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1.じゃじゃ馬ならし

久々の投稿ですが、宜しくお願い致します。

少し離れた場所から祈るようにこちらを見つめる褐色のその瞳に、同じく意志を込めた瞳で強く頷き返し、大きく息を吸い込むと一息で望みを告げた。


「アラン君のお母さんにならせてくださいっ!」


ついでに頭も膝につく勢いで腰の関節を折り曲げた。実際には己のパニエに頭を突っ込んだだけではあったが。

が、リリアナの決死の嘆願に応える声は頭上からは返ってこない。

頭を上げて正面に立つ男の顔を見たいような見たくないような。いやどっちだ。己の思考に己でツッコミを入れながらリリアナは、いっそこのまま気を失ってしまった方が良い気さえし始める。

ちがう、本当に意識が遠くなりそうだ。言わずもがな、原因は体勢だ。

ああ、こんな所でトンデモ発言をして、そのままぶっ倒れるなんて、そんな恥を晒すのか。遠退きかけた意識の片隅でそんな事を思った時、ようやく頭上から声が降ってきた。


「とりあえず顔を上げてくれないか」


助かった!ひとまずぶっ倒れは回避だ!

そう思いつつ顔をあげるとあからさまに困惑の色を浮かべた褐色の瞳と視線が合う。初めてまともに正面から見据えた男の顔は、年齢から想像していたよりも意外と若く見えた。


「君はえーと」

「ガーフィールド家のご息女、リリアナ様です。メリッサ様のご友人です」


横から助け船を出したのは男に付き従う執事のケヴィンである。


「ああ、メリッサの。道理で見覚えがあるはずだ」

「左様にございます。メリッサ様の茶会には必ずご参加頂いております」


ということは男は今までリリアナの名前すら知らなかったという事である。だがそれも仕方ない事だろう。歳の離れた妹の茶飲み友達の一人を執務に忙しい彼が把握していることなど、望むべくもない。


「失礼した、リリアナ嬢。よく聞こえなかったのだが先程は何と?」

「急な申入れで驚かせてしまい申し訳ございません。私をご令息アラン様の母親にして頂けないかと」

「近頃歳のせいか耳なりが酷くてね…。上手く聞き取れ無い様だ」

「ですから…!」

「リリアナ様はアラン様の母君になられたいと仰せですよ」


再び横から口を挟んだのはケヴィンである。


「ん、では俺の聞き間違いではないということか」

「左様でございます」

「念の為だが、アランとは…」

「アラン坊ちゃまの事でございますよ」

「ちなみに母君の定義とは…」

「旦那様の奥様という意味ですよ」


ケヴィンの言葉を聞き、しばし固まった男は、ギギギと音を立てそうな位に不自然にゆっくりな速度でリリアナに視線を戻す。そして言葉を選ぶ様に慎重に問うた。


「えーと、君は私の妻となりたいというのかい?」

「違います」

「やはりな!聞いたかケヴィン、お前の聞き間違いだぞ」

「私はアラン様の母親になりたいのです。付随的にやむを得ず、貴方様の妻になるというだけです」

「どうやら聞き間違いでは無いようですよ旦那様」

「いやおかしくないか!」

「おかしくなどありません。私の望みはアラン様に母として接する事が出来る立場なのです。貴方様の妻となるのはその結果として、という事です」

「人をオマケの様に言うな…!」


不毛な会話を遮るべく近づく軽やかな足音の持ち主は、勢いよく柔らかな布地に抱きついた。


「リリアナ!」

「アラン様っ」

「そっちか、そっちに抱きつくのか…。お父様じゃないのか」


地味にショックを受けている男の存在は無視して、足に、正確にはドレスの裾に、抱きついた柔らかな温もりをリリアナは腰を落として抱き上げる。

すると差し出された腕にひしと抱きついたそれ、アランは抱き上げられて目線が近づいた男に向かって必死のお願いを繰り出した


「お父様、僕からもお願いするよ!僕はリリアナにお母様になって欲しいんだ…!」


己を見上げる4つの瞳に耐えきれず、男は目を背けると隣に立つ執事に助けを求めた。


「…何とかしてくれ」




***



「何が理解出来ないのでしょう」

「いや、だからだな…」

「もう一度端的に申しあげますね。私をアラン様の母親として採用願います」

「…ケヴィン、どういう意味だと思う」


客間の応接セットに向かいあって座る男女、と子供。その脇に起立して控える執事は、主から意見を求められた後、コホンとわざとらしい咳払いをした後、非常に残念な生き物を見る視線を浮かべながら口を開いた。


「では僭越ながら…旦那様は皇国語の理解に不自由がおありでしょうか」

「そんなわけあるか!」

「ふむ、そうですか。であるにも関わらずリリアナ様のお言葉が理解出来ないとなると、…失礼」

「熱を計ろうとするな。健常体だ…!」


唐突に横から伸ばされた手を男が払いのけると、執事は軽く払われたはずの右手を大げさに摩った。主従というよりは気安い友人の様なやり取りである。


「ではリリアナ様のお申入れを、私が旦那様にもわかり易い様に噛み砕いてご説明いたしましょう」


あからさまに向けられる主からの疑念に満ちた視線を鮮やかに無視した執事は、リリアナに視線で頷いた後、あたかもリリアナ陣営であるかのように立ち位置を変える。


「いやいやおかしいだろう。何故自分の屋敷で多勢に無勢なんだ…」


独り言の様なその発言は、残念ながら誰にも引き取られる事はない。


「では改めまして。旦那様は亡くなられた奥様の代わりに、アラン様の養育を任せるに相応しい女性を探しておられます。リリアナ様はアラン様の母親になりたいと望んでおられます。そして肝心のアラン様がリリアナ様を所望されておいでです。お三方の望みは奇跡的に一致しているというわけですね、これぞ正しく三方良し。何がご理解出来ないと?」

「……メリッサの友人ならばリリアナ嬢は私と十は歳が離れているだろう。しかもガーフィールド家のご息女が後妻に入るなどあり得ない」


そこで一旦言葉をきった男は視線を執事からリリアナに戻した。そしてリリアナをまじまじと見つめるとようやく腑に落ちた様な表情を浮かべた。


「冷静に考えれば分かる事を。……リリアナ嬢、どの様な経緯でこの様な申入れを?ガーフィールド家が窮状にあるとは聞いていないが、ご息女に身売りの様な真似をさせるとはよほどのことだろう。力になれる事があるかもしれない」


真摯な表情でそういう男を、リリアナは男単体として初めて好ましいと思った。アランとメリッサが敬愛する人物なので、きっと良い人だろうとは思っていたのだが。しかし、こちらの意図は全く通じていない。


「閣下、我が家は窮状にあるどころか、家督を継ぐ兄に嫡男も生まれ、領地の羊毛の採れ高は過去最高と安泰過ぎる程に安泰です。父や兄が私に何かを強要している訳でもありません」

「…」

「私はアラン様のお側いたいのです」

「理由は?」

「これほど愛おしい存在と共にいたいと思うことに理由が必要でしょうか」

「あー、感情論はさておきだ。そもそもリリアナ嬢とアランの接点は?」


横からコホンとわざとらしい咳払いが再び聞こえ、ケヴィンが割って入った。


「メリッサ様のお茶会にご参加頂いた折に、乳母と散歩をされていたアラン様と偶然出会われたのが、お二人の始まりでした」

「その場に居合わせたかの様に話すな…」

「躓いて転んでしまわれたアラン様をリリアナ様がお助けした時からお二人の交流が始まり、お茶会の都度、相見える様になると急速に親交を深められる事となったのです」

「まるで恋人の馴れ初め紹介だな‥」

「いつしかアラン様のご要望でメリッサ様がリリアナ様をお招きする様になり、今日のこの日に至ったという訳でございます」

「初めて聞く話ばかりだな。屋敷の主に何故誰も報告をあげないのだ…」

「メリッサ様が何度かお話されていたかと」


よく言えば明るく社交的な性格の妹、メリッサが好む話題は噂話や流行の菓子や服装の話が多く、大半を聞き流してきた自覚がある男は口を噤み、頭を垂れた。

そしてあからさまなため息を1つ。

そんな男を見て声をかけたのはこの話題の主役、アランである。


「お父様、リリアナがお嫌いですか…?」


ものすごく不安げな、父の機嫌を伺う様な問いかけであった。

そんな様子を見て男は、息子の反応を見てみたいという単純な動機で嘯いてみる。


「お父様はリリアナ嬢がお嫌いだな」


予想外に冷たい父親の声を素直に受け止めたアランは、見る間に瞳に涙を浮かべ俯いた。その様子を見て隣に座っていたリリアナは思わずその小さな肩を抱き、キッと正面の男を睨み据えた。


「閣下が正直なお気持をお話下さるのは結構ですが、何もアラン様を傷付ける用な言い方をなさらずとも!」

「いいんだリリアナ。お父様のお気持ちを考えていなかった僕が悪いんだ。…寂しいけどさようならです」

「何もそこまで言ってないだろう。メリッサの友人として遊びに来て貰うには問題ない。さようならは言わずとも、これからも会えるんだよ」


「旦那様はやはりお馬鹿ですな」という微かな声はきっとリリアナにしか届かなかっただろう。沈痛そうに目を閉じるケヴィンをリリアナが横目で確認していると、隣に座ったアランがリリアナの手をぎゅっと握ってきた。


「いいえ、さようならはお父様とするのです」


父親である男に真正面から向き合い、きっぱりと言い切ったその姿には幼子ながら風格があった。


「アラン坊ちゃま、立派に成長されて…」

「何故私が実の息子に捨てられる!」


思わず立ち上がり、正面に座る2人が自分より遥かに年若く非力な事実を理解した後、男は結局ケヴィンに掴みかかった。


「使用人たる私に八つ当たりとは。旦那様、見損ないました」

「お前はどっちの味方なんだ…!」


襟元を締め上げられた状態で顔色ひとつ変えずに小考した後、ケヴィンはリリアナの方に顔だけ向けると問いかけた。


「リリアナ様、私はアラン坊ちゃまにも懐いて頂いている上、そこそこに仕事は出来る方かと。ガーフィールド家の使用人を1人増やす気はございませんか?」

「何を言ってやがるっ」

「乱暴を働く様な主人は願い下げですな」


ケヴィンははっきりとそう言い、付け加えるなら首元を締め上げられているにも関わらず、やれやれとばかりに首を振った。

その様を見て我に帰ったのか男は、手を離すと若干乱れた髪を掻きあげながら告げた。


「これ以上、くだらん事に時間を使わせるな。アラン、行くぞ。申し訳ないが、リリアナ嬢、お引取り頂こう」


そう言うとリリアナにしがみつこうとするアランを無理やり抱き上げると、リリアナが声をかける間もなく、部屋の扉に向って歩き始める。肩に抱き上げたアランが泣くのをものともせず。


「帰りの車は用意しよう。リリアナ嬢、半刻の後に退去されていない場合、警邏隊に引き渡させて頂く」


振り向きもせずそう告げると男は部屋を後にした。応接室に残されたのは俯くリリアナと、何事か思案顔の執事ケヴィンだけである。


「これほど破格の好物件ですのに…。自己評価が低いうちに手に入れておけばいいものを」

「…それは私の事でしょうか?」

「まさしく」


若干貶された気がしないでもないが、リリアナが問いかけるとケヴィンは大袈裟に首肯すると話を続けた。


「旦那様は早くに奥様を亡くされましたが、まだまだお若い。アラン様を最優先にこれまでお過ごしでしたが、そろそろ新しい方をお迎えする必要があります」

「なるほど」

「問題は2つです。1つは人見知りの激しいアラン坊ちゃまが馴染める方であること。これは坊ちゃま最優先の旦那様にとって第一の条件です」

「私はその条件を満たしていると」

「はい。そしてもう1つが、家督をいずれアラン坊ちゃまに譲る事を受け入れられ、かつ家格のつり合いが取れるご出身の方であること」


ぴんっ、と人差し指と中指を立てながらケヴィンはリリアナを覗き込む様に告げる。


「リリアナ様、ご自身がいかに稀有な存在かお分かりでしょうか?」


そう言われると、確かにその様な気もする。多産の家系であったリリアナの母は、父と間に4人の子供をもうけており、リリアナには少々歳の離れた兄1人と姉2人がいる。兄には既に子供が2人おり、姉2人も釣り合いのとれた家に嫁いでいった。何れも母方の多産の家系を嘱望されての幸せな結婚である。

翻ってリリアナは4人兄妹の末っ子ということもあり、皆に可愛がられ、奔放に育ったところがある。この歳で婚約者がいないのも、単に末娘を目に入れても痛くない程可愛がった父親の意向である。

自分に甘い両親や兄は、よほどの事がなければ、リリアナの希望を受け入れてくれるだろう。


「いいえ、分からずとも結構です。これほどの良縁、逃すのは惜し過ぎます。さて、帰りの車の手配が整ったようですので、本日は一旦お帰りください」


ケヴィンの視線を追えば、従僕の1人がいつの間にか室内に控えており、帰り支度が整った事を知らせにきたようであった。


「けれどアラン君は…!」

「心配無用です。近々、必ずや旦那様はガーフィールド家に使いをやりリリアナ様への取次ぎを乞うでしょうから」

「何故そう断言出来るのでしょうか」

「私がこの家の執事として長年勤めた経験から、と申しておきましょうか」


何やら目を細めて笑うケヴィンに反論する事も出来ずリリアナは後ろ髪を引かれる思いで帰路についたのであった。

拙作を読んで頂きありがとうございました。

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