第二十三話 秘密の第五皇女様⑧
「いいかっ! 絶対にこちらを見るなよっ! 目を瞑っていろよっ! て言うか耳も塞げっ! 絶対に私がいいって言うまで振り返るんじゃないぞっ! わかったなあああっ!」
「耳塞いでたらいいよって言ったかわからないじゃん」
「黙れえっ! 喋るなああああああああっ!」
なんでだよ。
緊張すると催す癖があるらしい女騎士様は、背に腹は代えられないので端っこの方で用を足す決意をするのであったが、言われた通り目を瞑り耳も塞いでしばらく待っていてもなにも合図がない。
え? まだかな? おい……まさか? 目開けたらいなくなってるとか言うドッキリじゃないよね? 今までのは全てこの瞬間の為の壮大なドッキリとかじゃないよねえ!?
ドキドキしながら待っていると肩をちょんちょんと突かれる。
「お、終わりましたか?」
振り返ると女騎士様は涙目で顔を紅潮させながらふるふると震えていた。
「ど、どうしたんですか?」
「よ……」
「よ?」
「鎧が脱げないぃぃ」
ええええええええええええ? 馬鹿なんですかこの人? いやまあ、確かによくよく考えればこんな物を一人で着脱できるわけがないよな。鎧が脱げないからインナーも脱げない為にパンツも下ろせないとか、それって完全に構造的欠陥だろ。
「早く言ってくださいよっ!」
「なんとかなると思ったのだぁぁぁ」
「変な見栄張ってる場合じゃないでしょっ!」
「だ、黙れ下郎ぉがぁぁぁぁ」
あん? おまえ何様だこら? この一大事に人のことを下郎呼ばわりとはいい度胸じゃないか? このまま放置してやろうか?
とりあえずお漏らしをされても困るので、特にその後の空気が重くなりそう。急いで鎧を脱がそうとするのだがはっきり言って全然わからない。どうなってんだこれ? 着付け教室とか行っておけばよかったかな?
「ちょっ! これどうやって外すんですかっ!?」
「いつも着せて貰っているから私にもわからにゃいのだぁぁぁ」
「ああもうっ! これだから貴族のお嬢様はっ!」
「は、はやく……あっ……もう……無理……ぁぁぁぁぁぁ」
後ろですんすんと泣いている女騎士様と、その騎士様のインナーと下着を温泉で洗ってあげている俺。なに? この状況? なんか俺がすごい酷いことしたみたいになってるじゃん。
「うぇぇぇぇ……もう死んでしまいたい……他人様の前でこんな粗相をしてしまうなんて末代までの恥だぁぁぁぁぁ」
「黙っててあげますから泣かないでくださいよ。なんだかこっちまで惨めな気持ちになるじゃないですか」
「惨めだと思っているのかっ! おまえは私のことを惨めな雌犬だと思っているのだなっ! 私はそんな目でおまえに見られているのかあああうわああああああんっ!」
ああもうめんどくせえな。
俺は衣類を洗い終えるとしっかりと絞って女騎士様に投げて渡す。女騎士様はマントで体を覆ってはいるのだが近寄ったら斬り殺すと言われたからだ。
彼女が着替えている間後ろを向いていろと言われたのでそうするのだが、目の前には瓦礫の山……なんとかしてこれを掘り進めるしかないか……。
俺は泥と土砂で埋まっている部分を手で掘り進めて見ることにした。少しずつだがなんとか掘ることができる。このまま地道に掘って行けばと思うのだが。
「痛っ! いてて、ちっきしょう。岩で爪が割れちまった」
それでも痛みを我慢して俺は土を掘る。途中何度も石や岩を引っ掻いては指先に激痛が走るけどそれを堪えて掻きだす。
「おまえ、一体なにを……ば、馬鹿者っ!」
「え? な、なんですか? いてて」
いつの間にか後ろから近付いてきていた女騎士が慌てた様子で俺の手を掴みあげると、指先から真っ赤な血が滴り落ちた。
「なにをしているのだきさまはっ!」
「いやぁ、なんとか掘り進めないかと思ってがんばってみたんですけど」
「そんなことを言っているのではない! こんな、こんな……来いっ!」
女騎士に引っ張られて温泉で指先の泥を落とす。少し濁っているお湯が血で赤茶色に変わって行くのを見つめながら女騎士は静かに話し始めた。
「私の所為なのだな……」
俺は黙ったまま何も答えない。
「ヌココビーンは……私の命を狙っていたのだな……崩落の直前に見えた閃光と直後の爆音。あれは先に偵察に入った兵士が仕掛けた爆薬だろう……」
湯の中で俺の手を握ったままの彼女は俯いたままでその表情は見えない。
「おかしいとは思っていたのだ……ヌココビーンの言われるがままに、よくわからないまま私はおまえを犯罪者だと決めつけて、でも、どうすればいいのかわからなかった。気が付けばあれよあれよと状況だけが進んで行きこんなことになってしまった。すべて、私が、自分ではなにも決められず、なにも判断できなかった所為だ……その所為で、おまえを……こんな危険な目に……」
そこまでで彼女は押し黙ってしまう、温泉にぽつりぽつりと滴が落ちて波紋を打った。
「まあでも、まだ生きてますし」
「馬鹿かきさまはっ! ここから抜け出せるかどうかもわからないのだぞっ! 誰かが助けに来たとしても、これだけの土砂をどかすのにどれくらいの日数がかかるのかわからないわけではあるまいっ!」
しまいにはボロボロと涙を流しながら俺のことを見つめて泣きだす女騎士様。
きっと彼女は本当に、純粋に理想の騎士を目指しているのだろう。
貴族階級に生まれた自分にはそれに見合った責任があると、その義務を果たさんと、お兄さんも亡くなって、跡取りの居なくなった家をなんとか守り支えようと健気にがんばってきたのだろう。
俺の手を握る彼女の手はとても小さく華奢で、剣を握り振るう武骨な騎士の手とは思えないほどに柔らかかった。
だったら……。
俺は女騎士様の手を握り返すと真っ直ぐに目を見つめて言った。
「それでも、諦めるにはまだ早いだろ? こんな所で死んでやるにはちと若すぎるぜ俺達。俺は……俺はさ、ここに来る前は死んだような生活をしてたんだ。毎日毎日、店でレジ打ちをして品出しをすることの繰り返し。たまにお客さんに怒鳴られたりしてもさ、めんどくせえなって思うくらいで、それ以上の感情はなにも沸いてこなかった」
俺の言っていることの意味がよくわからないのだろう。女騎士様はぽかーんとしている。
「そんな俺がさ。今、なんか生きているって思ってるんだ。なんだかそれを実感したらさ。きみのことを助けなくちゃ、守らなくちゃって思ったんだよ」
「お、おまえ急になにをっ!?」
「だからさ……もう少し足掻いてみようぜっ!」
そう叫んだ直後、土砂の向こうから響いてくる声に俺は小さくガッツポーズをしてみせた。
―― その通りですべんりくんっ! ――
つづく。




