劣る者と、更に劣る者
「そのようなことがありまして、杖の回収は終わりました」
「お、おう……」
なんというか、いたたまれない事だった。
聞いていて、哀しくなるほどの転落人生だった。
というか、文字通り転落している。
まあ、洗脳の道具を使っている時点で、同情の余地は一切ないのだが。
やはり、自分の事を賢いと思っている輩はどうしようもないのだなぁ。
エリック君を見習え、エリック君を。
段取り八分と言って、実行する前にどれだけ準備できるかで成否は決まるのだ。
もちろん、エリック君は実行時の二分によって転落人生を味わったのだが、くだんの彼は八分の失敗を味わっていた。
「それが、糸の杖ですか」
「さようです」
森魔族のセッコウを名乗る衆長が、余にもおぞましき杖を屋敷の床に置いていた。
こんな棒切れに、そんな御大層な力があるとは驚きである。
「あの、その方は今は?」
「現在、監視を続行しております」
糸の杖をもって、悪意のみで俺の縄張りを侵そうとした阿呆君は、まだ森魔族に監視されているらしい。
流石森魔族、実にいい働きぶりである。なんで俺の領地なのに、こいつらの方が事情通なんだ。
「それにしても、恐ろしい道具ですね……なぜカミ族はこんな道具を……」
確かに、おかしな話だった。
氏族を変更する指輪のほうが大分ヤバいが、あれはあれで氏族の異なるカップルのためのもの、と言えばそれなりにわかる。
だが、この道具を悪魔族はなぜ作ったのか。
どう考えても、悪用にしか使えない道具である。
「それに関しましては、魔王様から聞いております」
アンドラの同族であり、異なる衆の長たるセッコウ。白い耳を出した彼は、事務的に説明を始めていた。
「ご存じのとおり、カミ族は道具を作ることに長けていますが、使うことには興味を持ちません。しかし、他の氏族、特に人間に貸し与えた場合、いつも意図した目的とは違う方法で運用し、自滅していました」
それは、まあ理解できる。
俺の斧もそうだが、悪魔の作る道具はこの世界の基準を著しく超えすぎている。
いくら何でも、ありえないレベルでだ。
「しかし、同時に製作したカミ族の思惑を超えた使用方法があったことも事実。そこで、あるものが悪用しかできない道具を作り、それを人間がどう使うのか確かめようとしたのです」
「……では、今回入り込んだ方も」
「お察しのとおり、単なる実験の結果です」
無茶苦茶な話だった。
猿に棒を与えて、振り回させているようなものだ。
まあ、その通りに動いたそいつも、前の使用者も、割と救いようがないが。
「言語を介さぬ獣に効果が及ばぬように作ったこともその一環。それでは正しく運用できてしまうからだと」
「なるほど、酪農家には便利そうだな」
びくり、とセッコウが驚いていた。
まあ、気持ちはよくわかる。確かに酪農という言葉は知ってるのがおかしいからな。
「迷惑な話だ。他のカミ族、魔王様はどうしてこれを放置している? 察しは付いているが、教えてほしい」
「曰くーーー」
『言葉が通じる相手なら、頼めばいうことを聞いてくれる』
『言葉が通じる相手に、こんな道具を使わねばならない者など取るに足りない』
『あっさりと操られる程度の者も、また同じ』
『取るに足りない者が、更に劣る者を操って、それで何を恐れろと』
『道具は道具、手段の一つでしかない』
『このような道具を使う者など、いずれ悪を成し身を亡ぼす』
『悪とは、身を滅ぼさねば利を得られぬ愚か者の呼び名』
『仮に長く生きても百年かそこら。態々探すほどでもない』
「と」
いかん、想像していたよりも超越者すぎる発言だ。子孫のマリーも顔を引きつらせている。
結果はまさにその言葉通りだが、だとしてもこれはないだろう。身内が道具を作ってばら撒いて、それを放置って。
とはいえ、道具は道具でしかないというのは『らしい』言葉だ。
慢心しないように、肝に銘じておこう。
「とはいえ、こうして戻った以上は管理下に置かれましょう。流出することが無いようになりますので、ご安心を」
「まて、壊さないのか?」
「カミ族は、製造者以外が道具を壊すことを禁忌としております」
いや、壊そうよ。
そこは主義を曲げて壊そうよ。
正直に言って、名も知れぬソイツよりも悪魔が怖いよ。
ヤバすぎだろ悪魔族。マジで悪魔だろ。
「そうか、事を治めてもらって悪かったな」
「いいえ、これも職務です」
そう短く答えたセッコウ。
彼もまた、糸の杖とその製作者に恐れを感じているようだった。




