奇跡でも起きて、人里に帰れたとしよう。

 しかし、その後どうすればいいのだろうか。

 こんな何の役にも立たない人間が、怪我をして飢え死に寸前。

 この状況で、果たして今までのような生活が、或いは家を出る前の様な生活ができるだろうか。

 物乞いの様に生きて、最後には今までの悪行を裁かれる。

 ネガティブな感情に陥った彼は、奇跡が起きたとして、その先の未来を嘆いていた。

 自分はどこで誤ったのか。つまりは、あの杖が悪いのだと嘆くしかない。

 あの杖を作れるほどの者だ、左図凄まじい力を持っているに違いない。きっと自分が何をしていたのか、あの盗人どもと同じように自分を監視しているのだろう。

 自分が悪事をなして、その結果転落していく様を眺めて悦に浸っていたに違いないのだ。


「なんて悪趣味なんだ……!」


 涙が止まらない。

 喉が渇き、空腹は苦痛の域に達し、足が棒の様だった。

 自分は余りにも阿呆だった。

 嘆いて嘆いて、それでも何とか歩いていく。

 夜も昼もなく、眠ることもできずに、ただ歩いていく。


 匂いがした。とても食欲をそそられる、焼けた肉の匂いがした。


 なんということだろうか。幻覚だろうか。

 いいや、空腹で頭が回らず、回ったとしても余裕のない今の彼は、その匂いの方向に歩いていくしかない。

 それこそ、もはや何の希望もないのだから。


「肉、肉……肉!」


 例えそれなりに満腹でも、食欲をそそられる脂の香。

 それが極限の空腹時であれば、尚の事求めてしまっていた。

 ここが何処で、そこで生活している彼らが何者で、そして何よりも自分には一切武器も道具もないということを。


「食べ物、食べ物……!」


 ただ欲していた、ただ飢えていた、ただ求めていた。

 満たしたい、食べたい、嚙みしめたい。

 とにかく、食事がしたくして仕方ない。


 よだれが垂れてくる。

 唾を呑み込んでしまう。

 警戒する余裕もなく、彼は夜の森をわずかに照らす火の明かりを求めて、足を引きずりながら進んでいく。


「おい、なんか聞こえねえか?」


 そんな声が聞こえた。

 それでも前に進む。


「ほんとだな、なんかこっちに来てるぞ」


 そんな声も聞こえた。

 それでも足が止まらない。


「めし……めし……!」


 彼は、物乞いだった。

 とにかく、何かを食べたくして仕方ない。


「なにか、食べさせてくれ……!」


 彼は力を振り絞って、そんな情けない声を出していた。

 無償の善意意外に、彼は縋るものを持たない。


「なんだ、どっかの村の奴か?」


 そして……。


「どっかいけ!」


 飛んできたのは、焼けた肉ではなく雑な棍棒だった。

 声のする方向へ、なんとなく投げられた棍棒。

 それが、見事にジャックにぶつかっていた。


「あ……!」


 頭部から血が流れて、前のめりに倒れるジャック。

 善意を求めて、与えられたのは暴力。

 それは当然だろう、施しは求めるものではなく与えるもの。

 自らの力で得た糧をどう使うかは、得た者が決めるべきである。

 自分が苦労して得たものを、誰かにやることなどできない。

 嫌だからだ。

 それは、彼自身理解できることだった。


「神様……俺は今までの悪事を謝ります……」


 だからこそ、彼は泣きながら悔いていた。

 もはや、彼に気骨など残っていない。

 立ち上がることもできず、ただ口を動かして、両手を合わせていた。


「家での仕事をさぼってすみませんでした、家での部下をこき使ってすみませんでした、家の金を盗んですみませんでした……」


 嗚咽しながら、嘆いていく。

 もうどうにもならないからと、神に縋る。


「女を操って好きにしてすみませんでした、男を操って罪を犯させてすみませんでした……」


 もう死んでしまうだろう。

 なんとなく彼は確信していた。

 頭部からの血は、あふれて止まらない。


「肉は要りません、パンは要りません……せめて、この罪人に……喉を癒す水をください……」


 赤く染まっていく、彼の視界。

 その前に、焚火の明かりを遮る人影が現れた。


「おい、どうだった?」

「コイツ人間だ!」


 身長二メートルほど。

 巨人族の中では子供である少年が、焼けた肉を食べながらジャックを見下ろしていた。


「ああ? 人間? 一人か?」

「うん、一人」


 彼は祈っているジャックを見下ろしていた。

 そして、彼の近くにあった棍棒を拾い上げる。


「死んでるか?」

「なんか言ってる」

「そうか、じゃあぶっ殺して、村の遠くに捨ててこい」

「うん、わかった」


 彼が最後に見た物は、この森の食物連鎖の頂点に立つ、十の氏族の中で最大の生物、ダイ族の振りかぶった棍棒の一撃だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] >あの杖を作れるほどの者だ、左図凄まじい力を持っているに違いない。 さぞ凄まじい
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ