散歩と、ついでに相談
マリーが俺の素手の戦いを観たのは、これが二度目である。
巨人族の戦いを観たことがなかった彼女は、俺の戦い方が普通だと思っていたらしい。
しかし、他の巨人族の戦いを観て、俺がおかしいということに気付いたようあった。
「それにしても、ダイ族に体術を教えるとは盲点だった」
「タロス王は本当に凄いですね」
なんというか、皮肉抜きに我が妻は俺を褒めてくれていた。
確かに、誰にも習わずにあれだけ戦えていれば、そうも思うだろう。
俺も自分以外の巨人族がそんなことしだしたらびっくりするだろうしな。
酔いを醒ますために森を散歩している俺とマリーは、そんなことを話し合っていた。
なるほど、格闘技なら、多少いい加減でもそんなには問題ないだろう。
どうせ、危険行為なんて教えなくてもできるだろうし、上手い立ち回り方を教えれば、きっと意味があるはずだ。
まあ、無くてもいいのだが。
俺はなんでもいいから、この巨人族に何かを残したかった。
それができそうというだけで、俺は大分嬉しい。
「自分で言うのもどうかと思うが、狩りの合間合間でも簡単な練習はできる。後は本人のやる気次第……まあ悪い話じゃない」
「その、申し上げて何ですが……人間との戦争で使用するとかは」
確かに、魔王様も中々深いことをおっしゃった。
しかし、今回の場合は全く不適当である。
「大丈夫、人間との戦争では棍棒を使うし、そもそも人間を殺すのに体術なんていらないし」
巨人族は戦闘民族で、十分な栄養さえあればモリモリ筋肉まみれになっていく。よって、筋肉の鍛錬は完全に不要だ。
その怪力をもってすれば、人間を殺すのに技などいらない。
片手で首をへし折ることもできるし、殴れば首が飛んでいく。
空手やボクシングをやっていなくても、ゴリラはゴリラなのだ。
正直、エリック君を殺す時だって普通に勝てる自信があった。
並の巨人族を殺したというエリック君だが、こっちは最強の巨人族。
その基本スペックの差はとんでもなく大きい。
その上でこっちは万全の態勢で、向こうは拷問を受けた後。
勝負になどなる訳がない。
「あくまでも同じ氏族と戦う時にしか有効に働かない。所詮は体術、そんな革新的な変化はありえない」
火薬や乗馬ならともかく、殴る蹴るの方法が変わったぐらいで氏族に変化などあるわけがない。そんなに社会は繊細でも敏感でもない。
大体、そんな簡単に変化するならこの二千年以上の時間で、自分たち以上の文化文明に全く影響されていないのはどういうことだ。
「だから問題は……」
「優秀な指導者でしょうか?」
「ああ、少なくとも俺自身は一度ちゃんとした指導を受けるべきだろう」
非常に今更だが、巨人族は戦う時には同族でも本気で戦う。
そして、素手だろうが棍棒だろうが、割と簡単にお互いを殺す。
それは普通の人間と一緒である。
王を決めるときの戦いも同じで、殴り合いで負けた方も勝った方も死ぬ、ということはよくあった。
つまり、これ以上悪化のしようがないほど、現状は悪いのである。
「比較的安全な戦い方を憶えて、それを周囲に啓蒙したい。多分、俺が行く先々でケンカすれば、きっと子供が真似を始めるだろう」
「そうですね……」
となると、指導者が必要である。
基本的に巨人族は人間とサイズが違うだけなので、再現は普通にできる。
ちなみに、組技を教えるつもりは全くない。はっきり言って、余りにも危険すぎる。
関節技を使ったらそのまま腕でも足でもへし折りそうだし、絞め技を使ったらそのまま絞殺しそうだし、投げ技を使ったら地面の石とかで頭を割りそうである。
だから、教えるのは打撃だ。どうせ放っておいても殴り合ってるしな。
「ただ……体術の指導者か……やはり人間に習うべきだろうな」
「そうですね、他の氏族の方も体術は習得していないようですし」
九氏族の中で、体術を学んでそうなのは巨人族以外には鬼人族ぐらいである。だが、鬼人族も基本殴りかかるだけだった。
仮に剛人族が格闘技を習得していても、体形が違いすぎてまるで参考にならない。半馬族とか半鳥族とか、もうそれどころじゃないしな。
魔人の皆さんがそんなもん憶えてるわけないし、じゃあ人間だろう。
とはいえ、人間に習うとなると、そこそこ障害が大きい。
「とりあえず、この鉈を配る作業が終わったら、またユビワ王国に行こう」
「そうですね、相談に乗ってくれると思います」
深夜の星明りの下で、俺達は森の中をゆったり歩く。
もちろん、何も楽しいことはないのだけども、一緒にこうして相談する時間は愛しく思えていた。




