ⅩⅩⅩⅣ.そして伝説へ……とはいかない
終わった……。
「はあ、はあ、はあ、はぁ…………」
立っている――ことしかできなかった。疲労困憊を通り越して、足を動かすことも倒れ伏すこともできない。肉体の限界を超える力を行使した結果だが、そうしなければ魔王を倒せなかったのも事実である。
「さすがは勇者だ」
「すごかったですよ、勇者さん」
「ふふん、勇者ならやってくれると思ってたわ」
みんなの笑顔を見てわたしは緊張した意識をやっと落ち着かせることができた。魔王を倒したこともそうだけど、こうしてみんなで勝利を分かち合えたことが何よりも嬉しい。
「今度こそ倒したんだな」
「そうだね。今までのパターンならこの辺で声が聞こえてきたからね……」
しばしの静寂。潮騒が一定間隔ごとに聞こえてくる以外は無音に近い状態だった。
魔王自身が最終形態って言っていたんだ。これで実は究極形態――アルティメットエヴォリューション――なんてのがあったらどうしようもない。けれど、それも杞憂に終わるだろう。
「そうか、とうとう終わったんだな……」
「そうですよね、終わってしまったんですよね……」
「そうよね、終わっちゃったのよね……」
成り行きに身を任せて始まった魔王討伐の旅は、わたし一人だったら今頃精霊の洞窟辺りでウロウロしていたかもしれない。一週間で終わってしまったとはいえ、むしろそれを可能にしたのは戦士が、僧侶ちゃんが、マホツカがいたからだ。
旅が終わればわたしたちの関係も終わってしまう。戦士は鍛錬で忙しそうだし、僧侶ちゃんは住む世界が違いそう、マホツカは平凡が嫌いそうな性格だから気が付けばどっか遠い場所に行ってしまいそうだ。
今生の別れというわけではない。でも毎日会えるわけではないだろう。それにみんなで苦難に立ち向かったり、鍋の具を奪い合ったりすることはもうないんだろうな。
そう思ってしまうと虚しさしか心に残っていなかった。魔王が再び復活してくれとまでは思わないが、なぜか釈然としない。
でもどのみち別れる時は来る運命なのだ。ここは仕方がないとしか――、
「こ、これで勝ったと、思うなよ……!」
「ぬわっ!?」
足元を確認すると第一形態の魔王が床に倒れていた。っていうかわたしたち四人して背中を踏ん付けているではないか。全然気が付かなかったよ。んで何で下にいるの?
「まだ生きてたの? しぶといというか何と言うか」
「いえ、おそらくは、もう……」
魔王の指先や足先が崩れるようにして黒い灰になっていく。それが宙に舞うと風に流されて空へと溶けていった。僧侶ちゃんが予想するようについに生命力を使い果たしたのだろう。
「くっ。これで終わったとか思ったか? ……勇者、よ」
「当然でしょ。だってあなたは……」
なぜだろう。散々苦しめられた敵なのに、こうして死を迎える姿を見ていると、茶化すことなんてできない。それに寂寥感が胸を苦しめる。
「ふん、人間如きに余計な気遣いを、されるとは……な。だがしかし、そんな余裕でいられるのも今のうちだけだぞ」
「しつこいわね。負け惜しみも大概にしなさい」
「男なら最期は美しく散っていくものではないか」
そんな二人の言葉を魔王は鼻で笑って見せた。
「ふん。では訊くが、どうして我は復活出来たと思う?」
「え? それは……普通に生き返ったんじゃないの?」
「くくくくくっ。つくづく目出度い奴らだな。いくら我、とて……、己自身を生き返らすこと、など、出来ぬは」
そんな自身満々に言われましても……。しかしそうなると誰かが魔王を復活させたことになる。でも誰が?
「我を蘇らせた者は大魔王と称される存在だ」
「大魔王? それってもしかして……」
「数十年前に勇者に倒されたというあの大魔王のことなのか?」
「それ以外は考えられませんね」
「もったいぶってないでとっとと答えなさい」
「はっ! 貴様らの思うとおりだ。かの七十余年前に……世界の半分以上を混沌と化した大魔王の、ことだ。ヤツは既にこの世に復活している」
まじでか?
「しかし今は戦える状態ではないらしい。ゆえに我を復活させ勇者に仕掛けさせたというわけだ。今ヤツは世界の、どこかで力を溜めてい……る。うかうかしていたら世界はヤツの手によって闇に落ちてしまうぞ」
なんたるオチを持ってきやがったんだ、こいつは。
「でも何でそれをわたしたちに教えてくれたの?」
存在が明るみに出ることは大魔王にとって都合が悪いはず。
「ふん! あの偉そうなクズに世界を牛耳らせるなど、虫唾が走る。だから……」
魔王の肉体はもはや顔だけになっていた。
「我を――倒したのだ。ヤツも必ず倒せ。でないとあの世で会った時に燃やしてやる……」
その言葉を最期に、魔王はこの世界から完全に消滅した。
死に際に随分と人間味のあることを言ってくれるじゃないか。本当にわたしを倒すためにここにやって来たのか疑ってしまう。
「約束するよ。大魔王は必ず倒すってね」
風に乗って空へと飛んでいく魔王の亡骸に向かってわたしは誓った。
「ということは、まだ勇者さんの旅は続くというわけですね♪」
「そうだな。大魔王などという存在をほおっておくなどできん」
「何だか面白そうじゃない。腕が鳴るわね」
やれやれ、どうやらみんなはやる気のようだ。少しは休むってことを知ってほしい。
「そういうわけで、まだまだわたしの旅に付き合ってくれる?」
「聞くまでもないだろう、当たり前だ」
「こちらこそ、是非お願いします」
「ワタシがいないと誰がフォローして上げられるっつーのよ」
そうと決まればさっそく旅の準備をしなくてはならない。まずは何と言っても軍資金だ。そもそもお城を訪ねたのはそんためなんだから。実に丁度いい。
「あれ? そう言えば王様はどこ行ったんだろ?」
まさか戦いに巻き込まれてぽっくり逝っちゃったなんてことないよね? かなり派手に暴れたからね、わたしたちも魔王も。
「あ、勇者さん。あそこに」
僧侶ちゃんが指差す方向に埃と塵まみれの王様がトボトボと力なく歩く姿を発見した。わたしの最後の一撃によって跡形もなくなった王座があった場所を見つめている。
「わしの……わしの城が」
愛玩していたペットが天寿を全うしてしまったかのように、王様の顔は絶望と哀愁に打ちひしがれていた。まあ、無理もないよね。
「あの、王様……」
「……勇者か。何用じゃ?」
すげー言いにくい状況だけど、ここは勇気を振り絞らなければ。
「魔王は倒したんですけど、実は大魔王なる存在が復活しているらしいのです。それで旅を続けなければならず……。あの、その……旅費を工面してほしいのですが……」
「はっはっはっ。そうだな、世界を旅する勇者には金が必要なのは当然だ。よかろう。地下の金庫に幾分かある。好きなだけ持っていくがよい――などと言うと思ったか!!」
ええっ、こわっ!?
「駄目……ですか?」
「駄目に決まっているじゃろう! この城の有様はなんだ! 半壊どころではないぞ、修繕にどれだけの予算が必要だと思っている!」
肩で息しながら怒声を張り上げる王様。血圧上がるからやめなさいって。
にしても修繕ですか……。謁見の間は激しい戦いで全壊状態。二階より上は竜巻と極雷で完全に吹き飛んでいるようだ。そんで魔王の斬撃で城全体が両断され、わたしの最後の一撃は二階部分を修復不能なほど破壊していた。もうこの際陸地に築き直した方がいいのでは?
「どのみち金はかかる! 悪いがお主にやれる金は一銭もない!」
はうわっ! それじゃどうするの大魔王討伐の旅?
「せめてウィーハ島までは……」
「くどい! 駄目なものは駄目じゃ! 働くなりで稼げ! それが嫌ならゼガスのカジノでもいくがよい!」
いや~カジノはちょっと……。悪い前例があるんですよね。
「えっ、ゼガスに行くの? よっしゃー、ますます腕が鳴るわね!」
マホツカが腕をまくって気合を入れている。この遊び人が。
「ゼガスと言えばギャンブルの聖地……。一度でいいから行ってみたいと思っていたんですよね……(ゴクリ)」
僧侶ちゃんが何かいつもと違う!?
「カジノか……、私の運もそこで磨けるに違いない」
磨けないよ戦士! ギャンブルで家買った人はいないからね、結局マイナスになる仕組みだからね!
「そうと決まればすぐ行くわよ! 列車は……(ダダダダダッ)……あと三十分後!」
「早く行きましょう、勇者さん!」
「善は急げ、急がば急げだ! いくぞ勇者」
「ええー!? ちょちょちょちょっと待ってよ」
ノリノリのみんなに引きずられながら城を後にするわたし。どうしてこうなった?
思わぬ形で始まった大魔王討伐の旅。前途多難だな……主に金銭面で。
まあ、とにかく列車に乗ってから深く考えよう。今のみんなはまともに話を聞いてくれそうな状態じゃなさそうだし。
でもそんなみんなだから頼り強いんだよね。
長い旅になりそうだけど、これからもよろしく。
了




