十一.わすれないでね
「噂を聞いた他の神からも責め立てられて本当に洒落にならなかったんだぞ!」
振り上げたい拳をわなわなと震わせながら、回顧する当時の辛い記憶に思いを馳せながら、憎しみ込めて力強く訴える篁沙久。
そんな彼の渾身の演説を、珠梨はと言えば、土と鼻くそをほじりながら呆けた顔で聞いていた。
「バカねぇ〜、篁沙久。苦情なんて9割はこじつけなんだから、聞くだけ無駄よ」
「お前がその奇跡的な残り1割を生み出したんだろ」
「上手いことやって、最初から取り合わなければいいものを。ホント、世渡り下手よね」
「こちらにしか非がないから仁義を通さねばならなくなったんだろうが!」
「真面目過ぎるのも困ったものね。もっと要領良くやらないと、時間は有限なのよ?」
「だから、そもそもお前が仕事を増やしたんだろうが。 無益な義務を課しやがって! どれだけ謝罪行脚したことか。挙句の果てには、『美味い味』をちゃんと教えているのかと、躾の問題を指摘する輩も現れる始末! 『美味い味』なんぞ、俺が知るかってんだ!」
珠梨や天照大御神にぶつけられない不満を、篁沙久に八つ当たりする神々は、決まって彼の味覚について触れた。
当時のことをより鮮明に思い出し、次々に篁沙久の口から不満が漏れ出た。
篁沙久は、自身の味覚に言及されることについては、極端に嫌った。彼が生前、軍人としてこの国のために戦っていた時代、彼が死ぬ寸前、頭部に焼夷弾を受けた影響で、味覚を失った。誰が為に命を懸けた見返りが、|その結果だ。
それ故に、味覚について追及されることは、彼にとって、自尊心を傷付けられる行為そのものだった。
「バカよね、本当。みんな、全部あたしに直接文句を言えばいいのに」
「フン。珠梨に文句なんて言えるものか」
「……そうね」
少し、淋しげな笑みを浮かべながら、珠梨は言う。
「どれだけ自尊心を拗られても、諦められない期待がある限り、誰もあたしに本心は見せない。それを思い知らされる度に、『特別』であることは『孤独』と同じことだと気づかされるの」
幼少の頃より、他の人とは違う景色で生き、親とも生き別れたきり。人のコミュニティにはどこにも属せず、拠り所がない中、山奥に幽閉されて、終始好奇の眼差しに晒される。
うんざりするほどに窮屈なこの鳥籠の世界は、彼女の心の中に潜む孤独感を増大させるには、まさに絶好の環境だった。
人は一人では生きられない。それなのに、神々は彼女に俗世から離れることを長年強制した。あと一年という時間の制限も迫る中、最早、彼女の孤独を癒せる存在は、もうこの世にはいない。
「珠梨」
――だからこそ
「『孤独』っていうことは、つまり」
限られた時間の中で、できないことを望み続けても詮無きこと。
「なんでもかんでも『独り占め』できるってことだ」
であるならば、孤独の中でしか得られないものに目を向けることができたなら……
「ここにいて、珠梨が『独り占め』できたものはなんだ」
少しは、前向きに自分の存在を認めることができないかと、篁沙久は切に望む。
「篁沙久、かな?」
「ばーか」
「みんな分かってない、篁沙久の最大の魅力にあたしだけが気付けたのは、間違いなく、篁沙久を独り占めしたお陰よ」
「そのせいでお前がバカ舌になってもか?」
珠梨の小悪魔的な微笑みに小恥ずかしそうにしながら、それを誤魔化すかのように、篁沙久はからかうように聞く。
「じゃあ、あたしが教えてあげる」
「なにを?」
「残り一年で、あたしが篁沙久に、味を思い出させてあげる」
実現出来やしない彼女の突飛な提案に、篁沙久は思わず鼻で笑った。
「ばーか。教えられたところで、珠梨が天界に召し抱えられれば、俺の役目は御免。もう料理も食事も、することはないだろう」
「だからこそよ。これから、一人淋しく長生きする篁沙久に、あたしとの思い出が残るように、あたしが好きな味を徹底的に叩き込むわ。だから――」
『……忘れないでよ、あたしのこと』




