第六十一話 友よ後は任せたぞ、走れべんり残された時間はあとわずか
獣王は星となった。
今は涙は流さない、仲間の死を乗り越えてローリンは再び立ち上がる。
今こそ正義の聖剣で悪を切り裂けっ! 聖騎士ローリンっ!
「ちっ、犬に説教されるとはな」
ローリンの一撃を間一髪回避したエカチェリーネは、地上に舞い降りると忌々しげに呟いた。
エカチェリーネは無傷である。ハッキリ言って獣王は犬死だった。
結局あいつは、本当の強さのなんたるかも知らずにこの世を去ることになってしまったのだ。
「くっくっく、それにしてもあの犬、完全に無駄死にだったな」
「笑ったか? 身命を賭して皆を救おうとした獣王さんのことをせせら笑ったかあっ!」
エカチェリーネの言葉にローリンは怒りを露わにする。相手を睨みつけると聖剣の切っ先を突き付けて言い放った。
「おまえだけは許さんぞっ! 我が聖剣に誓って獣王の仇は必ず取ってやるっ!」
いやいやいや、おまえが殺ったんじゃないか。むしろおまえが仇だぞ? そんでもって誓ったその剣で殺ったんだからな? そんなもんに誓われても獣王も浮かばれないだろうよ。
ローリンは剣を構えつつ俺達に静かに告げる。
「べんりくん。ここは私が引き受けます。皆さんは先を急いでください」
「一人で大丈夫なのか?」
「ご心配には及びません。それよりもべんりくん、もう時間がありません。これまで宮と宮の間の移動時間は平均1時間かかりました。タイムリミットまであと3時間強、残りの宮があと二つと考えると正直ギリギリの時間です」
え? マジで? それはやばいな。と言うか、もうアウトじゃねそれ?
「走れっ! ここは私が食い止めるっ!」
言い放つとローリンはエカチェリーネに斬りかかり鍔迫り合いの状態になる。
その隙に俺達は二人の横を駆け抜けるのだが、エカチェリーネは俺達には目もくれなかった。
「好きにするがいい。私は聖騎士とこうして切り結ぶことさえできればいいのだっ!」
「おまえの頭の中はそれだけかあっ!」
背後から聞こえる剣戟の音、だが俺達は決して振り返らない。
振り返ったらきっと前へ進むことはできなくなってしまう。だからローリン、絶対に死ぬなよ、絶対に……。
俺は獣王の代わりにメームちゃんをおんぶして走った。
もふもふ要員を失い落ち込むメームちゃんをなんとか励まそうと声をかける。
「メームちゃん、あいつみたいにもふもふできないけど、今は我慢してくれ」
「うん……またいっぱい、もふもふできるかな?」
「あぁ、次はピレネー犬を飼おう」
「いっぱいもふもふできる?」
「もちろんだっ! 柴犬の三倍はもふもふだ!」
その言葉に「ひゃーはーっ!」とテンションマックスになるメームちゃんを見て俺は一安心、ピレネーなら乗り心地もいいだろうし後継機としては申し分ないな。
俺は気分も一新、足取りも軽く走るのであった。
「ぜーはーぜーはー、ぶ……ぶふぁはぁっ! も、もう無理、死ぬ」
「ちょっ汚なっ! ちょっとべんりさん。唾飛ばさないでくださいよぉ」
スポーツドリンクで回復しながらなんとか一時間の道のりを三十分で走破した。
そして次の宮へ乗り込もうとするのだが、そこでぽっぴんが俺に告げる。
「べんりさん。敵と遭遇したら構わずに走り抜けてください」
「え? どういう事だ?」
「次の相手は私が食い止めます。その間にソフィリーナさんと一緒に先へ進んでください」
「な? そんな、それじゃあおまえが一人で」
そこまで言ったところでソフィリーナが俺の肩を後ろから掴む。
振り返るとソフィリーナは俺の眼をじっと見つめて首を振っていた。
俺は出かかった言葉を飲み込むと、ぽっぴんの言葉に黙って頷くのであった。
「待っていたぞっ! 私は第十一の宮の守護者、氷の戦士」
「プラズマギカヘリオスフィアっ! コロナバーストぉぉぉぉぉおおおおおっ!」
相手の自己紹介を待たずにぽっぴんが魔法を放つと、俺とソフィリーナは一気にその横を駆け抜けた。
後方から爆発音が何度も響き渡る。きっとぽっぴんが容赦なく魔法を浴びせかけているのだろう。
「死ぬなよ。ぽっぴん」
そしてまた、スポーツドリンクで回復を挟みながら約三十分ほど走ると次の宮へとたどり着いた。
「べんりくん。わかってるわね?」
「おまえもかよ……」
俺がやりきれない顔で見るとソフィリーナは優しく微笑む。
「これが終わったら皆でマリーの店に飲みに行きましょう。私の奢りよ」
「えっ、マジかよっ? おまえが奢ってくれるの?」
ソフィリーナが他人の分の飲み代を払うなんて信じられない。その逆は何度もあるし、時には男を騙して飲んで帰ってきては俺が後でその分を返しに行くなんてことは何度もあった。
「なんでそんな疑わしい感じで見るのよ」
「いやまあ、そんじゃあ楽しみにしとくよ」
「まったく、私が奢ってあげるのなんて最初で最後かもしれないんだからね……だから……だからべんりくん、絶対に死なないでね」
そう言うとソフィリーナは右手を差し出す。俺はその手を取ると固く握手を交わした。
宮殿の中に入るやいなやソフィリーナは「ゴッデスエターナルストームマックスハーーーートっ!」と叫び相手に技を浴びせる。
「なっ? なんだおまえらは、うぉぉおっ!?」
「ゴッデスエターナルストームは天界の嵐っ! しかもマックスハートっ! 吹き付ける聖なる風の刃は邪悪なる者の動きを封じ込め、もがけばもがくほどにその身を切り刻む。即ちっ、これを喰らった相手は死ぬっ!」
最後の宮の魔闘神は、最早なにが起きたのかすら理解できなかっただろう。
残りの宮二つを不意打ちでやり過ごすと言う、これまでの戦いはなんだったのかと思うだろうが仕方がない。
だって、もう時間がないんだもん! このままではまともに結婚式すら挙げられないじゃないか、披露宴は絶対に盛大にしてやるからなっ! メームちゃんの生い立ちムービー四百年分とか流してやるからなああああっ!
そして俺とメームちゃんは十二宮を全て制覇して、遂に魔王の間へとたどり着こうとするのだが、そこで思いもよらない相手が立ち塞がるのであった。
「ふふふ……まさか、魔闘神達を撃破して十二宮全て越えてくるとは予想しませんでした」
そう言い放った相手の姿に、俺は驚愕し動くどころか声も出せない。
「べんり、べんりっ、ねえっ! べんりっ!」
「ハっ! メ、メームちゃん、ごめん」
メームちゃんの呼びかけで我に返ると、俺は目の前の相手を見据えてその者の名前を呼ぶ。
「どうして……どうしておまえが生きているんだ? ビゲイニアっ!」
ビゲイニアはひび割れた眼鏡を右手中指で、くいっと上げると不敵な笑みを浮かべるのであった。
つづく。




