表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/12

六.大国主命


 年明けの夕刻――多くの従者を引き連れて、この玉城神社を訪れたのは、かの有名な島根県出雲の主神――縁を司る大国主命。天界の最高神 天照大御神の弟神 素戔嗚尊の子孫である。


「息災であったか、篁沙久神。突然の訪問をどうかご容赦頂きたい」

「滅相もございません。大国主様もご健勝のことと存じます」


 眉目秀麗、手入れの行き届いた艶やかな黒髪、楽器を奏でるような癒しを与える声、優雅な出で立ち。

 天界の女神が、一目見るだけで思わずため息を漏らしてしまうほどの美貌の持ち主は、一介の人神にも分け隔てなく、優しげな笑みを見せた。


「今日、私が参じたのは他でもない。早く、我らが至宝を、この目に映させておくれ」


 貴神の訪問は、何も珍しいことではない。

 玉城神社を訪れる神々の目的の多くは、贄姫(珠梨)への御目通りだ。

 最高神 天照大御神から功績を認められた神が、その褒章として贄姫からの奉納品を受け取るため、接見を正式に許される。

 如何なる神とて、珠梨に会うには、褒賞の証明として、天照大御神が書く目録を管理者である篁沙久に検めさせる必要があった。

 それが例え、最高神の縁者であろうと、例外でない。


「確かに、正式な目録でございます」


 渡される目録の中身に書かれてあるのは、褒賞を与える事由と、本人が希望する賜品の内容。そしてその許可を為す、天照大御神の名前と金印。

 それらが偽装されたものではないことを確認し、ここで始めて客神は屋敷の敷居を跨ぐことができる。ただし、中に入れさせるのは、褒賞を賜る神本人と、従者一人のみ。それ以外は、全員外で待機となる。

 

「こちらは、大国主命様より、珠梨様への貢物でございます。島根の名産 西条柿でごさいます。ぜひ、珠梨様のお口に合えば良いのですが」

「お気遣い、痛み入ります。今、姫の準備を済ませて参ります」


 手土産を受け取り、(ひさし)の間へと案内する。

 この屋敷は中央の仕切りで、(ひさし)の間と居住空間の二つに分けられている。

 居間や台所の土間などがある居住区は、屋敷の奥側に位置し、基本裏口が玄関代わりとして使われている。(客神の立ち入りが禁止されているわけではない)

 神社がある方角に正面玄関があり、そこから入ってすぐにあるだだ広い一室が、神々を迎える応接間。


 廂の間ではさらに空間が分離されており、 部屋の中央には御簾が掛けられ、御簾の内側を母屋、外側を廂と呼び、客神と珠梨との間に物理的な距離が設けられている。また、神によっては、匂いだけで珠梨に中てられてしまう者もいるため、部屋には香が焚かれ、その匂いで充満している。

 廂には(しとね)が敷かれており、そこに対面する客神が鎮座し、接見が行われる。



 ――「贄姫が、お見えです」



 篁沙久が登場を知らせるとともに、静々と母屋に入室する珠梨。

 先程までのだらしのない格好からは一変、身だしなみを整え、千早(ちはや)(※白衣の上に着る上衣)も纏い、頭には天冠が輝いていた。

 堂々と榊を前に掲げ、一動作一動作が洗練された、隙のない立ち振る舞い。表情一つ変えることなく、仰々しくも悠然と神の御前に鎮座するその姿は、正に神職に携わる者として相応しい。

 そしてそれは、御簾越しで見るだけでも、その素晴らしさに思わず高位神がため息を零すほどの身のこなし。

  

「新年のご挨拶を申し上げます。大国主様におかれましては、本年も、更なるご発展とご活躍を心よりお祈り申し上げます」

「おお……! 珠梨よ。漸く相見えることが罷り成ることができた」


 声を聞くなり、まるで器楽の音色でも聞いているかのように、大国主はうっとり恍惚とした表情を浮かべた。


「今日この日をどれだけ待ち望んだことか。今年一年、日ノ本と新たな異国との縁の結びに尽力した甲斐があったというもの。願わくば、一刻も早くその姿もこの目に留めたい」


 人間に生まれていれば、一国を傾け兼ねないほどの美貌を持った男に、こんなに熱烈に求められれば誰もが魅了されるに違いない。

 だが珠梨は、御簾越しに甘言を吐くこの男に、まるで汚物でも見るような軽蔑の眼差しを送っていた。


 どれだけ耳心地良いことを囁かれても、どれだけ優しい眼差しを向けられても、どれだけ顔立ちが整っていようとも、相手が神である限り、珠梨の敵意は決して外れない。

 ――だが、それでも贄姫としての務めは果たさなければならない。


「此度は、天照大御神様よりのご叙勲、誠におめでとうございます」


 祝いの言葉を口に、珠梨が両手をついて、深々と丁寧に頭を下ろすと、それを合図とするかのように御簾が上がった。


「大国主様が御要望された賜品は、贄姫の御神楽。年明けのこの良い日に、僭越ながら私から、御神楽 豊栄の舞を奉納させて頂きます」


 豊栄の舞は、別名「乙女の舞」とも呼ばれ、採物の榊を持ち、雅楽と歌に合わせて舞う歌舞である。

 日本神話で岩戸隠れの話に出てくる、芸能の神 天之鈿女命が起源と言われている。御神楽の舞として正式に制定されたのは、1950年と比較的最近のこと。

 人の世では、神社の祭典で氏子の少女などが舞い、太陽の恵みや自然、生きとし生けるものへの感謝の心を表現するものとされている。


 意外にも、神であれば近代的なものを好まず、守旧的なイメージが強いと思うかもしれないが、実はそうでもない。

 生きる時間が人間よりも何百倍以上も長い神々にとって、正直、同じ舞を何千年と見せ続けられればさすがに誰でも飽いてしまう。踊り手の巧拙さえも、最早どうでも良い領域である。

 それ故に、新しい舞が作られることは、神々の感覚では映画の最新作が公開されたようなもの。

 況してやその踊り手が贄姫ともなれば、期待しない観客がいるはずがない。


 

「〽 あ け の 雲 わ け」



 途端に雑音が一切耳に入らなくなるほど、力強くも、透き通った珠梨の唄声が、場の雰囲気を一瞬で変える。



「〽 神 の み か げ と 拝 め ば」


 

 動きも、視線も、声も、一切のブレがない。手を返すのみの単調な動きでさえも、無意識に五感が引き込まれてしまうほどの完璧な御神楽。 

 一度しゃなりと回り舞い、白衣が靡けば、息をする間も惜しむほどに、神々は彼女の舞いにのめり込む。


 

「〽 豊 栄 昇 る 朝 日 子 を」


  

 礼を以て気を鎮め、芸を以て魅了し、笑いを以て福を呼ぶ。

 これぞ、贄姫として、珠梨に芸能の精神を叩き込み、己の全てを受け継がせた芸能の神 天之鈿女命直伝の舞。


 神々の中でも芸に精通している大国主命は、芸術的神秘とも言える、舞い踊る珠梨の全ての瞬間を逃すまいとせんほどに、食い入るような瞳で、微動だにせず観賞していた。

 この時の大国主命は、目の前で踊っている女子が贄姫であることは完全に忘れ去っており、だたただ純粋に御神楽を楽しむ彼の目には、一筋の涙が零れ落ちた。

 ――それが、芸に対する感動なのか、あるいは別の感情なのか。この場でそれを知る者は、いない。

再開

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ