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問題の認識と、新たなる脅威

 人生における幸運というものは、良い親の元で生まれ健康な体をもっていれば、まずは満点であると思うべきである。少なくとも、その二点だけは努力でどうにかなるものではないのだから。

 そして、成人できたなら、そこから先は運を頼りにするべきではない。

 幸運が訪れることを前提に人生を選んではいけないのだ。


 エリックは幸運だった。

 マリーの語った通り、そこで満足しておくべきだった。

 魔剣を本来の用途で使用できないとはいえ、そんなこととは無関係に、世界中から信心を集める国の王になる権利を得た。その時点で、世界で一番幸福な男と言っていい。

 にもかかわらず、彼はそれを通過点としてしまった。力を、剣を、栄光を得た彼は敵を求めてしまった。

 倒す必要もない敵を求めて、集める必要もない力を集めて、願っているわけでもない理想を果たすため、分不相応な人数を動かしてしまった。

 勝っていたとして、彼に自分が得た物を動かすだけの器量があったとは思えない。

 魔剣と武力以外の一切を持たない彼は、自分の器を知る機会を得られなかった。


 アレックスは更に幸運だった。

 定職と安住の地、何よりも有力で賢明な友人を得たのだから。

 なんの取り柄もない人間が多いはずが、しかし明確に職業に活かすことができる特技を持っていたのだから。

 彼の人生が新生ユビワ王国という地で閉じたとしても、それは決して悪いことではない。

 彼が生きている間に、この地が戦火に焼かれることはない。

 そこそこ美人の嫁と結婚して、そのまま子供と一緒に過ごせるのであれば、それは幸福と言えるのではないだろうか。


 幸福とは、生きるためにほどほどの苦労を必要とする程度の状況を意味する。

 成し遂げた栄光の数や、或いは並べた女の数で決まるわけではない。

 他人から見てどう思われようが、面白みに欠ける人生ではあろうが、自分を見誤ればその先には破滅が待っている。


 人生に筋書きはない。

 人生と物語を混同して、その上で判断を誤ればその先に栄光はない。

 挑戦して何かを得れば、今度はそれを維持するための地味な日々が待っている。

 物語の登場人物が華々しい活躍をしたところで、それは単に描写する意味のない膨大な作業によって裏打ちされたものでしかない。

 多くの革命家が腐った頭にすり替わり、その結果自らも腐敗したように、挑戦を成功させる力と意地運営する力は完全に別物である。

 そして、言うまでも無く後者の方がはるかに難しい。

 誰もがうらやむ偉業を成し遂げることこそがハッピーエンドだと思い違えば、それはもうどうしようもない。物語はそこでエンドロールを迎えるが、人生におけるエンドとは死だけである。 


 悪とは倒されるためにある。エリックは九氏族を悪とした。

 彼らは人類共通の敵で、彼らを倒せば何もかもが上手く行くと、人間の世界を動かそうとした。そして、世界もそれに付き合った。

 だが、失敗した。故に英雄は転落した。全部こいつが悪いのだと、悪にされてしまった。

 落ちるべくして、彼は落ちた。


 だが、当然、最初からどうしようもないほどの悪も存在する。



 若きダイ族の王は、在位中の課題を見つけていた。

 自分の氏族に、安全で安心な体術を教えよう。

 なんの意味もない事だが、彼はそれを自分なりの目標としていた。


「そういえばタロス王は、相手を拳ではなく掌で叩きますね。アレはなぜですか?」


 団欒の時を迎えたタロス屋敷。

 文化的で文明的である優雅なひと時を、アンドラやユリに見守られながら、未だに新婚の空気の中でくつろいでいた。

 二人とも理性というものを知っているだけに、理性的で建設的な会話ができていた。

 マリーもすっかり梯子付きの椅子に慣れており、夫の顔を見上げる姿勢も違和感を感じなくなっていた。


「頭は固いから、拳で叩くと指の付け根を痛めるんだ。この辺りは特に繊細だからな」

「そうですか……確かに、言われてみればそうかもしれません」

「それから、掌で叩いているんじゃなくて、掌底、手首のすぐ上の所で叩く。こっちの方が力を籠められる」


 もちろん、巨人族の骨格は強靭である。だが、人間相手ならともかく巨人族同士では拳よりも頭の方が固い。なので、痛めないために有る程度の気遣いは必要だった。


「ただ、もっと言えば……人間でもやるだろうが、そこらの石を拾ってつかんで、そのまま頭をブッ叩いた方が強い」

「それは、そうですが……」

「もちろん、殺し合いならともかく、ケンカでそんなことしたら村八分だ。その辺りも含めて、誰にでも真似できる習得が簡単で安全な体術を教えたい」


 目指す理想は、誰でもできてそこそこ楽しめて、その上でケガの少ない体術の体系化である。

 三メートル半ある、巨人族の中でも一番大きい男が言うと、何とも言えないシュールさがあった。


「まあ気長にやる。焦らないといけない理由はないし、別にそれにこだわる理由もない。とりあえず、全ての村に鉈を供給したいし……まだミッド平原で武器の残骸でも漁るさ」


 時折、思い出したように横柄で傲慢な言動をするが、しかし実際にはそう振る舞っているだけで、常にマリーには気を遣っている。

 それを分かっているからこそ、マリーは今の気が抜けている夫を好ましく思っていた。


「ーーータロス王、お耳に入れたいことが」


 アンドラがやや驚愕に似た眼をして、タロスの足元で声をかけていた。

 ユリが淹れたお茶を飲んでいる二人には、余り耳に入れたくない情報を伝えるものだった。


「どうした?」


「ーーー糸の杖を持つ人間が、ダイ族の領地に侵入しました」


 禁呪の込められた道具、悪魔の戯れ。その中でも悪意に満ちた道具が、魔王領に帰還したのだった。

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